1












1: 日本@名無史さん 2004/12/25 02:02:05
現代からしてみれば驚きばかりの江戸時代の技術
をあげてみよう。技術だけでなく、当時では考えられない
ようないい点や意外な点もいくつかあげてみよう。

3: 日本@名無史さん 2004/12/25 02:05:07
からくり人形

生々しくて気持ちわるー



174: 日本@名無史さん 2006/02/07 01:14:23
儀助さんのからくり人形、江戸東京博物館でビデオ見たけど、凄まじい。 
それを復元する現代の職人の執念も凄まじい。 
こんなご先祖様達がいて、僕らは幸せな国に生まれた、と感じました。





274: 黒羊 ◆N7qmqkEULs 2006/06/18 01:56:18
からくり儀右衛門は日本で最初の蒸気機関式鉄道を作った人ですから。

275: 日本@名無史さん 2006/06/25 02:37:17
>>274 



ギエモンさんの文字書き人形

279: 日本@名無史さん 2006/08/09 23:31:06
>>275 
すごいね

146: 日本@名無史さん 2005/12/22 19:02:25
時計と言えばからくり儀右衛門の万年時計

1






















 




147: 日本@名無史さん 2006/01/09 09:20:41
>>146 
この間江戸東京博物館に行ってきた。 
ギエモンさんは凄まじい。 
っていうか、日本人凄い。江戸時代凄い。
466: 日本@名無史さん 2008/03/05 19:40:40
スルーされがちだけど万年時計の時間を一定にしてる中核部分は西洋時計のものなんだよな 
田中久重はどうしてもその精密さを再現できず、泣く泣くそのまま使った


10: 転石 2005/01/10 00:18:18
お城の石垣。
苔も雑草も生えないくらいに密着した継ぎ目に驚く。
現代の技術でもできねえだろう!

176: 日本@名無史さん 2006/02/07 01:28:28
>>10
遅レスだけど、以前NHKかなんかでアンコールワットの
石垣?の復元やってた。日本の教授指導で、現地の人々が作業して。
それ見る限り、悔しいが日本の石垣とはレベルが違った…

177: 日本@名無史さん 2006/02/07 12:51:03
>>176
石の中央部を削って、自重による歪みを利用して隙間無く密着させる、という方法ですね。
確かに凄かったな。

でも、日本の石垣は地業工事で、あっちのは建築工事だからね。
必要な精度が違うんじゃない?

178: 日本@名無史さん 2006/02/07 15:26:45
>>176
地震の有無で、技法は大きく変わる。
城の石垣は外部の力を分散するように作られてるし、
そもそもアンコールワット遺跡と日本の城では
上に乗っかってる重量自体の桁も違うだろ。

日本の石垣は充分に高レベルだよ。




312: 日本@名無史さん 2006/11/21 00:21:35
国友一貫斉はガチ 


本読んだんだけど、すげぇよまじで。 
自分で舶来品の望遠鏡を見て真似して作って 
それで天体観測やって、土星の輪までスケッチしてるw
1

















1















313: 日本@名無史さん 2006/11/21 20:13:20
>>312 
まじかよ。すげぇなw
15: 日本@名無史さん 2005/02/10 23:47:57
江戸の町並み
1









20: 日本@名無史さん 2005/02/28 21:12:29
えーっと、カステラ用の「天火」の開発かな。

カステラ(というか、焼き菓子全般)にはオーブンが必要なんだけど、
室町~江戸初期の日本にはオーブンは無かった。
故に江戸時代初期の料理書に残ってるカステラはホットケーキの
ような薄い代物だった。
このため、菓子職人が竈に改良を加え、上から火で熱する事が
できる竈を江戸時代中期に開発した。

21: 日本@名無史さん 2005/03/24 18:46:01
鎧の技術を応用した龍のフィギュア(鑑定団に出てたやつ)。
現代でも再現は不可能で解体して解析できず、レントゲンで内部を調べた。
それでも再現は難しという。

24: 日本@名無史さん 2005/04/25 17:42:20
玉川上水

羽村から四谷までの約43kmを、100mごとに25cmずつさげて作った。
1







































27: 日本@名無史さん 2005/04/26 12:55:19
糞尿から作った火薬(硝酸カリウム)

中国あたりから教わったのかな?

28: 日本@名無史さん 2005/04/26 21:15:41
>>27
生産に数年かかるらしいね

429: 日本@名無史さん 2007/09/15 11:14:47
しょんべん火薬だろ

431: 日本@名無史さん 2007/09/16 12:18:06
>>429 
馬鹿にするな。 
実に合理的ではないか。 

「有るものでできることをする。」

432: 日本@名無史さん 2007/09/16 23:49:23
日本で硝石とるのは苦労しただろうね。 
乱暴な話、水の多寡と硝石の多寡は反比例する。 
ヒマラヤに遮られて空っ風が吹きまくるインド辺りではとりやすかったろうと思うが、 
多湿、水害も少なくない日本ではとりにくい。 
世界中に溢れてる変哲もない物質なんだけどね。

30: 日本@名無史さん 2005/04/26 21:38:50
伊能忠敬の日本地図。今でも活用できそう

518: 日本@名無史さん 2008/08/01 22:38:54
そういえば、ペリーが測量しようとした時に伊能忠敬の地図を見て、その正確さに 
驚いて帰国した後に、幕府が砲台が完成させ、もしかしたら戦争になってたかも 
しれないって聞いた事があんだけど本当かしら?

522: 日本@名無史さん 2008/08/02 15:26:23
>>518 
伊能地図は幕府の秘蔵だったんじゃないですか。テレビでやってたよ。 
日本地図を海外に持ち出そうとした、シーボルト事件もあったしね。 
持ち出し厳禁! 
それに、ペリーは江戸登城はしてなかったと思う。 
初めて将軍に謁見したのは、確かハリス。篤姫でやってたよ。

526: 日本@名無史さん 2008/08/03 01:18:36
>>522 
結局持ち出されて、ペリーも伊能地図の複製はもってたんだよ。 
で「日本人の作った地図なんかあてになるか」と思って測量したら 
伊能地図と同じだったんで驚いたんだよ

527: 日本@名無史さん 2008/08/04 14:39:46
>>526 
ペリーは何処から伊能地図を手に入れたんですか?

532: 日本@名無史さん 2008/12/07 01:01:38
>>527 
シーボルトが交流のあった最上徳内や高橋景保から伊能図を見せてもらう 
→シーボルト伊能図を違法コピー 
→シーボルト、スパイ容疑で幕府から国外退去処分、伊能図海賊版海を渡る 
→ヨーロッパで伊能図海賊版大量コピー 
→ペリーの手に渡る 

31: 出土地不明 2005/04/26 22:36:56
久しぶりに良スレ!


これは技術じゃないかもしんないけど、
田舎に時々残されてる力石(ちからいし)。
ものすごく重い。友達7人でかわるがわる持ち上げてみたけど、全滅だった。
でも昔の若い衆は、これが持ち上げられないと一人前に認められなかった。
腰の入れ方とか、抱えた時の腕の位置とか、
僕らが身に着けていない技術工夫があるんだろうって気がする。

32: 日本@名無史さん 2005/04/27 12:48:46
技術ではないけど、いいかな?

大阪の堂島で開かれていた、

「商品先物取引」

98: 日本@名無史さん 2005/08/30 15:16:24
大阪の米相場情報を江戸で数時間後に知るために 
東海道沿いに数キロごとに手旗信号所を作った人がいる。 
天候など条件がよければ1~2時間で600キロ離れた 
場所に情報を送る事ができたそうだ。 

ものすごい費用がかかると思うんだけど、 
それすらも可能にした、市場の巨大さに驚いてしまう。

103: 日本@名無史さん 2005/09/06 00:20:35
>>98 
ほぼ人件費のみで、安いと思われ 
しかし大阪では手旗信号が禁止されていたとか(飛脚の職を奪ってしまうかららすぃ)
121: 日本@名無史さん 2005/09/12 00:48:08
先物取引は、大阪の米相場の前に 
ローマ時代にすでにあったらしいと指摘しておこう

135: 日本@名無史さん 2005/10/22 18:30:44
>>121 
ニューヨーク証券取引場には大阪商人を讃えるプレートが貼ってあるらしいぞ。




148: 日本@名無史さん 2006/01/09 20:11:09
ローマ時代の先物取引というのは 
オリーブオイルの搾油機を予約する権利を収穫前に売買していた 
という奴だな。 
似たようなことは貨幣制度のあるところなら全世界どこでもあったんじゃないかな? 

米相場の伝達手段として手旗信号は前述だけど、 
度々禁止になっていたらしい、 
当局が禁止しても禁止しても鳩を使ったり、狼煙を使ったりして 
イタチごっこになっていたらしい。 
相場がいかに発達していたかの傍証だな。 

訴訟制度が発達していて、大都市には陳情訴訟に来る旅人の泊まる宿屋が 
いまでいう弁護士みたいな業務をしていたらしい。これはすごい。 
想像しているよりもずっと複雑な社会だったのだなということがわかる。

153: 日本@名無史さん 2006/01/15 11:55:10
>>148 
公事宿だね。法制史では必ず出てくるやつ。 
幕府公認で株仲間制度を採っていた公事宿の他に、 
公事師と呼ばれた非公認の人々もいた。こっちは勿論取締りの対象。 

こうした伝統があったためか、弁護士(代言人)制度導入後もその社会的地位は低かった。 
昭和初期になってからでも、とある弁護士が裁判所に出向してる軍人さんから 
「君もいつまでもこんなことしてないで早く正業に就きたまえ」と言われた、なんて 
嘘みたいなホントの話があるそうな。 


158: 日本@名無史さん 2006/01/15 22:46:02
弁護士=今のフリーターに近かったわけか 
マスコミも戦前は地位が低かったらしいね 

江戸時代からカワラ板という形で 
ジャーナリズムの真似事みたいなものは 
あったわけだが 
市場経済が発達していたのであれば 
今の日経新聞みたいなメディアは 
あってもよさそうだけど、どうでしょう。 
それよりも通信技術の限界から、即時性を要しない 
出版メディアの方が発達してたのかな。

160: 黒羊 ◆N7qmqkEULs 2006/01/15 23:00:48
>>158 
江戸時代には訴訟の際に本人に代って言い訳を言う三文弁士がいました。 
もちろん言い訳がうまく三文以上の代価を受け取るものもいました。 

先物市場に参入できる者達が限定されますから日経は必要ないでしょう。 
電話勧誘されたド素人が参入できる今日の形態とは異なりますから。 
先物と言えば薩摩藩の市場操作の悪辣さは有名です。

164: 日本@名無史さん 2006/01/16 02:13:11
>>158 
かわら版(時代劇のように、スキャンダラスな記事を街頭で配る行為)は禁止でしたよ。 
しかし即時性のあるニュースには敏感でした。 
江戸の人々はいわゆる時事ネタが大好き。

166: 日本@名無史さん 2006/01/16 06:34:45
>>164 
ねらーの要素ばっちりだ。 
いつの時代、どこの国でも同じなのかもしれんがな。

167: 日本@名無史さん 2006/01/19 18:03:19
>>166 
日本人の時事ネタ好きは異常

33: 日本@名無史さん 2005/04/27 16:53:27
技術とはちょい違うけど白身と黄身を逆さまにするタマゴ料理。返し卵だっけ






34: 日本@名無史さん 2005/04/27 22:03:51
深良用水のトンネルってすごいと思う

箱根の芦ノ湖と深良の両方から掘り進めて、
1280メートルの距離を
固い岩盤を避けてジグザグに掘り進んで
誤差は1メートルだった。
この誤差といわれている上下の段差も
水の勢いを制御するための工夫らしいという説もある。

40: 日本@名無史さん 2005/05/04 02:17:10
>>34
そのおかげで芦ノ湖の水源権利は静岡県にもっていかれたという神奈川県
の怨念






58: 日本@名無史さん 2005/06/06 01:25:04
屎尿処理
ほご完全なリサイクル型社会だった。
100万人都市を流れる大川で水泳ができた。

64: シンデレラ 2005/06/15 00:32:45
>>58
糞尿を農家が買って肥料にしたのは、すばらしいですね。
和紙はすき直してリサイクル。
かまどの灰までリサイクル。
タイムマシンがあったら、ぜひ江戸時代に行きたい!!
街がきっときれいですよねー

59: 日本@名無史さん 2005/06/06 07:49:38
川に流れてきた野菜の屑を拾い集めて漬物にして売り歩いたという話もあるな・・・
今じゃありえない・・・・


65: 2005/06/15 12:03:17
眼鏡橋の建造法。
1















66: 日本@名無史さん 2005/06/15 12:12:46
大和川付け替え工事
昔は淀川に流れ込んでいたらしい

75: 日本@名無史さん 2005/07/12 18:21:03
平賀源内の発明したエレキテルは、今でいう原子力発電なみの産業革命を江戸にもたらしたんだよな。
みんな江戸時代っていうとバカにするけど、昭和にあって江戸に無いものていうと
探すほうが難しいな。
蕎麦、寿司、てんぷら・・・。

76: 日本@名無史さん 2005/07/12 18:53:28
>>75
平賀源内はエレキテルを見よう見まねで作って
原理はまったく分からなかったらしい
1




























77: 日本@名無史さん 2005/07/12 19:56:37
それはそれですげえな。でもなんかいかにも源内っぽいな。

80: 日本@名無史さん 2005/07/17 17:06:57
源内が広めようとしていた石綿は、ある意味猛毒だった・・・。



84: 日本@名無史さん 2005/07/24 21:02:48
和算について教えて。

105: 日本@名無史さん 2005/09/07 03:42:23
>>84
代数学や微積分があったって話だけど詳細は知りません

109: 日本@名無史さん 2005/09/07 16:01:22
>>105
確かπの値を分数と不等号を使って求めたんだ。
「○分の○よりは大きく、○分の○よりは小さい」ってな具合だな。残念ながら詳細は忘れた。導出も忘れた。
ただしその値は、数字を限定していない点では現代でも通用する表記であり、精度としては同時代のヨーロッパよりも高かった。

微積も開発されていたようだ。これは年代的にはニュートンより数十年早かった。何に使ったんだろう。

85: 日本@名無史さん 2005/07/25 05:36:36
和算
誰だたか忘れたが円周率を用いずに円の面積出す算用を発見した人がいたらしい
すげーよ日本人
88: ?♪車輪の再発明♪ 2005/08/02 06:47:49
求積法はアルキメデスと同じことをやったわけでね.円周率そのものを再発見したわけです.
芸能としての水準は非常に高かったが,進化の方向があまりよろしくなかった. 
技術や科学ではなく,囲碁や将棋と同じ芸能としての算術.家元制度. 
芸能としてしか発達しかなったことにむしろ和算家の限界を感じますね. 
明治以後の日本数学の発展に和算家は,ほとんど影響力をもたなかったのも当然といへる.

86: 日本@名無史さん 2005/07/25 07:48:01
かつをぶし
日本人は木を煎じて飲むと誤解された

87: 日本@名無史さん 2005/08/02 04:09:21
一応書いておくと、江戸末期のころの幕府の欧州使節団が西欧にはいって
まず思ったことは西欧の街の見事さと、自国の町のあんまりの貧乏ぶりに
涙を流すことだったそうだ。
たかだか5階建ての数百人が入るホテル一つだけでも、絶対こんなの日本で
無理だと思った人は結構いたらしい。
建築一つみても西欧にはるかにスケールでも技術でも及ばなかったのは押さえておくべき。

89: 日本@名無史さん 2005/08/03 00:25:08
>>87
町並みの貧乏さは、今でもあまり変わらないよ。

90: 日本@名無史さん 2005/08/03 04:03:01
>>87
日本人は謙虚さが必要だってことだな。


92: 日本@名無史さん 2005/08/07 21:57:45
金箔っていつごろから?
あれすごいよね。薄くしまくるやつ

94: 日本@名無史さん 2005/08/23 01:39:21
都市部の修字率は当時の世界トップレベルだそうだ。
日本人から見れば石造りの城は驚愕らしいが
西洋から見れば木と紙と土で家ができる方が不思議らしい。
あと江戸時代じゃないが
武田信玄が行った治水方は現在のアフガンでお役にたっているとNHKでいってた






384: 日本@名無史さん 2007/06/10 10:00:57
>>94 
武田信玄の治水技術は超ハイテク。 
現代日本でも使われまくり。 

95: 日本@名無史さん 2005/08/23 01:53:59
>>94
日本の城の石垣も西洋人にとっては驚きだったようだよ。

101: 日本@名無史さん 2005/09/05 05:50:23
>>95
と学会の本に書いてあったんだが、
海外の超常現象本に、エジプトのピラミッドやイギリスのストーンヘンジに混じって、
大阪城の石垣が、なぞの巨石文明として紹介されたことがあるそうな。





ありゃ宇宙人やなくて俺らの先祖がつくたんだYO!ヽ(`Д´)ノバーヤバーヤ!


96: 日本@名無史さん 2005/08/30 01:22:29
それほどの技術力はあったということか



100: 日本@名無史さん 2005/09/05 00:15:26
花火は?
元は外国だからダメかな

102: 日本@名無史さん 2005/09/05 10:01:16
リサイクル率の高さは既に語られてるけど、それが陶器にまで及んでいた事。
破損した陶器を修復する”継ぎ屋”が存在していて、欠けたパーツを融点の低い
ガラス質の粉を混ぜた糊で繋ぎ、焼き直すことで溶接していた。
金継ぎ



104: 千年うんこ ◆UNKOg/MQDY 2005/09/06 11:56:22
江戸時代は一般人は走る技術を持たず、
歩くのも常になんば歩きだった。

ってのは逆の意味で驚くのだが本当に?

110: 日本@名無史さん 2005/09/07 16:56:06
>>104
飛脚、岡引、鼠小僧
みんな走っただろ!!

128: 日本@名無史さん 2005/10/03 03:17:27
>>110
走るという行動は特殊技能の一種。
普通の人々は「ナンバ」(漢字忘れた)という、右足と右手が同時に出る
歩き方。
実際、和服着たとき着崩れしないでいい感じ。
で、走り方にも色々流派らしきものがあって、高下駄を使った走りや、
飛脚独特の走り方など、見る人が見ればどんな修練を積んできたか分かったらしい。

130: 日本@名無史さん 2005/10/03 22:44:23
>>128
歩く時はそうでも、走る時は別だろ。
昔の足軽達は騎馬武者について走ったのだ。
賤ヶ岳の戦いの時に、秀吉の軍一万五千が五十二キロを5時間で移動
したのは、走らなければ無理。

385: 日本@名無史さん 2007/06/10 11:12:46
>>104>>110
走るのは特殊技能。

平時には知っていいのは特別な職務の人だけ。
走れたのは特別な訓練をつんだ人だけ。
現代走法より合理的な走法だった。

389: 日本@名無史さん 2007/06/18 18:33:28
>>385 機械力を体の運用を専門化することで補ったわけだ。体つきや歩き方で
なんの職業の人か、すぐわかったそうだ。

540: 日本@名無史さん 2009/07/05 02:06:40
>>104
超亀レスだが俺の伯父さんの体験談を

伯父の祖父(つまり俺の曽祖父)が畑仕事に出かけたとき、弁当を忘れて、当時、小学生だった伯父が気がついて
追いかけていった。
曽祖父は桑を担いで歩いている。伯父は弁当を持って走って追いかけている。
なのに、全く追いつけなかったそうだ。
「どうみても爺さんは歩いているんだ。こっちは走って追いかけているのに全く差が縮まらないんだ」
と言ってた。

子供の頃聞かされた話だったので、真に受けなかったのだが・・・・。

106: 日本@名無史さん 2005/09/07 08:45:27
経済体制とかは現在と見比べても何ら遜色がないほど完成していた。

107: 日本@名無史さん 2005/09/07 09:12:32
>>106
明治の文明開化で奇跡の近代化を遂げたといわれているけど
実際は江戸時代に基礎があったんだよね、経済も技術も法律も。
ただ西欧風にシフトすればよかっただけだから、奇跡でもなんでもない。
そこが他のアジア・アフリカ諸国と違うところで、今の日本の原点は江戸時代にある。


112: 日本@名無史さん 2005/09/08 00:15:29
複式簿記は?
近江商人が使っていたと聞いたことあるけど。

122: 日本@名無史さん 2005/09/14 02:48:14
>>112
大航海時代に西洋の簿記を取り入れたと指摘しておこう

113: 日本@名無史さん 2005/09/08 10:14:48
江戸時代300年間で貨幣価値がほとんど変化しなかったこと
一般住居いわゆる長屋は大工一人で簡単に作成できるほどの規格品だった

つってもやっぱ糞尿リサイクルが一番だな。
当時の同じ規模の都市であるロンドンとか臭くてたまらなかったらしい
臭かったから香水が発展したってのもおかしな話だけど

115: 日本@名無史さん 2005/09/10 02:09:46
江戸都市計画。現在の東京より整っていたらしい。

ただ、木造だから火事に弱かったようだが。

しかし、建築物は明治時代の方が現在よりかっこいい。特に明治時代の警視庁は現在よりはるかに威厳がある。
82: 日本@名無史さん 2005/07/23 21:25:27
火消し制度はどうだ?この間「その時歴史は動いた」でやってたが。 
あの時代欧米にあんな制度あっただろうか?


152: 黒羊 ◆N7qmqkEULs 2006/01/15 02:07:52
>>113
火災は都市にとってつきものですから。
消防団といえばローマ皇帝アウグストゥスが設立したウィギレスがあります。
これは解放奴隷で構成された組織的な消防団でした。

政治的な理由からローマ市以外で組織されませんでした。
西ローマ帝国滅亡以降は西欧から大規模な都市がなくなってしまいました。
そのため消防団はいらなくなり、この制度は継承されませんでした。

オスマン帝国の首都イスタンブールの消防団もよく挙がる事例ですが、
今回はイギリスにおける消防団の登場を紹介します。
1666年ロンドンで大火災が発生し全体の4分の3を焼失してしまいました。

このときに火災保険が設立され、消防団はこの付属として登場しました。
ただしこれはあくまでも私的なもので保険加入者の家屋だけ守りました。

また、イギリスは当時自然破壊による深刻な木材不足に陥っていました。
このため、この火災を契機にレンガ造りの家屋が増えたと言われています。

114: 日本@名無史さん 2005/09/08 13:32:59
一説では平賀源内がプルトニウム精製(ごく原始的だけど)も着手していた・・・
てなトンデモは無いのか

120: 名無しさん@そうだ選挙に行こう 2005/09/11 20:23:24
>>114
ドキドキしたじゃねーか!
このスレはネタ禁止!

116: 名無しさん@そうだ選挙に行こう 2005/09/11 03:26:59
やっぱり300年のミラクル・ピースだな・・・
それを支えるのは忍び・・・?

117: 名無しさん@そうだ選挙に行こう 2005/09/11 11:22:29
>>116
享保からお庭番として本当に存在しました

118: 名無しさん@そうだ選挙に行こう 2005/09/11 14:50:20
>>117
すごいね。
太平の世の中を実現するためには、不穏分子の芽を摘む、という発想ですね。
今の平和主義者の事を徳川が知ったら笑いものにされるだろうね。
しかも、それでいて北朝鮮のような弾圧国家にならないところが凄い。





140: 日本@名無史さん 2005/11/30 00:39:55
ローソク足

150: 日本@名無史さん 2006/01/14 20:38:04
ペリーが来る以前からで幕府は驚くほどアメリカの国内事情を把握していた。
歴代大統領の名前であるとか、
アメリカ国内の都市とその主要産業についての情報や鉄道網などの
詳細な地図も保有していた。

154: 日本@名無史さん 2006/01/15 12:01:48
江戸幕府が出来た時、鎖国をせず国を開いていたら
17世紀にイギリスみたいに産業革命が始まったかな?

155: 日本@名無史さん 2006/01/15 12:20:54
西洋諸国と国全体で貿易関係を結べば、かなり近代化
してたんじゃないの。

156: 日本@名無史さん 2006/01/15 16:37:51
その前に植民地にされてたんじゃないかな?



163: 日本@名無史さん 2006/01/15 23:49:43
井戸掘り方法この上総掘りは、いまでも途上国で大活躍だよ

165: 日本@名無史さん 2006/01/16 04:31:54
ひとつひとつの技術はもちろんすごい。
しかし、一番凄いな、と思ったのは市井の人々の几帳面さ。
農誌や人別帳や税金の台帳とか、そういった記録に関して、彼らは異常なくらいマメ。
そのマメさは、もはやうんざりするくらいだ。
むしろ、現代の我々の方がいい加減なシステムの社会なのでは、と思う。

25: 日本@名無史さん 2005/04/26 01:28:01
彦根人が開発した自転車。
※新製陸舟車(しんせいりくしゅうしゃ) 平石久平次



170: 2006/02/06 18:18:44
江戸時代に自転車は発明された
しかし、江戸時代は発明禁止、世に出ることはなかったので
西洋の19世紀のが定説になった

187: 日本@名無史さん 2006/04/07 07:19:55
>>171
江戸時代の人はみんな籠に乗ってるよね。
あれは人が車に乗れなかったからだよ。
理由は幕府が車の使用を禁止してたことと、
舗装されていない道では車輪だとかえって不便だったから。

ただし、京都大阪江戸などの都市では引越しなどのときに荷車の使用は許されていた。
お寺が寄付を募るために鐘を車に乗せて運ぶのもOKだった。
時代劇で農民があぜ道で大八車を使ってるのは間違い。

188: 日本@名無史さん 2006/04/07 12:33:49
>>187
禁止の理由が分かりません。
説明をお願いします。

189: 日本@名無史さん 2006/04/07 17:31:51
>>188
「大江戸リサイクル事情」って本で読んだのは、
車(馬車)が増える→便利なので普及する→土の道を大量の馬車が通る→道がでこぼこになる
現代だって道路を常に良い状態に保つのは大変だよね。
地面がでこぼこにならないための舗装された道を常に保つのは無理だと
江戸時代の偉い人が判断したからみたい。
人が引く車に轢かれて死ぬ人もいたようだから、通行人が危険だと思って禁止したのかも。

190: 日本@名無史さん 2006/04/08 00:27:09
>>189
教えてくれてありがとう。
今でも○○t車禁止、っていう道あるからなあ。




191: 日本@名無史さん 2006/04/08 23:02:15
技術とはちょっと違うけど、日本は面積あたりの農作物の収穫量が世界一なんだって。
農民が積極的に土を肥やしたりして色々と試行錯誤してくれたおかげだと思う。
化学肥料を使う現代からしてみれば、すごく合理的だよ。
自分は農家だけど、化学肥料はずっと使い続けてると土が駄目になってくるよ。
だから逆に有機肥料の方が優秀。

194: 日本@名無史さん 2006/04/08 23:52:27
>>191
江戸時代の農書とか、凄いよね。
名もない農民だが、宮沢賢治みたいな人がいっぱいいる。

192: 日本@名無史さん 2006/04/08 23:26:48
江戸時代にいろいろな技術が発展したのは、このスレ読んでわかったけど、
どうしてこの時代の日本で起きたのかな?
平和な時代がある程度続けば、いつでもどこでも
こうなるって訳でもなさそうだし。
それ以外の条件ってなんなんだろう?

195: 日本@名無史さん 2006/04/09 01:51:52
>>192
本当、どうしてだろうね。
そういえば、江戸の循環社会も凄いよね。
物が貴重なのは、今現在の貧困した国もそうだけど
徹底したリサイクルの仕組みや循環社会の制度なんかは
そんなに発達してるわけじゃないし。

197: 日本@名無史さん 2006/04/09 02:02:45
やっぱり、もったいない精神かな。
モノを大事にするから、それを管理する仕組みとか台帳とかに異常にこだわる。
江戸東京博物館に行って驚いたのが、江戸時代の書類の細かさ。丁寧さ。
そこまでするか!と思った。
江戸時代の日本人から見たら、現代人はだらしがない、と怒られると思うな。

198: 日本@名無史さん 2006/04/09 02:29:39
>>197
もったいないの考えから隔離した江戸東京博物館の建物で、
もったいないの精神を学ぶ皮肉さも一興。

200: 日本@名無史さん 2006/04/09 03:58:09
>>198
赤字続きの江戸東京博物館の維持のため毎年消えていく都税が『もっ
たいない』んです。
ちなみに俺は友の会会員なので常設展はいつもタダ。

201: 日本@名無史さん 2006/04/09 10:10:50
江戸の街は清潔だったけど人々は不潔だったってホント?
歯磨かないとかありえなくね?

204: 日本@名無史さん 2006/04/09 14:28:02
>>201
世界的に見て、トップクラスで清潔。
風呂や洗濯は当然として、勿論、歯磨きもあったし(房楊枝)、
歯磨き粉も売ってた(粒子の細かい砂に各種ハーブを加えた物などが、
色んなメーカーから出てた)。

当時の人は、体臭や口臭にはかなり気を使ってたよ。

209: 日本@名無史さん 2006/04/09 22:26:34
>>204
いや、なんか歯を磨くのは遊び人みたいな人だけだったって話を本で読んだからさ
『雪隠で 歯を磨いてる 居候』
って川柳があるように、当時の普通の人は歯磨きの習慣がなかったって

210: 日本@名無史さん 2006/04/09 23:56:30
>>209
浅草並木には房楊枝屋が軒を連ねるって様な事を書いてあるのを読
んだ事あるよ。

江戸名所図絵にも浅草寺境内の楊枝屋が載っているし、「楊枝屋 
お藤」は「谷中水茶屋 お仙」と並んで江戸の美人の一人として浮
世絵にもなっている。当時の浮世絵は今のブロマイドと同じような
もので、お藤見たさに人が押し寄せたそうだよ。

これらの事から想像すると房楊枝は割とポピュラーな生活用品だっ
たと思える。長屋住まいの庶民も房楊枝で歯を磨いたとしてもなん
ら不思議でもない。

211: 日本@名無史さん 2006/04/10 00:18:18
>>209
その川柳は、居候のくせに女買いする男の事を詠んだのでしょう。

212: 日本@名無史さん 2006/04/10 06:27:55
>>211
そういう意味だったんですか。ありがとうございます。
やっぱり本の内容をそのまま鵜呑みにしちゃいけませんね

215: 日本@名無史さん 2006/04/10 12:50:25
楊枝って、房楊枝が元だったんだよね。 

江戸東京博物館で笑ったのは、顔すげ替え式の力士の版画。 
体は一緒で人気のある力士に合わせて顔だけ変えて印刷。 
吹いた。

216: 日本@名無史さん 2006/04/10 20:53:17
やっつけにも程があるぞ! 吹いた!

217: 日本@名無史さん 2006/04/10 22:41:36
みんなぽったん便所で我慢できるのかな
靴だって傘だって鍋だって壊れても修理して使わなきゃなんない。
食いもんなければ子供間引きしてじじばば姥捨て山しなきゃならい。

218: 日本@名無史さん 2006/04/11 00:35:01
>>217
みんな肥料になるウンコを捨てて海を汚して平気なのかな。
靴だって傘だって鍋だって安物を100均で買ってきてすぐ使えなくなって捨てなきゃならない。
食べ過ぎて高血脂性や糖尿病になってダイエットして女は子供も生みたくない、じじばばは
死なせてもらえずにチューブで延命しなきゃならい。

219: 日本@名無史さん 2006/04/11 23:00:05
物が壊れたら修理してくれる職人がいるのは良いことなんじゃないのか?
修理すればまたちゃんと使えるんだしさ。
今じゃ古い(といっても数年から十数年前)ものが壊れて修理しようにも
部品が製造中止とかで、愛着あるものが修理できなくて寂しい。

236: 日本@名無史さん 2006/05/03 21:13:05
江戸時代の軍事力は、そのころの西洋と比べても侮れないくらいに、
強かったんですよね?

238: 日本@名無史さん 2006/05/04 08:24:39
>>236
「そのころ」というのが何時かによる

252: 日本@名無史さん 2006/05/20 00:15:55
>>236
みなもと太郎の「風雲児たち幕末編」によれば、伊豆代官の江川太郎左衛門が、わずかな資料を元に開発した炸裂砲弾は当時世界最高レベルの性能だった。
設計図を見たオランダの軍人さんもビックリしたらしい。

255: 日本@名無史さん 2006/05/26 23:18:45
>>252 
その後アームストロング砲が開発されてしまったため、世界最強の座から転落してしまったが。

船を失ったプチャーチンの為に洋式帆船を建造した船大工が持っていた「墨つぼ」。どんな定規よりも正確に何十メートルもの直線がひける。


257: 日本@名無史さん 2006/05/27 15:59:56
歯の高い一本下駄で疲れず早く走るのって本当にあったのかな

258: 日本@名無史さん 2006/05/27 17:36:35
>>257
うちの近所にいつも一本下駄履いてるおっちゃんが住んでるんだけど、
昨日、器用に同年代の人が運動靴で走るのとかわらない位のスピードで走ってるのを見かけてびっくりしたよ!
疲れるかどうかはわからないけどね。


137: 日本@名無史さん 2005/10/23 23:23:44
幕末の役人が蒸気船の蒸気機関見せられて「これって蒸気機関車のやつと 
一緒じゃないか」みたいなこと言ったらしいんだけど。 
ペリーが来る前に西洋事情や技術についてどこまで理解していたか 
詳しい書籍教えてください。

149: 日本@名無史さん 2006/01/14 20:11:33
>>137 
函館戦争で薩長に殺された、中島三郎助が聞いたことらしいな。

138: 日本@名無史さん 2005/11/13 04:32:23
蒸気船、すぐに作れたぐらいだからね。昔から日本人は技術力はあったんだな
260: 日本@名無史さん 2006/05/28 09:33:34
四国の宇和島藩?だっけ、小さい蒸気船を見よう見まねで
作った人がいなかった?

267: 日本@名無史さん 2006/06/01 23:21:26
>>260

設計があの大村益次郎で製作が宇和島城下の長屋で
提灯屋や仏壇の修理をやっていた前原嘉蔵っていう
おっさん。なんか痛快だねえ。


271: 日本@名無史さん 2006/06/04 22:06:58
>>267
そのおっさんは黒船の存在はおろか設計図などと言うものすら見たことがないのに、益次郎が書いた設計図を見て、それが蒸気で動く船であると言うことを理解した上に、その設計図のミスまで指摘したと言う。
蘭学のエキスパートである益次郎をして「日本一の大学者」と言わしめたという。


261: 日本@名無史さん 2006/05/28 12:12:14
外燃機はもちろん、内燃機ですら見よう見まねで作ります


265: 日本@名無史さん 2006/06/01 23:08:23
鳥人幸吉(浮田幸吉)
江戸時代の岡山に実在した人で本業は表具師
手製のグライダーにより飛行中、宴会中の人々を発見し
宴会の輪の中にいきなり着地して驚かせ。人々が逃げ惑う
すきを見て酒肴を奪取した。実際にいたみたいだよ。
やってることはルパンかキャッツアイの元祖だけど。



318: 日本@名無史さん 2006/11/25 11:08:23
18金 程度のものでも 純金の輝き
この技術を 誰か おしえて

320: 日本@名無史さん 2006/11/25 17:49:34
>>318
小判製造工程の最後で、「色揚げ」(色上げまたは色付け)という、
化学的な表面処理を行っている。六種類の薬品の混合物を塗って加熱し、
洗い流すことによって表面部分から銀のみを溶解して除き、
金濃度を高める方法。

321: 日本@名無史さん 2006/11/25 22:03:57
技術とは少し違うかもしれんが詰将棋
図巧や無双あたりはとても人間技とは思えん。
「パズル」という概念でとらえると、同時代の西洋と比較してどんなもんなの
だろうか?

323: 日本@名無史さん 2007/01/01 10:35:00
将棋って印度から伝わったんだよ

324: 日本@名無史さん 2007/01/01 11:12:26
>>323
日本将棋は「取った駒も使える」というルールのおかげで、ゲームとして複雑なものに発展したというね。
ただ、それは大いに誇りにして良いが「技術」ではないだろう。

自分としては、江戸時代の土木技術は大したものだったと思う。利根川東遷など現代の土木技術でも大事業だろうに、
よくできたものだ。あとは閘門式運河の見沼代用水とか。

346: 日本@名無史さん 2007/01/11 13:53:39
>>324
>日本将棋は「取った駒も使える」というルールのおかげで、ゲームとして複雑なものに発展したというね。
>ただ、それは大いに誇りにして良いが「技術」ではないだろう。


このシステム(捕獲した敵兵を自軍戦力とする)は
毛沢東のゲリラ戦論に多大な影響を与えた。
その点では実用上の応用はあった。

とむりやり言ってみる

331: 日本@名無史さん 2007/01/05 01:03:47
城を建てる技術は、戦国時代と江戸時代とで比べて、どのぐらい上がってたんでしょうか?
建設に掛かる時間は、どの程度だったんでしょうか?

347: 日本@名無史さん 2007/01/11 15:07:45
>>331
現在の徳川時代の大坂城石垣に比べて、その内側に埋没している豊臣時代の大坂城石垣は、技術的に明かに劣る。
単に石を積み重ねているだけなのだ……。

332: 日本@名無史さん 2007/01/05 01:26:47
技術はそう変わっていない。
戦国期に職人を機密保持のために皆殺しとかそういう伝説もあるけど
たぶん嘘だよ。熊本城とかそういう伝説があったけど築城が終わると灌漑とかそっちのほうに
技術者を活用してる。

ただ意匠面で飛躍的に進歩してていわゆる天守閣とか白壁造りのお城や武家屋敷が
作られたりしてる。費用はものすっごく高かったみたいだけど(職人とか資材を全国から呼び寄せてる)
江戸初期は特にそういうのに見栄はって他国にまで響くようなデザインをしてたりする。
建築期間は、ものにもよるけど城だと一年ぐらいかける。一国一城で統治の象徴用意味合いで野戦築城じゃない
から。あと職人とか借りると年払いだけど人夫とかは近隣から集めるので冬期とか農繁期以外で半年くらいで急に
やったりする。縄張りとか設計段階が悠長で工期が押し詰まるという現在にも通じる太平な世の建築スタイル。


371: 日本@名無史さん 2007/04/29 13:17:25
華岡青州の麻酔手術は?
世界最古の全身麻酔により乳ガン手術。しかも成功。

実験台に名乗り出て失明した妻のために、一緒に温泉に行ったりしてるのもいいと思う。

375: 日本@名無史さん 2007/06/06 12:42:36
三段仕込み

とかは?
世界中の酒がほとんど、デンプン質→糖に分解
糖→アルコール生成
という2過程なのに対して、日本酒はこの2つを1つの酒瓶で一度にやってしまう。
いわば酒瓶1つ1つにバクテリアの生態系を作ってしまうわけで、
一方の活動が不活発になったりしてちょっとバランスを崩すとおじゃん。
これを制御して良質のアルコールを作るのには相当の技術が要る。

390: 日本@名無史さん 2007/06/19 11:59:50
牛車とか車輪な概念はあるんだからスケボーみたいなのつくろうとは思わなかったんだろうか、飛脚の中の人は

391: 日本@名無史さん 2007/06/20 03:58:39
>>390
30年ぐらい前にローラースケートのブームがちょっとあったけど、
その時ですら都内で走れる環境は少なかったっすよ
都内で砂利道や剥き出しの土の道を見かけなくなったのは
ここ十数年ぐらいからじゃなかったかな

個人用の車輪は道路というインフラが整備されないと流行らない
土や砂利の上だと乗りごごち悪いといってすぐにダメ評価が下される
江戸時代に作られたというチャリもそんな理由でダメになったような

でももしサスペンションの概念が早くに導入されていたら、
新しいモノ好きな人種だけに
案外と人力車輪の文化はアリかもしれないね
明治期には人力車が存在していたワケだし


403: 日本@名無史さん 2007/07/17 04:42:22
江戸時代の一部の者は既に地球が丸い事を認識していたらしい。スゴイね。

413: 日本@名無史さん 2007/09/01 08:55:34
逆に当時や江戸時代は地球をどう理解していたんだろな?

414: 日本@名無史さん 2007/09/01 09:51:22
人によるだろうが、地球が丸いということを知っていた人は少なくないだろうな
特に沖乗りをする千石船の船頭は話題にすることがあったんじゃないか
地平線の向こうから陸地を望むとき、山のてっぺんから見え始めるのは何故か、
っていう身近なテーマと直結してるからな

地球説そのものはアリストテレスの時代からかなり精密な論理で成立している
(実証は遅れる)

435: 日本@名無史さん 2007/10/16 18:38:11
江戸時代の繁栄は政治的な安定があってのことなんだけれど、
経済発展のおかげで、武士階級は300年かけてゆっくりと没落したわけね。
ここで不思議なのは、なぜ武士は経済発展の果実を貪るという安易な手段に
走らなかったんだろう?
つまり政治的安定を実現し経済発展を下支えしながら、自らは貧窮に甘んじるという
支配階級がなぜ生まれたのだろうか?

437: 日本@名無史さん 2007/10/16 23:14:04
>>435
武士でも上の方はなかなか稼いでるらしいぞ
領主的経済流通と農民的商品流通だったかのせめぎあいで

438: 日本@名無史さん 2007/11/09 16:48:44
>>435
一つに、武家の親玉である大名が参勤交代で見栄を張りながら消費する事を義務付けされていた。
二つに、士農工商の教えにあるように金稼ぎに走る事は格好悪い、という風習があった。

しかし参勤交代は本当に良く出来た制度。同じ政治システムが続くと支配階級に資本が集まる所を、
消費を義務付けさせる事でマクロ経済が回るシステム作ったんだから。
同じ時代の欧州とか貧富の差が酷い事になって、庶民は貧窮に喘いでたし。

どうも高度経済成長が終わった後の今の世界って、二度目の中世に戻りつつある気がするが、
欧州モデルはマジやめて欲しい。江戸時代のように、上が強制的に消費するシステムを用意しないと。

442: 日本@名無史さん 2007/11/10 11:33:04
あー単純に消費させるだけじゃなくて、
旅先でひろく配分するのも同時にやっているのか

確かによくできてるな

443: 日本@名無史さん 2007/11/10 12:59:30
江戸に近い街道筋ほど金が落ちて、遠いところほど金が落ちない仕組みだな
さすが江戸幕府

頼山陽か誰かが書いた九州の紀行文だが
「豊後辺りでも(江戸より)かなり酷いが薩摩はそれを上回ってこんな底辺なところがこの日本にあるかと思った」
と書かれているな


467: 日本@名無史さん 2008/03/08 00:04:31
地味なとこだけど浮世絵の構図ってのはひとつの技術に見立てれば相当すごい。
草木、構造物、それから天のぼかしで四角い画面を自由自在にフレーミングして、
版画特有の直線的構成でもって三次元的な「曲がり」や「奥行き」を表現する。

ちなみに木曾街道六十九次の「須原」初摺は広重の、
いや浮世絵全体でも傑出した構成を持っていて、
近景を大胆に黒く、中景をやや淡く、
遠景を至って淡く塗りつぶすことで光源と遠近を表現している。
中遠景で暗いものがかえって手前に見える、というのは浮世絵ならではの技法。

古典的西洋絵画に比べて光源が多元的なんだな。
浮世絵が印象派に多大な影響を与えたのも無理からぬこと。


481: 日本@名無史さん 2008/04/18 13:25:47
江戸川や荒川に鰻が吐いて棄てるほど生息してたらしいね。
当時は庶民の食べ物で、江戸町人はファーストフード感覚で食いまくってたらしいな。
うらやましい

483: 日本@名無史さん 2008/04/18 15:31:16
握り寿司も江戸の屋台から

484: 日本@名無史さん 2008/04/18 17:30:47
よへえさんがはじめたってフェミレスにかいてあったのだが本当ですか

485: 日本@名無史さん 2008/04/18 19:16:55
>>484

小泉(花屋・華屋)与兵衛が始めたと言われている。
屋台ではなく、岡持ちから始まったらしい。
幼名は弥助(やすけ)。若狭国で生まれるが、伝染病で両親を亡くす。
1824年に華屋を開業。ワサビを使い、現在の寿司に非常に近いものを出したことから、一般には握り寿司の考案者とされる。他の業者と競い豪華な寿司を提供したことから、奢侈を禁じた天保の改革の際には他の寿司職人ともども投獄されている。明治時代に出版された書物には、与兵衛が投獄された原因はアナゴ寿司にあったと伝えている。



493: 日本@名無史さん 2008/07/09 21:51:22
勝は、ロシアの対馬占拠の時も英国を動かして解決させた。
小栗はロシア説得に失敗して時間浪費だけだったので罷免。勝が自慢するエピソードのひとつ。

無血開場時も篤姫とか和宮ルートや英国などと共に、自分で江戸を焼いて焦土作戦を
計画してた。(当時はナポレオンを撃退したロシアの焦土戦術が外国通の間では知られていた)
硬軟両面で計画してたのね。

それを粉砕したのは、西郷の決断と大村の防火対策をした
(江戸の大火の歴史とか全部調べた)上での上野賊軍(予め討伐日時を伝えて一カ所に籠城させて)殲滅作戦。

497: 日本@名無史さん 2008/07/11 18:08:47
>>493
だいたいが勝と西郷とはデキレース
氷川情話かに勝の従者の回想が掲載されており、1866-7年頃に奄美大島に赴いた際
西郷は勝に密輸入した武器を見せた。

帰りに船頭が武器のことを口走ったら「西郷は国の為に決して間違った行動はしない、お前が
誰かに口外したら命はないものと思え。」と口止めしたとのこと。

初めっから結論が出ている話を角が立たない様に過程を苦心しただけだろう。

496: 日本@名無史さん 2008/07/11 11:15:57
>自分で江戸を焼いて焦土作戦を
>計画してた。


城下町って、戦時には敵が城近くに拠点を持たせないために焼くのが前提じゃなかったのか?
平時には繁栄させて富を集め、戦時にはその富を城内に分捕って篭城に備えるって感じで。

497: 日本@名無史さん 2008/07/11 18:08:47
>>496
新門辰吾郎他に放火か火消しかは忘れたけど手配していた。
本人は結構自己顕示欲が強そうな感じ。

498: 日本@名無史さん 2008/07/13 08:48:07
なんで、勝がそのころ奄美にいってんだよw?

500: 487 2008/07/13 18:07:15
>>498
年代を間違えてた、文久元年6月だと、1861年だな。
共をした若党は新谷道太郎で、どういう経路から鹿児島経由で奄美に赴いたかは
記載なく不明だ。

516: 日本@名無史さん 2008/08/01 16:43:54
ちょっと地味だけど飾職人ってのも結構いい仕事してるね。
ほら、根付や簪なんかの飾。今じゃまったく人気無いけど。
ああ云う、職人芸って何とか残せないのかなぁ。

519: 日本@名無しさん 2008/08/01 22:53:26
>>516
昔は根付、今ストラップフィギュア。
根付にこれといった伝統があるわけじゃない。ブームになったんでクオリティが揚がっていっただけ。
凄い凄くないは別の話、所詮はサブカル。愛されたものだけが遺され、伝わるだけ。
それ以外に、特別に遺すほどのものなんかないのですよ…

「いいものを愛そう」 この心がけだけ、伝えればいい。 愛されれば伝わっていくのだから。






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