1 :世界@名無史さん:2011/02/08(火) 16:03:15 0
そう……人類が存在するかぎり、性犯罪はなくなることはない! 




8 :世界@名無史さん:2011/02/08(火) 21:14:40 0
エリザベート・バートリーは性犯罪者といえるのだろうか? 
それとも猟奇的な殺人鬼と言うだけかな。 



51
バートリ・エルジェーベトエリーザベト・バートリ1560年8月7日-1614年8月21日)は、ハンガリー王国貴族史上名高い連続殺人者とされ、吸血鬼伝説のモデルともなった「血の伯爵夫人」という異名を持つ。
 召使に対する残虐行為は、夫が生きている頃から始まっていた(あるいは召使に対する折檻は夫から教えられた)と考えられているが、夫と死別後に一層エスカレートしたようである。当初は領内の農奴の娘を誘拐したりして惨殺していたが、やがて下級貴族の娘を「礼儀作法を習わせる」と誘い出し、残虐行為は貴族の娘にも及ぶようになった。残虐行為は惨く、歳若い娘を「鉄の処女」で殺しその血を浴びたり、拷問器具で指を切断し苦痛な表情を見て笑ったり、使用人に命じ娘の皮膚を切り裂いたり、性器を取り出し、それを見て興奮しだすなど、性癖異常者だったという。
http://ja.wikipedia.org/wiki/エリザベート・バートリー


 

9 :世界@名無史さん:2011/02/08(火) 21:32:30 O
倫理的に間違っていることが犯罪とは限らんよ 

18 :世界@名無史さん:2011/02/09(水) 16:45:49 0
>>9 
スレタイを「性暴力の歴史」にすればよかったな。




10 :世界@名無史さん:2011/02/08(火) 21:34:03 0
昔の領主の初夜権は性犯罪になるのか 

初夜権(しょやけん)とは、主に中世ヨーロッパにおいて権力者が統治する地域の新婚夫婦の初夜に、新郎()よりも先に新婦()と性交(セックス)することが出来たとする権利である。世界各地で散見されたという伝説伝承は多く残っているが、その実在については疑問視する専門家が多い。




 


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4 :世界@名無史さん:2011/02/08(火) 20:53:23 0
コンスタンティノープルを占領したメフメット2世。 
ギリシア貴族の美少年を犯そうとして 
一族ごとの抵抗にあってその少年も含めて惨殺した。 




52
メフメト2世(1432年3月30日 - 1481年5月3日)は、オスマン帝国の第7代皇帝。コンスタンティノープル(現:イスタンブル)を陥落させ東ローマ帝国を滅ぼし、オスマン帝国の版図を大幅に広げ、「征服帝(ファーティフ Fatih)」と呼ばれた。

30年にわたる2度目の治世において、メフメトはコンスタンティノープルやバルカン半島の諸王国、アナトリアのトルコ人の諸勢力を征服し、オスマン朝の勢力を急速に拡大させた。これによりオスマン朝は帝国と呼びうる内実を獲得することになる。

 29 :世界@名無史さん:2011/02/13(日) 14:30:30 0

>>4 
古代~近世の戦争では、抵抗して陥落した都市は掠奪することが許されていた。 
そして女性や子供は戦利品として奴隷化されるのが普通。 
メフメット2世の行為は(それが事実だったかどうか諸説があってわからないが) 
当時の人々の感覚では「犯罪」ではなかったのではないかな。 




6 :世界@名無史さん:2011/02/08(火) 21:07:33 0
イヴァン雷帝は少年時代から都周辺の村を襲っては 
村娘達を強姦していたな。 


54
イリーヤ・レービン イワン雷帝と皇子イワン

きわめて残虐・苛烈な性格であったためロシア史上最大の暴君と言われる。「雷帝」という渾名は、彼の強力さと、冷酷さを共に表すものである。
伝説によれば少年時代のイヴァン4世はクレムリン宮殿の塔から犬や猫を突き落とすのが趣味であり、貴族の子弟を引き連れてモスクワ市中で市民に乱暴狼藉をはたらいていたとされる。





7 :世界@名無史さん:2011/02/08(火) 21:11:29 0
専制的な君主には性犯罪者が多い。 







11 :世界@名無史さん:2011/02/09(水) 00:19:00 0
最近の権力者の性犯罪と云えばイタリア首相のベルルスコーニかなw 

小泉も学生時代の強姦疑惑が一部で取り上げられてたなw 




12 :世界@名無史さん:2011/02/09(水) 01:02:49 O
魔女狩り時代は凄かっただろうな 
女に対してリョナやレイプばかりやっただろうし 

55
 
http://ja.wikipedia.org/wiki/魔女狩り

16 :世界@名無史さん:2011/02/09(水) 09:56:38 0
>>12 
魔女(妖術師)に対して行ったのは主に拷問では? 
両手を後ろ手に縛られて空中につるされるとか、水責めとか、足あぶりとか、 
尖った鉄を爪の下にさし入れて爪をはがすとか。 
さらに脚責めというのがあった。これは木片を脛にあてがい、板の角と 
縄で締め上げるもの。 

17 :世界@名無史さん:2011/02/09(水) 16:09:25 O
魔女裁判の場合 
拷問官は教会直属なので、 
「魔女を救うために自白させる」という宗教的使命感で仕事してた 
なので、拷問はしても凌辱はしない 
(教会関係者が魔女と姦淫したらヤバかろう) 

死刑判決が下った後は教会を離れ、通常の刑吏に引き渡される 

一般の方では「処女は処刑されない」という慣例があったが 
処刑できないとなると、教会、ひいては信仰に背く事になる 
なので、完璧な職務遂行のために、年齢容姿関係なくとりあえずヤッた 




13 :世界@名無史さん:2011/02/09(水) 03:51:33 0
過去スレ 

ロリコンだった人物について 
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/whis/1209421757/l50 
1 名前: 世界@名無史さん 投稿日: 2008/04/29(火) 07:29:17 0 
ロリコンは正常な性的嗜好であることを、世界史から証明しよう  
ムハンマドは9歳の少女アーイシャと結婚し、セックスした  
ほかにはいるか?  

14 :世界@名無史さん:2011/02/09(水) 03:53:00 0
25 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 2007/08/25(土) 19:34:46  
前田利家の妻、芳春院は1547年生まれで1459年に長女幸を産んでいるから、  
満12歳で出産。  

これに匹敵する人はいるね。  
後醍醐天皇の中宮、西園寺禧子。  
禧子は太政大臣西園寺実兼の末娘だったが、正和2年(1314年)秋、邸から俄かに失踪。  
父実兼がいくら探しても見つからなかったが、  
翌正和3年正月になり、東宮尊治親王(のちの後醍醐天皇)に盗み出されていたことが発覚。  
持明院統よりの実兼を、味方につけるためだったらしい。  
しかも、発見されたとき、禧子はすでに妊娠させられており、同年6月、懽子内親王を出産。  
禧子は1303年生まれ。満11歳で盗み出され、満12歳で出産だから、芳春院と年齢で出産。 



24 :世界@名無史さん:2011/02/10(木) 19:46:01 0
>>13>>14 
フィリップ・アリエスの『〈子供〉の誕生』を読めばわかると思うが、昔の人は 
現代人とは子供に対する考え方も違っていた。 

大人たちは子供の前で平気で猥褻な話もするし、7~8歳になれば、徒弟修業に出され、 
大人と同等に扱われた。飲酒も恋愛も自由とされた。子供服というものもなかった。 
また、アンシャン・レジーム体制下のヨーロッパでは、子供に対する強姦は、 
特別の犯罪としては分類されず、女性の強姦事件と同じ管轄に属していると 
考えられ、同じように裁かれた。 




15 :世界@名無史さん:2011/02/09(水) 09:49:11 0
341 :世界@名無史さん:2011/01/31(月) 13:15:23 0 
ジョルジュ・ヴィガレロ『強姦の歴史』(作品社)を読んでみた。 

中世~近世のヨーロッパは、現代よりはるかに暴力があふれた社会であり、 戦争で都市が陥落した後の掠奪、些細なことから起こる喧嘩や決闘、子どものしつけや徒弟の修行では当たり前のように鞭が使われるなど、ある程度の暴力が日常的だったが、強姦(性暴力)についても同様だったらしい。 
当時の人々は、強姦について特別な感情を交えず、淡々と日記に記している。 
また、強姦は被害女性に対する犯罪というよりは、女性を所有する人間(父親、夫、奉公先の主人)に対しての犯罪と考えられていた。 さらに、暴力と強姦は、当事者の社会的身分が重視されるという点がまったく共通していた。加害者の身分が高ければ罪は軽くなり、身分が低ければ罪は重くなる。 




 

19 :世界@名無史さん:2011/02/10(木) 03:40:49 0
まずはベアトリーチェ・チェンチでググろう 



 56
ベアトリーチェ・チェンチ
伝えられるところによれば、父フランチェスコは妻と息子たちを虐待し、ベアトリーチェとは近親姦の関係にあった。ある時、父フランチェスコが別の罪で投獄された。貴族であったことから、恩赦を受け、すぐに釈放されたが、その時、ベアトリーチェは頻繁に受ける虐待を当局に訴えた。ローマ市民は誰でもフランチェスコがそういう人間だということは知っていたが、何の手も打たなかった。父フランチェスコは娘が自分を告発したことに気付き、ベアトリーチェと妻ルクレツィアをローマから追い出し、田舎の城に住まわせた。ベアトリーチェ、ルクレツィア、そして2人の兄弟は、こうなったらもう父親を亡き者にするしかないと決心し、全員でその計画を練った。1598年、父フランチェスコが城に滞在中、2人の召使い(1人は後にベアトリーチェの秘密の恋人となった)の助けを借り、父親に麻薬を盛ったが、殺すにはいたらなかった。やむなく、家族全員で父親を金槌で殴り殺し、死体はバルコニーから突き落とした。ベアトリーチェは事故だと主張したが、誰も信じる者はなかった。

 





 

20 :世界@名無史さん:2011/02/10(木) 10:03:12 0
419 :日本@名無史さん :2005/10/08(土) 11:04:02 

寺小姓は、主に上級の家柄である「旗本」の次三男が主に供給源だった。8歳くらいから家を出され、他の「小姓」、「陰間」と同じく12,3~4の頃が盛りだったが、せいぜい、15,6位までで、20位になるまでには、 たいてい寺を出されたと言う。
しかし、いくらか金を持たされ、それを元手に何かする。養子という道もあったろうが、すべてがそういうわけではなく、まだ社会保障も、児童福祉法もない時代、長男と次三男は格段の違いだった。 
旗本でさえ双だったろうから、それ以外の貧乏武士とか、普通の商売人にいたっては、ひどいものだったはず。坊主は、結婚してはいけないし、誰でもする、女との交合(性交)も許されなかった。女犯といってこれを破ることは 犯罪であって、晒しとか追放、死罪にされた。
当時、男色(衆道・少年愛)が一般的であった。坊主は、「稚児」とかが居た。街で陰間を買うこともできた。次三男は、自分の食いっプチを自分で稼ぐことが必要で、そのためかわいがってもらうため、好色坊主の元に出された、これが「寺小姓」だった。
体を捧げることによって、生きていくのは、女(女色)と同じだった。でも男の子でも、美貌の男の子(美童)はすごい需要があったからまだいい。 
『蔭間』は、多数の男の相手をさせられたのに対し、寺小姓は小姓と同じように和尚専用で、可愛がられるからまだよかった。 

21 :世界@名無史さん:2011/02/10(木) 10:07:08 0
421 :日本@名無史さん :2005/10/08(土) 11:50:52 

「寺小姓」は、「陰間」よりよかった。それは、相手するのが、不特定多数ではないということ。 
寺小姓もせいぜい15,6くらいまでで、20位になる前に、寺を出された。 
でもいくらか金を持たされたそうで、それを元手に何かした。 
子どもが自分でくいっぷちをかせぐには、労働か自分の体を売るこしかないことは、 女と同じだった。美貌の子(美童)は、男色で需要があり高く売れた。 

旗本の子は、まだ寺小姓という道があったが、貧乏武士とか一般商売人などの子は蔭間に売られたりして、体を売った。 

22 :世界@名無史さん:2011/02/10(木) 10:10:05 0
424 :日本@名無史さん :2005/10/08(土) 14:27:52 

江戸時代は商人が栄えた時代だった。大尽といわれる商家の金持ちは、遊女とともに、蔭間を買い蔭間遊びをしたという。 
一般の次三男は、8歳位から「丁稚奉公」に出されたという。丁稚奉公先で、美少年というわけでなくとも、それなりに可愛い子は番頭さんや旦那さんとかに可愛がられた。 

 ビートタケシの『座頭市』にもそんな場面があるが、男の子好き、「男色」すきの番頭さんなんかに愛され可愛がられると言うことが在ったようだ。 
「寺小姓」のような美少年(美童)でなくとも、ちょっとかわいかったりすれば、可愛がられたと思います。 
可愛がられると言うことは、ちょっと失敗しても叱られない。そのかわり、ちょくちょく、寝室に呼び出され性欲の放出の対象とされる。されることは、蔭間も寺小姓も、小姓も大体同じ。 
いずれにしても、男色は蔭の男の子の生きる方法でもあったろう。いずれにしても、昔は就職は今の8,9歳、まだ10歳にも満たない小学校低学年で、小さな子が生き 
ていくためには、誰かに可愛がられる必要があったと思います。可愛がられるには可愛いこの方が得だったろう。 

23 :世界@名無史さん:2011/02/10(木) 15:30:30 O
ちなみに、「東海道中膝栗毛」の弥次さんと喜多さんは、陰間茶屋の客と従業員な 




25 :世界@名無史さん:2011/02/12(土) 13:48:55 0
今の隠微な、変態系の性犯罪は三度の飯が曲がりなりにも 
喰えるようになった産業革命以降出てきたのかねぇ 
ピーキング・トム(のぞき)は中世のイギリスでもあったみたいだし、 
南北朝の時代でも、太平記に覗きをしたとの話があるようだが、 
今みたいに、執念をかけて覗き見をする風潮が出てきたのは 
産業革命以降かねぇ 


26 :世界@名無史さん:2011/02/12(土) 16:22:24 0
渡辺信一郎『江戸の女たちの湯浴み―川柳にみる沐浴文化』 (新潮選書) を読むと、江戸時代の男たちが裸を見ても興奮せず、女たちも裸体をさらして何ら恥じなかった、というのは幻想みたいだけどね。 

ただ、何が変態行為・違法行為で、何がそうでないかは時代や地域によって変化するよね。 
たとえば、旧体制下のヨーロッパでは、肛門性交や獣姦は涜神罪にあたる。 
買売春については、現在でも合法である国とそうでない国とがある。 

27 :世界@名無史さん:2011/02/12(土) 18:24:52 O
昭和日本の農村だとオパーイというか上半身丸だしもあるけどね。 
普通にNHKの記録映像の風景にあったりする。 
田舎と都会では性意識の齟齬があったかもね。 

まぁ、もう性別捨ててるようなオバハンだったけれども。 

28 :世界@名無史さん:2011/02/12(土) 18:55:03 0
昔から、娼館には「のぞき部屋」というのがあったらしいが。 
のぞき趣味の客が、金を払って客と娼婦の行為をのぞくというもの。 
まあ、ポルノビデオなんてない時代の話だけど。 

リュディアの王カンダウレスが妃の美に耽溺するあまり、側近のギュゲスを 
寝室に潜ませて裸体を見せたという伝説だが、これは現代でいうと何に相当 
するのだろう。いずれにせよ、カナーリ特殊な性向の男だとは思うが。 



31 :世界@名無史さん:2011/02/13(日) 18:03:52 0
B級事件の定番となったパンティ収集、1000枚も2000枚も集め 
出したのは産業革命以降かな 
それ以前の服はかなり貴重品で、今で例えたら車と同じ感覚で 
かなりの高級貴族でも、着たきり雀だと嘆いていたそうだから 


32 :世界@名無史さん:2011/02/13(日) 18:50:32 0
露出狂も定義が難しいな。 

イスラーム圏では女性がミニスカートをはくのもNG。 
一方欧米では、動物愛護団体が毛皮禁止を訴えて裸でデモを行なうことがある。 
そのほかにヌーディストビーチもある。 


35 :世界@名無史さん:2011/02/21(月) 19:12:24.50 0
中世の庶民がちんぽがほぼ丸出しだったとこもあるよねー 
野郎の股間隠せっていうお触れあったんだし 


34 :世界@名無史さん:2011/02/21(月) 18:58:32.52 0
魔女狩りは本来なら性犯罪扱いされるような事が合法的に行われていた 

37 :世界@名無史さん:2011/03/05(土) 02:01:29.34 0
>>34 
そんなこと言ったら、古今東西、 
戦争では本来ならば(性)犯罪扱いされることが「合法的」に行われまくってるし 
世界の歴史の上では、その方が普通。 

あと中世の頃ってそもそも、 
庶民の女を強姦することは「犯罪」だったのかな? 
キリスト教的な「罪」ではあっても、法制度上の「犯罪」だったのだろうか? 

38 :世界@名無史さん:2011/03/05(土) 09:50:37.44 0
>>37 
普通に死刑 

適用できるかどうかは別問題 

39 :世界@名無史さん:2011/03/05(土) 12:04:47.53 0
>>38 
本来は貴族が庶民の女を強姦しても、「死刑」だったんだろうか? 
どういう法制度のもとでそうだったの? 
まあ、いずれにせよ死刑が適用されなかったことは間違いないけど。 

40 :世界@名無史さん:2011/03/06(日) 17:23:04.27 0
基本女は男の所有物という意味で家畜と同じ扱いだから 
父親なり兄弟が、自分の財産の価値を損なった相手に対してどう出るかだろ 



41 :世界@名無史さん:2011/03/09(水) 03:29:38.55 0
あまりにも質問が漠然としているが、貴族が女性を略奪する話はよくある 

強姦もある程度認められていたんだろう 
ただしその父や兄弟がその貴族を殺してもまたOK 

16世紀くらいになってくると貴族の士官が街で強姦して罰せられた話あったが そもそも軍規違反のほうが重要なのかも 

86 :世界@名無史さん:2011/07/16(土) 15:33:10.65 0
>>41 
海外ドラマで見たな 
貴族じゃなく王様だったけど 

森の中でばったり出くわしたカップルの女を拉致って、宮殿内でヒーヒー言わしてた女を連れていく時に男に言った言葉が、「女を連れていく。余は王様だ。分かるな?」 男は膝まづいてうなずくしかなかった 

87 :世界@名無史さん:2011/07/16(土) 17:28:24.06 O
>>86 
ソースにして大丈夫かよ。水戸黄門や暴れん坊将軍をソースにしてるのと同じだぞ 


89 :世界@名無史さん:2011/07/17(日) 13:02:30.95 0
え、なにそれ見たい。 
暴れん坊将軍で松平健が拉致った女を江戸城でヒーヒー言わせてたって? 


42 :世界@名無史さん:2011/03/10(木) 01:56:02.02 0
法制度があって初めて「犯罪」の概念が成り立つんだが。 
法律の未整備な時代には、そもそも「性犯罪」などというものが存在し得ない。 

43 :世界@名無史さん:2011/03/10(木) 17:01:59.82 O
>>42 

一応、法整備はされてた 

ただ、強姦については「犯罪が行われた明らかな証拠」 
つまり、 破れた服のままで直ちに訴えでる必要があったので 
屋敷に連れ込める貴族には、適用しにくい 

44 :世界@名無史さん:2011/03/11(金) 03:44:15.57 0
現代においても「強姦」か「合意」かは裁判で毎度揉める罠 

45 :世界@名無史さん:2011/03/13(日) 07:47:51.46 0
>>37 
近代ヨーロッパで「戦時国際法」というものが生みだされ、戦争における掠奪強姦が禁止されることになったが、人類学的に見ればむしろこちらのほうが特殊だからな。 

ついでに付け加えると、一夫一妻制も人間本来の性向から外れているように思える。 
初期キリスト教が貧しい男たちに受けたのは、単婚の約束が結婚ゲームへの参加を可能にする、というのも理由の一つらしい。 

46 :世界@名無史さん:2011/03/13(日) 23:16:49.07 0
生物学的にいえば 
雄が雌より明らかに大きい種は大抵一夫多妻 
しかし子育てに労力かける種は大抵一夫一妻 

人間は子に教育を施すようになってから、一夫一妻がその集団にとって有利な習慣となったのでは? 

47 :世界@名無史さん:2011/03/13(日) 23:21:02.68 0
でもイスラーム圏ではいまだに一夫多妻が続いている。 

48 :世界@名無史さん:2011/03/14(月) 01:14:38.85 0
重要なのは夫婦制度ではなく、 
避妊、堕胎、間引きなどによる人口調整のほうだろ。 

49 :世界@名無史さん:2011/03/14(月) 08:27:32.62 0
ギリシャ・ローマは一夫一妻制の社会だったが、男が奴隷女に手をつけるのはOK。 
中世~近世ヨーロッパも、富と権力のある男が正妻のほかに愛妾を持つことやメイドに手をつけるのはOKだった。 
現代でさえ、格差のために一種の一夫多妻が盛んに起こっている。 
裕福な男は妻のほかに愛人を(もちろん隠れてだが)持ち、20年ごとに離婚して 慰謝料や生活費や子供の養育費を払い、若い女と結婚することができる。 
一夫一妻制の社会でも、カルテル同様、法的な強制力があっても違反は頻出する。 

50 :世界@名無史さん:2011/03/14(月) 10:09:16.16 0
日本の幕府やイスラム王朝の政治なんか見てると 
一夫多妻の最大のメリットは政略結婚を複数回できるということだな 

51 :世界@名無史さん:2011/03/14(月) 13:28:49.90 0
>>50 
逆に一夫多妻のデメリットは、暴力事件を増加させること。 
子供を産める年齢の女性を裕福な男性たちが独占するため、下層に行くほど妻にできる女性の数が少なくなって、最も貧しい若い男が過当競争に追い込まれる。 

54 :世界@名無史さん:2011/03/28(月) 09:37:06.93 0
>>51 

もともと生物学的に強い女のほうが数が多いので、影響はほとんどない。 
結婚できないのは、経済力がないから。 




55 :世界@名無史さん:2011/03/28(月) 12:21:37.17 0
ベネズエラ南部からブラジル北部にかけてのアマゾン低地の森に、ヤノマモ族 という民族が住んでいる。 
彼らは戦争状態にある村を襲撃するが、事前に決めた目標は一人かできれば二人の男を殺して逃げることである。 
味方に損害が出る恐れがなさそうなときは、女を誘拐することもある。 
さらわれた女は襲撃隊全員にレイプされ、彼らの村に連行される。 
そして村に残っていた男たちにレイプされた後、誰かに与えられて妻の一人になる。 
女はその先一生涯、新しい仲間と暮らすことになる。 

しかしこれを性犯罪といえるのか?ヤノマモ族の感覚では性犯罪ではないだろうし。 

56 :世界@名無史さん:2011/03/28(月) 22:06:48.30 0
>>55 
どのくらいの時代、どのくらいの社会からそれを性犯罪としてきたのかが気になる 
処によっては男女が一緒に歩いているだけで性犯罪認定でしょっぴかれるところもあったし 

57 :世界@名無史さん:2011/03/29(火) 02:25:29.35 0
今だってサウジアラビアに行くと、 
婚姻関係以外にある男女が性行為を行うことは、重大な性犯罪で 
これを犯すと、男女ともマジで死刑になる。 

58 :世界@名無史さん:2011/03/29(火) 02:27:31.85 0
その癖、サウジアラビアでは4人までの妻帯が認められている。 
つーことは、サウジアラビア男性の半数以上は、神聖童貞のまま死ぬってことか?? 

59 :世界@名無史さん:2011/03/29(火) 02:53:00.50 0
よっぽど出来た男が相手でも無い限り、 
普通、女もその家族も、他に三人も妻を持つ男のところより 
他の妻がいない男のところを選びたがるから大丈夫だよw 
四人もの妻を全く平等に扱える男がそんなにいる訳ないじゃんw 
それに、一見、男の庇護下で大人しくしていそうだが 
実はアラブの女は性格も言動もかなり激しい… 

60 :世界@名無史さん:2011/03/29(火) 03:28:18.99 0
>>59 
大丈夫、って・・・ 
あまり大丈夫じゃないんだが。 

ttp://shukran.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-14c7.html 
>総じて所得レベルの高いサウジアラビアでは、一夫多妻はそれほど珍しいケースではありません。 

自分の知り合いもサウジ人何人かいるが、 
少なくともその何人かだけから判断する限りでは、高所得者(政府とか石油会社の人)は複数の嫁さんもらってるよ。 

あと 
>男性が2人目の妻をめとることが、1人目の妻との離婚原因の55%を占めるのだそうです。 

↑このあたりは、 
「男が今の女に飽きて次の女をみつけた時が、最も多い別れの時期」っていう、現在の日本の恋愛関係に似てるかも。 
ただ、日本の男は、「次の女ができた」とか知らせずにそれとなく別れるから、 
やっぱり日本人の方が優しいんだろうとは思う。 



62 :世界@名無史さん:2011/03/29(火) 03:54:41.16 0
>>60 
若い手頃な日本人の嫁を貰えなかった日本男性が中国嫁やフィリピン嫁を貰うように 
全体的に所得の高いサウジなら、あぶれたサウジ男性が他国の女と結婚も多いんでね? 

63 :世界@名無史さん:2011/03/29(火) 14:03:40.35 0
ttp://shukran.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-89f9.html 

サウジアラビア人男性は多かれ少なかれ、国際結婚に憧れをもっています。 
サウジアラビア人女性との結婚は経済的負担が大きく (特に結納金)、 花嫁に加え彼女の両親からの注文がエンドレスで来るという話を常に 聞かされているからです。 
国際結婚といっても、欧米人はあまり対象に入っていないようです。 
女性の権利や自由に対する価値観があまりに違いすぎるし、個人主義で 育てられた女性が大家族主義のサウジアラビアでやっていくには言葉や 宗教などあまりに障害が多すぎます。この場合は男性が海外に住むことを 
覚悟しなければならないでしょう。 
ということでやはり現実的なのは、近隣アラブ諸国 (エジプト、シリア、 ヨルダンなど) や東南アジアイスラム諸国の女性との国際結婚です。 




64 :世界@名無史さん:2011/03/29(火) 14:19:07.01 0
そもそも、人間の男がなぜ戦争をするようになったのかというと、そのものずばり、 「女を得るため」だからな。どんなにきれいごとをいっても、根底にはこの問題が 潜んでいる。 

戦争はまさに、男たちの繁殖のための、のるかそるかの賭け。戦争という生命を 左右する危険に見合う、いちばん価値のある目的は、女たちであり、あるいは、 より多くの女たちとその子孫を惹きつけたり、支えたりできる資源。 

65 :世界@名無史さん:2011/03/29(火) 14:42:20.53 0
男だけが人間であり、男同士の愛だけが崇高だと思ってるギリシャはどうよ 

66 :世界@名無史さん:2011/03/29(火) 14:55:55.03 0
『イリアス』で、アキレウスとアガメムノンの争いの発端になったのは、 
捕虜にした女をめぐってだったな。 

67 :世界@名無史さん:2011/03/29(火) 16:51:36.09 0
ttp://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DB%A5%E2%A5%BD%A1%BC%A5%B7%A5%E3%A5%EB 
ホモソーシャル 

【homosocial】 

セジウィックによる概念。 
ホモフォビア(同性愛嫌悪)とミソジニー(女性嫌悪)を基本的な特徴とする 
男性同士の擬似同性愛的な強い親愛・連帯関係。 
それ自体、同性愛と見まがうような強い接触・親愛関係でありながら、 
同性愛者と女性を嫌悪・蔑視して排除し、異性愛男性同士で閉鎖的な 
関係を構築する。 
例としては、軍隊や体育会系などに見られるマッチョな関係。 

68 :世界@名無史さん:2011/03/29(火) 21:28:55.08 0
中国の古典文学で扱われるテーマは、もっぱら男同士の友情だな。 


69 :世界@名無史さん:2011/03/29(火) 21:38:06.74 0
そういえば、清は売春婦の性犯罪を取り締まった結果 
売春夫が華やかなメインストリームになったね 

70 :世界@名無史さん:2011/03/30(水) 07:24:30.21 0
>>69 
京劇の俳優は身体を売るのも仕事のうちだったとか。 








78 :世界@名無史さん:2011/04/29(金) 09:46:53.75 0
サウジで6人の妻と結婚した男、むち打ち120回 

サウジアラビアの裁判所は、6人の女性と同時に結婚していた罪で、 
宗教警察で働く男にむち打ち120回の刑を下した。 
裁判所関係者によると、男は自分には教育が足りず、 
イスラム教で妻の数を4人までと決められていることを知らなかったと主張している。 
ただ、この関係者はロイターの取材に対し 
「判事はそれを信じなかった。誰も信じていない。正直に言ってわたしもだ」 
語った。 

裁判所は男に対し、むち打ち以外にも5年間の海外渡航禁止や、 
コーラン2章分の暗記などを命じている。 



↑すごい性犯罪だなwww 

79 :世界@名無史さん:2011/06/14(火) 05:01:07.05 0
だれでもやってる。定員オーバー自体は珍しく無い。漏れはドバイ駐在中メイドさん3人としてたし。同じ屋敷に公然として嫁さんのうちの誰かから訴えられたみたい。 

80 :世界@名無史さん:2011/06/17(金) 01:06:43.43 0
>>79 
密告か。サウジは恐いな。いかに男尊女卑と言えどあまり反感買うと妻から報復される危険があるのだな。 
男は妻達の心の動きのサッチと裁判官と警官へのワイロが足りなかったようだ。 

81 :世界@名無史さん:2011/06/17(金) 12:28:00.83 O
そういや中世ヨーロッパでは 
異教徒と結婚したら「獣姦」の罪で火炙りだったな 

82 :りんりん:2011/06/25(土) 18:15:22.25 0
こわぁ!ヨ―ロッパほとんど切支丹だから、火あぶりされたら、天国いけないよぉ。        

83 :世界@名無史さん:2011/06/27(月) 00:17:27.58 0
朝日新聞とテレビ朝日の社員が起こした犯罪の歴史を時系列に追うと性犯罪がわんさとと出てくる。 











102 :世界@名無史さん:2012/02/08(水) 00:53:06.14 0
強姦はいつごろから犯罪とされるようになったのだろうか 
女が自分から貞操を云々言い出すのって男女同権とか言われる様になったのとそう変わらん頃からか? 

103 :世界@名無史さん:2012/02/10(金) 19:00:07.39 0
古代・中世でも強姦は犯罪だけど? 
所有権侵害で罪になった。 




72 :世界@名無史さん:2011/03/30(水) 12:26:28.42 0
旧体制下のヨーロッパでは、獣姦の対象になった動物自体も堕落したものとみなされ、裁判にかけられ、絞殺して焼いた上に、灰を風にばらまくという刑罰まで与えられた。 

73 :世界@名無史さん:2011/03/30(水) 12:59:27.47 0
ヨーロッパはオナニーすら性犯罪だったしねえ 

74 :世界@名無史さん:2011/03/30(水) 15:41:39.30 0
獣姦、オナニー、同性愛、近親相姦は涜神罪。 
にもかかわらず戦時における強姦はお咎めなしだったのが中世~近世ヨーロッパ。 


75 :世界@名無史さん:2011/03/31(木) 08:59:55.09 0
>>72 
なんかイブン・ファドランの旅行記のこの箇所思い出した 

169名前: 世界@名無史さん投稿日: 2005/07/12(火) 16:19:56 0 
男色の習慣はトルコ人からはひどい罪とみなされている。あるとき、クダルキン一族のところへ商人がやってきて滞在した。この商人は羊を買うためにしばらくこの主のところに滞在した。
ところで、この主にはまだひげのない息子があって、この客は 絶え間なくこの少年を邪道に引き入れようとしていたが、とうとうその少年を自分の 思い通りにした。とかくするうち、トルコ人の主がはいってきて、現行犯の彼らを 捕えた。 
トルコ人は、この罪によって商人も息子も殺そうと思った。しかしあまりの哀訴嘆願で商人は罪のあがないに身代金を払って許されることになった。商人は主の息子に対して たことのために四百頭の羊を支払って、そそくさとトルコ人の国から出て行った。 

76 :世界@名無史さん:2011/03/31(木) 09:44:46.49 0
>トルコ人は、この罪によって商人も息子も殺そうと思った。 

ヨーロッパでも、男色の罪は、被害者もすなわち堕落しているとみなされた。 
その意味では獣姦と同じ。 
「自然に反する」行為、人類の規則を破る行為。暴力よりも重要なのは 
生物としての規範に背く行為をしたという事実そのもの。 






転載元
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/whis/1297148595/

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