1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 22:49:01
才色兼備。自称クレオパトラの後裔 
パルミラの女王ゼノビアについて語りましょう。 


64zenobia

『パルミラ市街を見下ろす女王ゼノビア』 
http://ja.wikipedia.org/wiki/ゼノビア 




36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/02(金) 23:22:25
記録によればゼノビアの容姿は 

「彼女の顔は日に焼けて黒かった。瞳も黒く、常人とは異なる強いまなざしで・・・ 
 信じられないほど美しかった」 

軍を率いて砂漠を縦横無尽に駆け抜けていた様子が伺える 
この点でもクレオパトラよりは余程アクティブな性格だと思うのだが 

アウレリアヌスに2回負けても諦めずにペルシア王への援助を頼みに行くあたりも 
不撓不屈の精神も感じられる 
彼女の不幸は相手が悪すぎた事だったのだろう 





 
















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39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/10(土) 15:41:48
東西が混ざるアラブ女性って美人が多いよね 

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/10(土) 23:20:11
統計的に平均な顔が美人ていうしね 
世界的に平均であるあの辺は美人で当然 


66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/16(金) 23:38:32
名前がかっこいい 





4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 22:52:53
先日たまたま古本屋でこの人の漫画買ったら面白かったんだわ 
勿論そうとう脚色されているとは思うんだが 
地味に調べ始めようと思ったけど何物色していいか検討つかねw 

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 23:05:57
時代背景的は面白いし、人物と道具立ても悪くない。 
ただいまいちメジャーではないな。。。 

>>4 
つ「ローマ皇帝伝」のアウレリアヌス伝。 

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/12(月) 11:36:43
>>4 
ゼノビアの漫画kwsk 

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/12(月) 15:47:06
>>13 
>>4じゃないが、これじゃね? 

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/12(月) 17:11:29
thx! 
やっぱクレオパトラの話なのね、基本は 
しかしサロメってなぜなんだ 

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/12(月) 19:17:32
ローマに関わった女性たちを機軸にしたかったんじゃないかな? 

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/12(月) 22:43:22
ゼノビア (パルミラ女王) 
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 

ゼノビアはパルミラ(現シリア)の王妃、女王。(生没年不詳) 歴史家から「戦士なる美の女王」と謳われている。旧約聖書のダニエル書11章の預言に出てくる王の一人でもある。 

ローマから「諸王の王」の称号を贈られたオデナトゥスの妻。アラビアのベニサマヤド部族の長ザッバイの娘。母はギリシア人だったと伝えられる。元の名はバト・ザッバイで、後にゼノビアと名を改めた。 
267年にオデナトゥスの甥のマエオニスに夫が暗殺されると、息子ウァバラトゥスの共同統治者となり、折からのローマの混乱に乗じて小アジアからエジプトに至る地域を掌握した。 
272年には、自らはローマ帝国皇妃の称号である「アウグスタ」を名乗り、ウァバラトゥスには「アウグストゥス」と名乗らせ、これを記念したコインまで発行し、ローマに挑戦する姿勢を見せた。 
しかしローマでアウレリアヌスが帝位に就くと彼は直率するパルミラ遠征の軍を興し、272年にパルミラは陥落しゼノビアも捕らえられたといわれている。 
その際に、ゼノビアは、この戦争の全責任を家臣のロンギヌスの責任にしたと伝えられる。その後のゼノビアについては定かでなく、程なく病死したとも凱旋式に引き出された後イタリアで余生を過ごしたとも伝えられている。 

ゼノビアは、自信をもってクレオパトラの後裔と称し、また非常に美人であったといわれている。肌は浅黒く、歯は真珠のように光っていたと歴史書には残っている。 
さらに、博識であり各国の言語を使いこなす一方、自ら戦場に赴いて指揮を執る勇気をも持ち合わせていたとされている。 

 関連書  
星野之宣『妖女伝説「砂漠の女王」』(劇画コミックス 集英社) ←wikiにも書かれてるw 
文月今日子『文月今日子選集10 銀流沙宮殿』(ミッシィコミックス 宙出版)



18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/13(火) 22:10:39
なんで、このひとクレオパトラの後裔とか生まれ変わりを主張したんだろね? 

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/13(火) 22:34:33
①心底、そうだと信じてた 
②クレオパトラの名を使ったプロパガンダの一環 
③本当に末裔だった 


20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/14(水) 12:10:00

秀吉が皇室の末裔だと言ったり 
劉備が中山靖王の末裔だと言ったりするのと同じだろ 

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/14(水) 20:31:18
じっさい治めてる土地はシリアだからちょっと違うだろ 
ローマの対抗馬って意味でも、なんか違うし 

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/14(水) 21:25:50
>ゼノビアはクレオパトラの後裔と称し 
何の気なしに読み飛ばしていたが・・・言われてみればヘンだな。 
エジプトとパルミラのあったシリアじゃ確かに離れてるし? 

詳しい人カモーン 




24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/14(水) 23:54:00
以前からクレオパトラ不美人説って普通にあるよね 


でもそれでは浪漫分が足りない 

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/15(木) 01:25:21
>>24 
オクタヴィアの方が美形だとも言われてるね 
(まあオクタヴィアはローマ史上有数の美形と言われるオクタヴィアヌスの実姉だし) 
まあクレオパトラもオクタヴィアも彫像が遺っているはずだから比べてみたら良いんじゃない? 



29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/15(木) 20:28:26
マケドニア人王朝で近親婚を繰り返したプトレマイオス朝との子孫の可能性って低いよね 
彼女の実家はローマから与えられたアウレリウスという氏族名を持っているほどの名門だから 
どこかでエジプト王家に繋がる縁があったのかもしれないけど・・・ 

人種的にはマケドニア系じゃなくてセム系のアラム、今日のアラブ人だったと思う 

 
76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/04/09(木) 09:01:55
>>29 
>ゼノビアは人種的にはマケドニア系じゃなくてセム系のアラム、今日のアラブ人だったと思う 

ゼノビアはギリシャ人とアラブ人の混血で、ヘレニズムにも中東にも両方通じる立場。 

それとイスラム化される以前のアラブ社会は、意外と女性上位社会、 
イスラム教の男尊女卑は、その時の反動と言う説もある。 

時代は古いが、シバの女王なんか男妾が後宮に何百人も居たそうだ。 

ゼノビアも夫を暗殺し、パルミラを乗っ取っているから(息子を王にしたけど) 
案外、ゼノビア専用の後宮みたいなのがあったかも。 




30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/17(土) 10:35:19
少しくらい天然な方がかわいいよゼノビア 

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/19(月) 20:02:28
謎のある女は美しい 

為政者としてはクレオパトラより優秀のイメージあるんだけどな 

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/22(木) 21:50:07
西方三国志を地で行くのりだったしね 


33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/28(水) 20:58:08
ゼノビアはパルミュラの名門貴族の出身だし 
いくつ物の国の言葉にも精通する教養ある女性だったのだから 
エジプトのクレオパトラに関する記述も読んでいたのだろうね 

ありし日のクレオパトラと自分を重ね合わせて 
憧憬をもっていたのかもね 

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/28(水) 23:26:03
前半のエリートぶりから 後半の妄想少女化ワロタ 

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/28(水) 23:43:25
だんだんと前世少女化してきたなw 








71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/18(金) 13:03:10
骨董屋にクレオパトラの使ったハシとかご飯ちゃわんがでているんだが 

エジプト文明のすごさをしった 









転載元
 http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/nanminhis/1171201741/ 




 
42
271年頃のローマ世界(パルミラ王国は黄色部分) 




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