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第二次ポエニ戦争(だいにじポエニせんそう、羅:Secundum Bellum Punicum、英:Second Punic War)とは、共和政ローマカルタゴとの間で紀元前219年から紀元前201年にかけて戦われた戦争







24 :世界@名無史さん:2011/04/15(金) 13:20:57.19 0
一般日本人にハンニバルとか言うと 
アンソニー・ホプキンズのハンニバルくらいしか連想されないのが痛いな。 

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51 :世界@名無史さん:2011/07/20(水) 23:45:32.32 0
なぜか、俺のハンニバルのイメージは、 
隻眼のちょっと硬派なヒゲもじゃのドワーフだ。 

不思議だ・・ 


27 :世界@名無史さん:2011/04/15(金) 17:57:34.57 0
ハンニバル:バアル神の恩恵の意  


52 :世界@名無史さん:2011/07/21(木) 05:11:11.56 0
俺のハンニバルのイメージは、高校時代の世界史資料集のせいで、 
目つきの鋭いガンジーという感じ 

114hannnibaru

 ハンニバル
 

 ハンニバル・バルカ(Hannibal Barca, 紀元前247年 - 紀元前183年/紀元前182年)は、カルタゴの将軍。
第二次ポエニ戦争を開始した人物とされており、カルタゴが滅びた後もローマ史上最大の敵として後世まで語り伝えられていた。2000年以上経た現在でも彼の戦術は研究対象として各国の軍隊組織から参考にされるなど戦術家としての評価は非常に高い。 





6 :世界@名無史さん:2011/03/16(水) 23:30:50.00 0
さして重要でないエブロ川沿いの国境紛争だったはずなのに、 
アルプス越えまでやってイタリアに乱入、全面戦争に発展というのもねぇ~ 

紀元前221年にハシュドゥルバルが暗殺されると、ハンニバルは軍隊に司令官として指名され、カルタゴから承認を受ける。そしてイベリア半島戦線の指揮を取り、エブロ川南方の制圧に着手した。当時カルタゴはローマとエブロ川を境界として相互不可侵条約を結んでいたが、ハンニバルの力を恐れたローマはエブロ川南方にある都市サグントゥム(現サグント)と同盟関係を結び、彼の侵出を阻止しようとする。しかし、ハンニバルはサグントゥムを包囲攻撃し、八ヶ月後に陥落させた。ローマはハンニバルの行動を条約違反としてカルタゴ政府に懲罰を要求したが、ハンニバルの絶大な人気の前に、カルタゴ政府は彼に対して何の手も打てなかった。



8 :世界@名無史さん:2011/03/22(火) 01:21:58.58 O
>>6 
あの紛争はハンニバルがわざとやったんでしょ 
ローマ入ってからもハンニバルが国から支援受けてれば勝てたのに 

9 :世界@名無史さん :2011/03/24(木) 20:38:43.57 0
>>6 
ハンニバルは親父の雪辱&ローマの覇権主義への恐れから虎視眈々とチャンスをうかがってたんだよ。 
もしエブロ川の件が無かったとしても難癖付けて攻め込んだはずさ。 

ただハンニバルの大局観はなぁ。カンネー時点で講和を結んでもローマに歯止めをかけることはできたはず。 
むしろそのあとジリ貧になったことを思えば、その方がマシなのかとも思ってしまう。 







29 :世界@名無史さん :2011/04/16(土) 19:26:58.84 0
なんでカンネーの戦いがあんなに評価されるのかわかんねー 
最終的な結果には影響与えなかったのに 
スキピオはザマの戦いで決着つけて「ざまあみろ」 
でもハンニバルは処刑もされなかったし、しばらくは国政に携わってる 
敗軍の将なのに政権に執着カコワルイ 


カンナエの戦い(カンナエのたたかい)は、紀元前216年8月2日アプリア地方のカンナエ(カンネー)で起こったローマ軍とカルタゴ軍の戦いである。第二次ポエニ戦争における会戦の一つで、ハンニバル率いるカルタゴ軍が、ローマの大軍を包囲殲滅した戦いとして戦史上名高い。2倍の敵を包囲・殲滅した衝撃的な勝利のためカンネー殲滅戦の異名を取る。



30 :世界@名無史さん:2011/04/16(土) 23:19:37.42 0
いい勝負をした相手を後から評価→それを讃える俺らかっけー 
は古今の欧州のテンプレだろ 

ハンニバルが市中引きまわされて、処刑直前の美談でもついてきたら満足なの? 

31 :世界@名無史さん:2011/04/16(土) 23:46:24.20 0
釣りなのかそれともただの無知なのか 
判断が難しい釣り針だな 


32 :世界@名無史さん:2011/04/19(火) 13:11:58.65 O
ハンニバルさん凄い勢いで借金返しましたやん 

第二次ポエニ戦争後、カルタゴはローマの同盟国になることを強要され、膨大な賠償金を課せられ、国の前途も危ぶまれた。しかしそれまでカルタゴの政治を牛耳っていた貴族たちが権勢を失い、敗軍の将であるハンニバルの返り咲きが可能になった。彼は先頭に立って母国の経済建て直しを図る。

ハンニバルは行政の長であるスッフェトに選ばれ、改革の陣頭指揮を取る。まず名誉職に過ぎなくなっていたスッフェトの権限を回復し、自分に権限を集中させた。次いでカルタゴの行政母体である「104人委員会」の改革に着手する。直接選挙によって議員を任命することとし、また民衆の支持を背景に議員の任期を終身から2年へと変更した。ハンニバルの行政改革は効果を挙げた。そして改革の結果賠償金返済を完遂し、彼は軍人としてのみならず政治家としての手腕の高さも証明した。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%8B%E3%83%90%E3%83%AB  



3 :世界@名無史さん:2011/03/15(火) 16:44:04.62 O
ザマぁ見やがれ 

114zamanotatakai


ザマの戦い(ザマのたたかい、英語:Battle of Zama)は、紀元前202年10月19日に北アフリカザマで起こったローマ軍とカルタゴ軍の戦いである。大スキピオ率いるローマ軍がハンニバル率いるカルタゴ軍を破り、第二次ポエニ戦争の趨勢を決した。


39 :世界@名無史さん:2011/06/29(水) 11:04:09.46 0
ハンニバルがザマの決戦でスキピオに勝っていたらどうなっていたかな。 
ローマとカルタゴはまずまずの条件で和平、ハンニバルが北アフリカを平定して 
カルタゴは依然として強国として存続、セレウコス朝シリアやプトレレマイオス朝 
と同盟して再度ローマ包囲網を作り上げるなんて事になったかな。 

40 :世界@名無史さん:2011/06/29(水) 11:38:00.04 0
>>39 
第二のスキピオが現れるに500円点 



5 :世界@名無史さん:2011/03/16(水) 22:02:36.80 0
アンティオコス大王とハンニバルが組んで 
ローマに手も足も出ないって何なの? 

7 :世界@名無史さん:2011/03/16(水) 23:59:09.36 O
>>5 
そりゃ最盛期のハンニバルとアルキメデス先生が組んでも 
ローマは倒せなかったしな。

145 :世界@名無史さん:2012/08/01(水) 10:11:02.26 0
ハンニバルもザマでは象をまっすぐ突撃させたりして芸がなかったな 
両翼で動ける陣地として敵の包囲を遅らせるとか、 
斜めに突進させてローマ軍隊列を乱すとか、 
もうちょっと有効な使い方なかったか? 
そもそも象なんか使わざるをえなかった時点でオワコンだったのか 

146 :世界@名無史さん:2012/08/01(水) 11:05:51.31 0
象は敵に突っ込んでパニックを起こさせるのが最も有効な使い方じゃなかったのかな? 
斜めに突進させようがまっすぐだろうが同じ事だろうと思う。 
最初に戦争に使ったインドではどういう使い方だったのかね。 

147 :世界@名無史さん:2012/08/02(木) 10:28:27.67 0
象におかしな芸をさせる 
敵が笑って戦意を挫かれたところに急変して突撃 
この戦法は誰も試みなかったはず 


 





36 :世界@名無史さん:2011/06/24(金) 08:54:20.72 0
イタリア南部に何年居すわられたんだっけ。14年以上だよね。ファビウスの戦略だろーけど、正面切っては 挑戦できなかった。あの、ローマが、だよ。しかし、ローマのサイドの結束力はハンパ無いね。エトルスキ人とか、 サムニウム人とか、ネアポリス(ギリシャ)人とか、同床異夢のはずの傘下の勢力が寝返らなっかからね。 
ハンニバルには、それが最大の誤算。彼は、カンネーの戦いの直後は、雪崩現象が起こる、と期待したはず。 
残念なのは、カルタゴ本国の認識の甘さだね。B.C.216年の時点では、もはや、後戻りできない、って認識が必要だった。 


41 :世界@名無史さん:2011/06/29(水) 13:13:14.44 0
>>36 
>残念なのは、カルタゴ本国の認識の甘さだね。B.C.216年の時点では、もはや、後戻りできない、って認識が必要だった 

ハンニバルが期待していた雪崩現象がおこらない以上、本国が全力を挙げて支援しても無駄だったろうな。 

42 :世界@名無史さん:2011/06/29(水) 18:35:22.37 0
>>36 
>>41 
カルタゴ本国は、当然ながら、一枚岩じゃない。 
ようやく追い出した反主流派のバルカス家のすることは、なんであっても認めないという 
主力な一派もあったのだし。 
全力を挙げてハンニバルに名をなさしめるようにバックアップをするのは、ちと無理だったろう。 



56 :世界@名無史さん:2011/08/01(月) 14:15:58.84 O
スキピオが少年漫画的に仲間を集めてる中でガリガリ戦ってたハンニバル好きだよ 

164 :世界@名無史さん:2012/08/10(金) 01:46:55.83 0
スピキオは下っ端だった頃に参加したハンニバル戦で死ななかった運が大きいな  

43 :世界@名無史さん:2011/06/29(水) 23:54:01.46 O
諸葛亮だったら周りの異民族を上手く巻き込んで共同戦略を とるんだけど 
ハンニバルではね。 

44 :世界@名無史さん:2011/06/30(木) 13:20:17.84 O
うむ、諸葛亮ならハンニバルの象兵も得意の火計で無力化できるし役者が一枚上だな。 

45 :世界@名無史さん:2011/07/01(金) 06:51:46.00 0
信じるなっっ! そ、それは孔明の罠だっっ! 

46 :世界@名無史さん:2011/07/01(金) 16:16:23.79 0

   げえっ!  









87 :世界@名無史さん:2011/12/29(木) 18:37:40.27 0
国家VS個人レベルの戦いなのによくやったよ。 
そういう意味ではピュロス王に似てる。 

88 :世界@名無史さん:2012/01/01(日) 17:20:09.55 O
カルタゴ帰還以降或いはザマ以降のハンニバルの言動も、伝えられていることが事実とすると、なかなか興味深い。 

男こころをくすぐる 


89 :世界@名無史さん:2012/01/01(日) 17:59:38.22 0
>>87 
同感だな 
組織の力で押しつぶすという感じだな 
対するハンニバルはカリスマで圧倒 
ナポレオンはカリスマと組織があったからな 
カルタゴも近代国家みたいな組織があればといっても 
ああいう近代国家みたいな組織はあの時代だとロー共和国くらいしか 
なかったのかな 

90 :世界@名無史さん:2012/01/01(日) 19:31:50.01 O
ハンニバルにとってカルタゴ本国は外国みたいなものだからね 
ハンニバルにとって真の相手はカルタゴ政府 

92 :世界@名無史さん:2012/01/05(木) 10:42:42.41 0
>>90 
なこたぁねえや。そこで生まれたし、ニ次戦後も祖国に尽くしたのに。 
食うか食われるかの相手はローマだろ。 

93 :世界@名無史さん:2012/01/05(木) 13:51:12.74 0
小説チックに言ってみたかったんだろ 

96 :世界@名無史さん:2012/01/08(日) 09:56:09.85 O
>>92 
生まれたと言っても九歳まで過ごしただけだし、ポエニ戦後もカルタゴで復興に努めるも結局は反ハンニバル派に追われて国外へ・・・。  

97 :世界@名無史さん:2012/01/08(日) 10:19:17.30 0
用済みの英雄は叩き出すって基本的に正しいんだけど 
用済みでなかった(ローマが生きていた)ことがカルタゴの悲劇 


 

94 :世界@名無史さん:2012/01/05(木) 16:30:49.00 0
捨て駒に使われて多大な犠牲を払ってよくガリア人は逃げずに我慢していたな。 
いや相当逃げたんだろうけど。 

95 :世界@名無史さん:2012/01/08(日) 01:28:53.99 0
>>94 
漢に惚れるとはそういうこと by 塩婆 




98 :世界@名無史さん:2012/02/05(日) 20:43:27.64 O
つーかヒスパニアに嫁がいたのは本当? 

99 :世界@名無史さん:2012/02/19(日) 20:41:36.74 0
いたしスキピオに捕虜にされたよ。 

100 :世界@名無史さん:2012/03/04(日) 14:08:19.41 O
>>99 
そうなんだ。全然知らなかった。話としては面白そうなのに 

101 :世界@名無史さん:2012/03/05(月) 11:05:15.75 0
スペイン出身で名は Imilce か Imilice と言ったらしい。 
後にカルタゴに行って住んだのかな? 

  





10 :世界@名無史さん:2011/03/25(金) 23:20:25.78 O
ドリフターズという漫画にハンニバル登場、ウルトラジャンプにハンニバルの漫画開始 

今年はハンニバルの年かよ 

11 :世界@名無史さん:2011/03/27(日) 19:34:15.19 0
ハンニバルの漫画? モロク神に生贄を捧げるシーンとかあったりするのか 


129 :世界@名無史さん:2012/05/29(火) 00:13:23.26 0
アド・アストラⅡ巻読んだ 
作者の人新人さんっぽいけど結構上手だよね 
これからも作中のスキピオと共に成長しながら書いてくれれば安心して読めるよ 

 アド・アストラ 2 ─スキピオとハンニバル─ (ヤングジャンプコミックス・ウルトラ)
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17 :世界@名無史さん:2011/04/09(土) 14:22:17.17 0
最近やたらとハンニバルやポエニ戦争について語る人が多い気がする 
しかも得てして時代背景を錯誤したような感じの論調 

18 :世界@名無史さん:2011/04/11(月) 21:39:30.83 O
なんか歴女ではないけど雰囲気としてはそんな感じのファンが増えたよな 

19 :世界@名無史さん:2011/04/12(火) 00:13:59.91 0
ななみたんのおかげだね 
あれを小説と割り切らずに読む人が増えるとちょっと困ったことになる 

20 :世界@名無史さん:2011/04/15(金) 08:47:06.72 0
しかし、邦文で手頃に読めるポエニ戦役て塩野しかないのが現実。 
21 :世界@名無史さん:2011/04/15(金) 09:21:29.70 0
そうそう。多くの誤解も生んだけど、多くの理解も生んでるから、 
なんだかんだで差し引きではプラスだろう 



22 :世界@名無史さん:2011/04/15(金) 09:27:15.39 0
ハンニバルのカンネの会戦 
どこの国の軍隊でも教える必須科目とななみが言っていたけど 
自衛隊では習わなかったぞ、という投書が来たそうだ。 

38 :世界@名無史さん:2011/06/25(土) 02:02:37.87 0
>>22 
ななみは欧米のっていってたキガス 


23 :世界@名無史さん:2011/04/15(金) 13:11:33.89 0
そういう時の“どこの国の~も”は主として欧米だろ 

ポエニ戦争の小説タッチの概説書としては 
松谷健二のカルタゴ興亡史が好きだった 




 カルタゴ興亡史−ある国家の一生 (中公文庫BIBLIO)
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35 :世界@名無史さん:2011/06/24(金) 07:17:23.53 0
ハンニバルの9歳の時の誓いとか、亡命先でスキピオと交えた会話などを、単なる伝説として 
ずばっとぶったぎってハンニバルの政治家としての面に注目した、 
 「ハンニバル 地中海事件の覇権をかけて」(長谷川博隆) 
が、ちょっとお薦めかも。 
 







72 :世界@名無史さん:2011/10/29(土) 18:23:50.56 0
当時のローマの城壁が硬すぎて、篭城されるとどうしようもなかったのだが、 
なんらかの攻略法はなかったのだろうか? 

73 :世界@名無史さん:2011/10/30(日) 11:25:56.02 O
そもそも一隊で国の中枢落とせんの? 

74 :世界@名無史さん:2011/10/31(月) 09:30:40.98 0
>>72 
攻城兵器は大半木製で、それはその辺で調達できるけど 
金具とか釘・鎹やラムの先端を保護する鋳物とかは 
国から送ってもらえないと作れなかったんだろう? 
あとツルハシやシャベルのようなものも要るし、 
兵器の防火用に大量の生皮がいる。 

75 :世界@名無史さん:2011/11/01(火) 01:40:18.23 0
流用されようなモノは籠城前にちゃんと撤去すんのかな 

76 :世界@名無史さん:2011/11/05(土) 21:02:38.87 0
>>72 
古代は今以上に首都に機能が集中しているから 
カンネで勝った余勢を駆って死の物狂いでローマ攻撃すれば 
あっさりケリがついたのにな 


77 :世界@名無史さん:2011/11/09(水) 12:53:25.54 0
>>76 

それでも籠城されると苦労したと思うね。 

信長も本願寺を10年包囲した。 

78 :世界@名無史さん:2011/11/09(水) 13:46:43.82 0
ツルハシ・シャベルの類はカンナエで降服したローマの陣地から調達できたろうけどね。 
ある程度の鉄釘も。 


81 :世界@名無史さん:2011/11/10(木) 08:37:29.88 0
ハンニバルはサグントゥム一つ落とすのに八か月もかかっている。 
長期の包囲攻城戦の準備なしにローマを攻撃してもムダ。 
実際ハンニバルはカプアの包囲を解かせるため、陽動作戦としてローマの門前まで進んだが 
ローマ人はすっかり見抜いていて、軍を呼び返す事もしなかった。 

ところがそのローマも、城壁で強化しながら、大した数でもなく攻城戦の準備もないと 
思われるゲルマン蛮族に2度もあっけなく落とされるとは。 
おおローマよ、しんでしまうとはなさけない。 











106 :世界@名無史さん:2012/04/26(木) 00:35:06.44 0
ハンニバルの男色相手の名前が『西洋古典学事典』に載ってた。 
やっぱり「英雄色を好む」という俚諺は真実なんだね。 


107 :世界@名無史さん:2012/04/26(木) 08:49:14.27 0
なこと聞いたこと無いぞ 

108 :世界@名無史さん:2012/04/27(金) 00:22:54.39 0
しかしハンニバルとて人の子 
長いことローマでヒャッハーしてる間 
性欲をすべて戦闘欲に変換していたわけでもあるまい 

軍団でウホるか 現地女拉致るかするしかあるまい 



110 :世界@名無史さん:2012/04/30(月) 06:55:34.03 0
5 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 

タモリの番組で阿部寛が「褌を締めてローマ風呂に入る場面が出て来る」と言ってたけど、 
『西洋古典学事典』の「テルマエ」の項目を見ると、 
男性は日本と同じく全裸で入ってたらしい。 
評判の事典だけあって、「ハドリアーヌス」とか「カラカッラ」とか「エラガバルス」とか 
映画『テルマエ・ロマエ』に関連する項目を読んでみたら、 
メチャクチャ面白かったぞ! 
FELLATIOの逸話も、しこたま出て来るしネ。 
名将ハンニバルや英雄アレクサンドロス大王、カエサルといった著名人の男色の話題も満載! 
やっぱ「英雄色を好む」という俚諺は真実なんだね 








131 :世界@名無史さん:2012/06/13(水) 21:30:33.31 O
ハンニバル先生が勝ってたらキリスト教も広まらず、今の白人天国にならなかっただろうな 

132 :世界@名無史さん:2012/06/14(木) 08:25:53.30 0
いやあ、フェニキア人の中にキリスト教が弾圧にめげず広まったかも知れん。 

133 :世界@名無史さん:2012/06/17(日) 11:12:07.94 0
普通にミトラ教が順調に普及 


134 :世界@名無史さん:2012/06/20(水) 16:20:13.54 0
ミトラ教ってフェニキア人の宗教じゃないだろう。イラン人のだろう。 

135 :世界@名無史さん:2012/06/21(木) 06:32:19.01 0
民族は関係ないだろう。キリスト教だってそもそもユダヤ人の宗教だし 


136 :世界@名無史さん:2012/06/21(木) 08:28:59.63 0
だがローマ人がユダヤ地方を支配したから結局キリスト教はローマ帝国を媒体として勢力を広げた。 


140 :世界@名無史さん:2012/07/20(金) 15:56:20.11 0
まあフェニキア人は海岸沿いに植民市を作って交易を広げる程度で、 
帝国を築く柄じゃないものな。 
イギリス人に対するフランス人ってとこ? 

19世紀中頃までは五大湖地方からニューオーリアンズまでミシシッピ川沿いに 
フランス人の町にだけ泊まって旅が出来たというし。 







160 :世界@名無史さん:2012/08/09(木) 22:50:14.10 0
ローマ帝国、すなわち地中海帝国の首都がイタリアに置かれていたから 
そのおかげでイタリアガリアブリタニアに都市が建設され、 
それが後世のヨーロッパ文明の伏線となった 
ポエニ戦争でカルタゴがローマを滅ぼし、地中海帝国の首都が北アフリカに置かれたら 
ヨーロッパは史実よりずっとさびれ、アフリカはずっと発展したであろう 
逆転とはいかずともトントンくらいにはなっただろう 
千年くらい後には黒人の「神聖カルタゴ帝国」がアフリカの中央部に 
建設された可能性は高い 

161 :世界@名無史さん:2012/08/09(木) 23:07:55.49 0
リビア以西は、前3世紀から千年の間に気候条件が厳しくなっていって停滞したと思う 
一方、ハミルカルの時点でイベリア開発をかなり進めてたから、ポエニ戦争後もガリア方面に開発が進んだだろう 
結局のところローマと似たような領域帝国になり、4世紀頃には地中海北岸のどこかに遷都したのではないかな 

162 :世界@名無史さん:2012/08/09(木) 23:12:40.57 0
航空写真みたら明らかだけど、ほっといたら砂漠になっちゃう土地と、ほっといても森が生えてくる地勢があって、 アフリカみたいに砂漠まみれの土地は無理。 

163 :世界@名無史さん:2012/08/10(金) 01:33:10.30 0
カルタゴはフェニキア人で黒人ではない上、原住民に対しては圧政で望んでたということもお忘れなく 



165 :世界@名無史さん:2012/08/10(金) 02:31:28.88 0
>>162 
そりゃ今の話だろ。紀元前のカルタゴはいちじくの話でもわかるように農産品で有名だし、 
ローマによる再建後も公衆浴場なんぞあったりして、水が足りない土地じゃなかった。 


166 :世界@名無史さん:2012/08/10(金) 02:33:16.38 0
そもそも北アフリカに象がいた時代だからな 
アトラス近辺らしいが 

167 :世界@名無史さん:2012/08/10(金) 08:19:34.11 0
カダフィ大佐が若くてそれほど堕落していなかった頃、リビアにローマ時代の 
農地の遺跡があるのを知って、農業復活の可能性がないか調査させたという。 
『ローマ経済の考古学』って本にちょこっと出てた。 




168 :世界@名無史さん:2012/08/10(金) 09:24:05.40 0
その昔には北アフリカからシリアにかけては森林と青々とした草原があったんだろ? 
象やライオンが住めるような。 

中学の地理か何かの教科書には現代の技術で深い井戸を掘りポンプで水を汲み上げて 
乾燥地帯を緑地に変え云々って書いてあったけど、 
あまりな乾燥地帯でそれやると地下水は深く染みこむ前に蒸発し切ってしまい、 
表層の下に塩分が滞留して、やがて潅水によってそれが畑に吹き出して来て 
何も作れなくなるって話をその後読んだ。 
家畜に飲ましたり果樹園を維持する程度の水ならいいと思うんだけど。 







171 :世界@名無史さん:2012/08/12(日) 01:17:04.17 0
世界ふしぎ発見でアゾレス諸島のテルセイラ島にタニトの神殿跡が発見されたと 
言ってたけど、これってカルタゴがアゾレス諸島まで航路を持ってたってこと? 

172 :世界@名無史さん:2012/08/12(日) 11:16:06.67 0
航海者ハンノでググれ 
ただアゾレスとなると大陸からの距離がダンチだなあ 

173 :世界@名無史さん:2012/08/12(日) 11:52:55.38 0
ハンノンはコンゴあたりまでだよなぁ 
予測にすぎんが 

183 :世界@名無史さん:2012/08/16(木) 16:32:11.61 0
>>171 
一年くらい前の話だね。 
まだ否定的意見が見つからないところを見ると本当かもしれない。 
アメリカ大陸を見つけていたなんて説もあるしね。 

ヘロドトスの著書にはエジプト王の命令でアフリカを周航した記録もちょろっと出てくる,ね。 
彼自身は信じていなかったけど、自分の判断で伝聞をガセとして葬らないという彼の方針のお陰で 
彼らの冒険譚は生き残った。 

184 :世界@名無史さん:2012/08/17(金) 00:20:28.57 0
アフリカ大陸等の沿岸を航行するのと外洋を航行するのでは 
難易度が全く違うと思うんだけど、位置の把握とかどうやったんだろ? 

カルデアでは占星術が発達してたみたいだし、フェニキアでもその 
流れで天文観測で位置を把握とか 





185 :世界@名無史さん:2012/08/17(金) 14:57:06.78 0
ハンニバルが黒人か黒人系のカルタゴ人だという説があるんだね。 
片面に象、片面に黒人の横顔を描いた硬貨が見つかったからって。 

186 :世界@名無史さん:2012/08/17(金) 15:04:11.37 0
>>185 
ロマンはあるけどなぁ 







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