115: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/18 22:36:39 ID:pIbauuX20
ワット・タイラーの乱のとき、一揆軍を鼓舞した言葉。 
「アダムが耕し、イヴが紡いだとき、誰が主人であったか」 
この演説をしたのは誰か 

 
1
ワット・タイラーの反乱軍と会見するリチャード2世

ワット・タイラーの乱(Wat Tyler's Rebellion)は、1381年にイングランドで起きた農民の反乱である。















116: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/18 22:37:06 ID:tTryBTE+0
>>115 
ジョンボール

121: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/18 22:38:30 ID:pIbauuX20
>>116 
正解



1
ジョン・ボール(John Ball、1338年頃 - 1381年7月15日)は、イングランドの神父。ワット・タイラーの乱における思想的な指導者とされる僧侶。
ボールについての前半生は殆ど分かっていないが、ハートフォードシャーのセント・オールバンズに住んでいたとされる。イギリスの神学者でロラード派のジョン・ウィクリフの思想に心酔する狂信的な神父で、ウィクリフの思想の影響から社会的不平等を告発した過激な思想を展開、巡回説教師として各地を回り農民、下層民に大きな影響を与えた。しかしそのあまりに過激で危険な思想を恐れられたイングランド政府に捕らえられ、破門されたうえ、投獄されてしまった。


1381年、ワット・タイラーの乱が起こると獄中から救出される。ロンドン進撃を前に郊外のブラックヒースにて自らの思想を持って農民軍の士気を鼓舞したと言われている。その際の「アダムが耕しイヴが紡いだとき、誰がジェントリ(紳士)だったのか」という言葉は有名。
しかし反乱が鎮圧された後、捕らえられて首吊り・内臓抉り・四つ裂きの刑に処された。 





 
11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/18 20:48:11 ID:SvU55SgUO
前に別スレで出したやつだが、お金について
 
現在分かっている最古の鋳造貨幣は小アジアの(1)王国のものであり、その後アケメネス朝時代にオリエント一体に広まった。
東方では、中国の戦国時代には各地で青銅貨幣が使われ始め、始皇帝の時代には統一貨幣の(2)が作られた。
一方、紙幣は中国の宋の時代に使われた(3)が世界初とされる。
紙幣は画期的なものであったが、無計画に発行するとインフレによる破綻を引き起こす危険をはらんでいた。
金や元では(4)と呼ばれる紙幣を乱発したことで経済が混乱し、崩壊の要因となった。
 
紙幣は長らく、金や銀(正貨)と交換可能なことが前提の兌換紙幣が中心であったが、(5)年に始まる世界恐慌の混乱を受け各国は金本位制を停止。不換紙幣が主流となる。
戦後の世界経済は(6)と呼ばれる、アメリカのドルを基軸通貨とした金本位・固定相場制が取られていたが、悪化する財政から71年(7)大統領は金とドルとの交換停止を宣言。
世界経済は現行の変動相場制へと移り、紙幣は金による裏付けから、純粋に他国通貨との比較により価値が決まる仕組みとなった。



14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/18 20:53:17 ID:pIbauuX20
>>11
1 リディア
2 半両銭
3 交子
4 交渉
5 1929
6 わかんねw
7 ニクソン

19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/18 20:57:57 ID:SvU55SgUO
>>14
6はブレトンウッズ体制
他は正解











32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/18 21:14:05 ID:pIbauuX20
捉えた捕虜たちと火器を交換し、捕虜たちは南北アメリカ大陸に奴隷として売った、
現在のベナンにあった17世紀に創建され、19世紀にフランスに組み入れられたアフリカの王国はなにか









33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/18 21:15:40 ID:lpCbivvl0
>>32
アルジェリア?

35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/18 21:16:43 ID:pIbauuX20
>>33
ちょっと難しかったかな
ダホメ王国
http://ja.wikipedia.org/wiki/

1650年頃、アジャ人はフォン人を支配し、ウェグバジャ(英語版)が自らをアジャ人の住む領域の王であると宣言した。アグボメ(現アボメイ)を都としたウェグバジャと後継者たちは、動物の犠牲を伴う王の崇拝儀礼に深く根ざした中央集権的な国家を築くことに成功した。これには王の祖先への人身供犠も伴っていた。王国の土地全体を直接王が所有し、王は収穫から徴税した。

しかし経済的には、歴代の王たちの主要な収入源は奴隷貿易であり、西アフリカ沿岸の奴隷商人との関係であった。ダホメ王国の王たちは戦争をして領土を広げるに伴い、ライフルや他の火器を使用するようになり、捉えた捕虜たちと火器を交換し、捕虜たちは南北アメリカ大陸に奴隷として売られていった。

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転載元
センター世界史一問一答
http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1358508914/