江戸時代

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    4: 日本@名無史さん 2009/11/24 04:11:28
    『兎園小説』の「突といふ沙汰」に障害者とホームレスを狙った無差別殺人事件が載っている。 

    文化3年正月の末から、夜に往来の盲人、乞食、躄などの人達を槍で突き殺すという事件が起きた。 

    二月の中ごろよりさらに頻発し、三月の始めになって事件は止んだ。 
    三月四日、芝車町より出火、浅草まで延焼する火事があったが、その火事の後またもや槍で突き殺す事件があって、 日が落ちてからは人々は用心して外出するものもいなくなった。 

    そのような事で、夜には往来も人影が少なくなったからであろうか、 犯人は時を得たように益々犯行を重ねるようになった。 

    ただ専ら盲人や下賎な身分のものが被害に遭い、上流の人が殺されるということは無かった。 
    盗賊がこの事件を起こしているのかというと、さのみ金銀に目が眩んでいる様子もなく、 いかにも不思議なこととして、公儀からも厳重に注意するよう言い渡され、 町中でも夜番などをして尚一層の警戒をしたが、一向に犯人は明らかにならなかった。 

    (つづく)
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    1: 名無しさん@涙目です。(北海道) 2011/07/05 10:36:43
     列車に乗ると、窓の外に城が見える。日本全国に大名がいて、大名は城に住んでいたから、日本全国に城はあった。もちろん、明治維新で壊されたとか戦火で焼けたとか自然に朽ち果てたとかで、もはや日本中に城があるわけではない。しかし、思いもかけぬところに城が建っているとハッとなる。とはいえ、城なんて知識もなくただボンヤリ見ているだけなので、「現存12天守閣」と言われた時に思い浮かぶのは名古屋城に大阪城に熊本城である。

     しかし本書を読むと「それは違う」ことを知る。現存天守閣とは幕末から続く天守のことで、他は「復元天守」「復興天守」「模擬天守」である。この言葉を覚えただけでもこの本を読んだ甲斐がある。復元は「資料に基づいて忠実に再現したもの」復興は 「天守のあった場所に建ってるけど史実に沿ってない」模擬は「天守がなかったのに 勝手に建てたりしてる」ということだそうです。

     話は違うけれど「競馬の三冠」というと、競馬を知らない人はつい天皇賞をその中に
    入れる。現存天守と言われて「大阪城!」なんて言われると、天守閣ファンは天皇賞を 三冠呼ばわりされる競馬ファンと同じ気持ちを味わうのだろう(と勝手に想像)。

     12の天守閣をすべて丁寧に紹介してある。そして現存天守閣はすごく貴重なものな のに、それをきちんとアピールしていないことがよくわかる。というのも、私が今まで 住んでた土地の、ほとんど顧みなかった天守閣が、その現存天守だったのである。驚い た。こないだまで住んでました、松山城の城下に。現存天守だったのか。

     彦根城や姫路城みたいなビッグネームが現存天守なのはさすがと思うが、やっぱり現 存天守のキモは「片田舎の城」にこそある。丸岡城、宇和島城、備中松山城。こんなと ころの城がしんみりと生き残っているのは素晴らしい。もっと盛り上げてやってほしい。 と言いつつ、そのへんの金持ちが勝手に自宅に造った天守閣みたいなものにも強く惹 かれるのだが。

    http://book.asahi.com/shinsho/TKY201107040153.html

    【江戸時代から残ってる天守閣は全部で12、当然全部言えるよな】の続きを読む

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    転載元
    http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1365910831/

    1: しいたけφ ★ 2013/04/14 12:40:31
     
    いま使われている歴史の教科書では聖徳太子の事績や実在に
    疑問がつけられたり、鎌倉幕府の成立が1192年ではなくなっている。
    「いいくに作ろう鎌倉幕府」は今や「いいはこ(1185年)作ろう鎌倉幕府」になっているのだ。

     そして、教科書の変化で目に付くのは、人物評価の「上がった人」「下がった人」の明暗である。
    実在そのものにも疑問がついた聖徳太子が「下がった人」の典型だが、
    聖徳太子から親書を託され、最初に隋に渡ったとされた遣隋使の小野妹子も、そのひとり。

    「無礼な(607年)遣隋使・小野妹子」なんて語呂合わせを覚えている
    読者は多いかもしれないが、山川出版社の教科書(以下、引用は同社のものより)では、
    現在では〈600年の派遣に続けて607年には小野妹子が遣隋使として中国に渡った〉と
    初の遣隋使ではなかったことが明記され、かつては太文字だったのも細字に
    格下げされた。親書を託した聖徳太子も存在が疑われているから、将来の教科書では
    名前そのものが消えているかもしれない。

     一方、歴史研究の成果で、逆に評価が上がった人物もいる。
    関ヶ原の戦いで西軍を組織した石田三成について、1988年版では
    〈五奉行の一人石田三成は、小西行長らとはかって家康の排斥をくわだてて挙兵し〉と
    悪役臭が漂うような表記になっていたが、現在は〈豊臣政権を存続させようとする
    石田光成と家康との対立が表面化し〉と、石田側にも大義があったように改められた。
    劇的に評価が上がったのが、江戸幕府第5代将軍・徳川綱吉である。1988年版にはこうある。

    〈生類憐みの令をだして犬や鳥獣の保護を命じ、それをきびしく励行させたため、庶民の不満をつのらせた〉
    〈綱吉はぜいたくな生活をするようになり、仏教への信仰から多くの寺社の造営・修理を行い、
    幕府の財政を急速に悪化させた〉

     みなが知る暴君の印象を強めるものだったが、現在では180度変わった。
    〈犬を大切に扱ったことから、野犬が横行する殺伐とした状態は消えた〉
    悪法とされてきた生類憐みの令が、〈綱吉政権による慈愛の政治〉とまで褒められている。

    http://www.news-postseven.com/archives/20130414_181590.html

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    13: 風吹けば名無し 2013/02/16 13:01:29 ID:4Mo9rhwt
    綺麗過ぎンゴ… 
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    19: 風吹けば名無し 2013/02/16 13:04:39 ID:EmeDCk1e
    >>13 
    正確すぎおかC

    39: 風吹けば名無し 2013/02/16 13:11:16 ID:k7w7OE2b
    >>13 
    これ嘘だろ 
    陸地はわかるけど北海道とか四国とか海が挟まってる島の距離測れないだろう

    50: 風吹けば名無し 2013/02/16 13:15:14 ID:ds6Kt2XC
    >>39 
    四分儀で測れるはず

    44: 風吹けば名無し 2013/02/16 13:13:35 ID:WXxxsc4H
    >>13 
    凄すぎるな

    60: 風吹けば名無し 2013/02/16 13:18:05 ID:AqBz0sKs
    >>13 
    この地図はかなりでかくて 
    実際に広げてみると学校の体育館と同じくらいの大きさになる



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    1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/02/22 17:50:52 ID:9Hu0hnZx0
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