古代

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    1 :TOY_BOx@みそしるφ ★:2012/08/24(金) 01:02:34.49 ID:???
    神戸市教委は22日、同市須磨区小寺町3の「古川町遺跡」から、古墳時代前期~平安時代末期の 集落跡などを確認した、と発表した。明治期の海岸線から250メートルくらいしか離れておらず、 
    須磨の海岸近くで人々が暮らしていたことを示す証拠になるという。 

    同遺跡は妙法寺川左岸の河口部にあり、2005年の試掘で須恵器などが見つかっていた。 
    市営住宅の建て替えに伴い、今年3月から約1800平方メートルで発掘を行った。 

    見つかったのは3世紀から12世紀末の遺構。古墳時代の出土品では、土器の塊とかまどのある竪穴住居を確認した。奈良時代から平安時代前期のものとみられる掘っ立て柱建物は、柱穴(ちゅうけつ)が1辺60センチ以上の大型で、公共施設だった可能性があるという。 

    平安時代末期の出土品では、耕作に伴う溝と木棺墓の一部、中国製の高品質の 白磁器などが見つかった。墓は屋敷の中にあった可能性があるという。 
    平家一門が全盛期だった時代で、市教委は「平家の荘園の一部だった可能性が高い」とする。 

    また海岸に近い砂丘部分では、漁に使ったとみられるたこつぼや網に取り付ける重りなどが、時代ごとに見つかった。 

    市教委は「人々が漁業や農業を営みながら、断続的に住み続けていたことを示す。 
    市内では、これだけ海岸に近い遺跡は珍しい」としている。 

    25日午前10時~正午、現地説明会を開く。古川町遺跡発掘調査事務所 
    ※記者注 ソース先に連絡先の記載あります 


    漁に使ったとみられるたこつぼ 
    73
     
     http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/Images/05323335.jpg 
    神戸・古川町遺跡 
    ▽記事引用元 : 神戸新聞 (2012/08/23 10:41) 
    神戸市  記者発表資料 2012年8月  海辺の集落遺跡みつかる! ―須磨海岸の平安時代― 
    ※リンク先に現地一般公開の問い合わせ先の記載あります 


    3 :名無しのひみつ:2012/08/24(金) 01:39:01.13 ID:T37Jq6Vt
    邪馬台国きたこれ 



     


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    14kohun



    1 :世界@名無史さん:2012/03/18(日) 21:20:55.56 0
    任那日本府について語ろう。 


    9 :世界@名無史さん:2012/03/20(火) 21:04:37.99 0
    つか考古学的発掘もあるのに日本史から抹殺されてるのは何故? 



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    85atrantelis

    アトランティスは、古代ギリシア哲学者プラトンが著書『ティマイオス及び『クリティアス』の中で記述した、大陸と呼べるほどの大きさを持ったと、そこに繁栄した王国のことである。強大な軍事力を背景に世界の覇権を握ろうとしたものの、ゼウスの怒りに触れて海中に沈められたとされている。  







    1 :出土地不明:2010/10/09(土) 10:24:31 ID:ah65zPgB
    全ての古代文明の起源であーるアトランティスについて語るぞとよ 


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    59ishikamen



    テパネカ王国の遺跡を発見、メキシコ 

     メキシコの首都メキスコシティで、15世紀に滅んだテパネカ(Tepanec)王国の遺跡が発見された。現場からは、子ども11人を含む17人分の人骨が出土し、約700年前に全盛期を迎えた王国が商業都市を築いていた証拠と考えられている。 

    メキシコシティで発見されたテパネカ(Tepanec)王国の遺跡。調査を指揮した自然人類学者ホルヘ・アルトゥーロ・ タラベラ・ゴンサレス氏がブラシをかけているのは、生まれたばかりの赤ん坊を抱いた女性で、出産後に死亡したらしい。 
    Photograph from Cortesia/INAH/RML/AP 

     発掘現場はメキシコシティ北西部のアスカポツァルコ(Azcapotzalco)行政区。発掘プロジェクトはアパート 建設の事前調査として2カ月前に開始。多数の人骨や陶器が見つかり、ほとんど未解明だったテパネカの宗教観を知る手掛かりになると期待されている。 

     アスカポツァルコ行政区は、約700年前にはテパネカ王国の豊かで有力な首都が置かれていた。メキシコ 国立人類学歴史学研究所(INAH)によると、今回の出土品から、商業が栄えて人々が集まり、宗教儀式も 催されていたと推測できるという。 

     写真は、調査を指揮したINAHの自然人類学者ホルヘ・アルトゥーロ・タラベラ・ゴンサレス(Jorge Arturo Talavera Gonzalez)氏。ブラシをかけているのは、生まれたばかりの赤ん坊を抱いた女性で、出産後に死亡したらしい。 

     全員の死因を突き止めるにはさらなる分析が必要だが、一部の頭蓋骨に開けられた穴は人身御供の可能性を示唆している。人骨の周囲には、祭壇や陶器、儀式用の品々も埋められていた。 

    「3個見つかったカップには、焼かれた人間の頭蓋骨が入っていた。非常に興味深い」とゴンサレス氏は語る。2個はリュウゼツランを原料とした乳白色で粘りがある酒「プルケ」用のようだが、三脚付きカップの用途はわかっていない。 

     子どもの遺骨の脇には、楽器やお椀、香炉、動物など、来世へのお伴としたものと推察される副葬品が埋められていた。 

     1つの墓からは犬の遺骸が発見されており、死後の世界を旅する主人のパートナーとして生贄にされた可能性が高いという。 

     テパネカ王国については考古学的な研究がほとんど進んでいない。アリゾナ州立大学(ASU)の人類学者 マイケル・スミス氏は、2つの理由を指摘する。彼らは「メシーカ(Mexica)」という部族を圧政的に支配していたが、後にメシーカがアステカ帝国に発展、テパネカ王国を滅ぼした。「その後アステカは、意図的に歴史からテパネカに 関する記述を削除した」。 

     また、テパネカの都市は大半がメキシコシティの地下に埋まっており、発掘調査が困難だという。 

    Catherine Zuckerman/National Geographic News August 1, 2012 



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    26 :本当にあった怖い名無し:2012/01/03(火) 20:49:05.99 ID:dADzE+zJ0
    アンティキティラの歯車 古代のコンピューター
     
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     46antelikitoranohaguruma

    http://ja.wikipedia.org/wiki/アンティキティラ島の機械


    27 :本当にあった怖い名無し:2012/01/03(火) 21:44:45.68 ID:cJm4Vnb2O
    あれはすごいよね 
    オーパーツというか歴史が間違ってるとしか思えない 
    ロレックスより精巧な歯車だよ 


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