34: 世界@名無史さん 2009/09/14 13:01:18
思いつくのは… 

・セイラム事件の少女たち 



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セイラム魔女裁判(セイラムまじょさいばん)とは、アメリカ合衆国ニューイングランド地方のマサチューセッツ州セイラム村(現在のダンバース)で1692年3月1日にはじまる一連の裁判をいう。200名近い村人が魔女として告発され、19名が処刑され、1名が拷問中に圧死、5名が獄死した。無実の人々が次々と告発され、裁判にかけられたその経緯は、集団心理の暴走の例として著名である。





・ベルナデット・スビルー 


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ベルナデット・スビルー(Bernadette Soubirous、1844年1月7日-1879年4月16日) は、フランスの聖女 。ベルナデットによって発見された泉の水によって不治の病の治癒例が多く見られ、教会が公認したものだけでも68例にのぼり、ルルドはカトリック教会の最大の巡礼地の一つとなった。














・ジェンナーの種痘の臨床実験体の少年 

ジェンナーはこれが天然痘の予防に使えないかと、1778年から18年にわたって研究を続け、1796年5月14日、ジェームズ・フィップス(w:James Phipps)というジェンナーの使用人の子である8歳の少年に牛痘を接種した。少年は若干の発熱と不快感を訴えたがその程度にとどまり、深刻な症状はなかった。6週間後にジェンナーは少年に天然痘を接種したが少年は天然痘にはかからず、牛痘による天然痘予防法が成功した。一部の伝記や偉人伝等では「自分の息子に試した」「フィップスはジェンナーの実の息子」と記述されている場合があるが、自分の息子に試したのは、この牛痘接種の7年前の天然痘接種であり、混同して言い伝えられているものである。






・サグントゥムの嬰児 





・ジョゼフ・バラ 

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ジョゼフ・バラ(Joseph Bara、1779年7月30日 - 1793年12月7日)は、フランス革命期に存在した少年鼓手。彼は、革命の英雄的指導者として歓迎された。1793年にヴァンデ(ヴァンデの反乱)地方で起こった反革命軍との戦いにおいて捕虜となり、王党派の兵士たちに「国王万歳!(Vive le Roi)」と叫ぶように強要されたが、彼はそれに逆らい「共和制万歳!」と叫んで処刑された。バラの死はジャコバン派のロベスピエールにとって絶好の宣伝材料となった。ロベスピエールは国民公会で「フランス人の中に、13歳の英雄がいた」とバラを賞賛した。遺体を搬送してパンテオンに埋葬した。ジョゼフ・バラの経歴については、多くの歴史家により議論されており、「共和制の神話」と考えられている。





55: 世界@名無史さん 2009/09/17 17:21:22
ハドリアヌスの寵童だったアンティノーも外せないな。 
何せ神格化されている。
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アンティノウス(Antinous、古代ギリシャ語Ἀντίνοoς、111年11月29日頃-130年10月30日)はビテュニア出身の男性で、ハドリアヌス帝の愛人として寵愛を受けた。死亡したのは18歳位と推定され、ナイル川で溺死したことは分かっているものの、その状況については謎に包まれている。ハドリアヌスにより神格化されたことから多数の芸術作品に表され、彼の顔は古代でよく知られていた。










17: 世界@名無史さん 2009/09/13 19:54:32
改めて考えるとジャンヌ・ダルクはすごい。
神様のおつげを聞いたからって、一介の百姓娘が王太子に会いに行くとは。
そして諸侯の先頭に立って敵軍を追い払い、太子を王に即位させる。
百年戦争は終結に向かい、彼女はヨーロッパの歴史を変えてしまった。
これがフィクションなら、そんなトンデモ設定ありえねーと誰もが言うだろう。

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21: 世界@名無史さん 2009/09/13 21:54:07
>>17

中国のことわざに

皇帝でも基地外は避けて通る

って意味のことわざがある。

ジャンヌは今からすれば、間違いなく基地外だから、みんな怖かった。




56: 世界@名無史さん 2009/09/17 22:17:39
ちょっとスレチだが、中世ヨーロッパで豚の屠殺をまねて遊び友達を殺してしまった子供達がいた。

どうしようかと大人は相談して金貨とリンゴを与え金貨をとったなら有罪リンゴをとったなら無罪としたそーだ。
結局子供達はリンゴを選び無罪になったという。

マジであったそうだが、めっちゃ怖いわ






57: 世界@名無史さん 2009/09/18 07:28:51
ケビン・カーターの「ハゲワシと少女」で写真を取られた子供

58: 世界@名無史さん 2009/09/20 22:31:59
あの女の子どうしてるのかな

59: 世界@名無史さん 2009/10/10 19:41:33
近くで母親が国連の援助食糧を受け取っていたというから、 当面は大丈夫だったんだろう。
あの写真でアフリカへの寄付金がずいぶん集まったそうだから、 自殺したカメラマンも、たぶん天国に行けたと思うね。

60: 世界@名無史さん 2009/11/08 20:32:28
ベトちゃんドクちゃんもけっこう日本の世論を動かしたんじゃないかな
最近子供が生まれたってニュースがあった


62: 世界@名無史さん 2009/11/08 22:18:38
康煕帝、ピョートル大帝
共に同時代人で、皇帝であっても少年では何も動かせないと親政前は悪友等とチャンバラごっこに明け暮れて 馬鹿を装っていたのが素晴らしい。



63: 世界@名無史さん 2009/11/08 22:21:49
エカテリーナ・ダーシュコワ夫人は19歳で、 エカチェリーナ2世即位時のクーデターで活躍。




66: 世界@名無史さん 2009/11/09 18:24:05
オランダを水没の危機から救った例の少年

95 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2006/08/08(火) 07:07:43
道徳かなんかの本に載ってた話。 
超うる覚えだから細かな設定は気にしないで欲しい。
ある港町に住む少年は 
偶然水をせき止めるボロボロの防波堤に開いた穴から水が漏れているのを発見する。 
今にも壊れそうな防波堤、人を呼ぶ時間はない。 
街の人を救うために少年は穴を自分の体で塞ぎ防波堤を支えた。 
水が浸水していくなか意識が朦朧していく少年。 
今穴から出れば助かるかもしれない。 
少年は葛藤するが家族を思い浮かべとどまった。

翌日水はもうすっかり退き、防波堤は無事に建っている。 
そして防波堤の様子を見に来た街の人間が凍死した少年を発見する。 
少年は街を守った安堵で笑顔でいきたえていた。 
だが何も知らない町人は 
「死ぬまでそんなところで遊ぶとは・・」 
と少年の死を滑稽に扱う。 
少年の行動は誰にも知られなかったが、 
空の上にはいつまでも街を見守っている彼がいるだろう、でエンド。

やりきれねぇ・・






67: 小便小僧 2009/11/09 18:52:47
ベルギー国王暗殺の爆弾の火をオシッコ掛けて消した小便小僧は偉大だね。




69: 世界@名無史さん 2009/11/14 22:58:34
少年と言うか未成年だけど、ガヴリロ・プリンツィプ
山口二矢の名前も出てくるけど、まあ歴史を動かすとなると、 暗殺が有力な行為として上がってくるのでは

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ガヴリロ・プリンツィプ(Gavrilo Princip,Гаврило Принцип, 1894年7月25日 - 1918年4月28日)は、ボスニア出身のセルビア人民族主義者のテロリスト。1914年6月28日サラエヴォでオーストリア・ハンガリー帝国の皇位継承者フランツ・フェルディナント大公を暗殺し(サラエボ事件)、第一次世界大戦を引き起こした。



72: 世界@名無史さん 2009/11/19 22:14:27
>>69
原敬総理を刺殺した中岡艮一も未成年だったな。
しかし年少の者が起こした暗殺事件は、背景が不透明なことが多い。
暗殺犯の当人は自分の意思で殺したと思っていても、
実は単なるロボットに過ぎなかったりして。

70: 世界@名無史さん 2009/11/15 13:18:06
天草四郎時貞


73: 世界@名無史さん 2009/11/20 00:47:18
ツタンカーメンは多分操られた結果だろうが親父の宗教改革をやめるという重大な政策変更をしとるな。

74: 世界@名無史さん 2009/11/20 00:54:17
カエサル暗殺時、オクタビアヌスは未成年だったはず
事件後、単身元老院にむかい、自分の支持を訴えた

でも日本史だと10代半ばで城落としたとかチラホラ見るし
今のゆとりよりかは遥かに動けるのは確かだけど
取り立てて早熟なわけでもないのかな

75: 世界@名無史さん 2009/11/20 03:38:51
オクタビアヌスは確か18だな。
副官アグリッハ゜は少し上だ。



76: 世界@名無史さん 2009/11/20 17:15:40
邪馬台国を再統一したといわれてる壱与
どう歴史が動いたのかはまだわかってないが




82: 世界@名無史さん 2009/12/07 12:19:25
小早川秀秋

関ヶ原当時未成年。

スゲー

84: 世界@名無史さん 2009/12/09 21:56:53
>>82
元服済みだから未成年とは言えないんじゃ
立派な成人

95: 世界@名無史さん 2010/01/17 11:28:00
>>82
日本を二つに割る
60歳の大企業役員筆頭と41歳の秘書室長の争いに
18歳の高校生が割って入った訳だからジュブナイル的



85: 世界@名無史さん 2009/12/19 22:28:18
吉川元春の初陣は10歳だったが、元服前ってのは当時としても異例。
子供なのに店長じゃなくて子供なのに敵陣突入。




88: 世界@名無史さん 2010/01/06 22:49:17
ローマの地に国を建て初代の王となったのはロムルスという少年だった

ローマが蕃族に蹂躙され帝国が滅びた時に皇帝だったのもロムルスという少年だった
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ロムルス・アウグストゥルス (Romulus Augustulus, 460年 - 511年以降) は西ローマ帝国最後の皇帝(在位:475年 - 476年)。ロムルスが即位したのは475年10月31日だが、それから一年もたたない476年9月4日にゲルマン人の将軍オドアケルによって退位に追い込まれた。歴史的にはこの出来事をもって「西ローマ帝国の滅亡」としている。しかし、既に西ローマ皇帝というのはロムルスの時代には事実上、なんの権威も持っておらず、オドアケルのようなゲルマン人の将軍たちが実権を握っていた。






91: 世界@名無史さん 2010/01/16 15:13:30
直接歴史は動かしてないが、1800年、第一執政時代のナポレオンの 爆殺未遂事件で火薬の樽を積んだ馬車の手綱を担ったのは、名も無く事 情も知らない15才の少女だった。 もちろん身体は木っ端微塵。
ナポレオンにとって小娘1人の死は、どうという事では無いが、その後の歯止めの効かなさを助けているのは疑う余地なし。

92: 世界@名無史さん 2010/01/16 17:06:07
>>91

王党派も惨いことするな、とその事件の詳細を知った時に思った。
カトリック信仰からは、たとえ王家の為でもこれはれっきとした殺人だよな。

94: 世界@名無史さん 2010/01/16 21:42:34
>>91
その暗殺が成功していれば、ロシア遠征とかで
何十万のフランス人やロシア人が無駄に死なずに済んだのに

107: 世界@名無史さん 2010/04/27 17:39:31
>>91
ただ利用されただけなのは歴史を動かしたとは言えなくね?
まだ暗殺という自覚があったなら兎も角、それすらなかったなら。







106: 世界@名無史さん 2010/04/11 00:24:30
前のほうで出ていたガヴリロ・プリンツィプだけど、
彼がオーストリア皇太子夫妻を殺さなければ、第一次世界大戦は起きなかっただろうか。
だとすれば一青年が歴史に物凄い影響力を行使したことになるが・・・

115: 世界@名無史さん 2010/07/12 21:19:13
>>106
> 前のほうで出ていたガヴリロ・プリンツィプだけど、
> 彼がオーストリア皇太子夫妻を殺さなければ、第一次世界大戦は起きなかっただろうか。
> だとすれば一青年が歴史に物凄い影響力を行使したことになるが・・・


フェルディナント大公の親戚や友人が、欧州の王族に多数いて、
同情を呼び、調停がうまく働かなかったからな。
あの銃弾がなければ、別のきっかけで世界大戦になったかどうか。

108: 世界@名無史さん 2010/05/04 12:27:32
う~ん




109: 世界@名無史さん 2010/05/06 19:39:28
中国は五胡十六国時代のはじめ
匈奴を破った荀灌という13歳の女の子がいたな
荀彧の子孫だからあるいは美少女やも
荀灌(カン)- 荀崧の末娘。315年、襄城太守であった父・荀崧が叛将杜曾に城を包囲された時、わずか13歳で救援の使者となることを志願した。数十名の兵とともに反乱軍の包囲を突破し、その追撃も退け、父のかつての部下達へ危機を知らせ、援軍により反乱軍を撤退させた。






112: 世界@名無史さん 2010/05/21 18:39:29
匈奴征伐といえば有名なのが霍去病
18歳で騎馬部隊を率い、匈奴を連戦連破し北方に追い払った。
北方騎馬民族はティーンエイジャーに弱いという傾向が見て取れる。


114: 名無しさん@そうだ選挙に行こう 2010/07/11 16:22:44
イギリスによる北アメリカへの入植は当初なかなかうまくいかなかった。
全滅したロアノーク植民地の失敗に懲りず、新たにジェームズタウンが築かれ再度の入植が試みられたが、1622年にこの小さな砦もインディアンに奇襲され、 あやうく消滅しかけている。

このとき、襲撃をあらかじめ入植者たちに通報したチャンコというインディアンの少年がいた。
白人に雇われていた彼自身も、襲撃の際に雇い主を殺す役割を割り当てられていたのだが、
そうする代わりに危険を知らせ、入植者の一部は防御の準備をする時間を得られたのだった。

この少年の行動をどう評価するかは別として、北アメリカで最初に成功した永続植民地ジェームズタウンが、「もし」このとき全滅していれば、その後のアメリカ史にかなり広い影響を与えたのではないだろうか。

参考文献:英語版ウィキペディア「Chanco」
http://en.wikipedia.org/wiki/Chanco






120: 世界@名無史さん 2010/08/30 02:21:59
文学史だとランボー、ラディゲあたりになるのかね






転載元
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/whis/1252803457/l50

「四天王」←こういうの

歴史上最も「劣勢を覆した戦」って何よ?

日本も国民が総理大臣を決めるべきだよな?




【閲覧注意】 信じようと、信じまいと―  『東京タワーの材料』 『ふたりだけの秘密』

日本史ですげーって話おしえれ



【中国】2600年前の秦朝の戦車が出土

古代ローマの文化とか歴史でおもしろい話ない?