1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 22:29:33
アメリカ内戦である南北戦争を語りましょう 

 

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/07(金) 19:08:12
日本だと南北戦争ってマイナーなテーマですね 
しかし南北戦争は戊辰戦争とかも絡んでくるので、そのへんから見ても興味深いと思うけどなー 


5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/07(金) 23:31:25
ゲティスバーグしか知らんわ 


1
ゲティスバーグの戦いBattle of Gettysburg)は、南北戦争において事実上の決戦となった戦い。ゲティスバーグ戦役の中核を成し、アメリカ合衆国軍とアメリカ連合国が双方総力を結集、南北戦争史上最大の激戦となった。この戦いが転換点となり、合衆国軍が優勢になったと見るのが伝統的見解である。
 
52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/07/26(火) 02:24:33.12
ゲティスバーグで北軍の第11軍団第3師団長のシメルフェニッグは 
戦闘中、町の地下室に隠れていたとあるが、その後どうなったのか? 



 


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6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/08(土) 10:43:15
ブルランとかアンティータムも面白いよ 



第一次ブルランの戦い(英:First Battle of Bull Run、南部での呼称は第一次マナサスの戦い)は、南北戦争の陸上戦闘では最初の大会戦である。1861年7月21日バージニア州マナサスの近くで行われた。


2
アンティータムの戦い(アンティータムのたたかい、またはシャープスバーグの戦い、特に南部での呼び方))は、南北戦争の中盤1862年9月17日メリーランド方面作戦の一環としてメリーランド州シャープスバーグ近く、およびアンティータム・クリークで行われた戦闘であり、北部の大地で行われたことでは南北戦争で初めての主要会戦であった。両軍合わせて約23,000名の損失があり、合衆国の歴史の中でも単一日の戦闘として最も流血の多い戦闘となった


 

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/11(火) 01:53:22
アメリカだと南部連盟ファンが多い。 

8 :ドン・ウーゴ ◆eaYqa3SeLE :2007/09/12(水) 23:39:04
南部といったらウィリアム・ウォーカー 



 
13
ウィリアム・ウォーカー(William Walker、1824年5月8日 - 1860年9月12日)は、アメリカ法律家ジャーナリスト冒険家傭兵ニカラグア大統領
1853年、ウォーカーは自らの国を持つという野心から、45人の部下を従えてメキシコ領内に攻め込み、バハ・カリフォルニア半島ロウワー・カリフォルニア共和国、次いで1854年ソノラソノラ共和国の成立を勝手に宣言した。
 

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 23:54:48
>>8 
なんつーか破天荒なおっちゃんやねw 
>>7 
世界史板も南部連盟好きが多い 

10 :ドン・ウーゴ ◆eaYqa3SeLE :2007/09/13(木) 01:42:57
南米の国は黒人ガンガン徴兵しまくって人減らししてたのに 
南部連合はあんまりそういうっことやってないんだよね 
400万人いた黒人のうち50万人が北部に亡命したらしいが真相は如何に 

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 20:34:26
>>10 
南部の黒人奴隷って貴重な労働力だからじゃない? 
綿花単一経済にしがみ付いて連邦から離脱したくらいなんだから 
農場の低コスト労働力を徴収するのは損だろうし 


12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/14(金) 06:57:45
黒人の人口比増えちゃってやじゃなかったのかな 

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/17(月) 09:06:02
>>12 
日本人には感覚的に理解しがたいけれども 
奴隷が増えるのは大歓迎だったんじゃないかな? 

たぶん家畜が増えるようなつもりだったんじゃない 

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/23(日) 00:24:41
南北戦争ってメキシコ系やスペイン系にも関連してる? 

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/24(月) 20:32:57
>>14 
南部諸州は大勢のスペイン系がいたはず 

メキシコに関してはメキシコ戦争で南北戦争で活躍した若き日の将星たちが 大勢従軍してたはず 

メキシコ系アメリカ人は・・・どうなんだろうね 

17 :。:2007/09/25(火) 17:47:50
その割りには現在のアメリカにスペイン系はあまり居ないよね。集中して居るのはニューメキシコくらい。なんでだろ? 

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 21:02:07
混血しちゃったのかな? 

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 23:13:36
スペイン系は現在200万人しか居ないはず 

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/14(水) 23:13:08
>>16 
いや、バージニア州やジョージア州やミシシッビ州などという主な南部諸州はスペイン系じゃない。 
特にバージニア州はワシントン大統領の故郷である。 
南部諸州の中で、唯一のスペイン系の州はフロリダでこの州は昔スペイン国に統制されていた。 

アメリカ内戦は奴隷制度を滅ぼすと言われれば、むしろアメリカの国権と州権の再分配だと言われる。 
ワシントン大統領の頃から、アメリカ各州は大きな州権があった。 
南部将軍にとって自分の故郷を守るのは国家より大切だった。 
そして、彼らは南軍に入り、アメリカ連邦政府に反対した。 

これに対して、アメリカの大統領は国家の軍隊の総司令として存在していて今でも変わらず。 
アメリカの国土の拡大にしたがって、アメリカ連邦軍総司令としての大統領は自分の権力は大きくなった。 
結局、この権力の争いは暴力になった。 

ところで、1822年関税の争いの時に、当時アメリカの北部は独立するつもりだった。 
つまり、リンカンはアメリカ大統領にならなくても、アメリカの内戦は必ず起こされるのだ。 
これはただ時間の問題である。 

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/15(木) 18:38:27
詳しい人キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!! 

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/16(金) 18:55:02
>20 
いや~勉強になります! 
俺は、南北戦争を日本の西南戦争みたいなものだろうと、漠然と思ってた。 

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/19(月) 21:04:53
南北戦争前のアメリカ 
①関税争い(経済) 
北方:自分の工業品を守るために、高い関税が欲しがった。 
南方:イギリスとフランスからの贅沢な物を買いやすいために、低い関税が欲しがった。 
②自由州か奴隷州の建て(権力争い) 
アメリカの地域の拡大にしたがって、新たな州は自由州か奴隷州になるのは大事なことだった。 
各州は二人ずつの参議員が選べるから、これは参議院の権力争いになった。 
③奴隷制の廃止(制度) 
北方:自由労働力が必要だった。 
南方:元の農場経済を保って欲しがった。 
つまり:経済>権力争い>制度。 

アメリカ内戦は北の工業文明と南の農場経済の戦争だった。 
結局、工業文明の勝ちで、アメリカはただの農業国から一気に世界第一の工業大国になった。 

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/19(月) 22:05:13
>>16-19 
亀レスだけど、フロリダは相次ぐ所有権の交代の中で、 スペイン系の人が兵士とか官僚以外は流出しちゃったって事情もあったみたいね 
一時期ベネスエラ人がやってきてラテン・アメリカの国としての フロリダ共和国を樹立したこともあったけどこれも一年持たずに終わっちゃった。 
マイアミも20世紀が始まる直前に発展した人工都市だし、フロリダに関しては基本的にインディアンとものの数にならないぐらい少数の植民者しかいなかったところって考えるのが良いかな 
ニュー・メキシコ、テキサス辺りもスペイン化したインディアンの他にはスペイン系人は多くはなく、メヒコ政府がアングロ・サクソン移民を導入したら逆に乗っ取られちゃったって事情もあったわけだし。 
カリフォルニアの海岸部だけはスペイン系人が目立った数入植してたみたいだけど、 カリフォルニアはあんまり南北戦争で頑張らなかったこともあってこれも意味なし 

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/25(日) 12:41:18
カリフォルニアは昔メヒコのものだった。 
後でアメリカに奪われた。 

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/06(木) 06:50:36
もし南部連合国があの時辛くも生き延びたなら、 
今頃南アみたいな国になってて国連制裁とか食らってたんだろうか?と妄想。 

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/06(木) 20:59:53
国連そのものが成立してない可能性が高い 

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/06(木) 23:29:55
まあ長大な国境線を接する潜在的な敵国があったら今のアメリカの繁栄はなかったよね 

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/22(日) 14:23:58
カナダも元は潜在的な敵国だったし、メキシコもそうだ。>>28 


29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/07(金) 02:03:51
>>26 
アトランタがヨハネスブルクみたいになってるのか 



31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/13(火) 17:27:59
>>3 南北戦争は戊辰戦争だけでなくその80年後の太平洋戦争にも絡んでくる。 
特に>>4であげられるシャーマンの海への進撃は史上初の非戦闘員への攻撃で 
最初のヒロシマともいえる事件。 





34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/26(金) 18:57:17
南北戦争の面白い本とかありますか? 

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/27(土) 00:01:20
赤い武功章(岩波文庫) 

 赤い武功章―他3編 (岩波文庫)



38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/17(日) 11:22:30
状況からして南軍が勝つとは思えないが 
もし戦争が痛み分けに終わりアメリカ連合国(南部)が存続したら 
アメリカ合衆国は今のようなスーパーパワーにはなれなかった? 
第1次、第2次世界大戦の結果も変わった? 

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/17(日) 11:58:37
連邦と連盟が北米で睨み合う状況だったら 
海外に目を向ける余裕はなかっただろうね 
ヨーロッパや他で紛争起こっても連盟がいる限り 
連邦の大規模兵力の派兵は難しい 

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/27(土) 08:40:38
リー将軍が連邦に残ったら、どうなっていただろう? 

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/28(月) 23:29:58
南部が勝っていれば、メキシコと合併しハプスブルグ家出身のマクシミリアン率いる一つの帝国に成っていた。 
特にアメリカの軍事的経済的拡大を嫌がるフランスとイギリスのロスチャイルドが金融面でそれを支援していた。 
南部の綿花を担保にロンドンで南部の軍事公債を発行していたのもロスチャイルドだった。 
そういう計画だった。 

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/13(土) 21:07:43
メキシコ革命で全ておじゃんになってかもな 

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/12/13(月) 19:18:44
巨大資本帝国の北軍と中小農場主連合の南軍の対立でもあるわけだな 

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/12/14(火) 20:06:05
綿花ってそんなに儲かるもんだったのかね? 

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/12/29(水) 12:18:20
>>44 
当時は綿花はカナリ儲かる商品ですよ、 今みたいに衣料品が安く手に入る時代ではないので。 
南部の再建や黒人奴隷の解放問題、再統合の方法等を巡り、 共和党内部で急進派と穏健派の対立も激化しています。 
リンカーン大統領の暗殺は、共和党内部の急進派と穏健派の対立からもたらされた、 というのが、定説ですね。 
共和党急進派のスタントン陸軍長官が怪しいようです。 
ちなみにリンカーン大統領は、共和党穏健派のリーダーでした。 



47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/01/10(月) 23:30:31
帝劇で米倉涼子が“風と共に去りぬ”の舞台をやるようですが… 

南北戦争終結直後に南部の合衆国復帰に関しては穏健派だったリンカーン大統領が 暗殺されてしまった事で急進派共和党員が議会での実権を握り、南部に対して過酷 なレコンストラクション(南部再建)を強いる事となった。 

しかもこの政策が過酷過ぎたため逆に南部におけるリディーマー(共和党急進派に 反発する南部の保守的な白人)やクー・クラックス・クランの台頭を招き、南部を合衆国に復帰させるどころか逆に溝を広げる結果となった。 

また、南部の黒人奴隷達は奴隷身分からこそ解放されたものの南部諸州での リディーマーの政治的台頭により数々の隔離政策によって差別される事となった。 

共和党穏健派の南部に寛大な再建計画を“10%計画”といい、 共和党急進派の南部に過酷な再建計画を“ウェイド=デイヴィス法案”または“南部軍事再建法”という。 

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/01/21(金) 20:23:57
>>47 
『風と共に去りぬ』は神小説、神映画ですね。 
褪色劣化して終わりかと思ったら、デジタルリマスターされてDVDで復活し、今度はブルーレイでも出てきた。 
史上最高の観客動員人数はこれからも塗り替えられないと思う。 

今度地元の映画館で上映されるらしいから、見に行こうと思う。 
客層もチェックしておこう(^^) 

ふたつのアメリカ史 
ふたつのアメリカ史―南部人から見た真実のアメリカ

一年ほど前、上記の準学術書というか概説書を読んだんだが、 北部の南部への侵攻は結果的に、南部産業を破壊し、白人も黒人も平等に貧しくなって、 1960年代にサンベルトが形成されるまで、100年以上北部に劣っていたって本当? 

映画としては『Gods and Generals』と『Gettysburg』が圧巻だ。 
(但し、「軍隊生活」としてのリアリティーは『グローリー』の方が詳細に描ききっていると思う) 日本で翻訳されDVD化はあり得ないだろうか? 
テッド・ターナーに書留で手紙でも送ってみようか。 
2chにみんなで英文ageて送る。 
責任署名は誰かがやる(俺がやってもいい) 

朝日新聞で日本人reenactorが紹介されていた。 
当時日系はいないから、中国系っていう設定だってさ。 

ところで、世界史板にスレを戻す予定はありませんか? 
だいぶ情勢は落ち着いてきたと思うのですが、どうでしょうか? 

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/01/24(月) 20:53:15
>北部の南部への侵攻は結果的に、南部産業を破壊し、白人も黒人も平等に貧しくなって、 
>1960年代にサンベルトが形成されるまで、100年以上北部に劣っていたって本当? 

本当だよ、リンカーン大統領が暗殺された事で南部経済(特に綿花のプランテーション)を完全に破壊し尚且つ収奪しつくす様な南部統合政策を共和党議会が主導して進めた事により、南部はメチャクチャになった。 

単に破壊するだけではなく、北部から安くて豊富な製品が南部に流れ込んだ。 
そして戦後は政府の戦時負債が膨大な金額になった事もあり、歳出を削減して南部のインフラ整備を遅らせた、 その為に南部が物凄いデフレとなり、全く産業が育たない状態となった。 

リンカーン大統領が暗殺された後は、ジョンソン副大統領が跡を継いだ。 (ちなみに彼や国務長官もリンカーンと同時に暗殺されかかった) 彼は元南部民主党議員(テネシー州選出)でありながら、連邦離脱に反対して北部議会に留まり それを勲功としてリンカーン大統領に認められ、共和党穏健派に鞍替えして副大統領に指名された。 
そういう経緯もあり、ジョンソン大統領は、南部に同情的で積極的に南部を支援し再建しようとした。 

ジョンソン大統領は、共和党穏健派として南部の再統合と経済再建を最優先し、南部経済の破壊や南部政治家の 責任追及は出来るだけ行わない事にした。しかし、この南部に対する温情的ナ態度に共和党急進派は激怒し、 議会によってジョンソン大統領の手厚い南部再建計画は、阻止される事になる。 

共和党内の急進派(議会)と穏健派(ジョンソン大統領)の対立により、南部再建策が進まなくなり、 南部の困窮が始まった。さらにジョンソン大統領は、リンカーン大統領暗殺の調査を進め、 その結果、スタントン陸軍長官の責任が重い事が判明した(事実上彼がリンカーン大統領暗殺計画の首謀者とされる) 
当然スタントン陸軍長官の責任問題となり、ジョンソン大統領は、彼を解任しようとした。 
しかし共和党急進派で占める議会は、「官職保全法」を制定し、大統領が議会の同意なくしては 勝手に閣僚の任罷を出来ない様にした。それを無視してのスタントン陸軍長官解任と成った為にジョンソン大統領は、法律違反を犯したとされ、共和党急進派が多数を占める議会により弾劾される事になった。 

しかし議会の弾劾決議は、辛くも一票差で逃れ、何とかジョンソン大統領の弾劾は防ぐ事が出来た。 
しかし、この為にジョンソン大統領はレイムダック状態となり、彼が掲げた南部に同情的な再建計画は頓挫する事になる。 
そして、共和党急進派が多数を占める議会は、南部に過酷な「南部軍事再建法」を可決して 北軍が南部諸州を恒常的に占領進め、北軍の力を背景に南部経済を徹底的に破壊し、 資源や農作物の収奪に走った為に、南部は、著しい不景気とデフレに見舞われ、 南部の旧支配層(プランテーション地主)の全面的な没落を招いてしまう。 

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/01/25(火) 04:19:37
リンカーン大統領暗殺計画は、リンカーン大統領単独の暗殺計画ではなく、 ジョンソン副大統領やスワード国務長官までを暗殺の対象とする複合テロで、 北部政府の大統領権限継承順位第1位と4位の要職に就いている人物全てを 暗殺し、北部政府を混乱に追い込もうという計画だった。 
(暗殺時点では大統領権限継承順位第3位の下院議長は、下院が開かれておらず、指名されていなかった) 

リンカーン大統領、ジョンソン副大統領双方を暗殺し、共和党急進派の議員で 大統領権限継承順位第2位となる上院仮議長のラファイエット・S・フォスターを大統領職に就ける計画だった。 

ただしそうなると大統領権限継承順位第4位で共和党穏健派のスワード国務長官が副大統領に就任する事になるために、それを阻止する為にスワード国務長官は暗殺 の対象にされた。 





56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/11/21(月) 00:41:54.16
しかし黒人奴隷のために命がけで戦争やれといわれて当時の北部の白人兵士は納得したのか? 

そこまでせんでもいいのにとならないのかね? 
ホント奇妙な戦争だと思うわ。 

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/11/21(月) 21:15:05.46
本音は黒人奴隷解放なんてどうでもいいのよ 
産業革命による近代工業化を果さんとする北部と 
綿花単一経済にしがみつこうとする南部の経済的対立だもの 

北軍だって解放奴隷の黒人の扱いなんて 
正直褒められたもんじゃないし 

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/11/21(月) 21:57:55.77
>>57 
だからって戦争までしなくていいんじゃないか? 
南部は綿花単一経済だから許せないといって怒りに燃えて戦争までやったのか? 
そんなことがあるのか。 

南部はフランス系が多かったらしいんだけど、 
そういうのが戦争にまで至った原因じゃないのかな? 

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/11/21(月) 22:10:22.80
近代工業化は製品購入し消費者たる労働者を必要とするから 
綿花栽培のために奴隷制度を維持されたら 
購買力のある労働者にならないもんね 

なんのことはない 
北部は欧州列強がアジアアフリカでやってたことを 
国内の奴隷を解放することでやりたかっただけ 

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/11/21(月) 22:16:57.21
南部は南部で当時、近代工業化を果たした 
イギリス等への綿花の輸出で潤っていたけど 
それは奴隷制度という低コストの労働力によって支えられていたから 
奴隷解放なんてトンでもないという立場で 

まあ内戦に至るまでは>>58の言うように色んな要素が絡んでくるのだけれども 
一番の原因は「俺の金儲けの邪魔する奴は許せない」という生臭い話 


61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/11/21(月) 22:17:23.26
ウィキペディアによれば、 
南部連合の大統領はジェファーソン・デイヴィスで、この人はウェールズ系移民の子孫となってるな。 
ウェールズといえばイギリスの被差別地域だよな?イングランドとは敵対してる地域だ。 
だから南北戦争はあれほど大規模な戦争になってのかもね。 

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/11/21(月) 22:24:15.94
>>61 
ところが南部連盟と経済的軍事的に結びつきが強いの英国なの 

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/11/21(月) 22:30:09.55
>>62 
英国も奴隷貿易をとっくに廃止して取り締まりしてた時期なのに? 

ホント理解しづらい戦争だ。 

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/11/21(月) 22:37:40.15
>>63 
そんなに難しくもない 

例えば現在の日本では児童労働は禁止されていて取り締まられているけど日本に原料を輸出している発展途上国では未だに児童労働が行われて そうして採掘や栽培されたモノが日本に輸入されているよ 
当時のイギリスの本国では紡績工場が大量の製品を生産し それを市場としての植民地に売りつけて利益を上げる 
そのためには南部の安価な綿花が必要で 南部が奴隷制敷いていようが(゚ε゚)キニシナイ!! 

リアル経済って血も涙もないよね 

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/11/21(月) 22:47:04.01
そんで、当時はまだまだ戦争に対する敷居が低かった時代だろうと想像する。 
今の日本でこそ戦争反対とか当たり前のようにいうが、 
当時のアメリカでは一人前の男なら死を恐れず戦うのが格好いいし当然だという風潮が強かったのだろうな。 

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/11/21(月) 22:54:02.66
敷居低すぎて戦争行為舐めてたんだと思う 

第一次ブル・ラン戦で想定以上に 
死傷者いっぱい出て南北双方ともビックリこいたらしい 

最初はナポレオン戦争よろしく 
隊列組んで密集戦術取ってたのが 
戦争後期には殆ど散兵戦で伏せ撃ち化してたし 

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/02(月) 19:00:27.39
>>66 
>敷居低すぎて戦争行為舐めてたんだと思う 
 
上手い言い方をするね。 
第一次ブル・ラン会戦は、両軍の参加兵力合わせて7万名弱。 
損害(戦死、負傷、捕虜、行方不明)は、合わせて約5千名。 
後の会戦から見ると損害の内に入らない様な数字だけど、 
会戦直後は莫大な損害だと考えられていたと。 
北軍は民兵の従軍期間が切れた事も有り、軍事行動が困難に・・・ 
リンカーンはやる気だったみたいだけど。  



70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/31(土) 08:29:23.73
南北戦争の内実は、北部産業界(製造業)による南部の天然資源収奪だね。 
TPPみたいなもんだわw 

南部は北部と異なり、農業中心の経済で、綿花はもちろんの事、主要産品は、 コメ、タバコ、サトウキビ、トウモロコシ、柑橘類などが多かった。天然資源 も豊富で、石油の採掘はまだ本格化していないが、セメント、砕石、石灰、砂、 砂利などを生産採掘していた。 

また南部の主要加工品も小麦粉、コーンミール(ひき割りとうもろこし)、 木材、加工したタバコ、綿製品、テレピン油などの食料加工品や嗜好品が多く、 農作物由来品がほとんどだった。これらの生産高は当時の合衆国全体のGDP の一割にも満たなかった。 

また、南部経済の特徴には、大変貿易依存度が高い経済だった事があげられる。 

特に綿花をヨーロッパ、特に英国に輸出していた。それが英国の繊維産業を 中心とする産業革命を支えていたが、イギリス製品がアメリカ国内に流入し 北部の製造業への重大な脅威と競争相手になっていた。 

南部は英国の産業界への原材料供給地として大きな利益を得ていたが、 北部の産業界は、イギリス製品との激しい国際競争に晒されており、 事実上南部は北部産業界から見ると商売敵の原材料供給地と見なされていた。 

その為に北部産業界は、彼らの支持政党である共和党を使い、南部経済の中心で ある大農園(プランテーション)を支える黒人奴隷制を攻撃する事でイギリスへ の原材料供給を妨害する策に出始めた。 



72 :イエローモンキーヤンキーズ:2012/03/31(土) 12:21:28.44
そう考えると1861年の日本って実に滑稽だよな 
サルって表現わかるような気がする 
アメリカにはすでに蒸気機関車もかっこいい洋服も色々あるのに 
チョンマゲ姿って まさに異人だよな 

当時のアメリカ人からみたら日本人はインディアンなみの扱いなんだろうなぁ 



75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/04(水) 15:03:49.09
とりあえず北軍にも南軍にも兵法書を贈ってあげたい気持ちになる。 
無策な正面攻撃とか兵力の分散による各個撃破とか、策がなさすぎる。 


80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/02(水) 21:44:40.56
アメリカ南部の風土や文化、風景、ジョージアン様式の建物とか好きだったのにシャーマン将軍がすべてを焼きつくしちゃったからなぁ(´・ω・`) 

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/29(金) 22:57:12.52
ジョージア行進曲って曲調が能天気なだけに背景知ってると怖いよね 

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/29(金) 23:14:19.52
シャーマン海への進撃 

恨み買いすぎて 
第二次大戦時にシャーマンの名を冠した戦車に搭乗拒否する南部人が出たくらい 






87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/17(月) 11:03:20.28
ぶっちゃけ南軍の方がかっこいい。 

南北戦争が明治維新後に起きてたら旗の一部に日の丸を記した日系アメリカ人の連合国部隊が存在していたかもね。 


http://www.youtube.com/watch?v=dSraOEtrhWY&sns=em 

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/17(月) 12:23:17.73
>>87 
if物の函館戦争のSLGで、その逆が有ったよ。 
旧幕府軍に南軍崩れの傭兵隊が参加。 

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/17(月) 15:10:42.75
>>88 
北海道共和国か 

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/17(月) 20:37:54.77
>>89 
そうですw 
結構好きだったので。 



83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/19(日) 22:10:27.80
南北戦争の制服かっこよすぎ 

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/19(日) 22:12:07.18
結構バラバラだけどな 

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/27(月) 17:56:11.73
戦争後半のバターナッツ色の南軍が好きだなぁ。 
スローチハットも良いけど、帽子のみグレーのケピだともっと良い。 
戦争後半の南軍を象徴するようで。 

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/17(月) 06:17:45.02
ロコス? ロスコ? 
どっちかのミリタリーファッションで通販されたてた 
ピケ帽 

安いから買おうかなって思ってたけど 後ろの部分が現代風になってたからやめた 

アメリカではいまだに南北戦争を再現したイベントがありから通販でも多種類のピケ帽が売られているのに。 
日本にはそういった通販サイトが少ないね。 


96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/21(金) 03:00:10.64
アイリッシュブリゲイドかっこいい 

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/21(金) 14:04:56.32
>>96 
襟と袖口のグリーンがオシャレだよね。 
正装でキルト、勤務服でタータンチェックのズボンを履いた、第79ニューヨーク義勇兵連隊も良いよ。 
わざわざ、イギリスのキャメロン・ハイランダーズと同じ連隊番号付けたりしてw 

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/22(土) 05:57:26.40
南軍のアイルランド人の中には昔ケルト人が戦いの時によくはいたチェック柄のズボンはいて戦った人達がいたみたいだね 




転載元
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/nanminhis/1189085373/

ナルキッソスの黄昏 歴史雑学と世界的ニュース まとめ 



 




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