1

 














35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 22:27:13 ID:NoFPZwF60
イエス=キリストがゴルゴダで処刑された時、 
同時にもう一人イエスという男が処刑されている… 

いろんな妄想的推理ができて好きなエピソード





 
4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 20:18:41 ID:PG8X+gX+O
ナポレオンのチンコはメチャメチャ小さかったそうだ。
ホルモン異常で発育が悪かったらしく、死後に検死した医師が「お、女?」と間違えたほど。

ルイ十六世も短小、しかも重度のカントン包茎でセックスはまともに出来なかったんだと。
マリーアントワネットが浪費に走ったのは、夫婦生活が営めず欲求不満だったから、なんて説もある。

逆に巨根で有名なのは道鏡、「雪道を歩くと足跡が三本できる」なんて逸話もあるくらい。

5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 20:37:25 ID:1A12NL0m0
>>4
それはでかすぎるだろwwwwwwwww

6: コピペ 2009/12/25 21:05:12 ID:LhdntmmP0
古代インドの話
シリアがインドへ外交官を派遣し王に謁見したが
王が何処に行くにも王の側には常に全裸の女が刀一本で護衛に当たっていたという
何かの女神にあやかってって話だったがそのへん忘れた

7: コピペ 2009/12/25 21:05:56 ID:LhdntmmP0
中世ヨーロッパの話
教会では「インキュバスは若い女を孕ませる事が出来るか」
という議論が真面目に行われた記録がある
この背景には家族がキリスト教の教えにそって若い女は結婚まで家に閉じ込めておく
ようにしていたが聖人でもない庶民の若者の情欲は抑えがたく
内緒で夜な夜な逢瀬を交わし妊娠してしまった時に若い女が
「インキュバスに犯された!」という妊娠の言い訳が横行した社会背景があったようだ


1











女性が望まぬ子供を孕んだときには“インクブスの仕業だ”とされることもあり、不義密通の言い訳として大変役立ったようである。













8: コピペ 2009/12/25 21:06:37 ID:LhdntmmP0
古代ローマでは、処女を殺すことはタブーとされていたため、処刑する前に強姦して穢れ
させてから処刑するという風習があったといわれる

古代ローマでは、処女を処刑することは違法であった。セイヤヌスの娘を処刑する際には、処刑の前に強姦したという。


9: コピペ 2009/12/25 21:07:19 ID:LhdntmmP0
その昔中世フランスではレイプ事件が横行していた
それもその辺の道ばたを歩いていて~なんて話ではない
普通に家の中にいたにも関わらずである
当時若い男の間ではレイプが横行していたと思われ
男同士が徒党を組んで若い女の暮らす家に目を付けては中に両親がいようが
関係無しに扉をぶちぶって若い女を暴行する(場合によっては複数人で朝まで)という事件が多発していた
自体を重く見た領主が犯人を捕まえてみてもそのほとんどが初犯であり常習犯はほぼいなかった
こうしたレイプ事件は当時のフランスの若者の間で流行していたと思われている
このような影響のせいでドアが内開き、
初夜のさいには血の付いたシーツを見せるという習慣の一因になった可能性がある…らしい

162: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 09:57:01 ID:WHYPCuKdO
>>9
これって娼館を規制したせいだって聞いたことがある
それであんまりにも被害が大きいから娼館を復活させたって

10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 21:09:36 ID:pMcwbh9h0
どこか忘れたが爪楊枝でシーシーしてたら歯茎に刺さって
痛さのあまりに暖炉に頭突っ込んで死んだ王様がいる




11: コピペ 2009/12/25 21:14:07 ID:LhdntmmP0
ヘロドトスの歴史に書いてあったバビロンの風習

(1)適齢期の女を美人組とブス組に分ける
(2)美人組をセリにかける。(今だったら1億が最高値あたりがいい?)
(3)(2)で集金した金をブス組の持参金として貧乏男が引き取る
   (不具の女性も対象)

12: コピペ 2009/12/25 21:16:28 ID:LhdntmmP0
バビロニアでは婚前に神殿に使えて見知らぬ男相手に処女を捨てさせるという事が行われていた
相手が見つからない場合には何年も神殿にいなくてはならなかった

13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 21:17:22 ID:LhdntmmP0
ビザンツ帝国の皇女にステージの上に裸で寝そべり
その上に麦を蒔いて鳥に啄ませるという見せ物をやっていた人がいた

14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 21:22:49 ID:uVS608dwO
宿敵フランスの復讐を何より恐れた鉄血宰相ビスマルクは美食家で、シャンパーニュ産のワインを特に好んだ。


ヴィルヘルム1世「オットー、そなたが飲んでいるのはフランスのワインではないか。」

ビスマルク「畏れながら陛下、愛国心と舌は別物でございます。」

と国王にも切り返した。

15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 21:23:39 ID:tHE9Jolb0
昭和天皇の話

終戦直後、マッカーサーの元に昭和天皇が訪ねてきた
てっきり命乞いをしに来たのだと思ったら
「わが国民は飢えている、私の処分はどうなっても構わないのでこの有価証券類で国民を食わせてほしい」
と言った。
自分に直接の責任が無いのに自分の身よりも国民の飢えのほうを安否した昭和天皇に対して
マッカーサーは正直ぐっときた、と回顧録に残している。





17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 21:26:12 ID:LhdntmmP0
浄土真宗中興の祖である本願寺蓮如には二十七人の実子がいた
最後の子供が生まれた時には84歳だった
浮気はしなかったものの生涯五度結婚しこの記録を作った

19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 21:32:50 ID:LhdntmmP0
中世ヨーロッパの話
結婚前に性交させないために歳頃の女は家や尼寺に隔離されていた
しかし皆が聖人に成れるわけではない
ある尼寺でほとんどの尼が妊娠している事が発覚
何故妊娠したのかというと唯一出入りが許されていた知恵遅れの男が姦通していたのであった
男は処刑、尼は追放された

別の話では女が街にいない為性欲を持てあました男達が暴発
街にゲイが氾濫し社会問題となった
教会で娼館を開く案まで真面目に検討された

20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 21:34:26 ID:lFjv0YCi0
ケニアとタンザニアを国境線は、キリマンジャロの近くで奇妙に彎曲している
この国境はもともと真っ直ぐで、キリマンジャロの山頂を通っていた

第一次世界大戦までケニアはイギリス領、タンザニアはドイツ領で、
ケニア山、キリマンジャロというアフリカNo.1、No.2の標高を持つ山がともにイギリス領に位置していた

それを羨ましく感じたヴィルヘルム2世は、義理の母であるヴィクトリア女王に、
国境線をキリマンジャロ山頂がドイツ領に入るようにずらしてくれるように頼み、現在の国境線ができた

21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 21:41:33 ID:LhdntmmP0
中国に猫将軍という予知を司る神がいる
この神は元々は毛尚書という安南を征服した将軍の事であったが
「毛」と「猫」の発音が同じだったため混同されいつの間にか猫の神様になってしまった

22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 21:41:46 ID:hkuQniAU0
1.黄疸にかかったものの1週間で病院を抜け出し、戦場に戻ったところ、前線で暴れてる間に快癒した。
2.戦場で部下を助けるため着陸したものの離陸できなくなり地上から基地に戻った。この時軍用犬に追っかけられたり冬に川を泳いだりしたものの捕まらなかった
3.片足に重傷を負い、6週間の入院を命じられるも八日で退院して戦場に復帰。
4.あまりにも武勲を立てすぎて新たに勲章を作られた。
5.片足を失うも、6週間で義足を作って自主退院し、前線に復帰。
6.爆撃機に乗りながら、エース。
7.制空権を完全に奪われた中から爆撃機で別地域の空軍基地まで無傷で飛行。
8.葬儀の時に空軍が自主的に追悼飛行。

全部同一人物の仕業です。
※ハンス・ウルリッヒ・ルーデル





23: コピペ 2009/12/25 21:46:49 ID:LhdntmmP0
山内上杉憲政の家来に、大谷休伯という男がいた。侍と言うよりも、農政を担当する文官であった。
天文二十年(1551)の平井城落城により、山内上杉憲政は越後の長尾景虎の元に逃れるが、休伯は軍役に
関わらなかったため許され、金山城主、由良成繁の元に身を寄せた。

しばらくすると休伯は、成繁の妻輝子の実家である館林城主、赤井氏より相談を受けた。彼の領地、館林の開拓を
やってくれないか?と。

館林を調べたところ、その地は利根川と渡良瀬川という二つの大きな川による水害、冬の強風(からっ風)で
火山灰や赤土が舞う風害、火山灰などの吸水性からくる水不足に慢性的に悩まさ、農民達も多くが貧窮していた。
特に水不足は深刻で、田植えの時期になるたびに水争いが起こる有様であった。

「これは、大変な事業になります」

この土地の問題を解決するには、長い時間と、莫大な資金と、労力が、どうしても必要であることを説明し、
それに対して覚悟があるのかということを、休伯は赤井氏に確認をした。彼らも、覚悟をした。
休伯は館林へ居を移した。事業が始まった。

永禄元年(1558年)、防風林開発に着手。場所は館林西南多々良沼のすぐ側、館野ヶ原と呼ばれる土地で、
被害の大きさと新田開拓を見越してのものである。館林に大量の松苗はないので、由良成繁の金山城のある
金山から分けてもらうことにした。

初年に植えた松は日照りにより枯れるものが多かった、それを館林の農民達は馬鹿にした。「ほら、無理なことだ」と。
しかし翌年に、館野ヶ原に祠を造り松の成長を祈ると、今度は無事に成長した。

戦国時代である。事業は戦乱に巻き込まれるたび中断を余儀なくされたが、着実に進行して行った。
が、暗雲は一気に訪れた。永禄五年(1562)二月、北条氏についていた館林赤井氏は、
上杉謙信の軍勢の襲来により滅ぼされてた。事業主体が、消滅してしまったのだ。
休伯達は呆然とするより他無かった。もはや、この事業は続けることが出来ない。

その時である

24: コピペ 2009/12/25 21:47:32 ID:LhdntmmP0
館林の村落の者達が、休伯の下に次々とやってきた。「どうか事業を、止めないでください」

資金に関しても人手に関しても、出来うる限り協力する、と言う。農民達は、休伯らが、自分達のために
働いていることを、いつしか理解していたのだ。ここに彼らの活動は、地域事業となった。

住民達の協力により、二十年の歳月をかけて、五百十八町、518haの防風林は完成した。
この事業に必要とした松苗は115万本という。現在の多々良沼の松林はこの松の子孫である。
これにより風害が減り、開拓が行いやすくなった。
防風林開発が軌道に乗ると、休伯らは堤防と用水路の開発を同時に進めることにした。

この地方の水利から渡良瀬川と多々良沼が用水に適していると判断。荒山小左衛門の協力の元、現在の太田市内ヶ島付近から明和町大輪、十七ヶ村、五百九十九町に至る「上休伯堀」という長大な用水路を開発。

さらに休伯は、独力で館林市多々良沼から明和町江黒、十八ヶ村、四百九十七町に至る「下休伯堀」を開発。
休伯堀は合わせて三十五ヶ村、約千二百町に及んだ。これにより1000haもの土地に水が供給されるようになった。
堤防の開発も進み、地域一帯の農作物の生産性は大幅に上がった。

休泊はこの大事業を、ついに成功させたのだ。

天正六年(1578)、休泊は病気により自宅で養生するようになる。熊倉善三郎に後を任せ、天正六年八月二十九日、 数年前に娶った妻と、三歳になる息子作太郎に看取られ静かに息を引き取った。法名「大谷休泊関月居士」。

領民は誠実な人柄で開発事業を指揮してくれた休伯の死を悼み、松苗の成長を祈った館野ヶ原の祠を神社とし、 篤く弔った。この神社は「大谷神社」と名付けられ、今も館林の人々により、大切に保存されている。

時が過ぎて昭和二十八年、四百年にわたって領民を支えた大事業に敬意を表し、休泊の墓所は県指定史跡とされた。


戦国の、戦わなかった英雄のお話。





25: コピペ 2009/12/25 21:49:15 ID:LhdntmmP0
毛利元就は尼子と断交し、大内の傘下に入った。

英雄、尼子経久から家督を継いで間もない孫の晴久をはじめ、尼子家中はこれに怒り、「毛利討つべし!」との
声が大きくなった。その中、一人反対した者がいた。晴久の叔父、経久の弟、尼子久幸である。

「元就は、お前たちが考えているような、簡単な相手ではない。」

ここは戦よりも、外交的解決を図るのだ、と言う久幸に、主戦派は怒った。たかだか安芸の一国人に過ぎぬ
元就ごときに、数ヶ国を領する大尼子がなめられたままでよいと言うのか。
この久幸、かねてより、物事を戦にならないように謀り、経久の頃でさえそれが無謀と考えれば、その戦に 反対していた。

「下野守(久幸)殿は戦が恐ろしいのじゃ!だからいつも戦に反対しなさる。臆病野州と呼ぶが良かろう。」

臆病野州。あるいは野州比丘尼。主戦派は彼のことをこう呼び嘲った。彼はこの屈辱にじっと耐え、あくまで この戦に反対したが、天文9年(1540年)、晴久はついに毛利征伐の命を下した。

26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 21:50:00 ID:LhdntmmP0
尼子三万の兵が毛利家の本拠、吉田郡山城を攻めたこの戦い、当初の目論見に反し尼子は攻めあぐね、
天文10年正月十三日、尼子軍は毛利軍の猛攻と大内からの援軍の背面攻撃を受け大混乱に陥る。
このままでは、撤退も出来ず全滅もある。絶望的な状況の中、尼子側の一部隊が突出した。尼子久幸であった。

「臆病野州の最期を見よ!」

久幸は敵に突進し、先ず大内の軍を蹴散らした。大内軍は名のある家臣、深野平左衛門、宮川善左衛門があっという間に討ち取られた。後世に語り継がれたほどの、恐るべき武勇であった。
久幸のこの奮戦により、尼子は混乱状態から体勢を立て直す余裕が出来、退却をはじめた。

彼は、尼子の撤退を支援すべく暴れまわったが、毛利家臣、中原善右衛門尉に射抜かれ、討死した。
臆病野州と呼ばれた男の奮戦は、尼子軍の誰よりも、あれこそもののふであると、敵である毛利、大内両軍からすら、高く称えられた。








27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 21:57:46 ID:LhdntmmP0
一般にはあまり知られていないが東太平洋にまたがる広大な帝国が存在していた
それもガレオン船のような排水量の大きな船ではなくカヌーによって行き来していた
その帝国は内乱と縮小、西洋列強に保護されつつもオセアニアでは唯一旧来の万世一系の王家が元首として統治するトンガ王国として君臨している
1













30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 22:02:55 ID:LhdntmmP0
一般にはあまりしられていないが東南アジアを中心に
台湾、セイロン島にまでまたがる広大な王国が存在していた
その名はシュリーヴィジャヤ王国
しかしあまりにも文献が少なく巨大な交易国家であったと言うこと以外はほとんど不明である








31: コピペ 2009/12/25 22:07:25 ID:LhdntmmP0
立花家家臣小野鎮幸が加藤清正の家臣になっていたときのこと
清正と鎮幸が談笑していたが次第に清正が自虐トークを展開し出した

「ガキの頃から戦ばっかで読み書きなんてやる暇無かったよ。
おかげでいつも書状のやりとりが大変で大変で…
書状のやりとりに難が無い和泉(鎮幸)がうらやましいよ(´・ω・`)」

当時、叩き上げの武将が文盲なのは珍しくなかったが
清正のような大身にもなると書状のやりとりも多くなる
その上読み書き出来ない奴は畜生以下と見られる風潮も存在していたため劣等感もあったのだろう
若い頃やっておけば良かったというのはいつの時代も変わらぬ嘆きである

これを聞いた鎮幸は笑って
「いやいや、実は私も61歳までいろはのいの字も読めなかったんですよw
昔、朝鮮の陣の時に毛利から書状が来たんですがこれが全然読めない(笑)
60歳近い、それも立花家の家老とあろう者が読み書き出来ないなんて
他所に知れたら私の恥だけじゃ済みませんからね。
冷や汗ものでしたよw背中なんてビチョビチョでしたからねw
運良くちょうどその時内田玄恕が通りましてね。彼に返書を書かせて事なきを得たんです。
こんな事があったんで一念発起しましてね。
帰国してからウチの女房に読み書き習いましたw
最近やっとにじり書き出来るようになったんですよ~。」

32: コピペ 2009/12/25 22:08:09 ID:LhdntmmP0
なんと鎮幸、60の手習いに挑戦しているという
しかし清正は自虐モードに入っていたのか

(´・ω・`).oO(どうせ謙遜してる嘘を付いているんだろう)

と思って間に受けなかった

後日、旧立花家家臣にこの事を聞いてみた
しかし帰ってきた答えは予想に反して「鎮幸の言っているこ事は本当である」との事だった

清正は感嘆して
「昔から偽りなきを武士とはいうが和泉(鎮幸)のような者は稀である
和泉こそは真の武士の典型だろう」
と言い、鎮幸を重用したと言う

小野鎮幸は62歳でその生涯を終えた


生涯勉強!
学問を始めるのに年齢は関係ない!
君も「ああすれば良かった」、「こうすれば良かった」と終わった過去を嘆かずに
今から挑戦してみよう!m9(`・ω・´)

39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 22:34:33 ID:pMcwbh9h0
>>32
この小野鎮幸の子孫がオノ・ヨーコ…

33: コピペ 2009/12/25 22:10:34 ID:LhdntmmP0
まとめに無かったで有名な前田利家の晩年の話を一つ

晩年の槍の又左

利家は死の床で妻の松にこう言われた。
松「あなた様は今まで散々殺生を行ってきました。私が地獄に堕ちないように
  経帷子をこしらえて置きました。これを死の旅路にお使い下さい。」
  利家に着せようとした。

その問いに利家は
利家「わしは戦場にて敵を多く殺してきたが、無意味に人を殺したり、
   苦しめたことは一度も無いぞ!!だから地獄に堕ちる事は無い!!それでも
   ワシを閻魔が地獄に堕とすなら、先に行った者どもと一緒に地獄の閻魔
   を相手にひと戦してくれようぞ!!」着るのを拒否した。

武人とは最後まで武人と言うお話。

34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 22:22:04 ID:LhdntmmP0
仏教における羅刹とはヒンドゥーにおけるラクシャーサであり
その根城は南のランカー島(セイロン島)の事であるとされている
セイロン島に住む人を羅刹として見ていたようだ

次いで仏教で修羅とされる阿修羅は世界の中心である須弥山の北を根城にしている

さて、古代にはシュメールという文明が存在しその北側にはアッシリアがあった
アッシリアの主神はアンシャルと言う神である

須弥山はサンスクリット語でスメールと言いこれに関連づけて
須弥山=シュメール
阿修羅=アンシャルとし古代の信仰の名残ではないかと見る向きがある

歴史のロマンですね


37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 22:31:15 ID:LhdntmmP0
フィリピンはあれだけの規模があり大陸からも比較的近く
古来から大陸と交易を行っていた節があるのに
スペインが来る前までの歴史は文献があまりに少なく
ほとんど判っていない(すぐ下のボルネオ島や台湾は少ないながらそれなりに史料がある)

38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 22:33:27 ID:NoFPZwF60
古代シュメール人

交易によって栄えて地中海の歴史には欠かせない民族なのだが
侵略されたり虐殺された記録が特に見られないにも関わらず滅亡した
なぜかは分からないが自分達の民族に誇りを失ってしまったことが原因らしい

40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 22:41:30 ID:IKXak3DkO
>>38
日本大陸にシュメール人が来て日本人になったって説があるよね。
信憑性はどんなもんなの?

42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 22:44:15 ID:NoFPZwF60
>>40
専門家じゃないから分からない…
ただ日本人もこのままだと数千年後に同じこと言われてそうな気はするね
滅びるとしても侵略とかじゃない気がする

43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 22:47:18 ID:pMcwbh9h0
>>42
日本はカルタゴでしょ
ローマに戦争で負けて軍隊取り上げられて
今度は商業重視で復興したけど滅んだ





41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 22:43:22 ID:LhdntmmP0
兵隊王と称されたプロイセンのフリードリヒ・ヴィルヘルム1世は
芸術に全く関心を示さない脳筋であったが
破産寸前だった国を立て直し軍事力を強化させた

が、王は身長の高い兵士を好み多額の費用を出して
巨人連隊という身長の高い兵士だけを集めた部隊を作り上げた
国内で募集するのみならず海外にも人員を求め
長身の兵士を獲得するためならば多額の資金を出しそれでも応じない場合は拉致した
知的障害があっても兵士にし、不満を持った長身の兵士に銃撃されもしたが
王はこの連隊を解散させようとはしなかった

この連隊の実力はどうだったのかというと
王の息子であるフリードリヒ2世によって運用されたが
特別優秀というわけではなかったようだ

44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 22:51:08 ID:aAqHHm9x0
フリードリヒの名前トラウマなんで出さないでくれ
なんであんなに同じ名前ばっかりなんだ、せめて何世かは全部分けろ!

45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 22:51:38 ID:dB31bYEU0
皆は日本に核爆弾が落とされた事は良く知っていると思う。
そして一番メジャー・・・と言っちゃ悪いかな。
とにかく有名なのは広島。何故か長崎に落とされた事は知られていない。
それは何故か?

まぁ簡単に言えば、アメリカはキリスト教を信仰している事くらいは知ってるよな。
長崎にB29が来た時には厚い雲がかかっていたんだよ。
んでしょうがないから勘で核投下
投下した地点に丁度キリスト協会。
もちろん跡形も無く蒸発。カケラも残らなかった。
だがそこにあった事くらいは調べれば普通に分かる
これが米国国民にバレたらヤバイ
もうヤバイ ヤバイなんてもんじゃない
戦争で金使い果たしてんのに講義の嵐。
もうたまんない。んでやる事は1つ
証拠隠滅 口封じ TV等での詳しい詳細は伏せた

んでそのなごりって話

46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 22:53:57 ID:iVfi+QWDP
与謝野晶子は反戦歌人だと思われているが
反対していたのは日露戦争だけで
日中戦争と太平洋戦争には大賛成で夫と一緒に軍歌や詩を創りまくっていた
が、敗戦前に死んだため戦後も罪に問われることはなかった

白桜集







47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 22:55:25 ID:LhdntmmP0
イタリア統一の英雄、ガリバルディは赤シャツ隊を率いてシチリア島を占領
そのままイタリア統一の為にイタリア半島に進軍する予定であった

しかしシチリアのマフィア達はガリバルディの目的を快く思っていなかったため一計を案じた

ガリバルディとその兵士達はマフィアに宴会に呼ばれて訪ねていった
そこには燻製ハム、子羊の丸焼き、トリュフ詰めの鶏等豪勢な料理がずらりと並べられていた

この宴会は一週間続けられガリバルディとその兵士達はこれに釣られてシチリアに留まり
その間にイタリア本国で迎撃準備が整っていまいガリバルディは停戦せざるおえなくなった

48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 23:07:26 ID:LhdntmmP0
アフリカのマリ帝国の皇帝マンサ・ムサはイスラム教徒であり
メッカ巡礼の為にエジプトを通った際、2㌧もの膨大な量の金をばら蒔き
エジプトの金相場を長期間に渡って下落させた
当時のマリは金の主要な産出国であったためこのような事が可能であった


が、メッカ巡礼の為に行きで旅費をほとんど使い果たしてしまい
帰路は貧乏旅だったようだ

49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 23:15:59 ID:LhdntmmP0
ロシアの雷帝ことイヴァン4世の幼少期の趣味は
クレムリン宮殿の塔か犬や猫を突き落とす事であったという
皇帝になってからは処刑や拷問に自ら加わっていたという

また大聖堂を作らせた時の話、イヴァン4世はその大聖堂の美しさに感激し
その大聖堂以上に美しいものを作らせないため設計者の両目を潰させたという

またある日後継者であった息子と些細な口論となりカッとなって杖で息子を殴打
倒れる息子に我に返り抱きかかえるが息子は死亡
その死に嘆き悲しんだという

50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 23:19:29 ID:LhdntmmP0
ロシアの女帝エカチェリーナ2世は100人以上の愛人がいたを言われ
毎晩共にする男性を変えていたと言われる

51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 23:26:48 ID:LhdntmmP0
東京大空襲を立案、指揮したカーチス・ルメイは
キューバ危機の時には参謀総長になっていた
ルメイは戦争を強く支持し
「キューバには核は配備されていない。やるなら今の内である。」
「例え核戦争になっても戦力で上回っている我々が勝つ」
等大統領に進言していた
実際にはキューバには既に核が配備されており危うく大三次世界大戦が起こるところであった

52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 23:31:05 ID:NoFPZwF60
メッカの中心にある建物の中には像も絵画も無い
イスラム教徒は偶像崇拝を禁じているため
しかしなぜか椅子がポツンと置かれているらしい

53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 23:32:05 ID:LhdntmmP0
有名なスペインの無敵艦隊は実はイギリス側の呼称
皮肉が込められておりどちらかといえば「無敵艦隊」というより「無敵艦隊(笑)」である

54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 23:34:04 ID:LhdntmmP0
オスマントルコ帝国の首都、イスタンブールは
最盛期であってもギリシャ人が住民の過半数を超えていた

55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 23:36:15 ID:LhdntmmP0
スエズ運河が完成する以前から地中海と紅海を結ぶ運河は存在した
ナイル川を経由する運河であったが放置しておくと砂で埋もれてしまう為
今では残っていない

56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 23:41:00 ID:LhdntmmP0
蒙古襲来絵詞で有名なこの場面
1







竹崎季長に立ちふさがる元兵三人は実は後世の加筆であり史料価値がない

57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 23:42:55 ID:NoFPZwF60
>>56
知らなかった…
この絵自体は恩賞もらうための自己アピールなんだよな

59: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 23:44:47 ID:LhdntmmP0
>>57
現在ではそれも否定されている
絵詞が書かれたのは海東郷を恩賞に貰ったかなりあと

58: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 23:43:08 ID:LhdntmmP0
スペインの女王イサベル1世はレコンキスタが完遂されるように
下着を替えないという願掛けを行っていた

135: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:51:21 ID:ABH77LCK0
>>58
そういやイザベルの汚れた下着にあやかってイザベル色というのがあるとかないとか・・・

60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 23:45:19 ID:lFjv0YCi0
阿片戦争時、イギリス艦隊を迎え撃った清側の老将は、占い師の言うことを真に受けて、
海岸沿いに夫人の小便の入った容器を並べた


63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 23:50:27 ID:LhdntmmP0
一代で大帝国を作り上げたティムール
彼の棺の裏には
「私が棺から出た時災いが起こる」
と記されていた

しかし時代が移りソ連が調査の為にその棺を開けてしまった
独ソ戦が始まったのはそれから3日後である…

64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 23:56:55 ID:hEg5d80+O
ドイツかどっかでミサイル作ってたフォン・ブラウン
設計図→ソ連へ流出
ブラウン自身→アメリカの捕虜に

ソ連→ミサイルを改良、人工衛星に
アメリカ→「宇宙への進出は遅れをとったが、ソ連よりも先に進歩してやる!」
→初の月面着陸へ

108: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:07:36 ID:ehUADQSN0
>>64
ちなみにフォン・ブラウンのロケット構想を紙面でバカにしたニューヨクタイムスは、後年その事を一面で謝罪した

65: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/25 23:58:10 ID:LhdntmmP0
マゼランが太平洋の島に寄港していた時のこと
船の荷物が地元民の泥棒にあった
マゼランは憤慨しこの島民を「救いがたい盗人」としている

しかしマゼラン一行は太平洋で半場遭難に近い状況で食料が不足しており
この島で略奪を行っている

66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 00:03:30 ID:GdSGfsv/O
既出かわからんが


ロシア(ソ連?)の一個小隊がダイブして全滅した
理由は雪積もってたからパラシュート無しで行けると思ってたから

スターリンによって二人の人物が歴史から抹消されたこと(カーメネフとトロツキーだったと思う)

あと物資かなんかに浮かれてはしゃいでたら怪我して本国に送還されたアメリカ兵がいる

68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 00:13:16 ID:he+esvm20
>>66
>物資
アイスクリームじゃなかったか

69: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 00:15:47 ID:GdSGfsv/O
>>68
よく覚えてないけどそれかも
甘いものだった気が

67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 00:06:09 ID:b5nmNgMz0
マムルーク朝の初代国王はイスラム世界唯一の女王

70: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 00:16:18 ID:rKInaClmO
寝ているナポレオンの顔に家来がカマンベールチーズを持っていくと、ナポレオンが一言
「ジョゼフィーヌ(妻)今夜は勘弁してくれ」



73: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 00:17:55 ID:n7fKsqBZ0
ジョセフィーヌはひどいワキガだったんだよね?
ナポレオンはそこに耽溺していたとか…
71: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 00:17:08 ID:uP62Z/O20
ナポレオンはださい逸話が多いよな



74: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 00:21:34 ID:b5nmNgMz0
スターリンの息子はドイツ軍に捉えられソ連との交渉の材料にされたが
スターリンは「そんな息子はいない」と取引を拒否
息子は電気柵に体当たりし自殺した

※ヤーコフ・ジュガシヴィリ



77: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 00:24:28 ID:b5nmNgMz0
スターリンは複数の部屋に何重にも鍵を付け 
どの部屋に入っているかは誰にも知らせなかった 
部屋に入ってからはランプで部屋の隅々を調べたという


75: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 00:22:24 ID:KgLSlvPMO
能登の戦国大名畠山義続は変態で、城の娘を乗馬の名目で集めては落馬させて、
その裾がはだけて見える陰部を見る事を楽しみにしていた。
だが、重臣遊佐氏の娘だけは気丈で一回も落馬せず、それに興味を惹かれた義続は
娘に夜伽を命じるが、当然ながら遊佐氏はそれを拒否した。
すると義続は適当な用件で遊佐父を追い払うと家に出掛け、娘をレイプした。
更に娘は陰毛が一切生えていなかったので、義続はそれをただただ一日中眺めていたという。
その後遊佐氏を中心としたクーデターによって義続が城を追い出されるのはすぐ後の事である

78: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 00:24:36 ID:ZE4N/vuAO
紀元前の中国で鶴が大好きな君主がいた。
鶴を貴族に取り立てて、いいものばかり食べさせてた。

そんな時、異民族が来襲!
君主「みんな戦おう!」
臣下「俺らよりいい身分の鶴を戦わせろよ」

結果、君主死亡、国は滅亡した。

80: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 00:25:58 ID:PDiqjN7+O
東郷平八郎がイギリスに留学したことは有名だ

王立海軍士官学校(ダートマスだったかな)を希望したが英国の事情でとある商船の学校に入学する
おしゃべりな東郷であったが「トウゴーチャイナ」とバカにされ無口
しかし、函館戦争の宮古湾海戦に出陣していたことを話すと
一躍ヒーローに

81: コピペ 2009/12/26 00:26:22 ID:b5nmNgMz0
佐竹義重との布団をめぐるやり取りが残る義宣
彼もまた、普通の寝方ではなかった

まず、眠る時は必ず義宣一人
寝室には内側から掛け金をかけ、朝になるまで側近も入れない
義重と同じく、寝る場所を毎日変えたなんて話もあったりする
しかし、家臣としては夜中でも用事はできるものだ
「殿、火事です!」「殿、早馬です!」
部屋の外で家臣が叫んでも、義宣は慌てて戸を開けたりしない
長刀の刃先で掛け金を外し、戸を引っ掛けてそろそろと開け、
その格好で用件を確認すると、ようやく外へ出てきたという

義宣の手先の器用n…じゃなく、用心のいい話

82: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 00:26:42 ID:SRfM0HGc0
越前(福井)の狂犬、富田長繁の逸話

・朝倉義景の家来だったが2番目に早く織田家に寝返る
ほどなく朝倉は滅亡、長繁は越前の小城の城主に任じられる
しかし一番早く寝返った同僚(しかもたった1日早かっただけ)は越前の全権を与えられたため露骨に不満を表す
同僚(前波某)は長繁が不満を抱いていることを信長にチクる→長繁に漏れ長繁ブチギレ
・1574年1月20日、長繁は一揆を扇動、前波をブッコロ
・24日、同じく元同僚の魚住親子を朝飯に誘い→油断したところをブッコロ
魚住はイイ人として皆から慕われていたため非難轟々
・2月、扇動した一揆が14万にまで膨れ上がり制御不能
何故か長繁にまで襲いかかる→余裕の長繁は700騎で迎撃し、それを撃破
・ついでに友軍で元主君筋の朝倉景胤軍を襲撃
・2月18日、愛想を尽かした家来の小林某に背後から撃たれ死去
享年24。戦国無双にだしていいキャラだと思う

83: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 00:28:46 ID:n7fKsqBZ0
世界的名指揮者、バーンスタインがある朝上機嫌で目覚めた
側近が「どうなされたんですか?」と訊ねるとバーンスタイン、
「昨夜夢に神様が現れてね、『お前こそが世界最高の名指揮者である』と言ってくださったんだよ!」

その話を伝え聞いたバーンスタインのライバル・カラヤン、しばし黙考して言った
「おかしいな、私はそのようなことをバーンスタインに言った覚えは無いが…」

85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 00:29:53 ID:PDiqjN7+O
秋山好古は福沢諭吉に会ったことがないが尊敬していた

自分の子供から親戚の子までできるだけ慶應に入学させたくらい尊敬していた

86: コピペ 2009/12/26 00:30:49 ID:b5nmNgMz0
森長可
・初陣で一向一揆勢に単身突撃して27人の首を取る
・関所を通してくれない門番(味方)を殺害
・橋を通してくれない番人(味方)を殺害
・関所や橋で番人を殺した後、片付けをした家来に「そのような心遣いは不要だ」
・天皇も閲覧する馬揃え(パレード)の日に他家の気に入らない馬丁を殺害
・気に入らない武将に喧嘩を吹っかけようとわざと刀の鞘を当てる(昔なら即刃傷沙汰)も無視される
・戦場では信長の命令をも無視して勝手に攻撃開始
・味方に先に城を落とされたのを悔しがって信忠の命令を無視して攻撃
・高遠城攻めで三ノ丸にある屋敷の屋根に上がると上から鉄砲隊で乱射
・ついでに屋敷の中にも撃ちまくって非戦闘員を虐殺
・武田攻めで飯を食わせてくれなかった寺に放火、本尊を寺の前の畑に置いて焼け落ちる様子を見せる
・武田攻めで飯を食わせてくれた寺に太鼓を寄進したがその太鼓は別の寺から奪った物
・信長死後の信濃撤退で国人から取った人質を盾にして国境までたどり着いたところで全員殺害
・木曽義昌(味方)が暗殺しようとしたが先んじて城に入り息子を人質に撤退
・弟の葬式の日にかねてから気に入らなかった近隣の城を攻め落とす
・蛇を祭った神社で主と思われる蛇を見つけて殺して食う(しかも別の神社でも同じ事をする)
・死んだ際敵にも「味方にも」喜ばれた
・遺書に「もしこの戦で味方が全滅したら、城に火をかけてみんなで自決してください」と書いてあった


88: コピペ 2009/12/26 00:32:32 ID:b5nmNgMz0
宇喜多直家
・祖父は謀殺され父も若くして死去、仇を油断させるためにうつけを演じ周囲にドン引きされる
・母を通じて浦上宗景に使えて城主にまで出世するも土地が貧しく収入として盗賊家業に精を出す
・主君から仇の抹殺権を得るために長年掛けて親しくなった舅の中山信正を酒宴の場で暗殺、城を乗っ取る
・主君から中山の謀反と聞き駆けつけた祖父の仇である島村盛実を油断させて暗殺
・直家の妻は父である中山信正を殺されて自決(尼になったとも)
・男色の気のあった禾最所元常に美少年の刺客を送り込んで暗殺
・美作を支配していた後藤美作守、谷川久隆を暗殺
・直家の2番目の妻は父である後藤美作守を殺されて自決
・隣国の大名である三村家親が大軍で攻めてくるも狙撃という日本初の手段で暗殺
・家親の弔い合戦で攻めてきた元親が大軍で攻めてくるも敵の一部を寝返らせ快勝(明善寺合戦)
・明善寺合戦で日和った松田氏の重臣である宇垣兄弟を鹿と間違えたと称して暗殺、後に松田氏を攻め滅ぼす
・松田氏に嫁いでいた直家の娘は自決
・金光宗高を他家に内通していると言いがかりを付けて切腹させる
・主君の嫡男である浦上宗次を暗殺
・浦上宗次に嫁いでいた直家の娘は自決
・主君を追放後、擁立していた若年の浦上久松丸を母親ごと暗殺、下克上を達成して戦国大名に
・織田に肩入れしていたとして後藤勝基を攻め滅ぼす
・後藤勝基に嫁いでいた直家の娘は自決

89: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 00:33:33 ID:b5nmNgMz0
・松田氏を滅ぼす為に篭絡していた伊賀久隆を暗殺
・伊賀久隆に嫁いでいた直家の娘は自決
・毛利側に付いていた直家はある日戦に勝った毛利家の重臣二人を帰り道で酒宴に誘う
 重臣二人はこの申し出を無視。直後に直家は織田に寝返り。
 もしかしたら重臣二人の首を狙っていたのかもしれない
・死ぬ直前、直家は家臣に殉死してくれるかと尋ねたが
 「人を殺した私達が死後に付いて行っても地獄の道案内しか出来ないので坊主を殺してそちらに送ります」
 と暗に地獄行きを皮肉られる
・直家の死後、弟である宇喜多忠家は
 「兄は恐ろしい男だった
 腹黒く、なにをたくらんでいるかわからないところがあった
 それゆえ兄の前に出るときは、かならず衣服の下に鎖帷子をつけたものだ。」
 と語っている。
・忠家は直家からの暗殺を恐れ直家の手をつけたものしか食べなかったという

160: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 08:54:34 ID:yjE/6XF7O
>>89
暗殺し過ぎなのもあれだが妻と娘巻き込みすぎだろw
しかもこれだけの事してんのに畳の上でしんでやがるw

90: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 00:40:46 ID:n7fKsqBZ0
オーケストラの指揮者は小さな指揮棒を振りまわしてるが
昔は杖をドンドン床についてテンポをとっていた
それを足に刺してしまって死んだ指揮者もいた
※ジャン=バティスト・リュリ




91: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 00:41:03 ID:PDiqjN7+O
乃木希典が学習院の学長の時の入学式に東郷平八郎が来客として来て挨拶し
壇上から一人の生徒に問いかけた

東郷「君は将来、何になりたいんかね?」

生徒「軍人です!!!」

東郷「そうか、軍人か。なら海軍がいい。海軍なら死なないからw」


乃木「( ゚Д゚)……‥‥‥・・・(゚д゚)」

92: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 00:41:29 ID:b5nmNgMz0
古代ギリシャにはホモ同士で編成を組んだ神聖隊という部隊があった
恋人を死なせないように奮戦させる意図があったと言われている

93: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 00:41:54 ID:KgLSlvPMO
豊臣秀吉の右手には親指が二本あった。秀吉の同僚で大老の前田利家が死ぬ少し前に
その事を述べており、また宣教師の記録にも残っている。だが様々な事情によりなかった事にされている

94: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 00:43:49 ID:fGimZgZF0
ベルリンの壁崩壊時の東ドイツのスパイはプーチン閣下だったらしい
ちなみにベルリンの壁崩壊は平成の出来事

95: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 00:44:36 ID:b5nmNgMz0
武士の間では神話上で強いタケミカヅチよりタケミナカタの方が人気があった
強大な敵に立ち向かったからという理由らしい

96: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 00:46:06 ID:KgLSlvPMO
豊臣秀吉はある晩、いきなり大声をあげて起き上がった。
なんでも夢の中に織田信長が現れて信長の子を冷遇している事をなじり、
あの世に連れていこうとしたらしい。秀吉が罪悪感を感じていたのか
信長が本当に迎えに来たのかはわからない

97: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 00:48:04 ID:atqxYH1e0
ソ連ができたのは日本のおかげってほんと?

あと、俺が知ってるのは、お前らの学生時代は(ryということ。

98: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 00:50:16 ID:W6Jpn7/HP
>>97
確か当時の日本政府がある軍人に工作資金100万渡して
ソ連を革命してこいって命じた
結果成功
※明石元二郎


99: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 00:53:08 ID:KgLSlvPMO
徳川家康は三方ヶ原で武田信玄に大敗した。家臣で夏目漱石の先祖、夏目吉信を身代わりにして
ほうほうの態で脱出した家康であったが、ふと気が付くと尻に違和感が。
なんと家康はあまりの恐怖に脱糞していたのだった。
だが、家臣の前でうんこ漏らしたなどと言える筈がない。家康はこれは昼飯の焼き味噌であると言った揚げ句に、
それを証明する為に近くにいた部下の石川数正にそのうんこを食べさせた。
後に数正は豊臣秀吉の元に出奔した。

109: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:07:50 ID:9oaG4HDpO
>>99
脱糞した自分の姿をすぐに当時は忌み嫌われていた自画像にして醜態を忘れないようにし、それが現在も自画像として使われてるって聞いたことある

110: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:14:09 ID:ehUADQSN0
>>99
家康は絵師にこの様を書かせて、二度と忘れないようにしたんだぜ

112: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:16:55 ID:fGimZgZF0
>>99
やけくそになって城の門を開け放したら敵が罠と思って帰ったんだって
そしたらうんこ漏らしてた

100: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 00:56:15 ID:b5nmNgMz0
保元の乱で敗れた崇徳上皇は讃岐に流された
流刑に処せられた後は仏教に傾倒するようになり
写本を作って朝廷に送った

しかし朝廷は呪詛が込められているとして受け取りを拒否
これに激怒した崇徳上皇は自らの舌を噛み切りその血で写本全てに
「日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん」
と記したという
その後崇徳上皇は爪と髪を伸ばし続け夜叉のような姿になり生きながら天狗になったという
死後、その遺体は火葬に処せられたがその煙は都の方にたなびいていった

崇徳上皇の死後、朝廷の支配は動揺する事になる
武士である平氏が朝廷内で台頭し都では火事、飢饉、内乱
そして承久の乱による天皇の流刑による朝廷の実権喪失
この後武士の時代が700年にわたって続く事になる

明治維新後、明治天皇が即位すると讃岐の崇徳上皇の霊を京に連れて行き
白峯神宮を建てたことでようやく祟りは収まったといわれる


104: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:02:34 ID:KgLSlvPMO
一応教えておくと阪神大震災の時に北朝鮮人の家跡からロケットランチャーや機関銃が見つかってる

106: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:04:37 ID:atqxYH1e0
>>104
敵国側のスパイじゃなくて、日本側のってはなし。
スレチごめん

107: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:06:28 ID:KgLSlvPMO
>>106
駐在武官は一応公的なスパイ。あと情報保全隊とかある。

111: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:15:04 ID:iwSStjPwO
時は明治。青年が枝から吊るした空缶で剣道の突きの練習をしていた。そこにフラフラやって来た老人が見学。なかなか上手く突きが出来ない青年。

115: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:20:07 ID:iwSStjPwO
見かねた老人が青年から木刀を取り上げ手本を見せようとする。「老人には無理だよ」青年は思う。しかし、驚異的な鋭い突きを繰り出し見事空缶を貫いた。後日青年は知るのだ、老人は元新撰組・永倉新八だという事を。

113: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:17:13 ID:KgLSlvPMO
文豪ゲーテの最期の言葉「もっと光を」
ゲーテの事だから何か特別な意味があると思われがちだが、
実は部屋が暗いのでカーテンを開けて欲しいという意味だった

114: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:19:41 ID:KgLSlvPMO
家康人気だなw
家康の死因として有名な鯛の天麩羅
実は家康が死んだのはその天麩羅を食べてから一ヶ月も後の事であり、全然関係ない

116: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:21:56 ID:JB+PgMDr0
ドイツ軍から食料庫を奪取したが、調子に乗って食いすぎたせいで死んだソ連兵

117: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:24:08 ID:tPS2+So70
四条天皇は女官を転ばせようと床に置いた石に自分で滑って頭を打って亡くなられた

118: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:24:24 ID:ML0zinLi0
現在の『本』の形を作ったのはユリウス=ガイウス=カエサル

120: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:27:50 ID:KgLSlvPMO
時は13世紀、フランスのフィリップ尊厳王とイギリスのリチャード獅子心王は非常に仲が悪かった。
だがいつまでも戦争を続ける両国に心配した周りの仲介によってついに二人は仲直りをする事になった。
その方法は一晩同じベッドで寝る、というものだった。
二人がすぐに戦争を再開したのは言うまでもない。

121: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:28:52 ID:ML0zinLi0
切磋琢磨とは死ぬまで努力した中国の君主の有様であり、真似するのは不可能臭い
※詩経 切磋琢磨





122: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:29:37 ID:KgLSlvPMO
史上最大最強の城塞都市コンスタンティノープルが陥落した原因は勝手口の閉め忘れ




123: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:31:22 ID:KgLSlvPMO
花山天皇は即位式の最中、馬丁の娘とセックスに励んでいた
1












124: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:33:15 ID:ML0zinLi0
カエサルの浮気は、女に怨まれなかった
かのブルータスの母親も実はカエサルの愛人である

130: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:41:08 ID:JB+PgMDr0
>>124に関連してだけど、

「ブルータスおまえもか」という台詞は非常に有名だが、
この言葉の「ブルータス」は一般に言われるマルクス・ブルータスではなく、
カエサルのガリア戦役に従い、彼から非常に強い信頼を置かれていたデキムス・ブルータスを指すという説も根強い

144: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 02:12:54 ID:QPclpqjw0
>>130
そのセリフはシェイクスピアの創作だろ

125: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:34:05 ID:0KRSiSQ4O
北条早雲のエピソードが思い出せない
丘の上で友達と、一番初めに小田原を制した者の部下なると約束したとかなんとか

126: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:34:41 ID:7ZAMaaf60
元寇は神風のおかげではなく普通に日本が勝った

127: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:36:42 ID:ML0zinLi0
古代中国の絶世の美女の夏姫に対して、3人の男が争奪戦をしt…と思いきや、仲良く3人とも夏姫とSEXした。
そのうちの一人は、一国の君主。

128: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:38:23 ID:ML0zinLi0
インカ帝国の初代皇帝のマンコ=カパックはソノ名に反?して、性風紀を正すことに尽力した

129: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:39:24 ID:ML0zinLi0
クレオパトラはギリシャ美人
褐色の肌の持ち主ではない

131: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:41:10 ID:KgLSlvPMO
和睦の証として丹波の波多野秀次の元に送られて、約束が反古になった時に殺されたという
明智光秀の母。実は当時すでに光秀の母は死んでいた。それどころか光秀自身が
騙し討ちをする気満々だったという

132: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:44:37 ID:ML0zinLi0
カエサルは跡取りとして、当時十代の若者の能力を既に見極めていた。
後の、アウグストゥスである。
なお、アウグストゥスに隠れてしまって、名があまり出ないが、
彼の軍事的な相棒であるアグリッパも、カエサルによって見出された。

133: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:50:14 ID:KgLSlvPMO
実は西ローマ帝国は滅亡直前に蒸気機関の発明に成功していた。
あと数十年西ローマ帝国が続けば実用化された可能性は充分あり、
その結果人類の歴史は10世紀以上早く進歩していた可能性がある。

136: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:51:52 ID:ML0zinLi0
>>133
一応ソースをくれ

139: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:54:21 ID:KgLSlvPMO
>>136
ローマ帝国 蒸気機関でググレカス

141: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:58:27 ID:ML0zinLi0
>>139
それなりにでも信頼の置けるソースはなし

148: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 03:11:55 ID:OxKWhLkd0
>>141
「アレクサンドリアのヘロン」「アイオロスの球」でググレ
ただ当時は人力の労働力のみで充分であった為、
蒸気動力の必要性は無くどのみち産業革命は起こりえなかったとされる。
等の研究者達も科学を利用した遊びという認識だった。

149: 148 2009/12/26 03:15:04 ID:OxKWhLkd0
年代は>>133より更に昔の紀元前一世紀ごろ

134: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:50:58 ID:ML0zinLi0
なお、ローマの水道橋のポン・デュ・ガールはアグリッパの指揮のもと建設された

137: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:52:38 ID:KgLSlvPMO
そしてローマ滅亡の原因の一つはその水道の繋ぎ目に使われていた鉛による中毒だった

140: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 01:56:09 ID:ML0zinLi0
>>137
それ出鱈目

143: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 02:12:23 ID:tt8XDdp4O
スターリンの輪切りの話って本当なの?

145: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 02:17:49 ID:RbCYwSHg0
三国志を書いた陳寿

「貴方の父の立派な伝を書いてあげますので米をください」
的な打診をしたが断られた

三国志なんて嘘八百なのかも試練な

146: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 02:35:33 ID:rrQIwSYO0
コピペだけど

 その昔、日本は電力関係の技術の一部をフランスから教わっていた。日本人は富岡製糸工場と同じように、ぐんぐん技術を吸収して完璧に発電所を動かした。
一年後、フランス人技術者たちは本国に引き揚げていったんだが……

 発電所の制御装置には当初から封印された謎の鉄の箱が接続されていた。そしてフランス人たちは、その箱についてだけは一切教えてくれなかった。
立ち去るときにも「その箱は絶対にさわらないこと、こわれたら呼んでね」と言い残していったそうな。
 
 さて日本人たちは言いつけを守ってはいた。気にはなるけど、下手にいじって発電所を停めたらことだ。
だが技術者たちはあの手この手で調べて、やがて出した結論は……この箱、まったく何もしていないんじゃないの?
そして技術者たちは会社にかけあった。自分たちの技術力にかけて、これは何もしていない、我々を信用してこれを外させてくれ、と。
さわらぬ神になんとやらという議論もあったが、やっとゴーサインが出た。

そしてその当日、万が一にそなえて万全の体勢を整え、みんながかたずをのんで見守る中で、その箱からのびるケーブルが切られた。すると……
 
何も起きなかった。

 溶接されたその箱を開けてみると、中は空っぽだった。本当に、それはただの箱だったのだ。
 一同は安堵のため息をついた。技術者たちは胸をはる一方で、「フランス人め、たばかったな!」といきりたつ人もいた。

 でも……とぼくにこの話をしてくれた電力エンジニアは言うのだった。その箱をはずしたとき、日本の電力は独立できたんです。
そのとき日本はフランスの呪縛から逃れ、電力技術を完全に自分たちのものにしたんです、と。
あれはフランス人が日本に置いていってくれた、卒業試験だったんですよ、と。

147: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 02:49:00 ID:1h6hg+BCO
・上杉景勝不在の春日山城を奇襲した際行き掛けの駄賃に近隣の村十余を灰にした森長可

・家臣が無実の茶坊主斬殺して茶坊主の親族が起こした訴訟の仲裁で「じゃあ紹介状書くからお前ら閻魔に会って茶坊主蘇らせるよう頼んできて」と訴訟人を斬り殺した直江兼続

・信長に先陣を任ぜられた直後に旗本を無礼討ちして「このくらいの威厳が無いと先陣の大将なんてつとまんねーよ」などと摩訶不思議な事をのたまった柴田勝家、そして何故か納得する信長


戦国時代DQN多すぎ

150: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 03:32:43 ID:2RSVFg6mO
張献忠は中国史の中でも有名な殺人狂
多くの記録で張献忠は残酷な殺戮を好み、「屠蜀」もしくは「屠川」と呼ばれる無差別殺戮により、四川の人口を著しく減じたとされている。『明會要』巻五十によれば万暦6年(1578年)に人口310万2073人だった四川は、嘉慶『四川道志』巻十七によれば、康熙24年(1685年)には1万8090人となっていたという。このため清朝の前半、1671年から1776年までの間にかけて湖北省・湖南省・広東省などからの移民数百万人が四川省へと移民した(湖広填四川)。現在の四川人の方言(西南官話)が北京普通話に近いのもこの時の張献忠による四川人殲滅殺戮によって古代四川人が壊滅したことが大きいとされる。
一方、大虐殺を行ったのは清軍であり、それを隠蔽するために後世の歴史家が張献忠により行われたことにしたという説がある。









151: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 03:57:30 ID:almZ363U0
関が原の時の島津義弘はやっぱすげぇよな

島津が関が原に連れてきた兵士は1000人 →あまりの少なさに西軍首脳は愕然 →島津の存在を軽視 →
そのことから首脳陣は、島津に撤退命令を出さなくていいや、お前の作戦なんか聞かないよなどの態度をとる →
そんなことがあってやる気がなくなった島津軍 →関が原の戦いも終盤となり西軍はもはや退却するしかない →
我が軍(島津軍)は残り300人だけどあえて敵陣(敵の数3万)の中央突破をやるぞ!! →まず福島正則軍が戦うが島津突破成功 →
そもそも朝鮮の役でも鬼石曼子(グイシーマンズ)とも言われてた最強の武将に福島は戦う気はなし →
井伊直政軍、本多忠勝軍、松平忠吉軍らが追いかけてくるがどうにか撤退成功 →最終的に薩摩に戻った兵は80数人に →
その後、あまりにこのことがすごかったので島津藩は敵軍だったのに何もおとがめなし


153: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 06:08:20 ID:Eb2LoMSeO
世界史ではインパクトのある存在であるゾロアスター教
最大の支持基盤であるササン朝が滅んだあとも信者は各地で行き延びていた
インドのタタ財団一族やQueenのフレディはその末裔だそうだ
ちなみに日本では神戸あたりに組織があるらしい

154: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 07:25:37 ID:b5nmNgMz0
チェルノブイリ原発事故の際
放射能を含んだ雲がヨーロッパにも及んだ
しかしフランスは正式発表で
「フランスには逆の風が吹き込んでいたので放射能を含む雲はフランスには及んでおらず問題無い」
という発表をしていた

155: コピペ 2009/12/26 07:27:15 ID:b5nmNgMz0
レスをくれた皆さん、ありがとうございます。
稚拙な長文ですが、読んで頂ければ光栄です。
 芋鍋(1)
 徳川四天王の一人、井伊直政の次男である井伊直孝の
若き頃の逸話である。
 直孝は父同様、その才覚を徳川家康に見込まれ、若くして
周囲に一目置かれる存在となっていた。
 政務に勤しむ直孝に、ある老臣が声をかけた。
「直孝、お主の様な若者が仕事に励んでいるのは嬉しい。わし
たちも励みになる。そなたを見込んで話すが、実は我々年寄り
連中が集まり、二月(ふたつき)に一度、合議をしておる。
どうだ、お主も来ないか?」
 聞けば、参加する者たちは徳川家古参の、歴戦の武将達だった。
直孝に否やがあろうはずも無く、喜んで参加を希望した。

156: コピペ 2009/12/26 07:27:59 ID:b5nmNgMz0
 芋鍋(2)
 さて、その日がやって来た。直孝にしてみれば、憧憬の的であった
武将達が集まり、ざっくばらんに語り合っている贅沢な酒宴だ。
ある者は手柄を立てた時の話、ある者は戦の仕様を考証し、ある者は
名高い武将と戦った時の思い出を語っている。一つ一つの話に直孝は
感銘を受けていた。
 宴もたけなわとなった頃、大鍋が運ばれてきた。鍋の中には、よく
煮えた芋が入っていた。皆が思い思いに椀に取り分け、黙々と食べは
じめた。芋の入った椀が直孝にも廻って来た。一口食べた直孝は驚い
た。まったく味が無いのだ。それどころか、まるで泥を食べたような
土臭さであった。思わず直孝は言った。
「申し訳ございませぬ。この芋は、私には少々味が足りぬ様でござい
ます。塩か醤油はございませぬか?」
すると老臣は箸を置き、直孝に向き直ってこう言った。
「実はお主を誘ったのは、この芋鍋を食べて欲しかったからじゃ。」

157: コピペ 2009/12/26 07:28:46 ID:b5nmNgMz0
 芋鍋(3)
 老臣は続けた。
「家康公の若き頃は、我らは毎日このような味も無い芋鍋を
食べていた。そして今も徳川家のために働いてくれる足軽達、
田畑を耕す農民達の中には、この芋鍋すら満足に食えぬ者も
いる。我らはその事を決して忘れぬよう、こうして集い、芋
鍋を皆で食べているのだ。」
さらに老臣は続けた
「これからはお主のような若者が、徳川家の政事の中心となる
であろう。だからこそ、お主に伝えたかった。我らの手柄や戦
の仕様、ましてや、もうこの世におらぬ武将の話などでは無い。
この芋鍋の味を決して忘れてくれるなよ。」
 直孝は芋をたいらげると、老臣達に深々と頭を下げ、言った。
「この味、生涯忘れませぬ。」

 他の徳川四天王をはじめ、徳川創業の功臣の二代目が次々と冷遇
粛清されていく中、直孝は幕府の信任厚く、彦根藩主そして大老と
出世し、後に名君として歴史に名を残す事となる。
 彼が名君となりえたのは、芋鍋の味を忘れなかったからかもしれない。
                            ~終わり~

161: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 09:14:11 ID:almZ363U0
第二次世界大戦終戦後
外務大臣に就任した吉田茂に頼まれ、戦連絡中央事務局の参与に白洲次郎が就任した。
白洲がGHQ相手にイギリス仕込みの英語で主張すべきところは頑強に主張してた時のこと・・・

民政局長コートニー・ホイットニー准将「あなた英語うまいですね」
白洲次郎「あなたももう少し勉強すれば上手くなるよ」
コートニー・ホイットニー「( ゚Д゚)……‥‥‥・・・(゚д゚)」

この時、白洲が話していた英語はオックスブリッジアクセントであった。
彼はそのことも知らないないで「英語がうまいですね」と言った准将に
1.俺のほうがすげぇ英語を話してるだろ!!
2.オックスブリッジも知らないのか!!バカ!!
3.てめぇも悔しかったら勉強しろ!!
と皮肉を含めて言ったのであった。
そして彼は「従順ならざる唯一の日本人」と言われるようになったのである。

※オックスブリッジはオックスフォード大学とケンブリッジ大学だけで習うことができる特殊なアクセント

163: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 10:20:03 ID:OfpY50r50
日本で初めてクリスマス休戦をしたのは松永久秀
日本で初めて爆死した記録が残っているのも松永久秀
でも日本で初めて東大寺を焼いたのは久秀ではなく平重衡だった。残念!

164: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 10:22:40 ID:b5nmNgMz0
話半分で

アメリカ大陸において奴隷解放が広まったのは人道的な理由からではない
新大陸各国が独立していく中、新大陸は旧大陸との経済的連携は次第に薄れて
輸出が滞る事もしばしばあった
新大陸の大半はモノカルチャー経済で旧大陸の市場に依存しており
一度旧大陸への輸出が滞ると経済的な危機が起こる
そこで新大陸国家は内需を拡大させ旧大陸の市場から独立していくように志向していった
しかし新大陸は旧大陸に比べ人口が極端に少ない為に内需拡大といっても限界があった
そこで財産を持てなかった奴隷を開放して少しでも市場が拡大されるようにした
このような論理で奴隷開放を推進したため奴隷解放前よりも待遇が悪くなった元奴隷も多く
肉体的従属から経済的従属に変わっただけだという意識があったのだという

165: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 10:27:25 ID:EGALhq7S0
古代ローマの娼館には占領した土地からつれてきた奴隷がいたわけだが
女だけではなく男もいた。

166: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 10:34:58 ID:b5nmNgMz0
トロイア遺跡で有名なシュリーマンだが実は日本に来たことがあった
彼が日本に入国する際のこと
船頭が日本に着くと運賃をシュリーマンに要求してきた
その金額にシュリーマンは驚いた
運賃が安いのである
普通ならふっかけてきて驚く所だがシュリーマンは日本に来る前に中国に寄っており
大いにふっかけられたので日本でもふっかけられるのが当たり前だと思っていた

その後税関に荷物を運び入れると官使が「おはよう」と言いながら近づいてきた
その後お辞儀をしたあと中身を調べるから荷物を開けろと要求
荷物は多くシュリーマンは面倒なので官使に賄賂を過ごしてやり過ごそうとした
が、官使は胸を叩いて「ニッポンムスコ(日本男児?)」と言い賄賂を受け取ろうとしなかった
おかげでシュリーマンは荷物を開く羽目になったが簡単なチェックだけで済み
それが終わると深々とお辞儀をし「サヨナラ」と手を振ったという
この対応にシュリーマンは好感を得たようだ

167: コピペ 2009/12/26 10:52:39 ID:b5nmNgMz0
眉唾だし戦国かどうか微妙なところだが一つ話を

明治維新によって江戸幕府が倒されたが近代化が一気に進む訳ではなく
特に軍事面では装備を一気に更新するわけには行かなかったので
しばらくそのまま、あるいは改造したものを装備させていた
では改造銃は何時ごろまで使われていたのか?
実は日露戦争時まで使われていた
アメリカの専門家、ロバート・キンブローは
「私の見たのは1600年代の銘と日付のあるボルト仕掛けの小銃である。
この改造銃は近代の火薬を使っても爆発しなかった!
昔の日本の職人の技術は最高級の讃辞に値する」
反射炉もない古の匠の業が近代でも通用したといういい話

168: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 10:58:09 ID:6Zz5xUhrO
ある日伊達家重臣の新築祝いの宴をやっていたところ、出るわ出るわ不吉な出来事が

そして宴が終わり政宗が帰る間際に言いました。
伊達政宗「火事に気を付けろよ!」

その晩火事が起こりました、そう新築したばかりの重臣の家が燃えているのです。

しかも重臣自ら火を放ったとのこと

172: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 11:21:42 ID:lWAY41MfO
>>168それオチの意味が分からんのだが。

173: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 11:23:28 ID:6Zz5xUhrO
>>172
不吉な事ばかり起こったから
暗に政宗が家を燃やせと言った

169: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 11:13:31 ID:b5nmNgMz0
アフリカの東側にあるマダガスカル島の原住民はマレー系とされる
紀元5世紀にインドネシアのボルネオ島から渡ってきたと言うことがDNA調査で判っている

175: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 11:28:49 ID:fGimZgZF0
>>169
ちなみに童謡アイアイの南の島とはマダガスカルのこと
アフリカよりアジアのほうと関係が強い

171: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 11:19:38 ID:dQS0+RlyO
かの太陽王、ルイ15世は歯無し。
「病気は歯から」という言葉を真に受け健康な歯も含め歯を全部引っこ抜いた。
肖像画も口周りに違和感が出ているのが分かる。
因みに肖像画で彼はハイヒールを履いているが理由は身長が小さいから。
関係ないがルイ15世の寵姫であった元下町娘で娼婦だったデュ・バリー夫人。
彼女はギロチンにて貴族の中で唯一、暴れて命乞いをした人。
やはり育ちの悪さか。

174: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 11:24:48 ID:b5nmNgMz0
大航海時代、イエズス会は中国にて布教をしていたが
ある宣教師が中国に既にキリスト教徒が存在するという噂を聞きつけた
宣教師が興味に駆られて中国の奥地に入っていくと彼が見たのはキリスト教徒ではなく
なんとユダヤ人であった
このユダヤ人は北宋の時代にシルクロードのの交易によってやってきて定住したようだ
この中国最古のユダヤ人社会は宣教師が発見した頃には
既に海上貿易に押され衰退し孤立していた
彼らは近代まで存続していたが現代に入る事には消滅してしまったという





159: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/12/26 08:32:13 ID:0cDjzQcy0
おもろかった






転載元
スレッド名
歴史の逸話を聞かせてくれ
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1261737401/


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