54



1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 22:24:53.43 ID:b+KnI/ZZ0
政府・軍の最高責任者として世界一の大国からの侵攻を二度にわたって撃退

戦国三英傑とか幕末組に匹敵する派手で重要な役目じゃん


301: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 02:26:04.49 ID:vXXPowSq0
北条時宗って日本史だとどの辺りで活躍したの?

305: ぺろぺろ紳士 ◆p51RVEp752 2012/07/22(日) 02:37:02.56 ID:93JLoy1h0
>>301 
鎌倉時代中盤












15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 22:46:03.26 ID:fwriiFcZO
元からの使者片っ端から殺してフビライをブチ切れさせたんだっけ

24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 22:50:58.72 ID:b+KnI/ZZ0
>>15 
明らかにスパイ目的だと分かってた一回目の侵攻の後に来たやつだけ(多分) 
それ以外は普通に帰している 
ちなみに日本以外の国でも結構使者殺されたらしい、使者カワイソス

59: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:36:01.43 ID:nBVSH8L90
どっかの遊牧民族が宋と関係深かった日本に無礼な使者おくりつけても 
所詮、相手にされるわけないわな


3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 22:27:54.57 ID:lpuBzfPI0
別に時宗が指揮したわけじゃないでおすし
その後の不満も消せなかった時点で大したことはない

4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 22:29:27.50 ID:b+KnI/ZZ0
>>3
もちろん直接戦闘の指揮をとったのは少弐家とかだけど、
侵攻に備えて国の体制を固めたのは時宗じゃないの?


58


http://ja.wikipedia.org/wiki/少弐 景資(しょうに かげすけ)

元寇に際し、大将軍として九州御家人達の指揮にあたり、父の資能や兄の経資と共に蒙古軍と戦った。『八幡愚童訓』によると、文永11年(1274年)の文永の役で、景資は十月二十日での博多湾沿岸での戦闘において「日の大将軍」であったと言い、景資ないし彼の郎党が蒙古軍の副司令官のひとり(征東左副都元帥)であった劉復亨と思しい人物(流将公)を矢で射止める大功を挙げたと言われている。弘安4年(1281年)の弘安の役にも参陣して奮戦した。



50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:23:59.10 ID:q/Y+T3Jd0
>>45 
北条家や安達家の家来も鎌倉から派遣されて参戦してるよ 
別に少弐だけじゃない






5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 22:30:17.41 ID:PgQOw7aT0
二月騒動とか起こしてけっこう血の気の多い時宗さん

二月騒動(にがつそうどう)は、鎌倉時代中期の文永9年(1272年)2月、蒙古襲来の危機を迎えていた鎌倉と京で起こった北条氏一門の内紛。
鎌倉幕府8代執権・北条時宗の命により、謀反を企てたとして鎌倉で北条氏名越流の名越時章・教時兄弟、京では六波羅探題南方で時宗の異母兄北条時輔がそれぞれ討伐された。
北条氏の嫡流を争う名越流と異母兄時輔を討伐した事で、執権時宗に対する反抗勢力が一掃され、得宗家の権力が強化された。
 





41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:14:44.42 ID:3S69M8bu0
時宗はトーチャンを反面教師にして頑張ったんだろうなぁって感じで好感がもてる


59

http://ja.wikipedia.org/wiki/北条時頼(北条時宗の父)

時頼は質素かつ堅実で、宗教心にも厚い人物であった。さらに執権権力を強化する一方で、御家人や民衆に対して善政を敷いた事は、今でも名君として高く評価されている。

直接の交流こそなかったが、無学祖元、一山一寧などの禅僧も、その人徳、為政を高く評価している。このような経緯から、能の『鉢の木』に登場する人物として有名な「廻国伝説」で、時頼が諸国を旅して民情視察を行なったというエピソードが物語られているのである。
 
一方で、本居宣長などは国学者の観点から忌避し、新井白石も著作の『読史余論』の中で、「後世の人々が名君と称賛するのが理解できない」と否定的な評価を下している。




55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:30:34.59 ID:y8Q19Mod0
時政-義時-泰時-経時-時頼-時宗-貞時-師時-高時



10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 22:37:06.35 ID:lZBe4GMKO
高時って闘犬にハマって政治は長崎に任せてたんだろ



12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 22:39:22.10 ID:l73Ak+q+0
>>10
その後足利家や同じ源氏を自称する徳川が天下取ったせいで悪評が作られたとも言われる
逆に海音寺潮五郎なんかは北条一門、特に泰時を類まれな仁君と大絶賛してたな


6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 22:33:34.07 ID:l73Ak+q+0
時宗に限らず北条得宗家は有能な政治家が多い 
最後の高時が死んだとき殉死者が870人超出たらしいし

8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 22:34:51.77 ID:b+KnI/ZZ0
>>6 
大杉ワロタ

55

http://ja.wikipedia.org/wiki/北条 高時(ほうじょう たかとき)

古典『太平記』や『増鏡』『保暦間記』『鎌倉九代記』など後世に成立した記録では、闘犬や田楽に興じた暴君または暗君として書かれる傾向にあり、江戸時代から明治にかけての史学でもその傾向があった。ただし高時の実像を伝える当時の史料は少なく、これらの文献に描出される高時像には、足利尊氏を正当化し美化するための誇張も含まれている。
 
では実際の高時はどのような人物だったのかというと、『保暦間記』は高時の人物像について「頗る亡気」と記している。一族である金沢貞顕が残した『金沢文庫古文書』にも彼が病弱だったことが強調されており、彼の病状に一喜一憂する周囲の様子をうかがわせる。その一方で高時は夢窓疎石らの禅僧とも親交を持ち、仏画などにも親しんだことが知られている。




11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 22:38:09.85 ID:LqbiOFhH0
神風が吹いてなかったら日本終わってた?


17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 22:47:04.46 ID:UVmpGD9e0
>>11
どうだろねえ、折角上陸に成功してるのに夜襲を恐れ舟に戻る、なんて訳のわからん事をモンゴル側もしてるし。
制圧地点の確保という上陸戦の初歩も分かってない訳で。
樺太侵攻にも失敗してるし、揚陸作戦をわかってる人材がいなかったのかも。大陸国だから仕方ない事なのかもしれないが。

19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 22:48:16.11 ID:rZUaNv8L0
>>17
樺太にもいってんだ、なんで失敗したん?

26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 22:53:23.54 ID:UVmpGD9e0
>>19
アイヌ側の史料が無いに等しい、恐らくは彼らの抵抗が想定以上に激しかったのと、受ける損害と得られる利益が釣り合わないと判断したんだろね。

モンゴルの樺太侵攻(-からふとしんこう)とは、13世紀半ばから14世紀初頭にかけて断続的に行われたモンゴル帝国(元朝)による樺太(サハリン)アイヌ(骨嵬)への攻撃を指す。史料が少ないこともあり、その実体には不明な点が多い。同時期にモンゴルによって日本の九州北部に対して行われた元寇(文永の役・弘安の役)と比較されて「北からの蒙古襲来」「もうひとつの蒙古襲来」「北の元寇」などと呼ばれるが、両者の間に関連性があるかどうかは疑わしい
http://ja.wikipedia.org/wiki/モンゴルの樺太侵攻



30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 22:57:54.61 ID:b+KnI/ZZ0
>>17
日本側は沿岸部の武士団が元軍にやられたのを見て
元軍を馬の使いやすい地形まで進軍させてから攻撃→撃破してるみたいだから、
普通にそこでの損害に耐えられなくなって船に戻ったんじゃないか?
有利な戦況だったならせっかく確保した上陸地点を放り出して逃げるなんてありえねーし

36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:05:48.57 ID:7Rypdjks0
>>30
これは逆じゃね 一回目は馬の使いにくい地形だから勝てた

37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:07:50.24 ID:b+KnI/ZZ0
>>36
当時の日本は弓騎兵メインだから、
騎兵の使いやすい福岡平野まで進軍させてたはず


39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:10:22.34 ID:7Rypdjks0
流石にモンゴル騎兵の方が強いだろ 馬の質から違うぜ 
足場の悪い所にいた元軍に奇襲が上手く刺さったから勝てたんじゃね?

67



40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:14:12.44 ID:b+KnI/ZZ0
>>39 
日本の馬はモンゴルと同系統の馬だよ 
それに日本の弓はモンゴル弓と互角以上の性能を持ってたし、 
鎧は矢に対する防御に特化したものだった 

まあ、肝心のモンゴル騎兵が元寇のときどれくらいいたのか分からんのだけど…


189: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:40:32.69 ID:xuRbAh6N0
弓と言えば保元の乱で腕の長さが変わるくらい鍛錬してた超人がいなかった?

191: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:42:34.48 ID:NxeKrBSy0
>>189 
鎮西八郎為朝だな 
船を矢で沈めたとか言う伝説があるくらいの化け物
198: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:46:36.20 ID:xuRbAh6N0
>>191 
サンクス 
改めて調べてみたらそいつ記録に残った切腹の第一号なんだなwww 
マスター侍すぎるだろww

61


16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 22:46:58.23 ID:rHvgw+fg0
神風ってあっちに対する配慮だろ? 
そりゃこんな小さな国に一部とはいえ大軍派遣して一歩も地面を踏めませんでしたなんて言えないもんな 
モンゴルに手も足も出ず支配された他の国の面目まで潰しちまう



70: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:46:30.25 ID:Tig0H9rFO
神風は日本は神に守られてるんだぜ、すげぇだろってするために吹聴しまくっただけじゃないの?



61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:39:58.02 ID:7IsN36uY0
神風は無かったよ説あるよね 
朝廷が鎌倉幕府は武力でなく運で勝ったんだよ!って言いたかったのかな?

元軍は合戦を優位に進めた後、陸を捨てて船に引き揚げて一夜を明かそうとしたその夜に暴風雨を受けて壊滅したという言説が教科書等に記載されているが、元側と日本側の史料ともに博多湾で元軍が暴風雨を受けたという記載はなく事実ではない。


64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:42:18.53 ID:q/Y+T3Jd0
>>61 
それは1度目な 
2度目は台風があった

68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:45:14.43 ID:7IsN36uY0
>>64 
さんくす 
二度目は神風あったのか…

67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:45:11.15 ID:mxfYgCis0
>>61 
弘安の役で合流した東路軍と江南軍が日本攻撃へと向かったんだが 
そのときに北西から日本への追い風が吹いたから、「これはチャンス!」と思い 
その風を利用して日本に進んだんだが(7月下旬)実はその風は台風でしたってオチで(季節的にも自滅してしまったとのことだ

75: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:48:23.48 ID:7IsN36uY0
>>67 
おお!詳しいね! 
先生か何かかい? 

どうでもいいけど最近は元寇ではなく蒙古襲来と教えてるらしい 
鎌倉幕府1185説で教えるのはわかるけど、これには意味があるのかしらん


82: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:52:45.98 ID:mxfYgCis0
>>75 
いや、大学でちょっと習ったにすぎんよ 

東路軍→モンゴル兵、高麗兵 
江南軍→女真、チベット、ウイグル、イラン系 
多民族の連合だなぁ…まさに

89: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:56:14.72 ID:7IsN36uY0
>>82 
文学部かな?憧れるよ! 

元寇からの幕府衰退の流れは好きだわ

97: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:58:36.35 ID:mxfYgCis0
>>89 
どっちかというと西洋史専門なんだけど 
モンゴルってワールシュタットの戦いでヨーロッパ攻めたり 
ロシアも屈服させたりしてるから(今じゃ信じられんが 

ちょっとモンゴルに興味もったって感じだ


34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:03:00.93 ID:iQdmV57S0
1回目は威圧行為でただ単に実力見せて撤退したって説が濃厚だから
1回目は別に神風とか関係ない
2回目は一度戦ったおかげで対策できて勝手がわかってたのが大きい

35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:05:44.77 ID:b+KnI/ZZ0
>>34
威嚇説は別に有力ってわけでもなかった気が
仮に威嚇だったとしても大損害を受けて撤退して次の侵攻まで七年もあけてるから
大失敗だったのは確実

51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:23:59.26 ID:iQdmV57S0
>>35
一回目の文永の役に関してはッ随行員が兵士だけだから留まる気自体ない

2回目だと職人やら農民やら連れて完全に侵略モードだったが、
東路軍と江南軍が合流するために時間かかってたら台風の時期に
重なってあぼん

間に時間があるのは南宋滅ぼしてたからだよ
弘安の役の2年前の1279年までかかってる
島国侵攻より先に隣の国家潰す方が先決だった


5


56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:32:50.35 ID:mxfYgCis0
>>51
というか、そもそも日本とコンタクトを取ろうとしたのは
対南宋攻略の一環だったしな。その海上ルート確保のため
日本とは関係を結んでおきたかったってのがあるね>モンゴル



48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:23:02.31 ID:q/Y+T3Jd0
指揮官はモンゴル人だ 

俺もよくやったと思うよ 

・朝廷が作った返書を握りつぶして追い返し続け、1度目の襲来後に来た使者は2回とも死刑という首尾一貫さ 

・鎌倉幕府の支配が及んでいない寺社や公家の領地にいる武士たち(非御家人)にも人夫を出させて石塁を作らせ、戦闘では兵と兵糧を出させた 

・全国の土地台帳を作り直して、各武士の領地に見合った負担として、異国警固番役の制度を作って、交代で九州を警護 

・西国各国の守護を北条一族で固め、実質上の幕府最高評議会・寄合衆には 自分の家来(御内人)で固めて、権力集中を強化


42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:16:01.20 ID:rZUaNv8L0
朝鮮人と宋人が主力じゃなかったのか?

43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:18:29.65 ID:b+KnI/ZZ0
>>42
一回目の主力はモンゴル人と漢人
二回目はこれに南宋人も追加
高麗軍は二回とも数千から一万ぐらいだったと思う、確か

46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:20:29.06 ID:rZUaNv8L0
>>43
へー

44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:18:31.34 ID:fwriiFcZO
メイドイン コリアの舟が悪いって本当?

57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:33:13.84 ID:h+hKeBxD0
>>44
ネトウヨのデマ
メイドイン・チャイナの河船で外洋に出てきたのが失敗
河船は波に対するバランサーである竜骨が無いので台風であっさり転覆した

64
竜骨(りゅうこつ、英: Keel)は、肋材・梁に並ぶ重要な洋式船舶構造材のひとつ。船底を船首から船尾に通す構造材で、これを持つ船を竜骨船などと呼称する。また、他の構造の船舶や、飛行船など船舶以外の輸送機器においても、竜骨と同様の効果を持つ船底部構造材を竜骨と呼称する場合もある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/竜骨_(船)



60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:36:58.69 ID:nuM16Vly0
>>57
最近キールの跡らしきものが発見されてなかったっけ?

74: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:48:05.38 ID:h+hKeBxD0
>>60
そりゃ平底船が博多沖に大量に沈んでるってだけで
全部が全部河船ってわけじゃなかったろ
まあ、河船を海外遠征に流用したのが悪いのであってチョンの不始末では無いって話だ

62: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:40:35.81 ID:mxfYgCis0
>>57
南宋の奴隷に突貫工事で急遽つくらせたものだったから作りが粗雑だったんだよな…
素材が生木ばっかだったから、長期間の航海で腐敗

確かにモンゴルは大国だが、あくまでそれは騎馬民族の力が通じる大陸上の話だな
だがそっちではホラズム王国、アッバース朝とか強国たくさん滅ぼしてるから恐ろしい
6


7




63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:41:14.65 ID:DjfuQzHaO
これ怖いのもあるけど絶対ワクワクするよな


武装してきたアジアの軍隊と
デッカい黒船で来たアメリカ人
どっちも非日常感凄いだろうな
どっちも現地人としてその場に居たかったわ

69: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:45:30.10 ID:iQdmV57S0
>>63
途中ルートにある対馬・壱岐は酷いことになったんだぜ…
それに今から見たら2回で終わったけどその後もいつ来るかと
考えてたから凄い負担だった

8

9
※濃い赤色が壱岐島




関連

【対馬】宗氏!



86: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:54:58.35 ID:DjfuQzHaO
>>69そっか対馬とかにも寄ってたのかアイツら

当時の日本人はモンゴルが今凄いって知ってたの?

殆どの時期は海外と言えば中国、朝鮮って出てくるイメージなんだが


今で言うアメリカ見たいに強国って認識あったの?

100: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:59:51.01 ID:iQdmV57S0
>>86
宋から亡命者たくさん
文化人だから重用
モンゴルの悪口は聞いてた

110: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:02:42.72 ID:x6bQ76CPO
>>100まじか
当時亡命で日本来るって本当に命がけだろうな

112: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:04:45.74 ID:NxeKrBSy0
>>110
そんなことないよ、古代から中世って日本意外と外国と交流してるから
江戸時代の鎖国のイメージが強すぎるだけ

130: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:13:27.23 ID:x6bQ76CPO
>>112いや国家からの使者とかじゃなく亡命者とかだと船とか設備も立派なものではないんだろうなと思って


歴史上外国からの侵略に対して追い返したって事例しかないって幸せだよな

って思ったけど
太平洋戦争の東南アジアの島々は日本領だったし硫黄島や沖縄があったか

120: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:08:17.33 ID:I+JefpI80
>>110
昔から日本は大陸の亡命先だよ。
古くは百済。
亡命者は知識人として厚遇された。

知識人を厚遇する国は栄える。
学歴区別をする企業が栄えるのも同じこと。

125: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:10:31.34 ID:WYvO/tpT0
>>120
江戸時代も、清になった後の明の知識人が日本やってきたりして
それが儒学の浸透にも寄与したしな。こうして見ると結構海外の影響も
あるなーと思う。まぁ当たり前ではあるんだが






88: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:55:22.34 ID:PgQOw7aT0
蒙古襲来絵詞見ると元軍の方が蹴散らされてるように描かれていておもしろい
56


57

※クリックで拡大

98: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:58:55.05 ID:iQdmV57S0
>>88
そりゃあ、自分の報奨もらうための絵描かせてるんだから
自分が逃げまくるわけないだろ
まあ、実際一人でも突っ込んで首級上げようと突っ込んでくるから
元軍も戸惑ったわけだが

99: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/21(土) 23:59:11.00 ID:b+KnI/ZZ0
蒙古襲来絵詞が恩賞もらうための宣伝ってのはデマだぞ
あれ恩賞もらった後にこの戦いで頑張った人の鎮魂のために季長が書かせたものだから


106: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:01:16.62 ID:xfs/RVYjO
父親がこの時代は日本のルネッサンスの時代だっていってたけど実際どうなの?
まぁ、上にも出てる例の絵画は地方武士が身銭を使い絵師に書かせたわりに写真よりリアルに感じるから納得したけど…。

128: ぺろぺろ紳士 ◆p51RVEp752 2012/07/22(日) 00:13:14.78 ID:93JLoy1h0
>>106
この時代に浄土真宗、日蓮宗、禅宗など今日の日本でなじみのある
いわゆる「鎌倉仏教」ができたからね。
65




108: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:01:54.77 ID:49dSaDDR0
当時の鎌倉幕府はとても権威が高かったから、内応者なんて出るはずない

鎌倉の沙汰、といったら寺社でもおとなしくなるレベル

113: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:04:49.94 ID:WYvO/tpT0
>>108
まさにそんな感じ

116: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:06:27.18 ID:lUbattdZ0
>>108
鎌倉の御家人で、頼朝が可愛がってたが、神社の宝物を器物破損して斬首がいたような…
神社の威厳は強くなかった?

121: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:08:29.74 ID:udTbiZ270
>>116
佐々木定綱の次男の佐々木定重ですな

126: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:10:46.45 ID:lUbattdZ0
>>121
あーそうそう!
自分は軽く吾妻鏡を見たにすぎんが、最初の挙兵から一緒にいたよね
頼家の時に出家したんだっけか

139: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:16:35.92 ID:49dSaDDR0
>>116
泰時時代に、興福寺とどっかが争乱おこして朝廷がいくらいっても暴れておさまならなかったので 幕府がぶちきれて、大和に守護おいて糧道封鎖してしめあげる強硬措置にでたらたまらずおとなしくなった

何も悪さしなければ大事にされるが、秩序を乱したりしたらダメぽ
という原理が貫徹してる
所領争いも公平な沙汰が原則だったから、幕府のいうことは尊重された

156: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:22:18.50 ID:lUbattdZ0
>>139
なるほど
俺は日本史の勉強は高校の授業な最後だったけど、あの時代の寺って凄いよな
僧兵とか無茶苦茶だろ、寺がそんな事するとは驚いたもんだったよ
鶴岡八幡宮は幕府とただならぬ関係だから強かったんやろうか?

161: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:26:13.34 ID:qDsILKYc0
>>156
本願寺とかハッキリ言ってオウムの比じゃないくらい恐ろしいわ


118: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:06:37.08 ID:udTbiZ270
鎌倉の和賀江島には宋からの貿易船が来てるし、
建長寺や円覚寺の初代住職は北条氏が招いた宋の禅僧

122: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:08:41.01 ID:lUbattdZ0
このスレ凄いな
神風が嘘だったとか蒙古襲来図が鎮魂の目的とか、やぁやぁ我こそはが嘘とか
目からうろこだわ。なんでこんなに鎌倉マニア多いの?

131: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:13:49.08 ID:NxeKrBSy0
>>122
子供の時の教育で嘘つかれると、一見不自然なこともなかなか気づかない
やぁやぁ我こそは はその最たるもの
元寇より前の時代から、普通に大人数で戦闘してるのにな

156: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:22:18.50 ID:lUbattdZ0
>>131
確かに…
今新たな知識を得る事ができて満足してるよ




190: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:42:18.82 ID:9TcYw6I90
当時の日本の動員可能兵力って、
30万くらい?
それなら、戦略上強敵にも、
元寇は撃退出来そうなもんだが。
逆になんであんなに持ち上げられてるの?

200: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:46:42.82 ID:9U0oOVxw0
>>190
三十万動員できようが異国が攻めてきたら大変だろ
東日本大地震はともかく被災者数万くらいの地震でも自衛隊大変だろ

210: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:53:22.32 ID:9TcYw6I90
>>200
異国が攻めて来たら大変なのはわかるが、
元が攻めて来たときに、
追い返す自力は力はもとからあったんじゃね?
ってことをいいたい。

神風とか笑止だし、
奇跡の勝利とかそんな類の形容もあほらしい。

193: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:44:39.33 ID:yjBHDFKbO
文永の時はガチで攻めて来たわけじゃないから退けたけど
その後の準備の良さは凄い

197: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:46:23.82 ID:NxeKrBSy0
>>193
俺は四万なんて人数だから普通にガチだと思うけどなあ
当時の世界に四万で落とせない国ってそんなに無くないか?

205: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:49:24.16 ID:WYvO/tpT0
>>193
石塁を築いたとか言われるが、それって高さ3m、距離20キロもあったらしいしな
それ作った人たちの努力は並大抵のもんじゃないな

72 - コピー



171: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:31:08.56 ID:JtNlypUx0
時宗は決断力は評価できるな 
それ以外は早死にしちゃったから特にすごいともいえない 
一番すごいのは義時公っすよ


202: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:48:11.14 ID:JtNlypUx0
義時公の業績

頼朝の信頼を得る

とちくるった親父を幽閉

頼家を始末する

和田義盛を始末しようとしてヤバいことになるが結局勝利

暗殺を直前で回避するが実朝は見殺し

朝敵になるや逆に京都を攻める

天皇を廃位し上皇とまとめて島流しに


ほんと義時さんは仕事ができるお人で

216: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:54:51.99 ID:lUbattdZ0
>>202
和田合戦はやべぇわ
鎌倉中日の海はやり過ぎだと思うけど
八幡宮も戦場になったんだよな

あと江ノ電の和田塚駅と和田一族はあまり関係無いらしいぞ。まぎらしいわ!

62
http://ja.wikipedia.org/wiki/和田合戦

224: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 00:59:20.65 ID:IL/VXm040
>>202
鎌倉幕府初期って凄い内部粛清の嵐だよな
源頼家・実朝義経・範頼・和田義盛・梶原景時・景季・北条時宗・平賀朝雅・比企能員
とか功労者も消えまくりだしな

228: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 01:01:54.09 ID:lUbattdZ0
>>224
わかるわ。なんか勉強しててネチネチしてて嫌い

頼朝も上総を思い込みでやっちゃった訳ですが…

233: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 01:10:38.81 ID:IL/VXm040
>>228
あんまり教科書だとやんないけど鎌倉時代って凄いネチネチしたの多いよね
13人の合議制の内何人消えたのか

この後も宝治合戦や宮騒動、霜月騒動、平禅門の乱とか続くし、
内部対立深い

237: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 01:14:47.72 ID:lUbattdZ0
>>233
吾妻鏡で初めて知った時はたまげたなぁ

頼朝の死後、幕府創始者が次々消えて行く寂しさは異常
熊谷次郎は命あったが出て行っちゃったし…

最後まで残ったのは佐々木と、えー実朝の死んだ時に涙流した人じゃない?
腹巻きしてけよ!の人
だれじゃっけな…

242: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 01:19:01.24 ID:JtNlypUx0
>>237
大江広元かな?

247: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 01:22:30.89 ID:lUbattdZ0
>>242
それじゃ、それじゃ!
凄いよねーここのスレの人たちよく名前ポンポン出てくるわ

244: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 01:20:57.31 ID:49dSaDDR0
>>237
実は、頼朝時代が一番粛正が激しいんだぞ
実朝(義時)体制になってからは和田合戦以外は何にもない

250: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 01:24:28.06 ID:JtNlypUx0
>>244
範頼が一番かわいそうだと思う
曽我事件のとばっちりにもほどがあるだろ

256: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 01:29:05.42 ID:IL/VXm040
>>244
頼家らへんも激しいぞ
実朝期まで畠山重忠や牧の方事件とか時宗絡みの
ことばっかだが

239: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 01:16:37.94 ID:JtNlypUx0
>>233
頼朝には妾腹の子がいて出家してたんだけど実朝暗殺後に還俗して将軍になるよう打診されたことがある
「そんなの絶対なりたくねえ!」って言って野心がないことを示すために自分で目を潰したらしい


279: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 01:45:42.34 ID:lUbattdZ0
>>274
んーもう返せないわ
本当に実朝暗殺は謎が多すぎてヤバイ
散髪屋に髪の毛預けてるし、広元は知ってたんだろうなぁ…

てか政子も子供が次々死んで行くのによくも元気で居られるわ
大姫とか病んで死んでしまったのに

286: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 01:53:48.89 ID:JtNlypUx0
>>279
義時も暗殺されそうになってるしね
直前で情報をつかんだからとりあえず自分だけ逃げ出したんだと思うけど
承久の乱も実朝がいたら起こってないだろうし結果義時の立場が危うくなってる






241: ぺろぺろ紳士 ◆p51RVEp752 2012/07/22(日) 01:18:31.04 ID:93JLoy1h0
幕府の粛清について言及してるけどさ、
それでも武士達にとっては鎌倉幕府の存在はありがたいものだったんだろ?
北条政子の演説でもわかるとおり。

245: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 01:21:41.65 ID:JtNlypUx0
>>241
勢いで京都の朝廷に背くくらいには有りがたかったんだろうね

253: ぺろぺろ紳士 ◆p51RVEp752 2012/07/22(日) 01:27:27.62 ID:93JLoy1h0
>>245
朝廷軍と戦うってことは日本史上大変な事件だぞ。
圧倒的な戦力も持ちながらも退却した徳川慶喜。
晩年、後醍醐天皇に背いたことを悔やみながらも、反逆者のレッテルが消えない足利尊氏

神聖な天皇に弓を引いてはいけないのが日本。
戦勝国のアメリカですら、天皇を潰すことができなかったんだから。

260: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 01:32:15.54 ID:IL/VXm040
>>253
それ江戸時代に入ってからの話だから当時はそうでもないぞ
反逆者のレッテルなんて戦前につけられたもんだ

270: ぺろぺろ紳士 ◆p51RVEp752 2012/07/22(日) 01:38:40.50 ID:93JLoy1h0
>>260
江戸幕府では足利尊氏は英雄扱いだったからな。
でも、幕末の討幕派が足利尊氏の像をぶち壊してるから、
尊王思想、国学者(本居宣長とか)側からしたら、結構むかしから足利尊氏は逆賊扱いだぞ?

天皇に弓引くと反逆者になるから、その覚悟を確認するために北条政子の演説があったわけでしょ?
そもそも天皇に弓引くのがタブーじゃなかったら、鎌倉幕府という組織自体奇妙じゃないかしら?
政子の演説
政子は御家人たちを前に「最期の詞(ことば)」として「故右大将(頼朝)の恩は山よりも高く、海よりも深い、逆臣の讒言により不義の宣旨が下された。秀康、胤義(上皇の近臣)を討って、三代将軍(実朝)の遺跡を全うせよ。ただし、院に参じたい者は直ちに申し出て参じるがよい」との声明を発表。これで御家人の動揺は収まった。『承久記』では政子自身が鎌倉の武士を前に演説を行ったとし、『吾妻鏡』では安達景盛が演説文を代読している。



284: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 01:50:29.19 ID:IL/VXm040
>>270
まあ、源氏の初めの頼朝自体朝廷との関係に気を使ってるからなあ…
完全に独立するのは義時からだし、その後も宮将軍や皇族将軍と
権威は使ってるしね

義満も明と交易しようとした時、懐良親王がらみで困ったしな

282: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 01:47:33.41 ID:49dSaDDR0
>>253
しかも、あの承久のときって、鎌倉には将軍不在だったからな
そんで戦って勝っちまうんだから、よっぽど組織が信頼されてたんだよ
あちこちのお話に出てくる政子の演説も情に訴えるパタンだ
この老いた尼を哀れを思ってくれ、みたいなやつ
政子には御家人に命令する権限はないからな


275: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 01:41:20.63 ID:WYvO/tpT0
藤原氏や北条氏といい、誰かを補佐する的なNo.2の地位っておいしいポジションだよな
それ考えるとNo.1になって260年間国治めた徳川はすげえな

276: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 01:42:28.75 ID:wAofFDmt0
元に取っては勝ち目がない戦だろ。最初から。
日本が小国ならまだ勝機はあったかもしれんがなぁ・・。

278: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 01:44:14.64 ID:0bG7OCgI0
まあフビライの時代自体が反乱しょっちゅう起きてたし、ベトナムの陳朝に対する遠征も失敗してたからな

281: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 01:46:17.35 ID:WYvO/tpT0
>>278
ヤナンの乱、ハイドゥの乱、ハダンの乱…いろいろ起こりまくってたからな
日本への3度目の遠征計画もあったがこれらのせいでご破算に
というかモンゴルは国でかすぎ。そりゃ乱も起きるし分裂するわ



236: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 01:12:15.74 ID:WYvO/tpT0
しかし、日本は島国だったからホントよかったと世界史見てると思う 
内部争いが起こってるときに外国の介入でもあったら本当にやばいからな 
というか滅ぼされる


283: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 01:48:01.23 ID:0bG7OCgI0
もし日本が負けてたら例によって北条時宗も穴という穴から溶かした銀を流し込まされてたのだろうか
天皇が琵琶湖の小島で病死とか嫌だな
63




285: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 01:52:06.60 ID:WYvO/tpT0
>>283
あんま知られてないが、モンゴルが中東のアッバース朝を滅ぼした際に
イスラム教の権威だったカリフ(日本でいう天皇みたいな存在)捕らえられて殺されてるからな
まあこれまでの考察でもあったように元が日本を攻略することはまず不可能だったんだが
万一やられてたら天皇もろとも根絶やしされててもおかしくはないかもな

287: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 01:55:44.75 ID:r+gCOJ1I0
鎌倉幕府の日本史上の存在意義について聞きたいです

289: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 02:02:17.07 ID:JtNlypUx0
>>287
初の長期に渡って安定した武士政権
関東は西とは違った方向性で行くぜという表明
武士が本気になれば天皇の首をすげ替えることもできると承久の乱で証明したこと
守護地頭による全国的な任命権

300: ぺろぺろ紳士 ◆p51RVEp752 2012/07/22(日) 02:25:14.28 ID:93JLoy1h0
>>287
まず、中国の律令体制から移行して、日本独自の政治体制を作ったことが大きい。
新しい体制を作りつつも、前政権の朝廷と着かず離れずの絶妙な距離感をとった。
当時労働者であった武士の権利や利益を保証した。

源頼朝や執権北条氏は日本史上でも偉大な為政者だろうね。世界史上でも珍しいんじゃないかな。

288: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 02:01:08.84 ID:49dSaDDR0
政治思想上の変革をなしとげて、あるべき政道を確立した
大変革だよ

290: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 02:02:48.79 ID:IL/VXm040
御成敗式目の存在が大きい
以後の室町時代、戦国時代の分国法江戸時代まで武士の規範になる

292: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 02:11:58.93 ID:49dSaDDR0
武家政権なんだが、別に武士の味方をするわけではないんだよな
公家と争ったときに、武士が理不尽だったらそっちに不利な判決をする
御成敗式目も、守護が国司の仕事を侵犯したり、地頭が年貢を本所に滞納したら
罰するとはっきり定めている

あくまで道理にもとづいて公平な処置をしたから、全国政権として権威を保てた
理不尽なことしたら上皇でも責任をとらせて流罪

295: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 02:17:23.13 ID:r+gCOJ1I0
なるほど
江戸まで続く武家政権の基礎となったんだね






297: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/22(日) 02:19:52.18 ID:49dSaDDR0
勝海舟は、自著で承久の時の義時を見習おうと何度も心ひきしめたといってた
つまり、鎌倉幕府は江戸幕府終焉の無血開城にも影響を与えているw




66









転載元
http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1342877093/

【左近の桜】悪源太義平/源義平【右近の橘】

戦国時代のちょっと悪い話 【黒田如水と桂菊右衛門】

【源義経って弓下手なの】源平合戦を語る【平清盛実はいい人?】

日本の歴史的な流刑地

大塩平八郎の手紙原本を発見、「大塩平八郎の乱」の2年前、門人に宛て

るろうに観柳「明治回転式機関砲浪漫譚」(SS)

日本史で過去最強の女性偉人って誰だと思う?

「西向く侍」が全国共通じゃないと知って愕然とした

ビリーザキッドより強いガンマンいるの?

日本型リーダーはなぜ失敗するのか 日本の歴史上で優れたリーダーシップを発揮したのは誰だよ

古墳時代のよろい姿の人骨発見

チキンラーメンの卵が固まらない

【閲覧注意】日本の妖怪しょぼすぎwwww何だよ枕をひっくり返すってwwww