63





1: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:20:03.87 ID:pIJjBn2u
蒙古にボコボコにされたから弱いのか










6: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:22:16.25 ID:Py0IW8nd
>>1
蒙古兵に恐れられたことを知らないんだな
まあ仕方ないけど。俺もつい最近まで知らなかったから

13: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:24:57.23 ID:CiCXEdBo
>>1
蒙古の剣は日本刀の前では簡単に叩き折られて役立たずだったらしい
少なくとも白兵戦は強かったんじゃない

36: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:29:47.88 ID:AykC84fc
>>1
史実ではボコボコにされたのは蒙古のほう
有名な絵は後ろの方に集団で日本の武士が騎馬で攻めてて、一方モンゴル人は大勢で逃げ腰になってるw
45



61




41: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:30:44.18 ID:G9TNZHaY
>>36
そりゃ日本人が自分の武功を誇るために描かせた絵だからじゃねーの

45: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:33:18.08 ID:AykC84fc
>>41
実際モンゴルは橋頭堡すら築けずに追い返されたわけだが

48: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:34:45.03 ID:G9TNZHaY
>>45
まぁ元寇は日本の勝ちと言っていいと思うけど
アレを根拠にするのはどうかな…

53: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:36:31.25 ID:AykC84fc
>>48
でもあの絵って、まず100%「モンゴルの鉄砲に驚く時代遅れの武士だお!!」って説明付きで使われてるじゃんwww

56: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:38:04.28 ID:c2/41nDq
>>48
台風が来るまで日本領土に上陸もままならなかったというのが真相。
神風は「神に守られてる」と思わせるためと「台風のお蔭に」しとくほうが
色々と都合が良かったから。

153: 名無しステーション 2010/05/09(日) 23:52:59.28 ID:ZF1PT0Ir
>>1
元寇一回目は痛い目遭ったけど
二回目は撃退したろ
台風や神社仏閣勢力のおかげにされちゃったけど




216: 名無しステーション 2010/05/10(月) 01:01:03.24 ID:PwMzpS1I
>>1
文明的に遅れていたからなあ・・
同時代で比較するならそれなりに弱いだろうなあ
あと、土地の特性があるから
大集団で盾槍構えて隊列組んで突っ込む広い平地の戦法とか戦車とかも見た事ねえだろうし
関連

【中国】2600年前の秦朝の戦車が出土

槍厨「日本刀で一番強力な攻撃は『突き』wwwwwwwwwwww」



219: 名無しステーション 2010/05/10(月) 01:07:27.48 ID:P/sRXFJH
>>216

日本がまだ奈良時代の頃にビザンツ帝国は火炎放射器を発明していたしな。
しかもただの炎と違って消火しようと水をかけると余計に燃え広がる。
その威力は現代の火炎放射器と殆ど互角。
46

ギリシアの火
ギリシア火薬(Greek fire または Byzantine fire)は、東ローマ帝国で使われた古代の兵器である。ギリシアの火やギリシア火とも呼ばれ、後述の通り、水を吸って燃え上がるため、液火とも呼ばれる。
7世紀後半にキリスト教徒のシリア人カリニコスが発明したといわれている(それ以前中東で発明され、カリニコスはそれを伝えただけという説もある[1])。空気に触れると着火する燃える液体で、ホースなどから発射し火炎放射器のように使用したという。言い伝えでは、この火は水中でも燃え続け、水をかけるとかえって燃え広がったとされている。
この液体の製法は東ローマ帝国の国家機密であったため門外不出とされていた。10世紀の皇帝コンスタンティノス7世は、息子のロマノス2世に対し「聞かれても絶対教えてはならない」と書き残している。このため帝国の滅亡と共にその製法は失われ、現在に伝わっていない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ギリシア火薬






7: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:22:36.25 ID:D8CrxPDs
武田騎馬隊ならスパルタなんて一撃よ

11: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:24:29.36 ID:v40uIBdr
ただ武士は基地外だったのはわかるよな 真似できひん

14: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:25:00.61 ID:+oE1llU0
強いと思い込んだ結果1945年の破滅へ



16: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:25:53.84 ID:G9TNZHaY
実は夜襲が得意

朝鮮出兵ではかなりの強さを発揮

59: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:38:50.56 ID:71CHvOWo
>>16
残った少数でもって火を焚いて
敵の野営に大軍で回り込むんだよね

山やら川で入り組んだ日本の地形じゃなきゃできないよね



19: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:26:34.65 ID:VncSvNNE
日本刀の切れ味は世界最高だろ

27: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:27:41.65 ID:1REtZEpk
>>19
しかしスパルタの盾が相手だったら・・・

47



28: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:28:37.52 ID:ggeoaESF
>>27
スパルタの盾と日本刀、両方装備すれば最強じゃね?

35: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:29:29.80 ID:MKFlNBuC
>>28
ではその日本刀でスパルタの盾を突いたらどうなる




18: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:26:00.26 ID:IkmuujNg
織田のころに世界に出ていってたら 
無敵だったと話してる学者もいるな。


74: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:48:20.81 ID:rAyaDZBN
本宮ひろしのあの漫画思い出したw
55




21: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:26:39.68 ID:V2dDCx7F
本能寺の変がなかったら
日本が全世界を支配してた

90: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:59:37.38 ID:Mis84s5G
>>21
それはどうか怪しいが歴史は違ってたな。
早いうちから近代化してて支那は日本の領土になってたと思う。

122: 名無しステーション 2010/05/09(日) 23:22:59.13 ID:C21olDre
>>21
近代化は諸刃の剣。
欧米列強の介入を呼び込み、植民地化してたかもしれん。

132: 名無しステーション 2010/05/09(日) 23:29:23.79 ID:WXbpkpoD
>>122
俺も同意。近年、信長スゲー!徳川は平和だけどツマンネって言う人いるけど、どうかなと思う。
とはいえ、近代化のおかげで大飢饉が起きなくなったというのもあるし、難しい。

138: 名無しステーション 2010/05/09(日) 23:33:33.46 ID:v+GNLmF1
>>122
朝鮮出兵の少し前に、
スペイン無敵艦隊がイギリスに壊滅させられた。

以後、世界の覇権がスペイン・ポルトガルから
イギリス・オランダに移る時期で、
極東まで手がまわらなかったかもしれない




22: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:26:43.17 ID:c2/41nDq
あと日露戦争の時のロシア兵が残した日記とか読むと分かるかも
「奴らは恐怖心がないみたいだ」と書いてたり。
48
鴨緑江に架けた仮設橋を渡る第一軍部隊






24: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:27:00.78 ID:/RpXY2lr
明の兵にも恐れられていた
日本刀で切り込んでくるのがめちゃ怖かったらしい


173: 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:13:20.07 ID:QhcTFsF3
倭寇の頃は 
でかい日本刀を振り回す日本人が大陸の連中は怖かったんだろ


111: 名無しステーション 2010/05/09(日) 23:14:09.30 ID:P2vHMTvu
倭寇の活躍を聞いて 
秀吉も、明くらい一撃で撃破できる 
と思っちゃったのかな
関連

62

倭寇・海乱鬼(かいらぎ)







25: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:27:31.05 ID:G9TNZHaY
モンゴルは剣で戦うスタイルじゃねーしな。
騎射では惨敗だろうな。馬の質はともかく弓の質が違いすぎる。

37: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:29:48.81 ID:c2/41nDq
>>25
全身に弓矢が刺さってウニみたいになってるのに
馬で特攻してくるからキチガイだと思われた。


31: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:29:04.10 ID:WKh4YK+9
外人のほうが、強いと思ってくれてるんじゃね?
そもそも組織のためにテメーの腹きって詫びる兵士なんか世界探してもいないもんな。

でも、AgeOfEmpireにでてくる日本兵しょぼかったなw




38: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:30:14.13 ID:xHL9M9yW
中国、半島、東南アジアじゃ最強だったよ

タイの王になった山田長政とか知ってるだろ?

49
シャムにいる山田長政の軍

なお、長政が南部の王国の王となったと思われがちだが、任命されたのは正確には知事である
http://ja.wikipedia.org/wiki/山田長政






39: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:30:28.81 ID:OEADZNTe
(´・ω・`)でも当時の日本人って130cmくらいしかなかったんだよね

46: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:34:00.47 ID:c2/41nDq
>>39
戦国時代は肉食してたから170センチ台が普通にいたそうだよ。
残された甲冑は割と大きかったりする。
江戸時代は仏教の戒律で肉食が減ったからむしろ小さくなった。


70: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:45:12.33 ID:HsFflKpF
>>39
鬼小島弥太郎の甲冑は異様にでかかった。
あのサイズからすると180以上あったかと。
武士と農民では平均身長が違ってたんじゃないの?
50
鬼小島弥太郎
妙高高原辺りの出身と言われ、上杉謙信の幼少期から側近として仕えた。強力無双の豪傑で、「鬼小島」と恐れられたと言われている。『絵本甲越軍記』では、「鬼小島弥太郎」として登場し、使者として織田陣営に赴いたという。
http://ja.wikipedia.org/wiki/小島弥太郎





73: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:47:22.01 ID:Py0IW8nd
信長がたしか164で高い方だったら平均で160弱じゃね?

79: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:50:59.99 ID:pgHKskbg
>>73 
てか正座が広まる前の日本人でそんな低いのか? 
世界的に栄養足りてない時代だから世界平均自体が低かったはず

85: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:57:33.20 ID:pG3UqCkM
>>79 
産業革命で7~8cm伸びたらしいからな 
18世紀の白人の身長は170cmだったから、確かに低い 
18世紀で世界トップの身長を誇ってた連中は、北米インディアン、北欧人、スーダンの黒人 
どれも平均身長177、8でスーダンの黒人に至っては180cm以上 



95: 名無しステーション 2010/05/09(日) 23:01:45.70 ID:M0edJO2z
>>39
身長は関係無い

かのワールシュタットの戦いでも
西欧軍はモンゴル軍の馬の小ささ、兵の小ささを見て大笑いした
51

日本では「ワールシュタットの戦い」(独: Schlacht bei Wahlstatt)が用いられることもあるが、世界的には会戦場であったレグニツァ(波: Legnicą、もしくはリーグニッツ-独: Liegnitz)の地名を用いることが一般的になっている。また、ワールシュタットとはドイツ語で「死体の山」を意味する
http://ja.wikipedia.org/wiki/ワールシュタットの戦い




42: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:31:45.66 ID:0pid9vXE
ナポレオンの時代になっても、行進しながら進撃して
銃撃は横一列で一斉射撃、遮蔽物に隠れることなく撃ってからね。
戦術など、日本の方が進んでいた。

50: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:35:30.84 ID:AykC84fc
>>42
あれは当時の最新最強戦術でっせ>横隊射撃
52
オーストリア継承戦争のホーエンフリーデベルクの戦いで横隊で前進するプロイセン軍歩兵




60: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:39:57.93 ID:M0edJO2z
>>42
信じられないだろうが
当時の銃の制度と速射の限界からくる
最高の戦術だったんだよ

66: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:42:19.49 ID:b2rquKl/
>>42
そのころの銃は至近距離じゃないと殺傷力がなかったから
目の前まで近づく必要があった。



44: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:32:54.51 ID:u1Up5WV4
日本は島国だから逃げ場がないから
大陸を移動しての大規模戦が発達してないんだよな

54: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:36:45.66 ID:XVy/CBct
>>44
(´・ω・`)おのずと逃げ場がないから腹くくるしかないんだよね
中国とかだと逃げ放題なんだよね


49: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:35:23.17 ID:f7OnBAQ+
やあやあ我こそはグサッ




51: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:35:37.64 ID:egP1qQeo
戦国時代、13人の日本人が、マカオに渡来した時に、中国人ともめごとを起こし、2~3千人の中国人に包囲された。だが日本人はその囲みを破り、中国人の船を奪って脱出した。その際に多数の中国人が殺されたが、日本人は一人も殺されなかった。
53

日本巡察記








55: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:37:21.38 ID:egP1qQeo
●寧波の乱
1523年、明の寧波に、大内氏と細川氏の船が
貿易のため入港した。
ところが細川方についていた明人の宋素卿が、
中国の役人に賄賂を渡し、細川の使者を優遇させた。
怒った大内側は、細川の船を焼き討ち、中国の役人も殺し
寧波の城を占領した。

さらに逃げる宋素卿を追って紹興まで行ったが、紹興城に逃げ込まれたため
あたりの町を思うがままに抄掠したあと寧波から帆を上げて去った。
その間、10日間。大内軍は100人程度だったが、
明軍は止めることができなかった。



61: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:40:12.11 ID:G9TNZHaY
台風がなくてもたぶん勝ってたのは事実だろうな
補給も大変だっただろうし

67: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:42:40.33 ID:+oE1llU0
元の主力を地上戦で迎撃勝利した陳朝大越国
鎌倉幕府が戦ったのは士気の低かった南宋や高麗の水軍

68: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:44:11.50 ID:G9TNZHaY
陳興道も海戦じゃなかったっけ?
54
陳興道

1257年、モンゴル軍が侵攻してきた時も、大越軍を率いて蒙古軍を大いに破り、逆に蒙古軍を追撃するまでの大勝を収めた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/陳興道(ちん こうどう、チャン・フン・ダオ)






75: 名無しステーション 2010/05/09(日) 22:48:49.42 ID:I2QF/83E
お前らなんでそんなに物知り博士なの?

101: 名無しステーション 2010/05/09(日) 23:07:11.90 ID:M0edJO2z
>>75
女と会話しないから時間が十分あるんだよ。
女と話さないだけ人生は変わるぞ



104: 名無しステーション 2010/05/09(日) 23:10:19.20 ID:VaNqNrtl
なんで武士は盾持たなかったの?
盾無しって世界じゃ珍しくね?

136: 名無しステーション 2010/05/09(日) 23:31:46.80 ID:b2rquKl/

108: 名無しステーション 2010/05/09(日) 23:11:24.70 ID:ppU0Ddri
これ見て洋甲冑の恐ろしさを知った
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&feature=related&hl=ja&v=X3fPHAAqiLI


115: 名無しステーション 2010/05/09(日) 23:17:47.90 ID:M0edJO2z
>>108
騎士の密集陣形は
トルコ弓騎兵の波状攻撃も短時間なら無効化した
動く要塞と言われたからな

んで「チャージ!」の特攻は怖い怖い

ま、モンゴルの改良弓や火薬の時代には通用しかったけど

128: 名無しステーション 2010/05/09(日) 23:27:17.34 ID:WyjK/OPo
>>115
板金胸甲は距離と射角によるがマスケットの銃弾をはじき返すんだよ





103: 名無しステーション 2010/05/09(日) 23:07:32.11 ID:33hdLrzx
明治維新のとき、列強の植民地にならなかったのは 
世界でも有数の武装国家だったからじゃなかったっけ?

106: 名無しステーション 2010/05/09(日) 23:10:41.25 ID:71CHvOWo
>>103 
なにより貨幣制度 
列強が愚民政策を推し進めるには 
余りに市民にあまねく金銭モラルが行き届いてた 


141: 名無しステーション 2010/05/09(日) 23:44:44.52 ID:pHCm0uz8
日本が開国した時点で
大坂では世界初の米相場ができていた
神社や仏閣に算額も奉納されるなど教育も行き届いていた
こんな国を簡単に植民地にはできない

160: 名無しステーション 2010/05/09(日) 23:59:33.98 ID:r9blOewJ
>>141
世界より進んでたのは関西だけだろ
後の地域は土人だし
植民地にされてもおかしくない

171: [―{}@{}@{}-] 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:11:08.44 ID:WtIkIzfO
>>160
俺は知識無いからWikipediaより

ロドリゴ・デ・ビベロによって1609年ごろに15万人と伝えられた江戸の人口は
18世紀初頭には100万人を超え、世界一ないしはそれに匹敵する規模であったと推定されている。
成人男性の識字率も幕末には70%を超え
同時期のロンドン(20%)、パリ(10% 未満)を遥かに凌ぎ
ロシア人革命家メーチニコフや、トロイア遺跡を発見したドイツ人のシュリーマンらが、驚きを以って書いている。
また、武士だけではなく農民も和歌を嗜んだと言われており、その背景には寺子屋の普及があったと考えられている。
その様に世界的に見れば極めて高い水準であると言うことができる。

176: 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:16:00.53 ID:P/sRXFJH
>>171
日本の識字率は明治初期の時点で半分程度だったはずだが。

193: ネコちん♪ ◆RIaAan710E 2010/05/10(月) 00:29:55.78 ID:Nqv38gmW
>>176

( ^▽^)<江戸の話じゃん?


189: 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:24:53.76 ID:X6dXpP/+
そもそも幕末期の列強の植民地意識は征服感覚ではなくビジネス意識だよね 
中国(清)に対するように有利な条約を結んだ上で直接統治に関わらないのがトレンド 
で幕末―明治の日本もやっぱり不平等条約を結ぶしかなかったわけで 
そこから盛り返したのは凄いだけど『日本が強いから植民地化を免れた』は違う

202: 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:36:43.58 ID:SbrQBEN8
>>189 
たしかにペリーが来航したのも薪と水の補給のためともいわれてるからな 
中国大陸のような広大な土地があるわけではなかったから 
利潤追求を最優先したとも考えられるね 
日本から持ち帰る交易品は日本で作成されるから 
西洋受けする感性と文化が日本人にあったということだな

218: 名無しステーション 2010/05/10(月) 01:03:48.80 ID:PwMzpS1I
>>202 
鯨油のために鯨を捕るための補給基地が欲しくて日本を開港させたんだっけ

233: 名無しステーション 2010/05/10(月) 01:20:07.60 ID:SbrQBEN8
>>218そうそう 
燃料にするために乱獲してたころ






142: 名無しステーション 2010/05/09(日) 23:45:58.53 ID:oMQkefVM
武士が外国と戦ったのって
元寇と朝鮮出兵くらい?

150: 名無しステーション 2010/05/09(日) 23:50:14.58 ID:Ssb2/q4R
>>142
薩英戦争や、下関事件も一応入るんじゃないの

下関は、海軍ではかなわなくても
敵が上陸してきたら反撃できると長州は
考えていたが、結局、手も足も出せずに
砲台を占拠され、記念撮影までされてる。

56
イギリス艦隊による鹿児島城下砲撃




57
イギリス陸戦隊の上陸戦闘






143: 名無しステーション 2010/05/09(日) 23:46:02.68 ID:p4obTTAh
基本的に残虐な民族や国家ほど強い。
アメリカやイギリスとかな。

146: 名無しステーション 2010/05/09(日) 23:48:16.95 ID:5uwwegDz
>>143
おそロシア

154: 名無しステーション 2010/05/09(日) 23:53:22.67 ID:r9blOewJ
弱かったから
今現在アメリカの属国ですよ?

157: 名無しステーション 2010/05/09(日) 23:54:24.81 ID:p4obTTAh
まあ日本は補給が続かないから大国と総力戦になったら勝てないわな。
いつの時代でも。

166: 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:09:39.52 ID:e7dA6MEr
>>157
第二次世界大戦の事かー

179: 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:18:49.24 ID:e7dA6MEr
専守防衛ならともかく 
武士が日本から撃って出てたら補給線考えるだけでも無理が生じるな



168: 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:09:57.13 ID:hbAd1FfA
マジレスすると武士は弱いよ。
白村江の戦いで惨敗しちゃったしね。

172: 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:12:57.94 ID:P4ezEtQV
>>168
そんな時代に武士がいたのか

181: 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:20:15.34 ID:EBu0SN+U
>>168
お前に白村江の何がわかるんだ?
何で半島まで大軍連れて船で出張った日本が弱いんだよw
馬鹿じゃねーのw弱かったのは百済軍だよ。
そして援軍の唐が強かったというだけ。

188: 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:24:53.63 ID:P/sRXFJH
>>181
要するに倭軍が弱かったという事だなwww

194: 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:31:45.09 ID:EBu0SN+U
>>188
>要するに倭軍が弱かったという事だなwww

だからそれは無いんだって。
日本は別に半島を支配してたわけではないから。
半島の南部の、対馬の上のちょこっとを領土として
持ってただけだから。
百済も領土狭いし、現在のソウルの地点が新羅に陥落したのは
致命的。
百済に援軍回しても地政学的にどんなに優秀な軍隊を持つ
国でもそんな条件での防衛は難しい。

58


191: 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:25:34.35 ID:wwYMurgE
>>181
謎が多くて百済王族を日本に迎えるために取り合えず軍を派兵させたという説がある。

199: 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:33:49.44 ID:EBu0SN+U
>>191
違うよ。
全然謎じゃない。
属国に援軍まわしただけ。
百済は日本の同盟国だったから。

皮肉にも今のアメリカ、日本と韓国の関係は割と
この時と似たような状態ともいえる。
アメリカ=倭
日本=百済
韓国=新羅



174: 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:13:26.19 ID:Y9tJv21b
ピサロだかコルテスだかは数百人で国滅ぼしてるし
戦いは数じゃないぜ

59
フランシスコ・ピサロ

1531年には約180人の手勢と37頭の馬を引き連れ、パナマを出港し、ペルーへの侵入を開始した。
http://ja.wikipedia.org/wiki/フランシスコ・ピサロ



178: 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:18:41.61 ID:IXPsApad
>>174
まああれは相手が勝手に神様やってきたーーーー
って勘違いしていいなりになったりしただけなんだけどな

190: 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:25:30.29 ID:3ETSXAsH
>>174
装備に差がありすぎただろw

192: 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:27:48.52 ID:Y9tJv21b
>>190
細菌兵器最強だぜw

175: 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:15:25.58 ID:wwYMurgE
火力と物量差だよ


183: 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:21:51.90 ID:pGFawBQ2
戦いが数じゃないのは今の時代になって初めていえることだね
例えば使う兵器ももう人間の手を離れてコンピュータ制御だし
自分の武器だと思っていたものが相手の武器にもなる時代

229: 名無しステーション 2010/05/10(月) 01:16:27.76 ID:PwMzpS1I
>>183
いやー
今の時代も数は重要だろう


97: 名無しステーション 2010/05/09(日) 23:04:28.41 ID:fBmyyE3Z
いまだに元寇は台風だけで勝ったとか思ってる情弱居るな 
鎌倉武士がほとんど圧勝だったんだよ

119: 名無しステーション 2010/05/09(日) 23:20:51.12 ID:5uwwegDz
>>97 
いや高麗の船で、 
高麗の混成軍で攻めたから、 
負けたんだろ。 

例の法則、ってやつだ。

184: 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:22:00.68 ID:JUjjTUBO
鎌倉武士がモンゴルに勝ったといっても、最盛期をとっくに過ぎていたからな。
1234年に華北の金王朝を滅ぼして以降、シルクロードを制圧して1241年にワールシュタットの戦い。
さらに南下して1258年にはアッバース朝イスラム帝国を滅ぼして、エジプトまで勢力下に収めた。
このあたりがモンゴルの最盛期だろう。

で、その間、モンゴルは東のほうでなにをやっていたのかというと、
必死で抵抗する高麗軍を、1231年から1259年まで約30年かけて、半島住民の9割を屍にしつつようやく鎮圧したわけだ。
おかげで日本は、最盛期のモンゴルの攻撃を受けずに済んだ。

187: 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:24:15.59 ID:EBu0SN+U
>>184
>必死で抵抗する高麗軍を、1231年から1259年まで約30年かけて、半島住民の9割を屍にしつつようやく鎮圧したわけだ。


ソースは?

196: 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:32:19.61 ID:GSJwaNxb
>>184
モンゴルは最盛期でもチョン相手に30年もかかるほど弱かったのか
そりゃ日本に太刀打ちできる訳ないわな

204: 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:39:31.06 ID:F7skZfBk
>>196
違うだろ。高麗軍が凄まじく強かっただけの話。
最強モンゴルをあそこまで消耗させたのは高麗軍だけ。
それが滅亡への原因の元と言われている。
日本は高麗のおかげで勝てた。

 
1

モンゴルの高麗侵攻(-こうらいしんこう)とは、朝鮮半島を統治していた高麗王朝に対してモンゴル帝国が1231年から1273年にわたり、繰り返し行った戦争を指す。この間、主要な戦いは6度行われ[1]、高麗の国土は荒廃した。戦争の結果、その後約80年間にわたり高麗はモンゴル/元朝の支配下に置かれることとなる。


209: 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:50:30.37 ID:BJBE39X+
>>204
>元の滅亡の原因の元
高麗を制圧してから元の滅亡まで少なく見ても100年も掛かってるのに?

206: 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:43:36.91 ID:JUjjTUBO
>>196
いま君が弱いと思っているチョンは、このあと生き残ってモンゴルに事大した連中の子孫だよ。
このときの高麗といまの朝鮮とはまったく別物だと思ったほうがよい。

210: 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:50:38.64 ID:FsxJ7+6O
>>206
いま君が弱いと思っている日本は、このあと生き残ってアメリカに事大した連中の子孫だよ。
戦時中の大日本帝国といまの日本とはまったく別物だと思ったほうがよい。

211: 名無しステーション 2010/05/10(月) 00:54:49.47 ID:SbrQBEN8
>>210気概に関しては否定できないな

261: 名無しステーション 2010/05/10(月) 03:47:04.34 ID:EjZjnwpu
結局当時の日本以外のアジアが相対的に弱かったから武士が強いように見えただけで欧米に比べたら雑魚だったんだろう 
実際江戸末期の局地的紛争では悉く完敗してるし 
蒙古に勝てたのは日本の地理的な問題と蒙古船の粗悪さ

264: 名無しステーション 2010/05/10(月) 04:18:48.82 ID:wwYMurgE
>>261 
その粗悪な船は朝鮮人が作ったんだけどなw 
尖兵も捉えられた朝鮮人で士気が低かったw

267: 名無しステーション 2010/05/10(月) 07:32:05.77 ID:ZvrMcQc8
いい加減に諸歴史上の 
朝鮮半島方面の諸国家の全てを見下すのはやめたほうがいい 

李氏朝鮮の末期が国土の荒廃と 
政治の停滞含めて(相対的に)超ボロボロだっただけで、何百年も常にボロボロだったわけではない。 
特に高麗や高句麗なんてのは北方騎馬民族系の連中と普通にやりあってるし 
南部の都市だって商業的成功はしてた。







234: 名無しステーション 2010/05/10(月) 01:20:59.82 ID:CTAjgnSD
た・・・武士

235: 名無しステーション 2010/05/10(月) 01:21:31.30 ID:KR9k8iIA
>>234
たけし





転載元
http://live23.2ch.net/test/read.cgi/liveanb/1273411203/

日本史ですげーって話おしえれ

明治時代初期の実力者の年齢wwwwwwwww

ビリーザキッドより強いガンマンいるの?

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今の政治について知識のない俺なりに思うこと