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転載元
歴史とオカルト総合スレ【日本史編】
http://hobby5.2ch.net/test/read.cgi/occult/1087411492/




1: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 2004/06/17 03:44:00 ID:Q5Hk3bl+
歴史上の事件、人物にまつわるオカルトな話を集めましょう

あなたの薀蓄を披露してください







4: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 2004/06/17 03:52:00 ID:Q5Hk3bl+
日露戦争の頃、日本海海戦を前にして、たいへん心配しておられた時の皇后
の枕元に坂本竜馬の霊が立って「日本は必ず勝ちます」と言ったとか言わな
かったとか。


ごめん。あまり詳しくないので、もっと薀蓄のある人おながいします。

217: 本当にあった怖い名無し 2004/11/25 23:11:58 ID:3wn5ySYu
>>4
遅レスで申し訳ないけど、その話はデマだよ。

当時の明治政府は薩長派閥が幅をきかせており、
旧土佐系の人間はかなり不満を持っていた。
で土佐藩出身の田中光顕が、英雄坂本龍馬が天皇の枕元に
現れたというデマを流して土佐藩の復権に利用したって話らしい。

ちなみに田中光顕は当時宮内大臣だったはず。


1


















 

 
坂本龍馬は維新後しばらくは注目されることのなかった存在だったが、明治16年(1883年)に高知の『土陽新聞』に坂崎紫瀾が書いた『汗血千里の駒』が掲載され、大評判となった事により一躍その名が知られるようになった明治24年(1891年)には正四位が追贈された。
次に龍馬ブームが起きるのは日露戦争時である。開戦直前の明治37年(1901年)2月6日、皇后・美子の夢枕に龍馬が立ち、「私が海軍軍人を守護いたします」と語り、皇后はこの人物を知らなかったが、宮内大臣田中光顕(土佐勤王党出身で陸援隊幹部だった)が、龍馬の写真を見せたところ、皇后は間違いなくこの人物だと語った。事の真偽のほどは定かではないが、この話が全国紙に掲載されたため、坂本龍馬の評判が全国に広まる事となった。 日本海海戦で大勝したことで、皇后の御意思により京都霊山護国神社に『贈正四位坂本龍馬君忠魂碑』が建立された。




11: (@'ω'@) ◆n.qWqfl1rs 2004/06/26 02:25:00 ID:f+Hw4JGx
・藤原広嗣は自らの首を自ら斬った。この首は赤い鏡となり、この鏡を見た者は必ず非業の死を遂げた。

・信長の有力家臣であった丹羽長秀は病床で自らの腹を裂いて、中から病の原因であった石を取りだし、これを秀吉におくった(嫌味。

・武列天皇は凄まじいサディストであった。妊婦の腹を割いて中から胎児を取り出したり、敵対する者への拷問として爪を剥いだ手でイモを掘らせたりした。(ただし、残虐な武列天皇像は後世の捏造の可能性が高い

・西行は平家滅亡を予言した


今思いつくネタはこれくらいかな?
ほとんどグロに分類されそうなものばかりだけど・・・^^;
ちなみに一番上に書いた藤原広嗣の娘さんは、捕らえらて、1000人の兵士によって死んでも輪姦され続けたと言われます。。
歴史でも将門公や天草四郎のオカルトネタは語られ尽くしたか・・・。。

26: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 2004/06/30 04:07:00 ID:evJyt1uF
藤原広嗣の怨霊は物凄かったみたいですね。 
鏡神社や京都の下御霊神社に祀られているそうです。(御霊神社には他に菅原道真 吉備真備等も) 
上御霊神社は後の応仁の乱の際、西軍がの本陣があったことから「西陣」の地名の由来になったとか。
1


















藤原広嗣
広嗣は勅に従わず、天平12年(740年)弟・綱手とともに大宰府の手勢や隼人などを加えた1万余の兵力を率いて反乱を起こした。しかし大野東人を大将軍とする追討軍に敗走し、最後は肥前国松浦郡で捕らえられ、同国唐津にて処刑された(藤原広嗣の乱)。これによって多くの式家関係者が処分を受け、奈良時代末期には一時的には政治の実権を握るものの、後世における式家の不振を招く要因の一つになった。
広嗣の怨霊を鎮めるため、唐津に広嗣を祀る鏡神社が創建された。新薬師寺の西隣に鎮座する鏡神社はその勧請を受けたものである。



27: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 2004/06/30 04:36:00 ID:evJyt1uF
>>26 
訂正>西軍がの本陣があったことから→西軍側の陣があったことから 

楠正成も怨霊になったらしい。 
1






















月岡芳年画『新形三十六怪撰』より「大森彦七道に怪異に逢ふ図」。盛長が楠木正成の怨霊に遭った伝説を描いた画


大森 盛長(おおもり もりなが)は、南北朝時代の武将。通称の彦七(ひこしち)で知られる。
神前郷松前村(現在の愛媛県伊予郡松前町)金蓮寺へ向かう途中、重光の部落を流れる矢取川で楠木正成の怨霊の化身「鬼女」に出くわしたという伝説がある(『太平記』)。 この物語は江戸時代には舞踊劇となり、明治時代には福地桜痴の史劇「大森彦七」が新歌舞伎の18番の1つとして上演された。




12: 6 2004/06/26 04:16:00 ID:WSAk3pbA
sage進行?

佐々成政の立山黒百合伝説

1584年 小牧・長久手の戦いで、羽柴秀吉と仲の悪かった佐々成政は、織田信雄・徳川家康側に付いた。
だが、秀吉と信雄の間に和睦が成立しそうだと言う噂を聞いた成政は、領国の富山から戦闘継続のため、
冬の日本アルプスを越えて、駿河の家康のところまで直談判に赴くが、説得は失敗。失意のまま帰国する。
帰国した成政に、寵愛していた側室、早百合が、小姓の一人と密通をしたと言う報告が入る。
他の側室達の嫉妬による讒言だったらしいのだが、成政は2人の弁明をろくに聞かずに二人を処刑する。
早百合は処刑される時に「立山に黒百合の花が咲いたら、佐々家は滅びる」と言ったという。
翌年に秀吉に降伏した成政は、領地を半分に減らされ、87年、秀吉の命で肥後に国替えされたが、
翌年、国人一揆を起こした罪を問われ、切腹を命じられた。
早百合は神通川の一本榎の側で処刑されたらしいが、明治に入るまで、
この木の近くで早百合の亡霊が現れるとかいう噂が絶えなかったらしい。

蛇足:水戸光圀に仕えた学者の佐々介三郎は、水戸黄門の「助さん」のモデルで、成政の子孫。
ここまで書いておきながら、佐々家は滅んでない…

13: (@'ω'@) ◆n.qWqfl1rs 2004/06/26 18:02:00 ID:lvFMMR+Q
漫画『花の慶次』が好きなので佐々成政がそんなに憎めない・・・(´・ω・`)

●壇ノ浦で大敗を喫した平家一門の平忠実が源氏の追手から逃げる途中で、愛馬が倒れてしまった。
仕方なく愛用の「藤蔓の鞍」をそこに埋め、塚を作った。
しばらくしたある雪の日、忠実がその場へ行ってみると、その塚周辺にだけ雪が積っていなかった。
不思議に思った忠実が掘ってみると、なんと湯が涌き出てきた。
忠実は喜んだが、湯が出たとわかれば人が押し寄せ、自分の居場所が源氏方にわかってしまうと考え、湯のことを秘密にした。
しかし、いずれ子孫の誰かが発見するだろうと考え、そこに大量の財宝を隠した。

300年後、忠実の考えどおり、11代目の伴対馬が湯と財宝を発見した。
この時発見された湯は「藤鞍の湯」として、忠実の末裔と称する旅館の名物となっている。
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湯西側温泉
湯西川の先祖は平忠実が落ち延びたとされ、平家の落人伝説の残る集落で知られている。温泉の発祥は天正元年で400余年の歴史があり、平家の落人の子孫が発見されたと伝わっている。追討から逃れ、身を潜める山村生活を営み生きるため、この地では今もなお端午の節句に鯉のぼりを揚げない、たき火をしない(煙を立てない)、鶏を飼わないなど独自の風習が残っている。







34: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 2004/06/30 16:11:00 ID:8G2NjMTt
平安の世の「物の怪」の話なんかどうでしょう?
廃屋には必ずといっていいほど鬼、怨霊が棲むと考えられていたみたいですし。
「源氏物語」に見られる六条の御息所の生霊(葵の上や、一説には夕顔をも殺した)
なんか見ていては当時は物の怪の類が暮らしに密着していたんだなぁと思います。
物忌とか方違えとかの風習し然り。
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葛飾北斎画『北斎漫画』より「葵上」の題で描かれた六条御息所






36: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 2004/06/30 18:57:00 ID:a+mw9NYp
鬼って朝鮮難民の隠語でしょ? 
キツネはユダヤ難民の隠語。 
猪は和気氏の隠語、 
兎は宇佐氏の隠語、 
鰐は和邇氏の隠語だったと思う。

38: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 2004/06/30 21:31:00 ID:evJyt1uF
>>36 
中国では日本人のことを鬼(グイ)って言うこともあるよ。 
第二次大戦あたりにできた隠語ですかねー。 

蘇我氏の血もかなり皇族に流れてるようですが・・・。

37: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 2004/06/30 19:15:00 ID:sj5J49C4
常々疑問に思うのは、そういう電波をおまえらがどこで受信してくるのかだ。

59: Mercury ◆YXXD24Gj2U 2004/07/01 23:03:00 ID:bWeet+dy
あの、注文していいですか?
俺は日本のお坊さんの怪異伝が聞きたいな。。

あ、日本史板行けって?
確かにその通り、、

60: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 2004/07/01 23:16:00 ID:PB12zd/K
>>59
いや、たぶんオカ板に帰れと言われて終わりだと思うが。

とりあえず三好浄蔵あたりでどうだ。

・八坂の塔が傾いたのを祈祷で元に戻した。
・一条戻り橋で死んだ父の三好清行を蘇えらせた。
・笛を吹いて朱雀門の鬼に褒められた。
・道真の怨霊調伏に失敗。
・将門の調伏に成功。

メジャーすぎ?

65: Mercury ◆YXXD24Gj2U 2004/07/02 23:04:00 ID:nAh7yP2F
>>60
おお、サンクス。
もっともっとお願い。てかできれば物語調で語ってください。

61: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 2004/07/01 23:21:00 ID:PB12zd/K
あとは三井寺の頼豪が鉄鼠になったとか、空海関係とか。

1






















鉄鼠
『平家物語』によれば平安時代、頼豪は、効験があれば思いのままに褒美を取らせるという白河天皇との約束のもと、皇子の誕生を祈祷し続け、1074年(承保元年)12月16日、見事これを成就させた。頼豪は褒美として三井寺の戒壇院建立の願いを申し出たが、対抗勢力である比叡山延暦寺の横槍のため、叶えられることはなかった。
このことを怨んだ頼豪は、自分の祈祷で誕生した皇子・敦文親王を、今度は祈祷で魔道に落とそうと、断食に入った。やがて100日後、頼豪は悪鬼のような姿に成り果てて死んだが、その頃から敦文親王の枕元に、妖しい白髪の老僧が現れるようになった。白河天皇は頼豪の呪詛を恐れて祈祷にすがったが効果はなく、敦文親王はわずか4歳にしてこの世を去った
『平家物語』の読み本である『延慶本』や『長門本』、その異本である『源平盛衰記』などによればその後、頼豪の怨念が巨大なネズミと化し、延暦寺の経典を食い荒らした。延暦寺は頼豪の怨念に怖れをなし、東坂本に社を築いて頼豪を神として祀り、その怨念を鎮めた。後にその社は「鼠の秀倉(ねずみのほくら)」の名で伝えられた。以来、大きなネズミを「頼豪鼠」と呼ぶようになったという。
また軍記物語『太平記』によれば、頼豪の怨念は石の体と鉄の牙を持つ8万4千匹ものネズミとなって比叡山を駆け上り、経典ばかりか仏像をも食い破ったとされる。







64: (@'ω'@) ◆n.qWqfl1rs 2004/07/02 15:54:00 ID:8avTGA6Z
上で言った本にいろいろと書いてあったのを紹介・・・。。
ちなみに本の題名は『江戸の怪』です。。

・文政4年(1821)6月、江戸城大奥で祐筆をつとめるおりゅうという者が失踪、
4日後、全裸で体中の血が抜きでたかと思うほどの血まみの状態で発見された。
発見された部屋は密室であった。


・江戸城の本丸大奥には「不開の間」(あかずのま)というのがある。
12代将軍の徳川家慶がある夜、その部屋の前を通りかかると、黒紋を着た老婆が廊下に座り、手をついて御辞儀をしていた。
家慶は「あればどこの者だ」と聞いたが、供の者には何も見えず、恐怖を押し殺しながら「御三の者です」と答えた。
それから間もなくの6月16日、家慶は突如として息を引き取った。
このことがあってから、「なにか不吉なことが起こる前には、不開の間の前に亡霊が現われる」という言い伝えが出来た。

(フジでやっていた『大奥』っていうドラマにこんなようなシーンがあったような・・・)

・池田輝政の頃の姫路城では怪異が続発した。
○午前零時頃になると、ふいに太鼓が鳴り悪鬼が姿を現わし、人をとり殺した。ときには台所の大釜の上に切り取られた腕がのっていたこともあった。
○ある家臣が白昼、傘を差したまま天に引き揚げられた。
○3メートルもあろうかと思われる毛むくじゃらの腕で投げつけられた者もいた。
○ある女中は行方不明になり、また別の女中の枕元には、背の高さが3メートルもある坊主が立っていた。
○夜な夜な何者かが天守閣に現われ、灯火をともす。
しまいには輝政自身が奇怪な死をとけだという。。

84: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 2004/07/08 20:22:00 ID:74IVx4up
>>64
思わず岸田今日子さんのナレーションで読んでしまった。

姫路城にはよく行きます。薄暗い部屋に千姫などの人形がポツンと鎮座してる
のが何とも薄気味悪かったですが、そんな怪異があったとは・・・・。
ところで姫路城には「お菊井戸」がありますが、平塚にもあるみたいですね。
「播州皿屋敷」と「番町皿屋敷」どちらも似たようなお話ですが・・????

97: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 2004/07/19 07:18:00 ID:hls6Ci7J
>>84 
亀レスだが、神奈川県平塚市にあるのは「お菊塚」だよ。 
平塚の宿役人真壁源衛門の娘が奉公中にお皿を割って 
斬られたって当地じゃ言い伝えで、そのお菊が葬られた 
墓の跡に建ってる。
1












市内に伝わる伝承によるとお菊は平塚宿宿役人真壁源右衛門の娘で、江戸の旗本青山主膳の屋敷へ行儀見習い奉公に出ていた。 ある日主膳の屋敷内でお菊は自らの不注意で主人愛玩の南京絵皿十枚組のうち一枚を割ってしまった。 そのため主人の怒りを買い、お菊は両腕を切り落とされた上屋敷内の井戸に投げ込まれて殺されてしまった(水野芳年作のお菊の幽霊画には確かに腕が描かれていない)。
お菊の遺体は引き上げられ、罪人の例に倣って長持に詰められて江戸から平塚宿まで送り返されてきた。 馬入の渡しで娘の遺体と対面した真壁源右衛門は
「もの言はぬ 晴れ着姿や菫草」
と句を詠んで悲しんだという。
その後、青山主膳の屋敷のお菊が投げ込まれた井戸には怨みを抱いたお菊の霊魂が留まり、幽霊となって夜な夜な井戸より現れたという噂がモチーフとなって怪談番町皿屋敷が生まれた。お菊の遺骸は平塚宿内の真壁家菩提寺晴雲寺に葬られたが、これも罪人の例に倣って墓石は建立されず代わりに栴檀の木が植えられたという。
その後、昭和27年の区画整理事業に伴って晴雲寺が現在の市内立野町に移転することとなり、真壁家墓所も移転の工事が進められたが、お菊の墓を移動しようとすると不吉なことが度々起こった。この為平塚市ほか工事関係者がお菊の墓があった場所にお菊塚を新たに建立し弔ったところ工事がスムーズに進むようになったという。
このお菊塚は現在も東海道本線平塚駅近くの紅谷町公園の片隅に存在している。また移転後の晴雲寺真壁家墓所には「貞室菊香信女」と戒名が刻まれたお菊の墓が現存している。











85: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 2004/07/09 16:45:00 ID:Y/5n/ARr
>>84
井戸ってよく話し出るよね
私の近くの城跡にも織田軍の進行で
お姫様が身を投げた井戸から馬の嘶きが聞こえるとか
なぜ馬の嘶きなのか不明だけど


89: (@'ω'@) ◆n.qWqfl1rs 2004/07/11 11:07:00 ID:xAdfPZJV
姫路城で調べてみたら、宮本武蔵の妖怪退治という話もあるみたいですね。。
自分き初耳だったんですが、もしかして有名?



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長壁姫
姫路城の天守に隠れ住んでおり、年に一度だけ城主と会い、城の運命を告げていたと言う。松浦静山の随筆『甲子夜話』によれば、長壁姫がこのように隠れ住んでいるのは人間を嫌っているためとあり[1]、江戸時代の怪談集『諸国百物語』によれば、住処に人が立ち入ると、1丈(約3メートル)もの身長に巨大化して追い払ったという。
時代が合わないため全くの伝説とされるが[要出典]、宮本武蔵は若いころ、足軽の「滝本又三郎」として木下家定時代の姫路城に奉公していたという。ある夜、天守に住む妖怪退治を命じられた武蔵は灯りを手に上り、妖怪を追い払った。天守最上階では刑部明神が姫の姿で現れ、武蔵に妖怪退治の礼として銘刀・郷義弘を授けたという。これは前述の『老媼茶話』をもとにした話ともいわれる。



>>88

三重でしたら、信長の一向一揆関連の怖い話無いですか?(と、三重の話が出て来るたびに聞いてる気が・・・
なんでも、戦死者を供養した塚みたいなものがあって、そこはかなーりやばい心霊スポットになっていると、友人から最近聞きました。。

90: 88 2004/07/11 17:24:00 ID:JNZ5Mgka
>>89
こんにちわ
桑名の一向一揆は本で読んだだけですが
一向一揆8万の人間が参戦して戦場で倒れた以外の半数が
飢え死にし降伏した2万も虐殺されたと言う悲惨な状況だったようですね
川が地で赤く染まったとか

多分 最後の砦となった 長島願証寺あたりかもしれませんね
いま 桑名の図書館が改装工事かなにかで10月まで使えないと聞きましたので
行ける様になったら他に見たい本もあるので一緒に見に行ってきます

また 井戸ですとこれも地元のほうで悪いのですが
簪井戸の話があります 攻めて側は有名な蒲生氏郷です
今でも地元のお年寄りが子供に怒る時にガモジが来る言うとか言わないとか


96: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 2004/07/19 05:32:00 ID:N/q7nbvK
では期待age

98: (@'ω'@) ◆n.qWqfl1rs 2004/07/19 13:19:00 ID:bAY4PZop
>>96
そんなに期待しないで・・・(;´Д`)

とりあえずひとつ・・・
●酒船石
有名なので知っている方が多いと思いますが、飛鳥にある謎の巨石のこと。
天文学に使われたらしいが、未だ謎が多いらしい。
(この石古代にはさらに巨大だったようです)
同じような物に奈良県益田の岩舟がある。
この石は山の中腹にあるが、そこまでどのようにして運んだのかわかっていない。
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108: 本当にあった怖い名無し 2004/08/01 14:33:00 ID:VPAVAL9X
>>98
消防の遠足で・・「三つ目がとおる」を読んでいたので飛鳥に行った時は
「二面石」なんかマジで二つに割れると信じてた

99: (@'ω'@) ◆n.qWqfl1rs 2004/07/19 13:49:00 ID:bAY4PZop
↑は平成元年の『別冊歴史読本』から引用したのですが、付録に「日本 謎の遺跡ガイド」というものがついているのでこちらも紹介しておきます。。

●フゴッぺ洞窟(北海道)
何の変哲も無い小さな洞窟に、動物・魚・船・両手を天に向かって掲げている人、などが描かれている。
アイヌの伝説では、太陽の子が空を飛ぶ船で飛来し、アイヌ人に農耕を教え、病気の治療をしたという。
(→宇宙人か?)

フゴッペ洞窟」ではなく「フゴッペ遺跡」と呼ばれる場合には、昭和2年に鉄道工事中に発見された古代文字様の壁画と石偶をあらわす場合があるので、混同しないよう注意が必要である。

戦前に発見されたフゴッペの遺跡は『小樽新聞』昭和2年11月14日によると、鉄道工事作業員の宮本義明によって発見された。鉄道敷設に際して、フゴッペの丸山を掘削して、2つに分けたのだが、その壁面に古代文字のような壁画と石偶のようなものが出現し、話題となった。

違星北斗の論文は、この「古代文字」について論じたものである。この古代文字に関しては、小樽高等商業学校の西田彰三教授によって「この遺跡はアイヌのものである」と発表されたが、アイヌ出身である違星北斗による「この遺跡はアイヌのものではない、現代人によるニセモノではないか」という反論が、同じく小樽新聞に掲載された「疑ふべきフゴツペの遺跡」である。

小樽文学館の展示物によると、『小樽新聞』では発見は大正14年であるとなっているようだが、昭和2年の間違いであろうと思われる。戦前の『余市郷土誌』では周辺の農夫が客土用の土を採取している際に発見となっているようだが、これも疑わしい。

北斗の「フゴッペの遺跡」と国の史跡に指定された「フゴッペ洞窟」は厳密にいば異なるものであるが、北斗の論文には、遺跡の場所・函館本線からの距離・周囲の状況が明示されており、まさしく現在の「フゴッペ洞窟」の裏側の壁面であり、2つの遺跡にまったく関連性がないとは考えにくい。

現在、戦前のフゴッペの壁画は現存しない。違星北斗同様、金田一京助も戦前のフゴッペ壁画がニセモノであると断定し、昭和天皇に尋ねられた際にも知人のアイヌが少年時代に描いたイタズラ書きであると伝えたという。そのためか、適切な保存処置も行われず、朽ちるがままにされてしまったのである。




●手宮洞窟(北海道)
昭和初期に洞窟に彫られた文字が発見され、手宮文字として話題になる。
しかし、その奇妙な図形については、古代文字説や記号説、絵画説などが出されたがいずれも決定的な証拠が得られないままになり、一時は誰かのイタズラではないか、という説もとなえられた。
が、のちに先に述べたフゴッぺ洞窟が発見されるにおよび、量遺跡の古代文字に類似点が見られることから、再び脚光を浴びた。
現在ではこの古代文字について、ツングースかマッカツ族の文字ではないか、という説も出されているが、いまだ解読はなされていない。

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手宮洞窟で発見された岩絵


●亀ヶ岡遺跡(青森)
七里菜が長浜と呼ばれる海岸地帯から、宇宙服の形をした土偶が発見された。
推定年代は紀元前1500年、縄文時代のもの。
NASAが発表した宇宙飛行士の服装とよく似ており、顔には宇宙線を防ぐゴーグルまで着けていた。
同種の土偶は岩手県の雨谷遺跡・渋尾遺跡からも出土している。


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●釈迦の墓(青森)
釈迦は日本に渡来し、その墓は青森県の梵珠山だ、という説がある。
「釈迦が悟りをひらいたのは、サルナトールという地である」という記録が残されている。
南米エクアドルの一部では日本のことをサルナチークと呼んでいる。
毎年、旧暦の7月9日に梵珠山の山頂にある釈迦堂で大祭が行なわれるが、この時、天空から山頂にかけて金色の光が一直線に射し込む。
これを土地の人達は「シャカの光」と呼んでいる。
(↑ホントか~??ここの説明には竹内文書なんかが根拠として出されていたので少しあやしい・・・)

100: (@'ω'@) ◆n.qWqfl1rs 2004/07/19 14:16:00 ID:bAY4PZop
●キリストの墓(青森)
処刑されたのは、キリストの弟のイスキリで、キリストは中央アジアからシベリアを経て青森県三戸郡新郷村にたどりついた、という伝説が伝えられている。
新郷村の旧称は戸来で「へらい」と読む。(イスラエル人の自称とよく似ている)
キリストは戸来村に住みつき、ミュという娘をめとって106歳まで生きたと伝えられている。
この村では赤ん坊が生まれると額に墨で十字架を書く風習があるが、その由来はわかっていない。
地元の人達は代々受け継がれた習わしとして、何の疑いももたれずになされている。


●泉崎古墳(福島)
古墳内部の彩色画が、互いに手と手をつなぎ、宇宙からの来訪者を迎えているようにもみえる。
そして、大きな渦巻きが描かれている。(宇宙人の乗り物のエネルギー?)
洞窟の壁画には、天空を意味する抽象的な渦巻き文や直弧文が朱の顔料を用いて描かれており、謎に包まれている。
似たような古墳に福島県の清戸作古墳がある。


●モーゼの三つ子塚(石川)
能登半島の宝達山頂にはモーゼの墓とされる「モーゼの三つ子塚」がある。


●佐倉の地上絵(千葉)
佐倉市郊外の畑地に小高い塚があり、その上に直系50メートルもある大きな同心円マークが黒々と刻み込まれている。
畑からは塚の上面を見ることはできない。また、周辺に塚を見下ろせるような山や丘もない。
専門家は千年ほど前の絵と判断しているが、必要性が全くわかっていない。


●皆神山(長野)
「日本のピラミッド」として有名。
地質学者の通説では35万年前にマグマが地表を押し上げて盛り上がったまま噴出せずに固まったものとされてきた。
しかし、皆神山の岩石は火山岩とまったく異なっていた。


●中津川の鮒岩(岐阜)
丸山神社にある巨石は、長さ約12メートル、高さ約5メートルで、鮒の形に似ていることから鮒岩と呼ばれている。
背中の部分には直系10センチほどの穴が数個あけられており、それが規則正しい配列をしているが、何のために作られたのかは不明。
近くに磁石を置くと針が大きくふれることから、地下に磁気を狂わす何かの装置が隠されている可能性もある。




108: 本当にあった怖い名無し 2004/08/01 14:33:00 ID:VPAVAL9X
>>99>>100
青森ってすごい土地だったんですね

104: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 2004/07/27 19:27:00 ID:EUcZnSu5
近江の浅井長政の居城も
そういえば 侍じゃないけど霊が出ると聞いたこと
あるけど何処で読んだんだっけ。。。

238: 本当にあった怖い名無し 2005/01/08 04:28:35 ID:+yKGuW/U
もの凄く遅レスですが>>104

私は、ほん怖の闇の検証(お市の方編)で小谷城の話を読みました。
ここは、女性の悲鳴や鎧の音が聞こえたり、
武将や侍女の姿の霊も出るとかなんとか書いてありました。
霊視もしてましたが、やはり当時の方はいるようです。
確か、長政も霊視してました・・・。

ただ、実際読みながらはぁ?と思ったのがお市の霊が長政の霊の元に
行きたがっててせいで自分についてきててやっと再会できたとかいうやつで
(うろ覚えなので逆かも)、まるで自分が連れてきてあげたのよみたいな
感じに思えて、なんかこれ以来この霊能者だけでなく
闇の検証自体冷めた目で読むようになりました・・・苦笑・・・

240: 本当にあった怖い名無し 2005/01/10 16:36:53 ID:JRIb9nBM
>>238

お市にしてみれば、長政にあわす顔がないっていうのが本音だろ?
だから、仮に本当にお市の霊が長政の霊と会えてないとしたら
彼女が敢えて長政の霊の元に行っていないだけだと俺は
思うな。小谷落城から何百年と経った今になって霊能者がひょっこり
現れたからこれ幸いにひょいひょいついていくなんぞ都合が良すぎだろ?
戦国の女はそんな軽いもんじゃないと思うぞ。
まぁ闇検自体胡散臭いとこあるからなぁ。
霊子とその取り巻きのオナニーコーナー的な
感じだし、検証になってないことが多い。

241: 本当にあった怖い名無し 2005/01/11 16:55:34 ID:VWmx4BLn
日本史板からきました。
>>240さんに同感です。
なんていうかお市が凄く可哀相です。
それにお市に限らず戦国時代の女性は
悲劇的な最期を迎えてる方も多いので
本人が助けを求めてるならまだしも
そうでないならむやみに霊視だけをしに
行くというのは、結局はひやかしと同じだと思います。
確かに、歴史の隠れた裏の部分を知りたいのも事実です。
でも、中にはそっとしておいてあげたほうがいい場合も
あると思うのですが・・・?

105: 本当にあった怖い名無し 2004/07/30 23:35:00 ID:+jGFd3DK
ちょっとした疑問なんだけど・・・

日本にある仏舎利の数多くない?
どんな風に日本まで伝わって来たんだろう
前々から気になってた

106: 本当にあった怖い名無し 2004/07/31 19:06:00 ID:5vqTN99U
>>105
仏舎利って釈迦の骨の事?
そんなに多いの?

107: 本当にあった怖い名無し 2004/07/31 19:43:00 ID:6CrMmKBI
大部分はフェイクらしいです
でも、中には本物もあるかもね・・・


112: 本当にあった怖い名無し 2004/08/12 16:01:00 ID:cvOFlxNU
仮に世に存在する仏舎利が全て本物だとすると、釈迦ってのは何メートルもある巨人になるらしいね

114: 本当にあった怖い名無し 2004/08/13 21:05:00 ID:lje0D3e5
>>112
ただでさえ、焼いちゃうから少ないだろうしね。

113: 本当にあった怖い名無し 2004/08/12 16:23:00 ID:AU7G5kUf
解脱合体シッダルタニアス

115: 本当にあった怖い名無し 2004/08/16 23:27:00 ID:X+HwIrZY
仏舎利ではなくて鬼の骨の話

三河にある鳳来寺(現・愛知県南設楽郡鳳来町)は8世紀初頭に利修仙人により
開かれたとされる。
利修は役小角と同様の行者であり、鳳に乗って都に到り文武帝の病を癒した、
役行者と兄弟である、光明皇后の実父である、300年生きた、といった伝説がある。

利修が鳳来寺を開くにあたり、赤鬼・青鬼・黒鬼の三鬼を使役した。
利修が寿命をむかえ入定する際、これらに向い、「私は入定するが、おまえ
たちが残ったのでは人々が怖れ、鳳来寺に参詣する人が絶えてしまうだろう」
と言い首を斬ってしまった。これらにより、三鬼は鳳来寺の守護神となった。
人々は三鬼の骨を本堂地下にうずめ、以来千年以上にわたり祭り
(鳳来寺田楽:国指定重要無形民俗文化財)を続けている。

時は流れ江戸時代となり、家光の発願により東照宮が建てられた。その時に本
堂もたてかえられたが、その時に鬼の骨もほりだされ、新築された本堂の下に
埋められた。慶安4年(1651)のことである。
(つづく)

116: 本当にあった怖い名無し 2004/08/16 23:28:00 ID:X+HwIrZY
(つづき)
さらに時代が下って昭和。火災により大正3年に焼失していた本堂が再建される
こととなった。その時のことである。以下、「鳳来町誌 歴史編」(鳳来町教育
委員会編集, 平成6年) p.153より引用する。

------
昭和48年7月18日、鳳来寺本堂建設の基礎工事に当たっていた佐々木建設の担当者が、
地下に埋納されていた石櫃を掘り出した。縦29.7cm、横33cm、高さ29cm。蓋が
あってそれには金文字で「鬼骨入」と彫られ、櫃の正面には「鬼骨二之内」、
右側には「慶安四卯年卯月十七日」、左側に「御造営刻改納入」と彫られていた。

19日「二之内」のもう一つも発掘された。大きさも文字も前日のものと全く同じもので
あったが、2cm位の厚さで粘土に包まれていた。二つとも泥水が入っており、その底に
両手ですくえる位の骨が沈殿していた。慶安四年(1651)は鳳来山東照宮完成の年で
あり、その時に改めて納めなおしたというのである。
それ以前どうなっていたかは知る由もない。骨の正体は謎に包まれたまま新しい本堂の
下に再び埋納されている。
------

鳳来町誌の同ページには櫃の写真も掲載されており、櫃が発掘され骨が入っていた
という事実に虚偽はなさそうである。この骨は誰なのか、伝承どおりの三鬼なのか、
三鬼とはそもそも何者なのか。
理不尽とも言える理由で斬首された三鬼だが、利修の教えをうけ祟ることもなく
自ら守護神となったという。しかしそれは本当なのだろうか。
118: 本当にあった怖い名無し 2004/08/18 19:10:00 ID:0ikROBKo
ひとり足りないのが怖いな。

117: 本当にあった怖い名無し 2004/08/17 00:31:00 ID:/v1xs0OP
役小角の前鬼後鬼を思い出すな。
元は生駒山地に住み、人に災いをなしていた。役小角は、彼らを不動明王の秘法で捕縛した。あるいは、彼らの5人の子供の末子を鉄釜に隠し、彼らに子供を殺された親の悲しみを訴えた。2人は改心し、役小角に従うようになった。義覚(義学)・義玄(義賢)の名はこのとき役小角が与えた名である。彼らが捉えられた山は鬼取山または鬼取嶽と呼ばれ、現在の生駒市鬼取町にある。
なお、静岡県小山町須走にも、役小角が前鬼と後鬼を調伏し従えたとする伝説がある。
修験道の霊峰である大峰山麓の、現在の下北山村前鬼に住んだとされ。この地には2人のものとされる墓もある。また、この地で(生駒山のエピソードと時間順序が矛盾するが)、5人の子を作ったという。
さらに、前鬼は後に天狗となり、日本八大天狗や四十八天狗の一尊である大峰山前鬼坊(那智滝本前鬼坊)になったともされている。




119: 本当にあった怖い名無し 2004/08/18 20:08:00 ID:wDYyXLgd
前鬼後鬼とかって 清明とかの式神といっしょ?
何処かで聞いたうろ覚えにはその人の世話をしていた
人間って聞いたことがあるんだけど

120: 本当にあった怖い名無し 2004/08/18 21:54:00 ID:1eJScxLW
>>119
伝承には使い魔みたいな書き方されてるけど、
吉野にはその前鬼後鬼の子孫だという人たちが現存している。

121: 本当にあった怖い名無し 2004/08/19 01:32:00 ID:Mt1j9DGu
>>120
ずばり前鬼村(現 下北山村前鬼)ってのがあるよね。
前鬼と後鬼を夫婦とする伝承もあるらしい。

121: 本当にあった怖い名無し 2004/08/19 01:32:00 ID:Mt1j9DGu
>>119
式神や鬼は社会体制上人間とはみなされない人々であった、というのは
ときどき言われる話だね。
晴明が公達に請われ、式神により虫(蛙とも)を殺した、という伝承も、実は人であるところの
式神に命じて人間扱いされない人を殺してみせたということなのである、という話をする
人がいるぐらいだし。(小説家のいうことなので割引く必要はあるだろうけれど)

122: 本当にあった怖い名無し 2004/08/20 13:25:00 ID:Jx1kyVW/
酒呑童子など鬼の名前に「童子」がつくのは、彼らの髪型が子供のような禿(かむろ)だったから。
平安期の社会では一般庶民は成人すると髷を結う規範があったので、禿の大人は
身分制の外に位置していたことを示す。実際、天皇家直属の「聖なる賤民」は禿髪を許されて(強制されて?)いた・・・

ってやつだよね。馬場あき子とか小松和彦とかの本で読んだような。

123: 本当にあった怖い名無し 2004/08/20 19:33:00 ID:RMonRvZC
八瀬童子だね
125: 本当にあった怖い名無し 2004/08/20 23:02:00 ID:xT89lBQL
八瀬童子については隆慶一郎の小説での知識しかないけど 
言語含めて風俗が相当に特殊みたいですね
八瀬童子(やせどうじ、やせのどうじ、はせどうじ)は山城国愛宕郡八瀬郷(現在の京都府京都市左京区八瀬)に住み、比叡山延暦寺の雑役や駕輿丁(輿を担ぐ役)を務めた村落共同体の人々を指す。室町時代以降は天皇の臨時の駕輿丁も務めた。伝説では最澄(伝教大師)が使役した鬼の子孫とされる。寺役に従事する者は結髪せず、長い髪を垂らしたいわゆる大童であり、履物も草履をはいた子供のような姿であったため童子と呼ばれた。

1











「大正天皇崩御」の報に接し、ただちに葱華輦を担ぐ練習を始めた八瀬童子




124: 本当にあった怖い名無し 2004/08/20 21:41:00 ID:poNq17Zb
愛知県の長○手町には、満月の夜になると水が真っ赤に染まる『地の池』があった。
合戦で傷ついた兵達が水を飲みに行って、そのまま池に崩れ落ちて池が血で真っ赤になったそうな。

小学校の時の校長が、大学時代(史学科)友達とよく見に行ったと話してくれましたよ。



今は埋められて交通公園(´Д⊂遠足デイッタサ


126: 本当にあった怖い名無し 2004/08/27 13:27:00 ID:vL2sqUSD
「古事記」「雨月物語」などで面白い話ないでしょうか?

という訳で保守age

127: (@'ω'@) ◆n.qWqfl1rs 2004/08/27 13:38:00 ID:FVDG9BIU
>>126
あやしい古典文学の壺
このサイトのぞいてみたらどうでしょう??

129: 126 2004/08/28 01:11:00 ID:OrCY1Sm5
>>127
面白いです!ありがとうございます


134: かたりべ 2004/09/04 07:12:00 ID:4C0FCE8G
江戸時代の浅間山噴火が
大飢饉を引き起こし、財政難の幕府を衰退させて
江戸幕府滅亡のトリガーとなった。

今回の浅間山噴火は今後激化していくのか?

数年前の米不足、キャベツ不作の時の日本人の行動には
醜い物があったが、それに加えて日本周辺諸国の不穏な動きや
アメリカの日本搾取強化と相まり

大食糧難の平成大飢饉と浅間山大噴火の復興で
国家財政のひっ迫している日本政府は倒れてしまうのではないか?

日本国民は大飢饉と政府崩壊に備えねばならない。

135: 本当にあった怖い名無し 2004/09/04 07:14:00 ID:PH9wuIHe
>>134
↑ 桜坂満太郎総理。

136: 本当にあった怖い名無し 2004/09/04 21:28:00 ID:L7VnE4vZ
>>134
オカ板らしい妄想をありがとう。
一方で歴史スレでもあるので、歴史の話を。

とりあえず、前回1983年の爆発はこれより規模がおおきかったわけだが、その
年の米の収穫は落ちていないし、翌年から3年ほど豊作が続いているというこ
とを指摘しておこう。

天明の飢饉の主因が浅間山の噴火というのはよくいわれることだが、本当かど
うか実はよくわかっていない話だったりする。太陽活動縮小にともなう小氷河
期末期における異常気象という説もある。第一、天明の飢饉は浅間山の噴火
(天明3年)の前年に西国ではじまっている。
とはいえ、いちばんひどかったのはやはり天明3年の東北地方。
浅間山の噴火が天明の飢饉をよりひどくしたというのは言えるだろう。
が、「ひきおこした」とまで言えるかは微妙。

飢饉の被害についてはそれ以外に社会的要因もあったことも指摘されている。
大飢饉とはいえ、全国一律に飢餓状態だったわけではなく、毎年場所も原因も違っている。
ちゃんと流通が確保されていればあそこまで被害が拡大しなかったという説もある。

137: 本当にあった怖い名無し 2004/09/05 21:53:00 ID:2wCh9GSv
>>136
大飢饉→間引き→座敷童
とつながるのかな?

138: 本当にあった怖い名無し 2004/09/06 04:46:00 ID:i4EaH9pq
>>137
座敷わらしは通常幸運の守り神

139: 本当にあった怖い名無し 2004/09/06 11:09:00 ID:gll8w1wR
>>137
伝承としてはたしかにそういうことになっている場合が多い。
しかし、歴史的な事実として、最初から、間引きされた子供の霊として座敷童が
誕生したかというと、それは疑わしい。

家の富裕さをある種の憑き物のせいにする、富裕な家がかたむいたときにその
憑き物がでていくというイベントとしてとらえる、というのはかなり広範囲に
みられる説明理論。(イヌガミ、オサキギツネなんかもこれ)
歴史的には近世に入って庶民にも「家」が成立したこと、商品・貨幣経済の発
達により「家」の間に経済的隔差が生じたことなどから必要とされるようになっ
たものだと言われたりする(これ以上は小松和彦でも読んでちょうだい)

また、神やモノが童子型をとるというのもよくある話で、特に陰陽師系の
伝承の影響をうけた場合はモノが童子型になりやすい。

飢饉における間引きが発端なら、もう少し明確な形で間引きが座敷童になった
経緯を述べた伝説が残っていそうなものだし、日本の信仰のスタンダードと
しては、間引き→祟る→祭る→富をさずける、という形になっていそうなもの。

どちらかというと、
家の富裕さと変遷を説明する憑き物 →陰陽道の影響で童子型をとる →童子であることから飢饉で間引きされた子供が連想される
という順序で、一番最後に附会された説明だと思う。

もちろん確たる証拠はないんだけどね。民話で語られる起源が事実を反映しているとはかぎらないという話。

148: 本当にあった怖い名無し 2004/09/07 11:18:00 ID:1jVMpRFX
「六部殺し」自体が >>139 で書いた「説明理論」の一つ(したがって事実
とはかぎらない)だったりするので、実はそういう言い訳してもあんまり
意味がないんだよね。「六部を殺して裕福になった」と、その家の人間が
言っちゃう場合もあるし。

そういう二重になったような説明をする場合もあるのだろうけれど、それが座
敷童の起こりなのではなく、むしろすでにあった座敷童と六部殺しという
同じ目的をもった話が合体する形で後からできあがった話のように思う。

140: 本当にあった怖い名無し 2004/09/06 13:17:00 ID:mz2mhaNq
7歳までは神のうち、っていうよね。
ところで、間引きは飢饉にならなくても、
行われていたと思うのですが。

142: 本当にあった怖い名無し 2004/09/06 14:19:00 ID:gll8w1wR
>>140
たしかに飢饉には限らないかもね。ただし実際には、飢饉のときの「間引き」
でさえ場所やケースがかなり限定されるらしい。棄老伝説といっしょで、話だ
けがあって実態がともなわない場合が多いみたい。ただでさえ乳幼児死亡率が
高かったため、間引く意味があったかどうか疑わしい。個別の事例としてはあ
りえたにせよ、たとえばある地域の風習として常態化していたかというとかなり疑問。

143: 本当にあった怖い名無し 2004/09/06 14:49:00 ID:kKZwdd5N
>>142
うちは東北南部なんだけど、死んだじいちゃんはこけしを
「やろこさま」と呼んでたよ。
漏れがちっちゃい頃描いてたお絵かきを見ても
「やろこさまばっか描いでる」といってたから、「お人形さん」て程の意味だろうけど。

145: 本当にあった怖い名無し 2004/09/06 17:48:00 ID:gll8w1wR
>>143
そういう呼び方もあるんだね。
東北方言(福島、山形、新潟あたり。それより北は知らない)で「やろこ」は
「野郎子」で、男の子のこと。
「~さま」がつくことで、子供をかたどった人形(こけし)のことを指すように
なってるんだろう。

141: 本当にあった怖い名無し 2004/09/06 13:19:00 ID:76GjVCKg
むがぁ~しむがし、貧しがった時代に、農家ばっかりだったころの話な?
わらはんど増え過ぎで、どごの家でも困ってあってらんず。
避妊っていう概念が今より薄がったはんでな。
食い扶ち増えれば、おのずとおどもあんさんも飢えでまるはんで、
そいだば家が途絶える、わいは困ったじゃっつーことで、下のわらしから順にあぼんさせでらのさ。
民芸品のコケシは、元々その供養の為の人形だったんずよ。
名前がほら、「子消し」だべ?
髪型もよ~ぐ見ればむがしのわらしのあだましてるっきゃ。

おっかねー話だやな。

142: 本当にあった怖い名無し 2004/09/06 14:19:00 ID:gll8w1wR
この辺は、いわゆる「貧農史観」(ちょうど>>141みたいな感じ)による誇張が
ずいぶんと入ってしまっているので、(オカルト話としてはともかく)事実として
扱うのには注意が必要。

>>141
なかなかうまいね、ってオリジナルがあったりするのかな?

「子消し」起源説は、話として衝撃的なだけに俗説としては有名な方だね。東
北では間引きのような行為に「消す」という表現を使わないことなどもあって、
信憑性はきわめて低いんだけれども。
さらにいえば、実はあれが「こけし」という名称に統一されたのは昭和にはいっ
てからで、それ以前の名称は地方によってバラバラだったらしい。

146: 本当にあった怖い名無し 2004/09/06 22:14:00 ID:OzBLldnY
座敷わらしについては

行者が一夜の宿を請う→殺害して金目のものを奪う→その家は金持ちに
→でもオバケがでる→座敷わらしだ、だから金持ちになった。とごまかす

っていう説も聞いたことがある。

149: 本当にあった怖い名無し 2004/09/07 11:33:00 ID:um2iUB1b
鳥取のド田舎では座敷童みたいのを「やもり」と呼ぶそうだけどやっぱり
六部とか憑き物みたいなあまりよろしくないイメージらしい。

150: 本当にあった怖い名無し 2004/09/07 21:59:00 ID:vv1AZTWQ
金田一温泉の緑風荘で座敷童を見ると出世するだの幸運になるだの言われてる
けど、原敬だけでしょ?しかも暗殺されたし。
見た人の追跡調査をして幸運・不運の統計まとめて欲しいな。

151: (@'ω'@) ◆n.qWqfl1rs 2004/09/07 23:19:00 ID:wSwEObky
でも、あの旅館に置いてある置物や、ぬいぐるみなんかは感謝されて贈られてきたものでは・・・。。

195: 本当にあった怖い名無し 2004/10/02 01:48:00 ID:SBJYSew7
月並みですが
岐阜城は出るらしい。
斎藤道三や織田信長、彼等に殺された人々の亡霊が。

ってことは戦国オールスター出演か。
見てえ!

196: 本当にあった怖い名無し 2004/10/02 08:20:35 ID:aO0adz+g
>>195
多分 無名の方々かも。。。
そういうのだったら九州の秋月って有名じゃなかった?

197: 本当にあった怖い名無し 2004/10/02 10:26:29 ID:U6oidMc6
>>196
詳しくおながい!

199: 本当にあった怖い名無し 2004/10/02 19:42:36 ID:aO0adz+g
>>197
以前テレビで心霊現象
九州の山、トンネル、池撮してやってたんだけど
そのときに戦国時代に落城寸前の城から
若をつれて逃げたんだけど結局という話があって
霊能者が言ってて
そこが位置的に秋月配下の城か何かの位置だったような気がしたけど
結構有名な心霊スポットだった気がしたんだけど

198: 本当にあった怖い名無し 2004/10/02 13:21:11 ID:9BnnSJ/k
>>195
信長は出るとしたらやっぱ京都じゃねえか?もしくは安土。
まあ道三も信長も無念だったろうから化けても出て来たい所だろうな

218: 本当にあった怖い名無し 2004/11/26 00:32:15 ID:QKkFnpZP
>>198
それはもうおわりですね。幽霊の寿命は400年ほどだそうです。
ということは、1582年の本能寺の変から400年が過ぎたので
もう信長の霊は滅んだということになります。

222: 本当にあった怖い名無し 2004/11/26 03:33:01 ID:NMRtr45y
>>218
本当かどうか知らないけど、天台宗系のあるお寺では、つい最近まで信長の霊へ
の呪詛を行なってたとか読んだ記憶がある。

201: 本当にあった怖い名無し 2004/10/02 22:30:23 ID:XOIyu9Fd
>>195

最近立てられたコンクリ製の城に出るなんて、幽霊の方々も観光気分かね?w

道三は岐阜城(当時は稲葉山城)で死んでないよ。
稲葉山城を陣地にしてたのは道三を殺した息子の義龍

幽霊が出るとすれば、金華山のふもと北側の現・杭州公園の池だろ。
信長の稲葉山城攻めで御殿女中達が飛び込み自殺したからね。
もっとも今は浅くて幼稚園児でも死なないかもw

202: 本当にあった怖い名無し 2004/10/03 10:13:06 ID:llOETaWr
奈良は猿沢の池の釆女の話とか。
あまりに有名すぎるかorz

203: 本当にあった怖い名無し 2004/10/04 18:53:51 ID:DjzyyAS5
>>202
知らないからお願いします
m(__)m
采女祭(うねめまつり)とは、奈良県奈良市の春日大社の末社で猿沢池の北西に鎮座する采女神社の例祭で、毎年仲秋の名月の日(旧暦8月15日)に行われる。
奈良時代に天皇の寵愛をうけた采女(後宮で天皇の給仕をする女官の職名)が、天皇の関心が薄れたことを悲観し猿沢池に入水した霊を慰めるために始まったという


1















澄まず
濁らず
出ず
入らず
蛙はわかず
藻は生えず
魚が七分に水三分
猿沢池の水は、決して澄むことなくまたひどく濁ることもない。水が流入する川はなくまた流出する川もないのに、常に一定の水量を保っている。亀はたくさんいるが、なぜか蛙はいない。なぜか藻も生えない。毎年多くの魚が放たれているので増える一方であるにもかかわらず、魚であふれる様子がない。水より魚の方が多くてもおかしくないような池。




205: 本当にあった怖い名無し 2004/10/13 22:58:52 ID:UGdUg3is
丸亀城の人柱。
1























丸亀城築城の際、石垣の工事が難航したため、人柱を立てる事となった。雨が降る夕暮、工事現場付近を通り掛かった豆腐売りが捕えられ、無理矢理に人柱として生き埋めにされてしまった。豆腐売りは雨で豆腐が売れないため、普段は通らない城の付近を偶然通り掛かったのであった。その後、石垣の工事は完成したが、それ以来、雨が降る夜にはその石垣の辺りで「とーふー とーふー」という豆腐売りの声が聞こえて来たという。




206: 本当にあった怖い名無し 2004/10/13 23:01:25 ID:XPHUxv+o
彦根城もあったな たしか人柱伝説..
高山もか


219: 本当にあった怖い名無し 2004/11/26 01:12:33 ID:KCaRZzqt
幽霊の寿命は400年って
何処に載ってるの?  煽りとかじゃなく
輪廻転生とか不滅とか宗教でいろいろある中で始めて聞いたから

220: 本当にあった怖い名無し 2004/11/26 02:50:30 ID:Ty46FMOF
小学四年生あたりを対象とした学習雑誌のオカルトコーナーで読んだ気がします。
幽霊の寿命は400年くらいなんだ。って感じで。
だから縄文人とかの幽霊は滅んでしまって見えないんでしょうね。

221: 本当にあった怖い名無し 2004/11/26 03:25:06 ID:+SMvXEy0
それは二十年位前、かのあなたの知らない世界で
新倉イワヲも言っていた記憶がある
東北の旅館に出る四百年くらい前の幽霊。妖怪化しているそうだ。

223: 本当にあった怖い名無し 2004/11/26 11:54:12 ID:KCaRZzqt
高松塚古墳の呪いというのは
気のせいだったのか

224: 本当にあった怖い名無し 2004/11/26 12:10:58 ID:KCaRZzqt
仏教で言う輪廻転生のサイクルがそんなものなのかな?

225: 本当にあった怖い名無し 2004/11/26 13:26:02 ID:iJ1nseII
イギリスにはローマ兵の幽霊がでるそうだが
地域や宗教によって幽霊の寿命も違うのか?

232: 本当にあった怖い名無し 2004/11/26 23:19:46 ID:8Vr1i8gf
>>225
ローマ=イタリアだろうからイタリア兵じゃないかな。
先駆け男塾ってまんがでテストで「俺はイタリア語で解答する!」って言って
答えをローマ字で書くってネタがあってなるほど!その手があったか!って
めからうろこ

227: 本当にあった怖い名無し 2004/11/26 14:37:15 ID:3bI9RFFt
「上岡龍太郎の50人」で霊能者特集をやった時に
上岡「もし、幽霊がおるんやら僕は京都出身やけど、京都なんか応仁の乱から沢山死んでるから、そこら中幽霊だらけやん」
霊能者(おばちゃん) 「幽霊も少しずつ消えます」
と言ってたな

228: 本当にあった怖い名無し 2004/11/26 14:43:07 ID:5gQYLbK4
発掘やってる知り合いが、
「中世・近世あたりの墓ならともかく、
縄文、弥生人の幽霊が出るって言われても、古すぎてあんまり怖くない」
って言ってた。恨みや心残りが歳月と共に薄れていって、いつの間にか成仏するのかなあ。

230: 本当にあった怖い名無し 2004/11/26 20:42:22 ID:uAdfQ6fs
じゃあ将門さまも由比ガ浜の北条氏ももう時効なんだ。
大阪の陣は時効寸前、島原の乱はあと一世代で時効、
お岩さんはまだ少し時間があるな。

ぶっちゃけ、400年前だともう大平の江戸時代に突入してる訳で。
せいぜい個人的な恨みのスケールが小さい恨みばっかで、
今後はものすごい怨念を持った霊って激減するわけでしょうかね?

231: 本当にあった怖い名無し 2004/11/26 21:04:42 ID:NWSZB4db
>>230
大丈夫。まだ幕末が控えてるじゃないか

236: 本当にあった怖い名無し 2005/01/06 05:06:39 ID:W3yF8StO
幽霊が出るっていう話を聞いた新撰組の副長が
「武士の癖に未練たらしく幽霊で出るなど言語道断、俺が叩き斬ってやる」
とか言って一晩中張り込んだ話を聞いた事あるが
当の本人が五稜郭で死んだ後に幽霊になったのかどうかが気になる。

252: 本当にあった怖い名無し 2005/03/03 01:31:12 ID:igleAo9+0
信玄や謙信がオカルトにはまっていたって本当の話?
信長も当時民間信仰で流行っていたらしい髑髏信仰にはまって
いたとかいなかったとかで、長政達の髑髏杯作ったのもそれが理由らしい

253: 本当にあった怖い名無し 2005/03/03 01:58:29 ID:kfZRmq8m0
>>252
> 信玄や謙信がオカルトにはまっていたって本当の話?
> 信長も当時民間信仰で流行っていたらしい髑髏信仰にはまって
> いたとかいなかったとかで、長政達の髑髏杯作ったのもそれが理由らしい


信長に関してはどうだろう?
長政達の髑髏杯については、妹まで嫁がせるほど信頼してた人に裏切られた
からだろうと思うけど(ブルドックソースはイジリーこと井沢元彦、あまり参考には
ならないかな?)。

254: 本当にあった怖い名無し 2005/03/03 02:24:51 ID:igleAo9+0
信玄は本当っぽい
躑躅が崎館の解説にも、そういう行事をおこなう部屋が紹介されてたよ
信玄は坊さんでもあったし

255: 本当にあった怖い名無し 2005/03/03 02:28:35 ID:kfZRmq8m0
>>254

供養って意味じゃないんだよね。
でも信玄って敵大名の娘を手篭めにしたり(恋姫)、売り飛ばしてたり
するから、あながち嘘じゃないかも。

でも供養って意味だったら、まだ救われるかも。

256: 本当にあった怖い名無し 2005/03/03 03:35:57 ID:ZmYxgXWT0
>>255
へ?供養?
手篭めについては信玄に限らず当時は当たり前みたいな感じで
行われたともいわれてるが・・・


258: 本当にあった怖い名無し 2005/03/05 15:15:25 ID:3Ww0aTzB0
信玄は今で言う教祖様みたいな部分もあったわけ
それを真似て信長も教祖様になろうとしたけど
反発くらってアボーンとか言ってみるテスト







転載元
歴史とオカルト総合スレ【日本史編】
http://hobby5.2ch.net/test/read.cgi/occult/1087411492/


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