2013年04月

      このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote
    転載元
    http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1365910831/

    1: しいたけφ ★ 2013/04/14 12:40:31
     
    いま使われている歴史の教科書では聖徳太子の事績や実在に
    疑問がつけられたり、鎌倉幕府の成立が1192年ではなくなっている。
    「いいくに作ろう鎌倉幕府」は今や「いいはこ(1185年)作ろう鎌倉幕府」になっているのだ。

     そして、教科書の変化で目に付くのは、人物評価の「上がった人」「下がった人」の明暗である。
    実在そのものにも疑問がついた聖徳太子が「下がった人」の典型だが、
    聖徳太子から親書を託され、最初に隋に渡ったとされた遣隋使の小野妹子も、そのひとり。

    「無礼な(607年)遣隋使・小野妹子」なんて語呂合わせを覚えている
    読者は多いかもしれないが、山川出版社の教科書(以下、引用は同社のものより)では、
    現在では〈600年の派遣に続けて607年には小野妹子が遣隋使として中国に渡った〉と
    初の遣隋使ではなかったことが明記され、かつては太文字だったのも細字に
    格下げされた。親書を託した聖徳太子も存在が疑われているから、将来の教科書では
    名前そのものが消えているかもしれない。

     一方、歴史研究の成果で、逆に評価が上がった人物もいる。
    関ヶ原の戦いで西軍を組織した石田三成について、1988年版では
    〈五奉行の一人石田三成は、小西行長らとはかって家康の排斥をくわだてて挙兵し〉と
    悪役臭が漂うような表記になっていたが、現在は〈豊臣政権を存続させようとする
    石田光成と家康との対立が表面化し〉と、石田側にも大義があったように改められた。
    劇的に評価が上がったのが、江戸幕府第5代将軍・徳川綱吉である。1988年版にはこうある。

    〈生類憐みの令をだして犬や鳥獣の保護を命じ、それをきびしく励行させたため、庶民の不満をつのらせた〉
    〈綱吉はぜいたくな生活をするようになり、仏教への信仰から多くの寺社の造営・修理を行い、
    幕府の財政を急速に悪化させた〉

     みなが知る暴君の印象を強めるものだったが、現在では180度変わった。
    〈犬を大切に扱ったことから、野犬が横行する殺伐とした状態は消えた〉
    悪法とされてきた生類憐みの令が、〈綱吉政権による慈愛の政治〉とまで褒められている。

    http://www.news-postseven.com/archives/20130414_181590.html

    【【歴史】徳川綱吉が暴君から名君に 教科書記述一変 「生類憐みの令は慈愛の政治」】の続きを読む

    このページのトップヘ