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1: 日本@名無史さん 2008/09/04 22:11:48
鎌倉幕府設置の理由、意味についての質問です。
平氏政権の打倒後に源頼朝が後白河上皇に征夷大将軍に任じさせたことで鎌倉幕府は設置されました。
氏姓制度以来、政治的権力を集中させた豪族から平清盛までの権力者は天皇の貴種性を利用して政権を獲得してきましたが、なぜ源頼朝は朝廷とは独立した政権を立ち上げたのでしょうか。確かに朝廷側に「任命」されるので、その貴種性を利用してはいるのですが、二元的支配に移行した点でそれまでの政権とは大きく異なるように感じます。
また、そのように朝廷からの独立を考えるに至った背景 はどのようなことがあったのでしょうか。


よろしくお願いします。

3: 日本@名無史さん 2008/09/04 23:20:18
私には関東の武装農園領主の庇護政権成立に思えます。
発起が在野にあるので、朝廷外にあって当然だと思います。

4: 日本@名無史さん 2008/09/05 00:39:11
農園領主w

5: 日本@名無史さん 2008/09/05 00:49:52
荘園領主と書けば名目上の所有者(本家)は中央貴族階級にあるので在地の実質所有者のいみで農園領主と書いた


8: 日本@名無史さん 2008/09/05 07:13:25
最初期の武士を「武装した大農園主」と定義する見解があるらしいが
猟銃担いで労働者を脅し上げる南米プランテーションの所有者を連想してしまう

9: 日本@名無史さん 2008/09/05 13:34:45
「幕府」という概念自体が成立したのは、江戸時代も半ばと言われている。
後付けの名前として、「鎌倉幕府」とか「室町幕府」とか呼ばれるがそれらが同一の本質と実態を備えたシステムだったかといえば疑問だ。
また1192年鎌倉幕府成立などと暗記させられたものだが、ぽっと突然できあがったものではなく、少しずつ、段階的に組み上げられていったものだろう。
そもそも「幕府」の本質とは何か。
平安末期に確立する荘園公領制と、幕府支配とはどう浸透しあったのだろうか。

10: 日本@名無史さん 2008/09/05 13:38:57
唯物史観っぽいが、自分らの階級(武士)の利益代表でしょやっぱり

11: 日本@名無史さん 2008/09/05 14:12:41
>>10
問題は、「利益」をどこからどのように得ていたかだよ。


14: 日本@名無史さん 2008/09/05 22:33:33
最近は「1190(いいくれ)過ごそう鎌倉幕府 」と教えるらしい。
頼朝が上洛して右近衛大将に任じられた年だ。
頼朝は任官してすぐに返上し、鎌倉に帰って先の右大将家政所の名前で安堵状を出しはじめる。
安堵状は領地の所有権を頼朝の名において認めるという、封建制度の根本となるもので(御恩)、これが武家政権の実質的開始とみるのが今の歴史教科書。
それまで国司権限だった領地所有権の認定、その行政行為を、関東限定ではあるが頼朝個人に移管されたと見れる(朝廷は命じてもいないし、公に認めてもいない、黙認)時点をもって幕府成立ということ。

15: 日本@名無史さん 2008/09/06 00:27:29
>>14
わからんな。全国の土地は公領と荘園に分れていてそれぞれ厳格な支配をうけていたはず。
荘園にはそれぞれ所有者がいた。どこに頼朝が勝手に与えたり 奪ったりできる土地が余っていたというのか。

19: 日本@名無史さん 2008/09/06 07:44:36
>>15
いや既に領主がもっている土地の所有権を頼朝が追認した(本領安堵)ということ。
領主は頼朝の名前で所有権を守ってもらったと言うこと。土地を守る為にね。
新しい領地は、平家の旧領、続いて奥州、承久の乱後は西国にも拡大した。

22: 日本@名無史さん 2008/09/07 00:05:39
>>19
領主ってなんだよ。
平安末期には、荘園か、公領かのふたつしかない。荘園なら京都の「本家」が土地の所有者だし、公領は天皇が所有者だ。
受領階級は、「本家」から権限を与えられて土地管理を行っていた。
土地の所有権を頼朝から認められたというのは、理解に苦しむ。

 
24: 日本@名無史さん 2008/09/07 00:19:32
>>22
>京都の「本家」が土地の所有者だし
それだって在地の領主が寄進と称して、上がりを献上して保護してもらうわけだろ。それを頼朝との御恩と奉公って関係に変えたわけだろ。

26: 日本@名無史さん 2008/09/07 00:22:59
>>24
本家の荘園所有権を破棄したり、関係を解消できなければ、 頼朝と新しい関係むすべないだろ?
頼朝自身が、本家から土地を簒奪しないかぎり、下っ端がそんなこと
できないよね。

29: 日本@名無史さん 2008/09/07 00:33:37
>>26
そんなに単純じゃないよ

28: 日本@名無史さん 2008/09/07 00:31:54
>>24
>上がりを献上して保護してもらうわけだろ。

上がりを献上したのではなく、土地の所有権を「本家」に寄進して土地の管理権を認めてもらった。
それが「寄進地系荘園」のシステム。

11世紀ごろから、中央政府の有力者へ田地を寄進する動きが見られ始める。特に畿内では、有力寺社へ田地を寄進する動きが活発となった。いずれも租税免除を目的とした動きであり、不輸権だけでなく、不入権(田地調査のため中央から派遣される検田使の立ち入りを認めない権利)を得る荘園も出現した。こうした権利の広がりによって、土地や民衆の私的支配が開始されていく。
田堵は、免田を中心に田地を開発し、領域的な土地支配を進めた。こうした田堵は開発領主(かいほつりょうしゅ)に含まれる。開発領主は中央の有力者や有力寺社へ田地を寄進し、寄進を受けた荘園領主は領家(りょうけ)と称した。さらに領家から、皇族や摂関家などのより有力な貴族へ寄進されることもあり、最上位の荘園領主を本家(ほんけ)といった。本家と領家のうち、荘園を実効支配する領主を本所(ほんじょ)と呼んだ。このように、寄進により重層的な所有関係を伴う荘園を寄進地系荘園といい、領域的な広がりを持っていた。




32: 日本@名無史さん 2008/09/07 00:46:11
>>24
設けられた役所が鎌倉幕府というものの性格を良く現している
政所  御家人の所領の認定(安堵状の給付) 
安堵状=将軍家政所下文という証書
問注所 所領の争いを仲裁
侍所  戦功に基づく新領給付
なんの事は無い、つまり所領に関わる行政が鎌倉幕府の実態なのだ
それまでの中央貴族が上手くやれなかったから、朝廷外に新たなボスを求めただけ




21: 日本@名無史さん 2008/09/06 20:46:43
>>1
わかったか?

23: 日本@名無史さん 2008/09/07 00:10:12
>>1
簡単にわかる話ではない。わかった気になっているだけ。
特に鎌倉時代において
「幕府」って概念は、本当にわかりにくい。
日本以外に例がないし、江戸時代のようにシステムとして完成されていないから。
それは近代的な意味で「政府」に相当するものなのか。
律令制は、明治維新まで廃止されたわけではなく、天皇から任命された国司が各国に派遣されていた。朝廷が「政府」としての機能を完全に失っていたわけではない。

25: 日本@名無史さん 2008/09/07 00:19:43
運が良かったとはいえ、一介の清和源氏に過ぎない頼朝がユニークだったのではなく、後白河法皇が政治政策的にたいへんユニークであられたということ。

26: 日本@名無史さん 2008/09/07 00:22:59
>>25
平治の乱で、功績をあげた平氏で痛い目にあったので、 源氏をそばにおいておきたくなかったんだろう。
遠隔地に隔離しておきたかった。両者の利害が一致したんだよな。



30: 日本@名無史さん 2008/09/07 00:42:00
西欧でもブルジョワが土地を協会に寄進して徴税逃れしていたというような話があったな。

 信託制度の起源だったかな。

31: 日本@名無史さん 2008/09/07 00:44:06
 鎌倉幕府は土地信託の受託者だったということか。

37: 日本@名無史さん 2008/09/07 01:27:59
>>33
開墾系荘園は、平安初期の形態で、末期は寄進地系荘園として中央集権化した体形が作られていくというのは、どの日本史の教科書にも書かれていることです。
武士が勝手に土地を簒奪する余地がどこにあったのか?

42: 日本@名無史さん 2008/09/07 01:49:53
>>37
「武士が勝手に土地を簒奪」とはどのレスに対する反論か?

43: 日本@名無史さん 2008/09/07 02:04:32
>>42
御恩・奉公の関係で、土地を与えられたり、授けたりするその土地の所有権がどこから湧いてきたかということです。

45: 日本@名無史さん 2008/09/07 02:18:50
>>43
実体としての土地は平家追討~奥州征服~謀反人の討伐などで随時手に入ったろうが
それよりも
 幕府が御家人の所領支配を保証することを本領安堵(ほんりょうあんど)といい、
 幕府が新たに所領を与えることを新恩給与(しんおんきゅうよ)というが、
 いずれも地頭職への補任という手段を通じて行われた。
 地頭職への補任は、所領そのものの支給ではなく、所領の管理・支配の権限を認めることを意味していた。
という事です。
実体としての土地ではなくて、つまりピンはね権限を与えた訳だね。

46: 日本@名無史さん 2008/09/07 02:25:44
>>45
なるほど、それならわかりやすい。
律令制にもとづく租税と地頭たちへの年貢と 農民たちは二重にしはらわなければならなかったということでしょうか。

49: 日本@名無史さん 2008/09/07 02:36:18
>>46
ちがう、公地公民なんてとっくに崩れている
農民達は荘官(中央筋配下の従来からその土地にいる領主)と地頭(鎌倉配下の新領主)の二重支配を受けたのだ

51: 日本@名無史さん 2008/09/07 03:09:32
>>49
二重支配地は、朝廷ないし北條家に反対反抗する勢力が中心、ただし執権と国司の対立は巧妙に回避されていたが、実力は鎌倉方の御家人(源氏末流、 のちの足利将軍家の先祖や平家で主流でなかった傍流平氏たち)が上。
中央派遣(ないし委託)国司体制は、鎌倉方(地頭と御家人)の圧倒的パワーのもとに事実上潰滅する命運。ただし元寇による疲弊(土地から上がる財政力)で、やがて朝廷方には神風となる。




61: 日本@名無史さん 2008/09/15 18:34:35
ヘイシ政権って、あったの?
鎌倉幕府って呼び名は当時あったの?

62: 日本@名無史さん 2008/09/15 23:16:42
鎌倉幕府が坂東武者の代表なら
平家はどんな人達の利益を代表していたのだろう
西国の海賊を討ち、日宋貿易を行い、兵庫に港を造った → 西国の水軍代表だろうか?

63: 日本@名無史さん 2008/09/15 23:43:28
平氏は代表という感覚でないだろ。

武士の貴族化。
初期は武士の権益代表だったかもしれないが、貴族化し変質していった。
平氏末期は、公武両方から支持がなくなった。

67: 日本@名無史さん 2008/09/18 12:45:58
一介の武士が堂上貴族になるには余程力が無いと無理なはず
力の源は? 背景に何があった?

69: 日本@名無史さん 2008/09/24 00:21:46
家系図ロンダリング




75: 日本@名無史さん 2008/11/28 22:18:55
東国武士団は本所から荘官に任じられていたが、治承・寿永の乱に乗じて年貢横領など荘園侵略を進めた。
頼朝は彼らを御家人に組織して武家政権を樹立し、彼らを地頭に補任すると共に本所への年貢納入を義務づけた。
その結果、東国武士団の在地領主権が保障される一方、彼らの侵略行為は抑制され、荘園制の安定が確保された。


79: 日本@名無史さん 2009/05/20 01:48:51
源頼朝が裁判所を作ったのって、
自分で考えたの?
それとも,誰かふきこんだやつがいるの?

それとも、中国から制度をぱくってきたの?
問注所(もんちゅうじょ、もんぢゅうしょ)は、日本の鎌倉幕府・室町幕府に設置された訴訟事務を所管する機関である。
「問注」とは、訴訟等の当事者双方から審問・対決させること、あるいはその内容を文書記録することを意味する。つまり「問注所」とは問注を行う場所を意味する。平安期には問注を行うための特定の場所は定められていなかったが、鎌倉幕府においては問注を行う場所として問注所を設置したのである。



80: 日本@名無史さん 2009/05/20 22:09:07
>>79
家臣への検断権を行使しただけ。
だから頼朝の家臣となっていない公家や寺社、非御家人はあまり意味がなかった。
ただし、文治元年に「日本国守護権」を認められてからは公権力として、それらも超越する。

92: 日本@名無史さん 2009/08/14 12:17:51
鎌倉幕府は東国政権。
平将門と同じ。彼は新皇を名乗り朝廷と直接対決したが、 頼朝(北条氏)はそうしなかった。

江戸幕府も東国政権、足利は東西分裂政権。

日本史上では対外憂慮もあるので、
二政権の考え方は出来るだけ否定するが実態は東西二つ。

頼朝の頃には平泉・鎌倉・平家の三つ巴の関係もあり、
頼朝が政権を分けて東へ持っていったのではなく、
関東・奥羽・近畿の土豪の覇権争い。源氏や藤原は名目上の御輿。

93: 日本@名無史さん 2009/08/15 20:39:58
>>92
そのとおり。

94: 日本@名無史さん 2009/08/15 20:53:34
東国の独立というより、全国レベルの階級闘争と言ふべきか


転載元
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1220533908/

戦国時代最大の謎

「元寇」関連の話ってウソ多すぎじゃね?

天才落語家たちのエピソード書いてく

【閲覧注意】 「ヒトラー」について面白いエピソードとかある?

なんで神奈川は鎌倉幕府があったのに「府」じゃなくて「県」なの?



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