14kohun



1 :世界@名無史さん:2012/03/18(日) 21:20:55.56 0
任那日本府について語ろう。 


9 :世界@名無史さん:2012/03/20(火) 21:04:37.99 0
つか考古学的発掘もあるのに日本史から抹殺されてるのは何故? 



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11 :世界@名無史さん:2012/03/20(火) 21:35:25.71 0
最近うるさいからな 
歴史は後から政策によっても作られる 

12 :世界@名無史さん:2012/03/20(火) 21:39:46.80 O
ハクスキノエで朝鮮にあった権益を失ってはじめて、日本になれたって俺は考えてる 
だらしなく大陸とつながってるだけじゃない国になれたとね 

16 :世界@名無史さん:2012/03/20(火) 22:53:09.77 O
日本府て国としてのまとまりがない時代にだらしなーく植民してた感じだと思うんだよね 
あんなの下手に維持発展してたら半島と本州に分裂した国になって 
朝鮮人とか大陸からの異民族とかに政治の中心をおびやかされる 

18 :世界@名無史さん:2012/03/21(水) 06:06:21.94 0
>>12,>>16 
「だらしなく」ってのがもう戦後民主主義教育に洗脳された歪んだ古代史像。 
三世紀からすでに倭国は中央集権国家。 
いつの時代の「日本府」をいってるわけ? 


13 :世界@名無史さん:2012/03/20(火) 21:41:17.97 0
白村江の戦いで勝利してたらどうなってたの? 

14 :世界@名無史さん:2012/03/20(火) 21:52:41.60 0
新羅を冊封国にするんじゃないか。 




19 :世界@名無史さん:2012/03/21(水) 08:13:31.99 0
任那日本府は正確には倭府だったはずだ 
倭の五王の一代前、倭武がいう倭禰が391年に高句麗と戦いを始めた倭国王だろう 
このとき、倭軍の進駐軍が屯田兵的な存在として半島に居留する 
任那諸国の都市国家の合間に居留地があったに違いない 

うろ覚えだが、継体天皇の時代、百済の要請に応えて、車持君(くるまもちのきみ)が派遣され、 
日本府にいる百済人を三代あるいは四代遡って見つけ出し、百済王へ返還したとある 
百済側の史料ではクラマチキミとなっている 

これからちょうど百年ほど前が、まさしく391年辺りだ 
日本書紀と広開土王碑という性質の異なる史料でつじつまが合うのだから決定的だと思う 


20 :世界@名無史さん:2012/03/21(水) 08:20:22.80 0
ついでにいうと、広開土王碑では合計四回倭軍と戦ったとあるが、 
気になるのは新羅包囲の際に任那に関する記述がないことだ 
任那地域を押さえずして慶州盆地の攻城はあり得ない 
これも任那日本府の存在を裏打ちする 

たまに広開土王碑の倭は任那人を差すとのたまうアホがいるが、 
無茶な話だ 

22 :世界@名無史さん:2012/03/21(水) 19:14:20.89 0
>>20 
「辛卯年、海を渡り来(ゆ)き以て倭を破り、百残??新羅を以て臣民と為す」 
なので、戦場は九州です。「??」は「倭奴」でしょう。朝鮮人の性格からして。 

23 :世界@名無史さん:2012/03/21(水) 20:35:22.91 0
>>22 
海を渡って倭を破りなんて書いてないじゃん。 
海を渡って百済を破りって書いてるんだよ。 
高句麗が百済を破るのに海を渡る必要なんてないよね。 


25 :世界@名無史さん:2012/03/22(木) 02:04:29.92 0
「朝鮮の教科書では百済が九州と中国東部を支配してたと主張してる」 
ってのは所謂嫌韓派の捏造だけど 
あそこの高校教科書では 
「百済が九州と中国東部に 進 出 し た」 
ってガチでかいてあるような国ですからね 
どこをどう見ても単なる交易なり移民なんだが支配だと「ほのめかして」るw 


28 :世界@名無史さん:2012/03/22(木) 08:36:30.54 0
諸説のうち倭人とやらは列島人であるという解釈できるってことだろ 
話の流れみたら 
昔から交流あるからみたいな  


21 :世界@名無史さん:2012/03/21(水) 14:32:17.40 0
任那にいた倭人って、次のどれが通説なの? 
(どこか)→(列島、半島南部)というように並列的に流れてきた存在 
(どこか)→(列島)→(半島南部)といように列島から進出してきた存在 
(どこか)→(半島南部)→(列島)というように、列島に渡らず留まった存在 


24 :世界@名無史さん:2012/03/22(木) 01:44:37.12 i
>>21 
魏志倭人伝ですでに対馬の住民が、 
「漁労で足りずに南北にシテキす」と書いてある 
シテキは穀物を交換することだ 
(難字なので割愛失礼) 
つまり、倭人は半島に植民地を持っていた 
植民地といって悪ければ居留地だよ 
ある時期まで北九州から釜山までは土器の形状も似ているし、 
往き来があったのは間違いない 

朝鮮も日本もない時代だ、無理もない 
このことを韓国人が認めるかどうかだよ 

26 :世界@名無史さん:2012/03/22(木) 02:13:22.44 0
>>24 
うん、その辺の状況は概ねわかっているんだが、結論としては、 
>(どこか)→(列島)→(半島南部)といように列島から進出してきた存在 
ということなのかい?交易で繋がりができ、後代に勢力圏をもったと。 

29 :世界@名無史さん:2012/03/22(木) 11:23:09.34 0
>>26 
オレは韓国人ではないので、史料から離れすぎた推察をするつもりはない 
いわゆる倭人は西日本の南方系縄文人で、地政学的に中国と接触が早く、 
従って後世、指導的地位を手に入れたのだと思う 
NHKの「日本人はるかな旅」で紹介していた先史人だよ 
無論、これとは別のシベリア起源の縄文人もいたが、 
中国史書に描かれる機会はなかった 

この南方系縄文人、すなわち倭人は黒潮に乗ってやってきたそうだから 
当然朝鮮半島にもいただろう 
とはいえ、弥生時代には、それぞれの民族文化に分かれて、言語も違って 
別種の種族になっていたはずだ 

30 :世界@名無史さん:2012/03/22(木) 11:36:32.47 0
続きます 
オレが依拠しているのは東洋史家の岡田英弘の説だが、 
BC108年の漢の武帝の半島征服で、後世の任那地域に“真番郡”が創られる 
真番とはこの地域の原住民の名称 
真番郡は30年ももたずに廃止されるが、これが辰韓・弁辰に発展する 
三国志では、中国に近いはずの馬韓は野蛮で、辰韓・弁辰は文明的だったといっている 
しかも辰韓は古い中国語を話し、一名を秦韓ともいうとある 
岡田英弘は、そもそも真番郡の設置は日本列島の市場開拓が目的だったといっている 
日本列島の輸出品は砂金、砂鉄、丹だったはずだ 
丹(水銀)は中国では化粧品として需要がある 
半島の南端に移住させられた商人たちは、博多を目指したはずだ 

つまり、任那が成立する以前から交易の伏線はあったのだということをいいたい 


31 :世界@名無史さん:2012/03/22(木) 11:48:11.29 0
さらに続かせてください 

「漢書」の時点で、すでに倭人は半島に鉄を求めて来ていたとある 
砂鉄は腐るほどあっても、製鉄はできずに半島の旧中国都市へ来ていたのではないのか? 
弥生時代の青銅器も、原材料は中国産だという話も読んだことがある 

日本に中国文明を伝えたのは“古代朝鮮人”などではない 
中国人そのものだよ 
しかもそれは商売が目的でしていたに過ぎない 
これはそのまま現代の日中関係の鏡だと思う 
日本文化の中に古い中国文化が紛れ込んでいる理由もこれで説明できる 

33 :世界@名無史さん:2012/03/22(木) 14:55:34.57 0
>>29-31 
急いて申し訳なかったけど、結論としては、 
> (どこか)→(列島、半島南部)というように並列的に流れてきた存在 
ってことで、ただしそれは縄文時代の話で倭人とは黒潮に乗ってきた南方系縄文人だろうってことね。 

これは二重構造仮説を採ってないわけだよね。あるいは二重構造を縄文時代まで遡らせたというべきか。 
これだと、弥生時代での新モンゴロイド的形質の出現を説明するのにムリがでると思うけどなぁ~。 
コメ食で栄養状態良くなるだけじゃ、古モンゴロイドから新モンゴロイドへの形質変化には不十分だと思う。 

似たような論理なら、縄文と弥生時代の端境期に江南あたりから流れてきた流民=倭人(弥生人)&真番 というような話のほうがまだムリがない気がするね。 
任那が成立する以前から交易はあったというのは、そうだろうと思うけどね。 

34 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 01:07:21.47 0
>>33 
ああ、なるほど 
言いそびれましたが、中国商人は必ず現地で結婚して華僑が産まれます 
これは東南アジアモデルですが、交易のあった地域は必ず華僑の集落ができます 
ボク自身は“新モンゴロイド”なるものを信じませんが、まあ弥生形質の人間は元華僑なんでしょうね 

35 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 03:58:48.95 0
中国人が倭の金や丹辰、韓の鉄を求めてきたとしても、 
真番郡は早々と廃止された以上、華僑的中国人の一方的な交易はできなくなった。 
ここで韓人(入植者の居残り組=土着した華僑)は 
「真番の利」(弁辰の鉄と馬韓の魚塩)を交易の武器に自立。 
弁韓人辰韓人は三世紀には中国語をしゃべっていたはずが 
新羅が勃興すると独自言語が復活している。 
このことは弁韓辰韓に入植した中国人も結局、 
先住民に同化されて消えてしまったことを意味する。 


38 :世界@名無史さん:2012/04/23(月) 04:39:05.91 0
>>35 
任那に複数点在した都市国家は真番郡の名残なんだろうな 
直接的には辰韓、弁辰だろうが 

この地域はやはり日本列島との貿易で成り立っていたんだろう 
耕作面積は少ないわりに都市の数は多い 
楽浪郡同様、漢帝国の遺産で商工業を維持していたのだ 
ここへ倭国が進出して、漢帝国以来の技術が伝わった 
なにも半島人が文化を伝えたわけではない 

39 :世界@名無史さん:2012/05/01(火) 14:26:45.77 0
真番郡は短期間で廃止されているし、 
大した影響はないんじゃないかな。 
むしろ倭と楽浪の中継地として栄えたんじゃね? 

40 :世界@名無史さん:2012/05/01(火) 18:58:24.07 0
真番郡は28年間だったけか? 
古代なら一世代の期間だ、短くはない 
それに辰韓、弁辰は明らかに中国要素の強い文化を持っている 
この時代はすでに華僑化していただろうが、中国文化の拡散に一役買うのがまさに華僑だ 
秦氏とやらも実際は華僑だろうよ 

41 :世界@名無史さん:2012/05/01(火) 19:09:50.96 0
>>35 
中国人が倭の金を求めるはずがない 
奈良時代に百済王敬福が陸奥で金を発見するまで 
倭は金を海外に求めていたんだから 

42 :世界@名無史さん:2012/05/01(火) 19:18:12.38 0
楽浪郡や新羅には金細工の遺物が多い 
これの成分分析なんかはしてないのだろうか 
日本産だと分かるといいな 
北朝鮮では今ごろ金山を発見しているが、それは古代とは関係ない 

大仏の顔を飾る金が発見されるというモチーフは単なる造作だと思う 


43 :世界@名無史さん:2012/05/01(火) 22:40:03.57 0
三世紀の倭国の産物は真珠、青玉、丹、木材や竹 
朝貢した物は生口(奴隷)、白珠、青大句珠(翡翠の勾玉か)、 
異文雑錦や倭錦、織布、棉衣、帛布、丹、木付(?)、短弓と矢 

44 :世界@名無史さん:2012/05/01(火) 23:48:36.25 0
魏志倭人伝か 

貴金属についての記述は、中国史書には少ないのよね 
せいぜい銅に関してくらいか 

53 :世界@名無史さん:2012/06/06(水) 13:46:26.64 O
>>44 
日本で盛んに製鉄し始めるのは5世紀以降の話だからね。 

54 :世界@名無史さん:2012/06/18(月) 00:04:37.27 0
そもそも三国史記に倭人に城を攻略されたって記述が大量にあるんだな。 
それも何百年に渡って恒常的に侵入が繰り返されてきてたんだから、明らかに倭人勢力が半島南部に策源地持ってた証拠じゃん。 

55 :世界@名無史さん:2012/06/19(火) 16:49:12.41 0
>>54 
それは日本ではなく韓半島にあった倭だよ。 


59 :世界@名無史さん:2012/07/15(日) 18:07:00.97 0
>>54-55 
それはヤマト政権の軍勢によるものではなく、 
朝鮮半島南部の倭とか、後でいう「倭寇」みたいな海賊集団とか言われてるね。 


61 :世界@名無史さん:2012/07/15(日) 20:58:06.84 0
そもそも大和朝廷は朝鮮半島南部の領土に本土と同様の統治組織を持ってたのか? 
焚書で消されたにしては三韓征伐の記録で半島への勢力拡大の事実は認めていたようだが、 
現地の勢力機構は温存して朝貢させるだけだったのか? 


63 :世界@名無史さん:2012/07/25(水) 12:36:23.39 0
日本列島の勢力が半島に勢力圏を持っていたのは結局中華王朝の遠交近攻政策で直接支配しきれない半島の諸国を倭国を通じて間接的に支配する目的だったのは明らかだな。 
しかし日本を名乗り中華と対等になった段階で唐は既得権益を失ったので、新羅に乗り換える事になった。つまり白村江の戦いは中華文明からの独立戦争だった訳だ。 


68 :世界@名無史さん:2012/07/25(水) 21:08:24.65 0
4世紀の文献には名前すら出て来ない新羅 
その後漸くにして出てきた描写は「文字は無く野蛮な生活をしている」 
だからな 

もし任那が文明的だったとすれば、それは全て倭人により文明化されたもの 


72 :世界@名無史さん:2012/07/26(木) 13:13:00.01 0
日本の弥生時代と、半島の李朝末期がほぼ同じ生活レベル。 
塩が作れないから唐辛子で漬物作って、 
米が作れないから小麦や雑穀で唾液酒作って、 
ジョワジョワ~していたんだろ。 


74 :世界@名無史さん:2012/07/26(木) 18:42:30.81 0
ソクタレ(昔脱解)倭人説って、どこまで信用できるの? 
韓国人にそんなこと言ったらドヤされそうだがw 

75 :世界@名無史さん:2012/07/26(木) 20:41:49.44 0
脱解王4と瓢箪公は倭人。だから、北方の穢貊系と思われる奈勿王17が乗っ取ってから、 
それまでのよくわからない王位継承から、中国風の男系継続に置き換わっている。 

76 :世界@名無史さん:2012/08/01(水) 12:49:33.33 0
ソクタレは、倭国の東北一千里のタバナ国から流れてきた卵から生まれたという。 
しかし、はっきりと倭国から来たとか倭人であるとは言われてない。 

タバナ国を丹波に比定して倭人の出自と断定するのは、根拠がなさすぎる。 
ソクタレは海の向こうから来た伝説上の存在で、神話的説話的な存在と考えるべきだ。 

77 :世界@名無史さん:2012/08/01(水) 13:36:18.99 0
倭国の東北一千里に在った多婆那国(たぱな)出身の時点で 
完全に倭人ですからww 

78 :世界@名無史さん:2012/08/01(水) 16:25:30.41 0
倭国の東北一千里にあったタバナ国が、なんで倭国になるんだ? 

倭国の東北(倭国からみて東北方面)にある別の国ってことだろ。 
いってみれば、オランダの東北○○キロにあるデンマークとか、 
そういうことだろ。 

86 :世界@名無史さん:2012/08/04(土) 20:04:20.86 0
>>78 

倭人伝を読めば分るが、一里≒100m 
倭国の東北一千里の多婆那国は、 
大和の北東の丹波国 

90 :世界@名無史さん:2012/08/05(日) 00:57:36.88 0
>>86 
大和じゃなくて九州の北東な。 
当時の半島から見た倭国はその入り口に当たる九州北部が中心。 


87 :世界@名無史さん:2012/08/04(土) 21:30:45.96 0
丹波国は北西に在ったから無いなw

89 :世界@名無史さん:2012/08/05(日) 00:49:21.75 0
>>87 
魏志倭人伝の方向の記録は、90度ずれていたんじゃなかったの? 




80 :世界@名無史さん:2012/08/01(水) 20:36:21.66 O
今の朝鮮人はどっから来たんだ? 
日本人や満州人とも似てないし。 

81 :世界@名無史さん:2012/08/01(水) 20:57:54.93 0
>>80 
エヴェンキではなくニヴヒの方が言語的に近いという説がある。 
少なくともツングースではない。 

84 :世界@名無史さん:2012/08/03(金) 17:06:23.66 O
今の朝鮮人は高麗時代にやって来た漢民族と元からいた古アジア系の混血 
両班は満州系 

92 :世界@名無史さん:2012/08/05(日) 08:15:19.97 0
三国遺事は一然の創作とかファンタジーとか言っといて 
脱解の出自とか都合のいいとこだけ自己解釈でこじつけるネトウヨ 

>>84 
元の支配で民族浄化されて国民全てモンゴル系になったとかいうファンタジーはどうした?w 

93 :世界@名無史さん:2012/08/05(日) 20:43:35.65 0
日本書紀のいいとこどりして日本に文化を教えてやったと国民を洗脳する韓国の歴史学会と同レベルだよな  





82 :世界@名無史さん:2012/08/03(金) 12:07:44.97 0
とりあえず、「任那日本府」なんてなかったんだよ。 

85 :世界@名無史さん:2012/08/03(金) 22:58:10.78 0
>>82 
「倭府」はあったそうだよ。 

83 :世界@名無史さん:2012/08/03(金) 15:32:37.61 0
大体、文化の進んでいた百済や加羅諸国が、 
なんで半裸でウホウホ言ってた倭人に従う必要があるのだ。 




 

88 :世界@名無史さん:2012/08/05(日) 00:45:38.69 O
ま、日本の建国神話も 
「天」から来た者の子孫がヤマトの先住民(縄文人?)を制圧する話だからな 

91 :世界@名無史さん:2012/08/05(日) 01:21:13.17 0
>>88 
その手の戦前の皇国史観に基づく解釈は絶滅寸前 
縄文人と弥生人の違いは生活環境や食べ物だよ 



94 :世界@名無史さん:2012/08/06(月) 12:20:30.92 O
結局脱解の先祖も弥生時代に朝鮮半島から日本列島に渡った民族だったのかもな 
また、三韓をギリシアに例えると、倭はマケドニアみたいな存在という可能性もある 

95 :世界@名無史さん:2012/08/06(月) 15:27:27.33 0
>>92 
朝鮮人はエスニック・クレンジングされまくりなのは事実だろw 
李氏朝鮮の李氏は女真族だw 

99 :世界@名無史さん:2012/08/11(土) 12:27:25.73 0
>>95 
・本貫・全州李氏を否定する明確な根拠(俗説でないもの) 
・↑を証明した上でお前の言う「朝鮮人」の定義と、それら全てが王家と同じ民族に 
民族浄化=女真化したという根拠 
・「エスニック・クレンジングされまくり」という発言の通り「史上複数回」それが行われているという根拠 

よろしく 
まさかどっかの人たちみたく、ソースなしで歴史を語った訳じゃないんだろうから 

100 :世界@名無史さん:2012/08/11(土) 13:26:33.71 0
>本貫・全州李氏を否定する明確な根拠 
実録には女真人である創業の功臣の名が多く刻まれているのに対して 
旧高麗人は少ない、李成桂についても近年高麗人でも高麗出身でもない 
元朝出身の女真人とする論文が出されている。>>95とは別人ね 

101 :世界@名無史さん:2012/08/12(日) 14:07:01.82 0
李成桂の民族を勝手に女真から高麗に変えれるのなら 
部下の女真族(李之蘭とか?)も高麗人に変えられないのか? 
なんでそのまま女真族ということにしてあるの? 

102 :世界@名無史さん:2012/08/14(火) 09:22:16.38 0
というか軍閥のトップとして配下に女真族を多く擁してたんだから 
高麗にクーデタする際にそいつらが主力になるのは当たり前だろ 
高麗の文民使って無血開城・禅譲したんじゃないんだから 

李成桂=女真論陣張ってる宮脇にしても「全州李氏の出身であるのは後世の捏造であると考えられるが、 状況証拠しかなく立証するすべはない」と認めてる(現状「一説」に過ぎない)にも関わらず 
「韓国がひた隠す歴史の真実!」とか拡散してるやつが多いんだよなー 

103 :102:2012/08/14(火) 09:31:43.47 0
ちなみに日本なら今も昔も父方に外国人が一人いたくらいで、 
その子孫は全て当該外国人だというハナシにはならないけど 
儒教倫理だと父系一本主義だから「李成桂=女真」をもし証明できたならば 
「李成桂以降の李氏王族=女真」は儒教的意味においては真と言えるね 
(現代・西洋の倫理では証明にならないのは当たり前として) 

104 :世界@名無史さん:2012/08/14(火) 10:45:47.64 O
松前氏がアイヌを配下に置いていたのと同じ理屈なんでは 



105 :世界@名無史さん:2012/08/14(火) 14:16:13.81 0
別に積極的に李成桂女真説を支持するわけではないが、 
全州李氏だという主張が怪しいのは本当でしょ。 
記憶に頼っていて悪いが、大昔の池内宏の論文が、 
満洲にいた祖先数代は裏付けが取れず疑わしいと主張していた。 

106 :世界@名無史さん:2012/08/14(火) 16:30:52.38 0
だから「怪しい」までが学問の範疇で 
怪しい故に全州李氏だというのは虚偽だ、までいくと妄想 
怪しい故に女真族に違いない!と言い出すのがデンパだって話ですよ 
史料にないことをあたかも事実のように書くのは小説でしょう 
小説を歴史学と言い張るのはどっかの国で十分ですよ… 


107 :世界@名無史さん:2012/08/14(火) 19:07:38.69 0
全州李氏だと言い切るのもまた妄想で 
全州李氏としているが裏付けは無く客観状況からも怪しい 
女真族を出自とする蓋然性の方が高い、というのが学問でしょ 

108 :世界@名無史さん:2012/08/14(火) 19:58:46.71 O
>>107 
だから本当に女真族ならなんで部下達を女真族のままにしたの? 
大体李成桂が女真族だという証拠は女真族の部下がいたことだけじゃん 

109 :世界@名無史さん:2012/08/14(火) 20:57:55.42 0
>>108 
だから流石に開祖様が異民族なのは支障があるから 
開祖様だけは高麗国内出身と偽造したんだろう、秀吉や家康がしたように 
李成桂が女真族だとする論文では、元朝貴族の李姓の女真人を先祖としている。 
女真人の建てた渤海国も、王が中国王朝から李姓を賜ってるしね 

126 :世界@名無史さん:2012/08/18(土) 22:04:16.06 0
>>108 
なんで開祖様だけを高麗出身に? 
部下も高麗人にしたらまずいのか? 
たとえば李成桂より上の家格とかにしたらまずいだろうが、 
高麗人にする限りでは何の支障も無いと思うけど。 

111 :世界@名無史さん:2012/08/15(水) 01:01:46.69 0
>>107 
先祖が全州出身の李氏で新羅時代の官職が云々、という自称に 冊封していた明も清も正史でそれを認めてる=裏付けてるだろうが父親が元の地方官僚だったという事まで赤裸々に書いておきながら、更に明が高麗王と認めた王氏を排除した事で印象最悪だったのに蔑むべき夷狄の血筋だという「真実」を記述しなかった明の史官の意図ルーツが同じ女真としたらそれも記述しなかった清の史官の意図は何だと言うんだ? 


で、反証は「女真族の部下が多かったから女真だというのが蓋然性が高い」なのか 
結局>>99に戻るな 


124 :世界@名無史さん:2012/08/18(土) 18:49:30.91 0
>>111 
明としては朝貢さえしてれば何でもいいんだよ 
李朝もマラッカ国王その他南海諸国のと同じく 
頭を下げて来て中華秩序傘下の属国に組み込むのが目的であって 
開祖の出自創作など何ら咎める必要も意味も利益も無いし立場でもない 

都合が悪くとも>>109をちゃんと読もうな 
それに>>113が書いてるように、あくまで女真人による征服王朝だから 
支配階級の女真人が朝鮮化したのであって半島が女真化したわけじゃない 




125 :世界@名無史さん:2012/08/18(土) 21:55:21.67 O
部下に女真族がいた=自身も女真族 
この図式がよくわからない 
そもそも、北に移住した高麗人ってかなり多かったんと違うのか? 


127 :世界@名無史さん:2012/08/18(土) 22:44:29.50 0
ここを見ると、李成桂の出身地はもとは高麗の領土、 
元に併合された後でも経営は高麗人がやっていたように思えるんだけど 

128 :世界@名無史さん:2012/08/19(日) 01:50:17.35 0
>>127 
李成桂の出身地は元々女真族の居住地 
ずっと後代になって高麗が植民地にした後、元朝の領土に組み込まれ 
半島全土が元朝の領土となった後は、当然モンゴル人によって経営された 



130 :世界@名無史さん:2012/08/19(日) 10:07:52.21 O
>>128 
高麗人が管理していた双城というのが元に投降し、 
後で高麗が双城を元から取り戻すために攻撃した時も 
双城の城主は高麗人だったみたいですが 

131 :世界@名無史さん:2012/08/19(日) 16:02:08.51 0
双城城将を監督していたのがモンゴル人だけどね 
そもそも半島中南部は元朝の役人が支配していたから 
高麗族や高麗遺民は居ても高麗人は存在してないし 





 





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