1



























4: 本当にあった怖い名無し 2008/07/17 05:33:35 ID:NhlfNMYZ0
硫黄島ってもっとジャングルかと思ったら見通しもよさそうなほんと何もない島なのね
あんな島で大勢戦死ってただごとじゃないぜ

6: 本当にあった怖い名無し 2008/07/17 09:39:55 ID:o68rS3fb0
>>4
何も無い島だからこそあんな状況になった
食料調達先になる原住民もいないし、部隊が壊滅しても逃げ込む森もないし
今でも硫黄島に派遣される自衛隊員は、いろいろと体験するらしいな

7: 本当にあった怖い名無し 2008/07/17 13:25:48 ID:jGynLkX8O
>>6
kwskおねがいします

43: 本当にあった怖い名無し 2008/07/23 01:05:50 ID:JTmnB6q6O
>>36
自衛隊の戦争関連オカルト話?

江田島の海自幹部候補生学校の正面ホール、入って右手に大きな鏡がある。
こは旧海軍時代には元々鏡は無かったが、敗戦、軍解体、米軍占領を経て海上警備部(現海自)の手に渡ったとき、壁一面に手跡がついていた。拭いてもとれない。ペンキで塗りつぶしても次から次に浮き出てくる。
仕方ないので鏡を付けてごまかした、との事。通説では「お国の為と学校で朝から晩まで必死にしごきに耐えて、神国日本、必ず勝てる、頑張れよ!と煽てられて行った先は神もへったくれもない泥沼化した戦場で現実を思い知り、無念の戦氏を遂げた霊が家に帰らず『騙したな!!』と幹候に戻ってきて恨んでいる」ためで、手形はその一環。

ホントかどうかは判らぬ。俺は幹部じゃないし。ただ、鏡は確かにある。

あと、自衛隊のオカルト関連話は戦争ネタよりも自殺や殺人、UFO(「識別不明の航空機」)ネタの方が圧倒的に多い。

都市伝説級なら更にある。

74: 本当にあった怖い名無し 2008/07/28 10:11:19 ID:6aifu5mt0
>>43
それ昔からある新入りを冷やかすためのヨタ話だ



11: 本当にあった怖い名無し 2008/07/20 07:32:44 ID:C0yiuo5N0
俺の先輩二人は仕事で硫黄島に行っていた。島のことはあまりかたりたがらな
かったが、常識ではないことが普通に起こると言っていた。二人とも帰ってから
40代で病死した。

13: 本当にあった怖い名無し 2008/07/21 04:56:49 ID:g3FrIAmh0

>>11読んで、ふと思い出した。

うちの地元は田舎だけど太平洋に面していて、太平洋戦争末期には米艦載機が飛来したそうだ。
ちょうどそのころ、予科練の生徒の方達が軍事施設整備のために船舶で海上を移動中に航空攻撃を受けて多くの犠牲者を出した。戦後になり地元に慰霊碑と小さな資料館が建てられたが、いつの頃からか、そこは地元で有名な心霊スポットとして様々な噂が語られるようになった。噂については省略するけど、俺の弟が霊感もち2人とそこを訪れた時に2人とも「門のところに霊がいる」とのこと。弟がどんな様子なのか聞いたところ揃ってその2人が同時に気をつけ(不動の姿勢)のポーズをとったそうだ。
資料館はその後移転し、そのような話も聞かなくなった。



18: 本当にあった怖い名無し 2008/07/21 16:56:38 ID:0xvlDWtw0
5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/23(月) 20:05:41.41 [夜] ID:5dIUvcgS0 (PC)
昭和天皇が崩御したとき、防衛大学の講堂から万歳三唱が聞こえてきた無数の白い手袋が万歳をしていたらしい


19:
本当にあった怖い名無し 2008/07/21 16:57:23 ID:0xvlDWtw0
>>18に絡む話。防衛大での宿直者の証言。

104 :本当にあった怖い名無し :2006/07/08(土) 01:30:20 ID:aTafrnVbO
ちなみに>>18は当時の当直の日誌にも記されている

24: 本当にあった怖い名無し 2008/07/21 19:32:31 ID:vLUYvoXbO
>>18
軍の習慣や考え方はよくわからんが
天皇陛下が崩御したのに万歳三唱はありなのか?

27: 本当にあった怖い名無し 2008/07/21 23:46:00 ID:fzSeaLDm0
>>24
万歳するのは単に崩御して喜んでいるのではなく、
天皇の御世を振り返って、とか皇室の繁栄を祈念してとかそんな感じだった気がする。



20: 本当にあった怖い名無し 2008/07/21 17:02:21 ID:0xvlDWtw0
実際に報道されたオカルト話。

2003年だか2004年だかに、読売新聞・朝刊の国際面の片隅に掲載された怪事件。
南シナ海で海賊船団に襲撃されていた大型貨物船の船員の証言によると、全速で逃げようとする貨物船と、機銃を発砲しながら追いすがる海賊船団の間に突如駆逐艦が現れた。
船員曰く、「日本定刻海軍旗を掲げた、太平洋戦争時のような駆逐艦だった」とか。予期せぬ重武装軍艦の出現に海賊船団は慌てて逃げ去ったため、貨物船は助かった。
なお、駆逐艦はいつの間にか霧の中に消えてしまったと言う。



21: 本当にあった怖い名無し 2008/07/21 17:03:29 ID:0xvlDWtw0
これは実際一昨年の頭くらいにあった話で、ニュー速でもスレが立ってた話。

ある日、ベルリン市街地で上空からいきなり戦闘機の風防が降ってきた。
警察が調べた所、なんと第二次大戦時の米国製P-51ムスタング戦闘機のものと判明。ベルリン空港の片隅で風防が吹っ飛んだP-51戦闘機が駐機しているのが発見された。
なおパイロットの情報、及びなぜ風防がふっとんだのかなどは一切報道されなかった

28: 本当にあった怖い名無し 2008/07/22 10:02:23 ID:kgE6fCvR0
>>21
マね。
マスタング。

29: 本当にあった怖い名無し 2008/07/22 10:17:30 ID:g0vN/w0x0
マでもムでも問題ない
そもそも英語をカタカナ表記すること自体に無理があるんだから

>>21の話か忘れたけど第二次大戦期の航空機の中から白骨死体が出てきたっていうのがあったようななかったような

30: 本当にあった怖い名無し 2008/07/22 10:22:07 ID:x+kTNQgS0
これかな? 
903 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/24(火) 17:14:11.87 ID:RJVd9yx30 

SF的オカルトの話。
 今から25年程前に、どこかの山中にて墜落機の残骸と、パイロットの物と思われる骨が発見される事件があった。 
後の調べで、墜落機は旧日本軍爆撃機「銀河」であることがわかった。 
これだけでも驚きだが、さらに驚くことがある。 
なんと、遺骨は「人間の物ではない可能性がある」と発表されたのだ。 遺骨を研究してた学者が言うには、 「これがもし人骨ならば身長は150cm以下140cm以上であり、 頭は我々人間のおよそ倍ぐらいの大きさを持つ。」との事。 

いったい何が、なぜこの時代に銀河に乗っていたのだろうか

40: 本当にあった怖い名無し 2008/07/22 19:33:44 ID:g0vN/w0x0
>>30 
う~んこれかな? 
わざわざ探してくれてサンクス 
それにしても不思議な話だ 


26: 本当にあった怖い名無し 2008/07/21 23:45:57 ID:8453p6Ld0
戦時中は大本営発表が戦果報告としてラジオで
ニュースになってたらしいけど、ニュースの前に曲が
かかるんだって。勝った時には軍艦マーチで負けた時は
海ゆかばだったらしいよ。だからリアルタイムで聞いてたら
だんだん負けてるって分かってたらしいよ。それが誰の配慮
なのかまでは知らないけどね。

45: 本当にあった怖い名無し 2008/07/23 08:22:24 ID:NOZMX+i20
>>26
勝ち戦の場合は「艦艇式行進曲」な
末期は負けっぱなしで玉砕のニュースでも
艦艇式行進曲ばかりだったらしいがw

31: 本当にあった怖い名無し 2008/07/22 10:25:05 ID:x+kTNQgS0
回天の話。
回天とは、あまり知られていないが人間魚雷である。中に人が乗り込んで操縦し、敵艦に体当たりする魚雷である。ある夜中、潜水艦のドックにて人の気配がした。年輩の整備兵が「誰だ?」と誰何すると、そこには回天で特攻したはずの少年兵がいた。驚く警備兵に対し、「今度は見事敵艦に体当たりしてみせます」と告げる彼に、整備兵が「もういいんだ。二度も死ぬ必用はない」と答えると、姿を消してしまったらしい。なお、回天はその構造と米軍のレーダー技術の発展から、120本程が実践投入されるも戦果は撃沈4隻撃破5隻と非常に少なかったという。

111: 本当にあった怖い名無し 2008/08/10 03:31:49 ID:RLR/K/Oy0
>>31
ちょっとホロッとした。いい話だな。



32: 本当にあった怖い名無し 2008/07/22 10:27:13 ID:x+kTNQgS0
東南アジアの田舎にいった日本人の客が地元の子供達が、大声で叫びながらお化けの真似をして遊んでいるのを見た。
その叫び声が気になった客が宿の主人に聞いてみると「ああ、この近くの森の奥では、ああ叫ぶお化けが出るんですよ」とのこと。

もちろん皆日本語などまったく分からない。

タオルやぼろ布を被り、子供達は「グンソウドノー!!」と叫んでいた。

33: 本当にあった怖い名無し 2008/07/22 10:27:43 ID:x+kTNQgS0
戦争が終わって日本も復興、経済大国になった頃、南方の原住民調査のためにかつての激戦地ニューギニアの山中に入った。
そこで原住民と仲良くなって、一緒に生活しているうちに、日没後は彼らが山の中に決して入ろうとしないことに、西丸氏は気づいた。
「なぜ、夜は山に入らない? 危険な野獣とかいるのか?」との問いに、原住民は「野獣はともかく、とにかく気味が悪い。姿は見えないけど、あちこちから意味不明の人の言葉が聞こえる。でも、人の姿はやっぱり見えない。白骨はいっぱいあるから、あれはその白骨の精霊だと思う。夜の山は生きた人が入る場所ではない」との応え。

「意味不明の言葉ってどんな?」と西丸氏が問うたところ、原住民の応えは
「『ガヌバレ』『シカリシロ』と聞こえる。私たちの言葉ではない」……だったそうだ。西丸氏は「さもありなん」と感じ入ったそうな。



42: 本当にあった怖い名無し 2008/07/23 00:47:52 ID:ClLzlw3S0
硫黄島は天皇陛下が慰霊してから霊現象がなくなったと聞いたが。
それが平成6年のこと。
それ以前はたくさんあったんじゃない?

60: 本当にあった怖い名無し 2008/07/25 04:54:43 ID:LQTlFxnI0
>>42
遅レスだがそうでもない。
二、三年前に防衛庁長官が幕僚長と一緒に硫黄島に視察に行って一泊したが
長官が朝起きて幕僚長に会うと「昨夜は部屋に英霊が訪ねてきて
そのおかげでよく眠れませんでした」と笑いながら言われたそうだ。
ちなみにこれは当時の毎日新聞に載っていた長官のインタビュー記事。

63: 本当にあった怖い名無し 2008/07/25 16:47:10 ID:MwAQQApH0
>>60
幕僚長冷静だなw

54: 本当にあった怖い名無し 2008/07/23 22:08:48 ID:w2c9k18g0
船には「舟魂(ふなだま)」という物が憑いていると信じられている。

その為、旧海軍では木をくりぬいて作った舟型の中に、ふなだまをかたどった紙の人形と、
五穣をはじ め供物を詰めて密封し、船室に祀っていた。このふなだまは、船が沈没する前日に船から離れていくと言われている。トラック諸島で日本海軍が壊滅的打撃を受けた後、「そういえば、ゆうべ白い着物を着た女が船から出て行くのを見た」と証言する乗組員が、あちこちの船で続出した。
ちなみに、この慣わしは今も続いていて、自衛隊の護衛艦にも神棚があり、なかにふなだまが祀られている。見学などの際には、最新式の護衛艦の中に神棚があるアンバランスな光景を見れるとか

55: 本当にあった怖い名無し 2008/07/23 22:16:28 ID:1iqh7eXw0
>>54
瀬戸内海で爆発事故を起こした戦艦「陸奥」でも、沈没の数日前から着物を着た女が
艦内で目撃されていたと言う話を聞いたことがある

56: 本当にあった怖い名無し 2008/07/23 23:50:17 ID:ds6EOleM0
ふなだまは女性に決まってるのか。

57: 本当にあった怖い名無し 2008/07/24 00:00:00 ID:l58FAnEd0
>>56
英語でも舟は女性名詞だから、代名詞はsheになるよ

58: 本当にあった怖い名無し 2008/07/24 00:17:03 ID:RyCf6aMr0
船が女性だから、女性は船に乗っちゃいけないんだっていうよね。
でも実際は女性が乗ると、男性だらけの船乗りの輪が乱れるからなんだけどね。

59: 本当にあった怖い名無し 2008/07/24 00:32:13 ID:MeFzQj2C0
>>58
女が乗ると船魂が嫉妬してしまうからだとか


もうひとつ船魂に関する話を(何年か前に2chのどっかの板で聞いた話)

太平洋戦争中、日本海軍の海防艦2隻が台湾海峡付近を航行していた。ある晩、片方の海防艦の乗組員が 僚艦の甲板の上を松明を持った巫女さんが走り回っているのを目撃した。しばらくすると、その巫女さんは海の中に飛び込むようにして姿を消した。目撃した乗組員は「何かの見間違いだろう」ということで僚艦へは連絡をしなかった。
夜が明けると、昨晩巫女さんが走り回っていた海防艦の姿が見えなくなっていた。
無線で呼びかけても応答がなく、夜のうちに何らかの原因で沈没したのだろうと言うことになった。
これも船魂なのだろうか


68: 本当にあった怖い名無し 2008/07/27 21:25:00 ID:x+UgFQAE0
自衛隊の怪談。

苫小牧駐屯地のある便所では、個室に入ると
「俺の帽子はどこだ?いっしょにさがしてくれー」って声がするらしい。これは旧軍時代、うんこ中に帽子を ひったくられた新兵がいて、 班に帰ると班長にリンチを受けて「員数付てこい」 と追い出された。その新兵は優しかったので、自分が員数付ると、こんどはそいつが殴られる。そんなことは、とてもできないって思い悩んだあげく 便所で首をつったらしい。それ以来、その便所では、そいつの声が聞こえるようになったとか。

76: 本当にあった怖い名無し 2008/07/30 01:46:50 ID:M9VQxlBe0
>>68なんかもそうだな。
俺が所属していた隊では「銃くれの松」ってハナシだったが。

ついでに若い女が部隊で勤務する恋人に面会で来て、警衛所だか衛兵詰所だかで
「相手との関係は?」と質問されてうっかり「3回です…」などと答えてしまったというネタも
旧軍時代から伝わってるな。

69: 本当にあった怖い名無し 2008/07/27 21:25:50 ID:x+UgFQAE0
105 名前:コピペ[] 投稿日:2007/07/23(月) 21:57:00.93 [夜] ID:BMSS/hk10 (PC)
私が、色々と相談をしている寺の住職は、グアムやサイパン等の太平洋戦争の激戦地の戦場跡を慰霊のために幾度も訪れています。
その時のエピソードをひとつ・・・・。
グアム島・・・某ホテル・・・深夜・・・
住職が、寝室で休んでいるとき、廊下の向こうから、多数の兵隊が行進してくる軍靴の音が・・・。
そして、その行進は、住職の部屋の前で止まり、部屋の中に入ってきたそうです。
「自分は、福島県出身の〇〇一等兵であります。この度は、戦友一同共に祖国日本への帰還を願いに参りました」  
・・・・と、隊列の中から一人が前へ出て住職に向かって言ったそうです。
そこで、住職が般若心教境を唱えると、彼らは、その般若心教に乗って日本へ帰還したとのこと。同じように、戦死したアメリカ兵も住職の元へ現れて、住職の唱える日本語の般若心境に乗ってアメリカへ帰還していったとのことです。宗教、宗派は違っても、宗教は全ての人・霊の幸福のために存在することをこのことは示しているような気がします。

70: 本当にあった怖い名無し 2008/07/27 21:26:30 ID:x+UgFQAE0
113 名前:コピペ[sage] 投稿日:2007/07/23(月) 22:03:58.24 ID:BMSS/hk10
サイパンというと、太平洋戦争の大激戦地で、日米両軍で数万の犠牲者が出た所。
このマ○○○○島は、その最前線にあって、サイパン本島からの救援もなく、脱出も出来ず、最後には弾薬も尽きて、全将兵が刀を持って突撃して、全滅したといわれてます。
この話は、サイパンの現地係員の経験のある先輩の体験談です。
夕方、某ビーチを歩いていると、海岸線後方の木々の茂みの中から、
「突撃ィー!」
という声が聞こえたかと思うと、何百人もの旧日本兵が・・・、
「うわぁーー」と、海岸線に向かって突撃してきたそうです。
次の瞬間、ダダダダダダダァ、トガァーン!
機銃や大砲の音が鳴り響き、兵士達は次々と倒れていき、あっという間に、先輩の周りは兵士の死体で埋め尽くされたそうです。
しばらくすると、機銃や大砲の音も止んで、あたりが静かになると倒れていた日本兵達はスゥーと消え・・・、次の瞬間、再び、「突撃ィー!」という声が聞こえたかと思うと、何百人もの旧日本兵が、「うわぁーー」と、海岸線に向かって・・・・・・。
その時、ビーチには、日本からの観光客も沢山いたそうですが、ほとんどの人は、何も見えていないのか、そのまま遊んでたそうです。ただ、先輩も含めて、幾つかのグループは、真っ青な顔をして、ビーチから逃げ出したそうです。

71: 本当にあった怖い名無し 2008/07/27 21:27:42 ID:x+UgFQAE0
116 名前:コピペ[] 投稿日:2007/07/23(月) 22:05:30.77 ID:BMSS/hk10
私は、私が手配した団体旅行の出迎えのために国際空港にいました。
私が、到着ロビーで待っていると・・・、たくさんの10代後半~20代位の女の子たちが、ワイワイ騒ぎながら出てきます。話の様子ではサイパンに行ってみたい。
その彼女たちが、私の真横を通った、その瞬間、急に背筋が、凍りつくような悪寒を感じて振り向きました。彼女たちを見ると、背中に、血だらけの旧日本軍の兵士を一人ずつ背負っているんです。
「あの子達、マ○○○○島で・・・・・・・。」そのまま、呆然として、彼女たちの背中の日本兵を見ていると、1人の日本兵が振り向いたんです。
満ち足りたような笑顔を見せて・・・・・・・。
「あー、兵隊さん達、日本に帰りたかったんだ。」彼女たちには悪いけど、遠い島で亡くなった日本兵が、帰国できたのは良かったのかも・・・・。少し切ない気持ちになりました。

72: 本当にあった怖い名無し 2008/07/27 21:30:18 ID:x+UgFQAE0
17 名前:眠い人 ◆ikaJHtf2 [sage] 投稿日:02/02/09 21:57
弾薬ネタと言えば、愛知県伊良子岬にあった旧陸軍の射場の話。
其処には連絡用のトロッコが敷設され、射爆場の監的壕と要塞砲の連絡を行っていた。ある日のこと、一トン爆弾用の新型爆薬のテストが行われることになり、板橋から火工長がやってきた。指揮所にて最終確認を受け、監的壕の前に設置された爆弾に向けて火工長以下5名の作業員がトロッコに乗って出発した。
火工長は軍服を着ており、残りは作業服に麦わら帽という出で立ちだった。遅れて、見学者を乗せたトロッコが出発した。そのトロッコが走っていたとき、突然レールに稲妻のような閃光が走り、試験用の爆弾が爆発した。
勿論、先に出発した火工長と作業員は粉微塵になって吹っ飛んだ。
しかし、作業員の遺体の一部は其処此処にあるのに、火工長の遺体だけが存在しない。
捜索隊は必死になって探した。
ふとコンクリートの壁に目をやると、人間の形をした影が浮き上がってきている。コンクリートの合わせ目に、軍服の生地のような糸屑が霜降りの如く細く一面に挟まり込んでいた。
火工長は、爆風で吹き飛ばされた拍子に肉体と軍服を壁に圧入されてしまったのだ。その肉体に込められた脂血が時間の経過と共に化学変化を起こし、浸みだしてきていたのである。事故処理班が軍服のなれの果ての糸屑をピンセットで取り出し、人型を拭い去った。
しかし、翌日早朝、事故処理班が現場に行くと、また人型が浸みだしている。このままでは士気に影響すると考えた処理班長は、壁を擦り続けた。
それでも、人型は怨念のように翌日には現れている。逆上した処理班長は自らセメントを塗りたくった。ところが、また人型が滲み出ていたと言う。ついにたまりかね、タガネでコンクリートを片端から削り取り、分厚くセメントを塗ることで漸く人型は滲み出なくなったという。


12: 本当にあった怖い名無し 2008/07/20 21:49:59 ID:J8v9+AHO0
南の島でのほのぼのしたでも悲しい話どこにあったっけ 
戦死した部下がその辺ふらふらしてたら 
上官に一喝されて成仏した、みたいな


77: 本当にあった怖い名無し 2008/07/30 13:22:29 ID:iKqfvKfI0
相当亀だがこれか?

211 名前: 名無し三等兵 投稿日: 2001/07/29(日) 04:54
ガキの時分に、鍼灸師のジジイから聞いた話。ちょっと変わった幽霊談です。
ニューギニアのあたりのある戦場でのこと。大規模な戦闘をした部隊があって、その後、その部隊の前線基地に、夜な夜な、死んだ兵隊たちが現われるようになったそうです。彼らはいずれも、足がちゃんとあり、懐かしそうに「よお!」とか言いながら、現われるのだそうです。
いずれも確かに戦死した連中ばかり。
神主の息子の兵士がまじないをやったり、お経をよめる兵士がお経を詠んだりしても、まったく効き目無し。そのうち、ズカズカ上がり込んできて、貴重な飯をバクバク食う始末。しかも、いきなり手がスルスルっと伸びて、木の実を取ったりして、明らかに化け物化している様子。
怖いやら迷惑やらで困っていたのですが、なんとも手の施しようが無い。見るに見かねた中尉だか大尉だかの隊長さんが、幽霊たちが集まっているところへ、ツカツカと歩いていって、いきなり大声で、
「全員、整列!」と言うと、素直に整列したそう。そして、
「貴様らは、全員戦死した兵隊である。よってこの世にいてはならん。全員あの世へ行って成仏するように。これは命令である!」隊長が涙を流しながら言うと、幽霊たちは、しばらく呆然とした顔で佇んでいたが、そのうち全員が泣き始め、やがてボロボロと土人形のように崩れていったそう。
あとにはその土だけが残り、彼らは二度と現われることはなかった。兵隊たちはその土の大部分は現地に埋め、残りを少しづつ日本に持って帰って、供養したそうです。
「へんな幽霊だね」と僕が言うと、ジジイは、「日本人の幽霊でも、死んだ場所が変わると、ちょいと変わるんじゃい」と言っておりました。

104: 本当にあった怖い名無し 2008/08/07 20:12:19 ID:O8fZQ3Jb0
>>77
12ですが、これです!ありがとうございました



79: 本当にあった怖い名無し 2008/08/02 08:31:33 ID:djHCJFGU0
ほのぼのしますた。

81: 本当にあった怖い名無し 2008/08/03 01:35:43 ID:y8Fc++sI0
怖い話ではないんだけれど・・・わしの親父が小学生だった時の話。
親父が学校で天皇陛下はうんこするの?って先生に聞いて、警察沙汰になったって言ってた。
親と一緒に警察まで行って、警官とうんこする、しないで大揉めだったらしい。

82: 本当にあった怖い名無し 2008/08/03 01:58:03 ID:Yo7oi/ov0
お父さん、今何歳?

83: 本当にあった怖い名無し 2008/08/03 02:14:50 ID:ZRt8ttzx0
俺もー30過ぎのおっさんだし、うちの親も年とってから俺を作った(笑) から親父ももーいい年なんだけど、 戦争中親父の兄貴が特攻隊に召集されて行っちゃって、小学生の親父が田舎の畑で土いじって遊んでたら兄貴が「ひょっこり」帰ってきて、絶対お化けだと思ってびびって逃げた、って言ってたよ、再会を喜んでやれよ、みたいな、、w
乗る戦闘機が無くなっちゃって、帰ってきたんだってさ。




95: 本当にあった怖い名無し 2008/08/06 21:50:42 ID:7pgrDiwD0
あるサイトからのコピペ

●ひと玉を見ました
昭和十八年十二月十八日朝、女子軍属の宿舎の庭で行われた点呼の時でした。点呼も終わり婦長の訓示の其の時でした。整列している私達の前方の空を人魂がふわりふわりと時間にすれば何秒かの時間でしたが、目の前を横切って行きました。
私は無神論者で神仏には関心を持つ方ではありません。ましてや霊とか人魂など信じる事などしない人種です。でも其処に整列していた全員が目撃者なのです。其の時を境に人魂の存在を未だ半信半疑ですが認める事にしました。
薄い青と紫を混ぜた様な何とも言えない色で、大きさは私の頭程、玉の部分と同じ色の一メートル程の尾を引いていました。
「十二月十七日、年こそ変われ此の日は南京城入場式を日本軍に依って行われた日でした。十二月十日頃から日本軍は光華門、和光門、中華門付近で大激戦の末、南京城を陥落させました。従って数多くの将兵が名誉の戦死をされました。其の英霊が私達に会いに来た。」ざーと此の様な話を婦長が静かにお話になった事を強烈な出来事として記憶に残っています。




96: 本当にあった怖い名無し 2008/08/06 21:59:00 ID:7pgrDiwD0
「・・・基地を出てから一ヶ月余り、昭和18年11月14日の夜半の事です。 ちょうどキスカとアッツの間で、アッツ島寄りを哨戒していたところ、 その夜は珍しく海上は平穏で、さざ波一つないんです。空には月さえ出ていました。 こういう夜の襲撃は理想的なんだがな、と思ったりしたもんです。アッツ島が 墨絵のように浮き出ていました。しかし、相当な寒さで防寒外套を着ていても、 寒さが骨身にしみましたね。 その時です。突然アッツ島のほぼ中央と思われる所から、青白い炎のような塊が上空に舞い上がったんです。何だろうと目を見張っているうちに、炎の塊は次第に膨らんでくる。それが橙色に変わりながら、相当なスピードでこちらに飛んで来るんですよ。その不気味さは言いようがありませんね。冷水を浴びたように、ゾッとしました。 何やらわからんが、とにかく、「両舷停止、潜航急げ」を下令して、大急ぎで潜航したんですがね。
 潜入後しばらくして、航海長と信号兵が、「艦長、あれはアッツ島の英霊です。それに間違いありません」と、 異口同音に言っとったですがね。あの火の玉が砲弾とか信号弾でなかった事は確かです。
 爆発音はしませんでしたしね。オーロラとかも考えたのですが、火の玉となって飛んできますかねえ、 オーロラが・・・。何であったかは今なおわからない。とにかく不思議なものでしたなあ・・・。」 
「伊二潜」艦長(当時) 板倉光馬少佐の証言
  

佐藤和正著 「艦長たちの太平洋戦争」より

97: 本当にあった怖い名無し 2008/08/06 22:03:23 ID:7pgrDiwD0
キスカ島で昭和17年10月3日に大空襲があり、呂号第65潜水艦が急速潜航を試みたが間に合わず撃沈された 艦尾は海中にあり、艦首は海上に突き出ていた大発2隻で救助作業をし、46名を救助したが19名が戦死した12月頃のある夜間作業の際海上を見ていると、潜水艦の場所にボーッと火が出て海上を走ってくる大発かと思ったがエンジン音が聞こえない 不思議に思って火の行き先を見ていたが、海岸近くの高台の墓地のあるあたりで消えた戦没者の霊魂だったのだろう

「現代民話考 軍隊」より



98: 本当にあった怖い名無し 2008/08/06 22:15:19 ID:7pgrDiwD0
昔、聞いた話で嘘かほんとかは知らんが、

ぺリリュー島周辺で島民が船で航行してると、突然得体の知れない光の塊が追いかけて来る
島民の一人は追い掛け回された挙句、暗礁に突っ込んで負傷

日本兵の怨念が、米軍の上陸用舟艇と勘違いして船を追い掛け回すらしい
ほんとかね、これ?

103: 本当にあった怖い名無し 2008/08/07 10:35:12 ID:vziuqcQO0
>>98
秘話パラオ戦記 ~玉砕戦の孤島に大義はなかった~
光人社NF文庫 著者: 船坂弘

たぶん、この本に載ってる話ですね。
夜間漁に出ると人魂が現れて接近してくるという現地民の体験談。
確認しようとしたら本が見つからなかったorz

156: 本当にあった怖い名無し 2008/08/16 01:11:31 ID:vqJExp2m0
98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/23(月) 21:49:09.85 [夜] ID:b2Dotx9UO (携帯)
四国のなんとか狸は人に化けて日露戦争に参加したらしい
赤い軍服を着た決して倒れない兵士はロシアの兵隊をかなりビビらせたとか
303 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/24(火) 00:45:46.91 [深夜] ID:f7oQ0iQq0 (PC)
>>98あたりで既に既出だけど再掲
【軍隊狸】
○戦場に赴き、日本軍を影で支えた狸たちのこと。
○当時の日本軍、道理で強いわけです。なんというか、メンタル面で。

事例1 愛媛県周桑郡壬生川町 松谷みよ子氏の話
 伊予の喜左衛門狸は日露戦争に出征した。小豆に化けて大陸を渡り、上陸するとすぐ豆をまくようにパラパラと全軍に散り、赤い服を着て戦った。
敵将クロパトキンの手記には「日本軍の中にはときどき赤い服を着た兵隊が現れて、この兵隊はいくら射撃してもいっこう平気で進んでくる。この兵隊を撃つと目がくらむという。赤い服には、○に喜の字のしるしがついていた」と書かれている。

事例2 香川県高松市 室津源太郎氏の話
 日露戦争の時、高松のじょうがん寺の狸の総指揮の元、狸たちが出征した。兵隊に化けて山を作り、ロシア兵が登るなり山をひっくり返したりした。凱旋の時には狸までが提灯行列をしたという。

事例3 中国上海中支派遣軍八一〇一部隊 松谷みよ子氏の話
 昭和十五年冬。柳橋という場所で友軍の一個小隊が敵軍に包囲されて全滅に瀕しているという報告が入り、K氏所属の一個小隊は待機を命じられた。その後Kさんと戦友三名が偵察の命を受けた。小高い丘で動き回っている敵軍を発見し、報告に引き返そうとした途端に銃撃を受け、気がついた時には大陸の広野の果てしない暗闇の中に震えていた。その時、一人の戦友が「あっ提灯」と叫んだ。Kさんが振り向くと、目の前には懐かしい大三島神社の定紋入りの提灯の明かりがあった。
「五六だぬきや、五六さんが氏神さんの提灯持って迎えにきてくれたか」そういって提灯の後をついて走り、無事に帰りつくことができた。

○いずれも『現代民話考(松谷みよ子 立風書房)』より



99: 本当にあった怖い名無し 2008/08/06 22:21:05 ID:7pgrDiwD0
有名なコピペ

 第2次大戦中の1945年2月、ベンガル湾のラムリー島のマングローブが生い茂る沼地にイギリス軍が
1,000人を超える日本軍をおびき寄せていた。19日の夜から20日の未明にかけて恐ろしい叫び声が続いた。
負傷者の血の匂いに刺激された無数のイリエワニがこの沼地に集まり、動きのとれなくなっていた日本兵に襲いかかったのだった。沼地の外側にいたイギリス軍は一晩中すさまじい悲鳴を聞かされた。
そして夜が明けてから彼らが発見した生存者はわずか20名だった。





100: 本当にあった怖い名無し 2008/08/06 22:22:13 ID:XNghoaVG0
ペリリュー島といえば普通は群れないロウニンアジが群れるというな。
日本兵の霊が乗り移って軍の規律を守っているとかいないとか。







転載元
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/occult/1216030469/