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1: 本当にあった怖い名無し 2007/09/11 13:04:05 ID:ulCYzmAF0
滝沢馬琴の「兎園小説」その他に載っている「うつろ舟」の話。
高千穂峰の天の逆鉾。
三世紀頃に消えた銅鐸の謎。
聖徳太子の「日本国未来記」。
南朝子孫のゆかりの寺に祀られる、「草薙剣」。
源頼朝の死の謎。
大坂「南宗寺」に伝わる徳川家康討ち死に説(首塚があるという)。

眉唾ものの伝説から、今だ謎である事まで日本史においては様々な
奇談が伝わります。
上記に挙げた例はほんの一部でまだまだ奇談はあるでしょう。
私の知識は古く、すでに解明されたこともあるでしょう。
そんな様々な出来事を列記していき、意見を出し合い、まとめていきませんか?


4: 本当にあった怖い名無し 2007/09/11 15:08:10 ID:z6J9oTdG0
全部知らない
聖徳太子の「日本国未来記」ってどんなの?

5: 本当にあった怖い名無し 2007/09/11 17:08:57 ID:ukjkDAD/0
マツリゴトにまで入り込み、過去の賢人たちはそれを利用し時には脅かされ、
現在の日本の一端を創ってきたとも言える日本国未来記…
日本最大にして最高の効果があった都市伝説  
          



 と俺は思う。

6: 本当にあった怖い名無し 2007/09/11 18:21:46 ID:z6J9oTdG0
>>5
どう思うかじゃなくてどういう読み物なのかと…

7: 本当にあった怖い名無し 2007/09/11 22:04:25 ID:XDRpRQtX0
現物がないからわからん

9: 本当にあった怖い名無し 2007/09/12 11:57:18 ID:G07wK8oCO
唐招提寺五十巻本未来記あたりは実在したらしいけど、内容的には
これからの政治指針や国民の暮し方などの詳細を書いてあっただけじゃないかな。
それに則って国が動いてただけで、予言書と言うより計画表みたいな物じゃないかなぁ。
後年に野望を抱く者が後付けで太子の名を利用する為に「おぉ!未来記当たってるよ!」
「聖徳太子すげえ!!」みたいなw
『日本書紀』には「兼知未然(兼ねて未然を知ろしめす、兼ねて未だ然らざるを知ろしめす)」とある。
この記述は後世に「未来記(日本国未来記、聖徳太子による予言)」の存在が噂される一因となった。『平家物語』巻第八に「聖徳太子の未来記にも、けふのことこそゆかしけれ」とある。また、『太平記』巻六「正成天王寺の未来記披見の事」には楠木正成が未来記を実見し、後醍醐天皇の復帰とその親政を読み取る様が記されている。これらの記述からも未来記の名が当時良く知られていたことがうかがわれる。しかし、過去に未来記が実在した証拠が無く、物語中の架空の書か風聞の域を出ないものと言われている。江戸時代に、人心を惑わす偽書であるとして幕府により禁書とされ、編纂者の潮音らが処罰された『先代旧事本紀大成経』にある『未然本記』も未来記を模したものとみることができる。

※聖徳太子 未来記 原文 で検索すると結構面白いです…




299: 本当にあった怖い名無し 2008/02/05 11:22:11 ID:nxCayBzKO
作家の海音寺潮五郎が加治木(鹿児島県)の中学に通っていたとき下宿していた家のおじさんから聞いた「ひえもんとり」の話。 

西南戦争の時に政府軍のスパイが捕まえられて処刑されることになった。 
見物する群衆は罵声を浴びせるがスパイは臆することなく堂々として斬られた。 
その下宿のおじさんはまだ子供だったが彼も見物をしていた。 
そして、その夜はそのおじさんの知り合いが泊まりに来て酒盛りとなったが 
その時にスパイの処刑の話になって、死に様が堂々として見事だったという話になった。 

その知り合いはそれを聞いて 
「それほどの男なら肝を見てみたいものですな」と言った。 
おじさんの父親は 
「この子が処刑を見に行ってたから道案内させましょう」 
といって知り合いの道案内をさせた。 
夜で外は雨が降っているのに死体のところへ案内などしたくなかったが 
武士の子供だからそんなこと言えるわけがない。 
薄気味悪い中案内して処刑の場所についた。 
死体はまだ放置されていた。その知り合いは傷口から手を差し込んで 
「ホウ、もう誰か先に獲ってしまったようだ」と言った。 
そのおじさんは「あげん恐ろしかことはごわはん」 
と言って話を締め括った

300: 本当にあった怖い名無し 2008/02/05 12:00:29 ID:CZLm/pxo0
肝のことをひえもんって言うの?






97: 本当にあった怖い名無し 2007/10/15 19:35:12 ID:tx+mAcDE0
以前、日本史板だかどっかで見かけたレスだと、草薙の剣は一般に伝わる中空の矛のような短銅剣とは全く異なるものとされていたな

材質は錆びることの無い金属、つまり金無垢で、その形状は手を広げるように七つに分かれた刀身が広がるというもので強いて言えば石上神宮七支刀に似ている
剣とは呼ばれるものの、その実体は正しく祭具であって、およそ武器として使用できるものではなかった

ここまではまあいいとして、胡散臭いのはこれを語った人間というのが戦時中、対アメリカの呪術攻撃の一環として儀式を行った、当時の大宮司だったとされている点なんだが……

ちなみにこの儀式の際には、勝手に動き始めた草薙の剣を留めようとした禰宜職が一人、件の新羅僧よろしく消し炭と化したとのこと





163: 本当にあった怖い名無し 2007/11/22 22:58:10 ID:UG9Nh40d0
まあ一種の日本史として沖縄史の謎
沖縄本島最南端に「糸満市(いとまんし)」という市があるんだけど、そこの高嶺(たかみね)地域には昔、イギリスから8人の男が漂流し、 そのまま住み着いたという伝説があります。

そこには「ロンドン公園」と言う公園もあるし、関係ないと思うけど「クール」と言う名の地名(バス停の名前にもなってる)もあります。
実際そこの地域の人たちは、他の沖縄の人とは若干違った顔立ちで、祖先の遺影をみても明らかな混血の顔を持つ人が多いのです。

そしてその8人の男 Eight Menがそのままそこの地域「糸満」という言葉の元になっているという伝説もあります。
因みに糸満市は昔から漁業が盛んで(いわゆる海人は糸満の人のこと)、ジョン万次郎も日本帰国の際に寄航しています。

もう一つ、こちらは事実色強いと思うのですがペリーが浦賀に来航する前に沖縄に来たのは有名だけどその際現地の人に船員が殺害されています。
歴史上では琉球は友好的に接待してペリーに気に入られたことになっていますが、那覇港のそばにある外国人墓場には現在もそのときに
殺害されたサスケハナ号の乗組員のお墓があります。

167: 本当にあった怖い名無し 2007/11/23 17:17:28 ID:OLocxIog0
>>163
友好的に接してないよ
だいたいペリーは兵を率いて強引に開国を要求したんだし

168: 本当にあった怖い名無し 2007/11/24 01:50:34 ID:HduYtpC40
>>167 私が言ってるのは琉球側が友好的に接したというのが嘘だということです。

164: 本当にあった怖い名無し 2007/11/23 01:20:52 ID:OLocxIog0
普通遺体とかは国に持って帰るんじゃないのか
それか水葬か

165: 本当にあった怖い名無し 2007/11/23 03:42:03 ID:mukCizNs0
>>164
お持ち帰りはちょっと…

166: 本当にあった怖い名無し 2007/11/23 11:46:15 ID:QlJ/QEVI0
>>164
いつの時代のことを言っているのだ?一日で帰れる時代じゃないぞ。
水葬は海上で亡くなった時だけで、陸で亡くなった時はその場で埋葬し
遺品や遺髪を持ち帰るのが慣例。




199: 本当にあった怖い名無し 2007/12/14 15:10:03 ID:2Go3c2BA0
対徳川戦のため真田幸村が大阪城にいた頃、一人の高僧が言う。
「いつも真田様の側におられる古風なお武家様はどなたですか?」
だが周りの者には姿が見えない。僧はその姿を紙にしたためた。
当時は誰も気付かなかったが後にそれは楠正成の装束と判った。
その絵は今でも富田林の寺に安置されており予約をすれば誰でも見せて貰えるよ。


298: 本当にあった怖い名無し 2008/02/05 10:36:38 ID:nxCayBzKO
戦前は鎌倉では雨上がりの路傍などで人骨の小片が散らばってるのを見ることが多かった。

戦後、東大の人類学の教授が友人の母親からその話を聞き、早速歩いてみた。 

鶴岡八幡宮から若宮大路を歩き、左手の鎌倉女学院の校庭に入ってみると一見砂のように見える細かい骨の破片が散らばっていた。 
さらに歩き、当時、簡易裁判所が建つ予定の空地があったが そこも人骨の破片が一面に散らばっていた。 
昔の人が埋めた死体が浅くて骨が露出して削れていったものだそうで。 

詳しくは鈴木尚 著「骨」を









224: 本当にあった怖い名無し 2008/01/05 09:30:52 ID:rUsePQjm0
小野妹子は女だと思ってた。

225: 本当にあった怖い名無し 2008/01/05 12:47:43 ID:BlxM5hF/0
>>224
まさにオカルト

226: 本当にあった怖い名無し 2008/01/05 21:51:55 ID:RuIY6SO00
中国行ったときは本名使ってなかったみたいだが、
使ってたらさぞかしあっちの人にpgrされてただろうな

227: 本当にあった怖い名無し 2008/01/06 14:14:28 ID:wqwHdhpU0
日本だと当時、妹子って普通の名前だったの?

229: 本当にあった怖い名無し 2008/01/06 16:41:16 ID:3T8BPmQh0
○子だけなら本来中国語でも男子、日本では男女どっちでも使ってた。
中国では妹子だと妹の意味だし、古代日本語で妹子は恋人とか妻の意味。
親が何をおもって妹子という名をつけたのかは知らん。
大事な子にわざと汚い名前とか、男の子に女名前をつける事で長寿を祈るみたいな事なのかも。


231: 本当にあった怖い名無し 2008/01/06 19:05:10 ID:iC4JuqGhO
悪魔ちゃん事件の先駆けか?

233: 本当にあった怖い名無し 2008/01/06 21:58:02 ID:D2OJANzW0
>>231
先駆けすぎるw奇妙丸よりずっと早いなw

239: 本当にあった怖い名無し 2008/01/08 12:31:57 ID:2LI+o+gg0
信長のDQNネームセンスはすごいな…

信忠-奇妙丸
信雄-茶筅
徳姫-五徳(火鉢でやかんを火にかけるとき台にする道具)
信高-小洞(小さな洞穴)
信吉-小杓


奇妙丸と小洞以外は茶の道具からとってるようだけど
今で言えば料理好きな親が子供に「スプーン」とか「フライパン」とつけるようなもんだな

240: 本当にあった怖い名無し 2008/01/08 12:54:19 ID:IdWCXPQe0
「人」って幼名の子供もいなかった?

241: 本当にあった怖い名無し 2008/01/08 20:02:19 ID:KYuVk0FU0
坊とか次とか、何かめんどくさくなって適当につけたみたいな名前だが、
娘は五徳以外は割りとマトモっぽいよ。

242: 本当にあった怖い名無し 2008/01/09 21:38:12 ID:2UU967nS0
でも、当時の茶道って、流行の先端の遊びだったんでしょ?
それを考えると、奇妙丸、小洞以外は多少割り引いてあげても
いい気はする。

F1が好きだから「瀬奈(せな)」とか、さ。
※意図的に無難な例を持ってきているのは自覚しているw

243: 本当にあった怖い名無し 2008/01/09 21:55:53 ID:+vZzjJIf0
「五徳」も、字だけ見るとまともなんだけどなあ。
230: 本当にあった怖い名無し 2008/01/06 19:01:03 ID:wqwHdhpU0
>>229 
親がなぜそんな名前を付けたのかが、スレタイに繋がるわけか





転載元
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/occult/1189483445/

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