irannokokki




 
1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/25(木) 09:16:57 ID:???
イランが20数年前まではイスラム国家ではなかった事実って 
あまり知られてませんよね。 
噂によると、街をミニスカートで闊歩する女性も多かったのだとか。 
そんな街の風景を一変にして変えてしまったイラン革命。 
でも、イラン革命って一体何なんでしょう? 

そもそも、パーレビーって何処から出てきたの? 
民主主義を目指して始まった革命だと聞いたけれど、なんでホメイニ? 
そもそもなんでフランスにいたの? 
サバクって? 
CIAとどういう関係? 
海外に住んでいるイラン人がやたらとお金を持っていたり高学歴だったりするのは何故? 
貧乏国なはずなのに、そのお金は何処からきたの? 
海外在住の人たちがパーレビーに好意的だったり、スカーフをつけていないのはどうして? 
一般イラン人のイラン革命に対する感想は? 

などなど、いろいろな疑問を紐解いていくスレです。 
とりあえず、↑を詳しくしっている人募集中。 










 

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/25(木) 10:02:25 ID:+JAMGIw/
パーレビって開明的な君主だったんだよな。 

parebi

http://ja.wikipedia.org/wiki/パーレヴィ 



3 :1:2007/10/25(木) 17:06:04 ID:???
>>2 
白色政策(?)で強引に新米・脱イスラム化をしようとして民衆の反感をくらったらしい。 
(国王は奥さんをスカーフなしで人前にだしたのだとか) 

で、この機会に一気に民主化を目指そうと(パーレビの時も独裁政治?だった) 
民衆が動き、それが革命のさきがけとなったと聞くけど、いつの間にか 
どさくさにまぎれてホメイニが出てきて宗教国家になったとか。 
この辺の事情が良く分からん。 

あと、パーレビ以前のイラン国内の様子はどうだったのかも分からん。 


7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/26(金) 15:13:43 ID:dqbza0Ay
パーレビーの父 元は軍人 
パキスタンのムシャラフみたいな感じでなぜか 
王朝をきずいた 
ホメイニは王政の政治不満を民衆にうたい結局、フランスに亡命 
要するにお坊さん 
海外に住んでいるイラン人がやたらとお金を持っていたり高学歴だったりするのは 
革命前の政府で利権を掴んでいたので革命後、全財産もって米国に亡命した人たち 
産油国なので貧乏国では無く現在は米国の経済制裁で輸出不十分にて貧しい 
海外在住の人たちがパーレビーに好意的なのは革命前の政府で 
利権を掴んで一緒に良い思いをしていた富裕層 
スカーフをつけていないのは政教分離に基づく考えからでモスリムはモスリム 

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/26(金) 17:26:23 ID:1anRGM8U
しかしケマル・アタチュルク同様、パーレビが近代化のモデルにしたのは 
明治政府なんだよなぁ。女性のチャドルを無理やりはぎとるとか断髪令とかに 
似てなくもないな。 





 

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/26(金) 11:06:05 ID:MCnTeIMR
イラン・イスラム革命と明治維新を比較して類似点、相違点を挙げ、 
各々の「前後」について述べよ。【配点45点】 

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/26(金) 11:36:43 ID:1anRGM8U
>>4 
共に復古運動であり、攘夷的性格を伴うものであったことは類似点として 
あげることができる。 


6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/26(金) 12:42:38 ID:FTNDkafU
>>4 
相違点として、イラン革命の場合、革命前に宗教家が民衆よりのスタンスであり民衆の宗教への共感が得やすかった、それに対して日本では仏教が徳川幕府の支配体制に協力しており共感が得にくく新政府から仏教色は排斥された。 




8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/26(金) 15:19:35 ID:dqbza0Ay
パーレビ以前のイラン国内の様子は当時の米国と変わらない文化文明社会 
軍備もすべて米国製であった 
しかし独裁政治なので言論の自由は現在と変わらず、ありません 


11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/27(土) 04:53:55 ID:???
>>7-8 
説明ありがとう。なんとなく分かった。 

流れ的には 
アフマド・シャー→レザ・ハーン(元軍人)→パーレビ(息子)→モサデク 
→パーレビ→ホメイニという感じでOK? 

パーレビ以前も米国と変わらない様子だったのなら、何故パーレビの白色 
政策に民衆が反対したんでしょう? 

>ホメイニは王政の政治不満を民衆にうたい結局、フランスに亡命 

亡命してたんだ。 
フランスの刑務所に入ってたと思ってた。 

あと分からないのは、民主主義を実現しようとして、それが革命のさきがけと 
なったはずなのに、どこでホメイニが出てきたのかという事。 
(革命運動に参加した人でも、イスラム国家となってしまった後には国外に亡命 
しざるを得ない人が多かったと聞く) 

それから、パーレビの時に革命家として投獄されていた人達が革命後に一旦釈放されるも、 
再び新しい政権(?)によって処刑されたりしている点 
これは、民主主義を目指して運動していた人達で、新政府にとってもやっぱり目障りな存在だったから? 



12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/27(土) 09:52:48 ID:DiY2EDCH
イラン革命というより、事実上のアメリカからの独立。 
だから、アメリカは周辺国に軍事支援しイランを攻撃させた。 
タリバンもフセインもそれ。 






15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/27(土) 17:27:03 ID:xHbQaLHO
パーレビは一度米国に歯向かったのでは無かったっけ? 
坊さん担いで扇動してレボリューション 
イラクと良く似てる、フセインもイ・イ戦争の時は親米だった 
そしてコントラ事件 
こんな感じのアメリカの勝手主義が現在のイラン大統領が反米になる原因でしょ 


16 :1:2007/10/28(日) 10:12:45 ID:???
>パーレビは一度米国に歯向かったのでは無かったっけ? 

父ちゃんがドイツと敵対しないって突っぱねてアメリカに怒られたんじゃなかったっけ? 
息子の方は新米派と思ってたけど違うスレで、「最後の10年くらいは 
あんまり仲良くなかったらしい」と書いてあった。 
詳細はよく分からんけど。 

パーレビがターバン坊主を扇動した訳ではないとオモ。 
パーレビ VS ターバン坊主で民衆がターバンの方に味方した感じでは? 

>こんな感じのアメリカの勝手主義が現在のイラン大統領が反米になる原因でしょ 

どっちにしろ、オイルがある限りイランに平和はこないねぇ。 
自国の資源を守りたいなら、反米にならざるをえないしね。 
反米をしていると、結局はテロ認定→戦争で、結果 

・アメリカがイランの油田を占領。あとは民主主義にしようが好きにしろと放置 

か 

・在米のパーレビをイランに送り返して、昔のように、パーレビを通じて油田の管理 

かどっちかのシナリオしかない気がするし。 


17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/28(日) 12:47:55 ID:H1Y2xQxS
CIAかMI6がパーレビ失脚を狙い坊さん担いで扇動してレボリューションじゃ無いかと 
言われている 
最後は自分から出て行ったかわいそうな王様 

すごいね→>どっちにしろ、オイルがある限りイランに平和はこないねぇ 
この一言がすべてだ 

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/28(日) 22:20:30 ID:2FaufiSn
>17 
しかし、これから世界のエネルギー体質が脱石油になれば平和になる! 

19 :1:2007/10/29(月) 04:58:29 ID:qYpZkM+1
>CIAかMI6がパーレビ失脚を狙い坊さん担いで扇動してレボリューションじゃ無いかと 
言われている 

パーレビが失脚してアメリカ側が得する事ってあったのかな? 
パーレビが言う事を聞かなくなってきたから、別のヤツをスカウトしようと 
してたとか? 
(でも決定的に仲が悪くなったって事はなさそう。なにしろ、今西海岸に住んでるし、 
たまにアメリカのメディアに出てたりも・・・) 

そもそも、ターバン坊主は反西欧化のシンボルみたいなオッサンだから、 
アメリカが後押しっていうのはない様な気がするんだけど、その辺詳しくしっている人いない? 
(っていうか、人少ないORZ) 

戦争回避のウルトラCとして 
・国民が民主化運動を再熱→2度目の革命をおこしてイスラム国家を廃止 
にしたらアメリカに戦争の口実を与えない・・・ 

と思ったけど、やったらやったで「アメリカは自由を望む国民を助ける」という 
名目で介入して、結局石油とっていく気がするなw 
復興費という名目で日本からお金とって、それ関連の施設を建てそうw 

日本は資源がないだけに、戦争で負けても放置しててくれてラッキーだったね 






21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/30(火) 05:30:03 ID:X9Pl0zCg
豚どもにはアラーの呪いが降りかかるだろう。 




22 :1:2007/10/31(水) 14:09:46 ID:fpqxTBHe
>パーレビは病死しました、現在息子が米国にて健在 

あぁ!そうだ! 
シャーの息子が健在なんだ! 
いつもシャーと息子を混同してしまいます。 
しかし、在米イラン人がシャーの息子にあまり興味を示していないのは 
不思議といえば不思議。 
レザー→パーレビと親子できたなら、息子ももっと奉ってやっても 
いいような気がするけど、いつでもパーレビの顔しか出てこないw 

シャーは最初エジプトに亡命したような気がするんですが、結局ロサンゼルス 
にやってきたのか、それとも息子の代でやってきたのかどっちなんでしょう? 

ターバン坊主の息子の謎の変死は興味ぶかいですね。 
やはり暗殺というセンが濃厚なんでしょうか? 
この辺を調べれば面白そう! 





25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/31(水) 16:21:07 ID:GZfbYeuW
イランは中東でもっとも民主化の進んだ国。 
それが証拠に選挙もやってるジャマイカ? 
ただ、民主主義も長所短所があって、それを偉いお坊さんが見張っているような体制。 
日本でいえば、明仁のような血統だけの馬鹿神輿ではないで、 
永六輔や瀬戸内寂聴のような見識の高い坊主が天皇になったような体制。 
ある意味、アメリカや日本より合理的な体制。 

29 :1:2007/11/02(金) 08:59:46 ID:???
>>25 
昔、Ten Things you have to know about iranっていうタイトルの記事を 
読んだ事があるんだけど、確かにイメージよりも民主化されているなぁという感想 
を持ちましたねぇ。 
ただ選挙が正当なものかは・・・? 
(もっとも、その点でいうと、アメリカもかなり怪しいけど) 

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/12(火) 05:01:33 ID:Zq1k6kz8
>>25 
住んでから言った方がいい。複数の知人が「イランは最悪。自由無し。」と断言。 
例1:酒を飲んだ場合、自宅で一人で飲んでも(外人の我々ですら)捕まる可能性あり。 
=使用人が捨てたごみの中からビール瓶を拾って宗教警察にチクる為。 
=対応方法は、使用人が外出した隙に麻袋にビンを入れ、外からハンマーで叩き割って粉々にし 
庭に穴を掘って埋める。または、裏取引業者に金をつかませ、深夜にこっそりと引き取らせる。 
例2:女性は外人でも、どんなにデブスの三国人であってもスカーフ必須、ブルカはより望ましい。 
素で歩いていると、これもまた宗教警察によりタイーホ。 
例3:エロ本は、、、もういいか? 









33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/24(土) 16:48:08 ID:???
・ホメイニを中心に革命勃発、反体制組織の寄り合い所帯の内閣発足(ホメイニ不参加) 
・隠然たる影響力を持つホメイニと内閣が対立、その混乱の中イラクが侵攻し原油地帯を占領 
・世界各国がイラク支持に動き、世俗派は内閣から離脱して全面テロ敢行、政府要人皆殺し、イスラム共和党崩壊 
・結果生き残った有力者は僅か2名という惨状、 
1人は政権不参加で命拾いしたホメイニ、もう1人は革命運動の有力者の1人ラフサンジャニ(こっちも聖職者) 
・結果両名が実権掌握し、反対派を排除、イラクの侵略に対抗すべく戦時体制へ 
・ホメイニ没後、ラフサンジャニらによってお飾りとしてハメネイが最高指導者に祭り上げられる 
・ラフサンジャニは国民の不人気と中道政策への各派の反発から求心力が低下 
・ハメネイは各派間の調停役として立ち回る事で影響力を確保、お飾りの地位からいつのまにか最有力者に 
・ハメネイ・ラフサンジャニらの下で権力の徹底した分散が図られ誰が意思決定してるのか当事者すら不明な体制に 
・大統領選挙でラフサンジャニを破って世俗派のアフマディジャネドが当選 
・長年続く聖職者支配(改革派も同じ)に反旗を翻したアフマディジャネド大統領の世俗派は専門家会議選挙で大敗←今ココ 






42 :イランについての経済データ:2008/04/25(金) 01:58:36 ID:gXBJhb1w

GDP順位   世界第19位 

GDP(MER):1,952億ドル  
GDP(PPP) :6100億ドル   
1人当りGDP= 8,900ドル 
ジニ係数:43 
労働人口 :2500万人 
失業率:11.2% (2004) 




46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/23(月) 23:49:13 ID:???
1951年、選挙により民主的に選ばれたモサテグ政権が樹立。 
欧米植民地から脱却を図る全世界の動きに連動するように、モサテグ政権もイギリス支配の油田を国有化。 
1953年、アメリカはCIAの工作活動によりモサテグ政権を転覆。パーレビ傀儡政権を樹立。油田はアメリカ系企業のものに。 
1973年、第四次中東戦争勃発。湾岸産油国6ヶ国がイスラエル支援国家への禁輸措置を決定。原油の大幅な原産、値上げを断行。米傀儡であるパーレビも米の予想に反しこれに追従。 
アメリカ激怒。学生や労働組合を中心とした、CIAお得意の反体制運動家の育成、組織化、揺動を開始する。 
1978年、イラン革命勃発。パーレビ独裁体制打倒をうたう民衆と軍警察が激しい戦闘に。パーレビ国外脱出。アメリカは当初入国拒否するも結局許可。 
反パーレビ派を中心に新政権発足するも、パーレビ引渡しを求める反米デモ過熱。遂にはアメリカ大使館占拠に至る。 
学生デモのリーダーの1人であった現大統領アフマディネジャドは大使館占拠に参加せず。曰く、革命でもっとも注意すべきはマルクス主義である。 
アメリカ、イラクへ経済制裁発動。 
イラク、イランへ侵攻開始。七年間に及ぶ戦闘で200万人の命が奪われる。 






49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/06/17(水) 12:56:25 ID:pP1bqwM6
イラン革命ってのは、米国が画策してパーレビ国王が唆され騙されたのが原因。 

1)国民の識字率の向上 -  
パフレヴィー2世の即位前は国民の文盲率は95%だったが退位後は50%まで減少した。 

2)農地改革 - 国土の60%をうめる荒野を外国から技師をまねいて緑化しようとしたが失敗。 
灌漑施設がないから最初から成功する訳もなく、結局は他国から食料を輸入する羽目に。 

3)海外留学 - 金持ちの子弟に海外留学を勧めたが留学先で反王制派になった。 

4)女性参政権 - 女性に選挙権、被選挙権を認めたことから、イスラム教指導層に非難された。 

この結果、国内が混乱状態なのに、更に米国に騙されて・・・・・ 

5)イランなどからの脅威を煽られて、現在の空自・陸自以上のの軍備を整える。 

パーレビ国王、米国に騙されすぎ。>< 










転載元
 http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/news5/1193271417/ 






91iramkakumei


イラン革命は、1979年2月に起こった革命である。亡命中であったホメイニーを精神的指導者とするイスラムシーア派法学者たちを支柱とする国民の革命勢力が、モハンマド・レザー・シャーの専制に反対して、政権を奪取した事件を中心とする政治的・社会的変動をさす。民主主義革命であると同時に、イスラム化を求める反動的回帰でもあった。イスラム革命Islamic Revolution)とも呼ばれる。


 


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