14LeifErikson

http://ja.wikipedia.org/wiki/レイフ・エリクソン


1 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 11:35:12 O
世界地図の空白を埋めていった先人たちを語れ 

 


 

2 :山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte :2010/09/11(土) 11:43:00 0
高岳親王(799~865) 
平城天皇の第一皇子。真言僧として出家し、天竺を目指すが、その途中羅越 
国で流砂に飲み込まれて死亡したとされる。 
羅越国については、ラオスないしはマレー半島とする説が有力。 
ただし、その場合は流砂に飲み込まれたという記述とは矛盾する。 
11世紀には、マレー半島の言葉が日本に伝わっており、数詞とされていたも 
のは、現代マレー語と一部対応している。 

金剛三昧(9世紀) 
唐代に中国へ渡り、更に中天竺まで行って帰還して来た日本人僧。 
本姓や詳しい経歴は不明であるが、中天竺へ巡礼して壁画を見て来たといい、 
それも二回も渡天していたという。 
また、四川も訪れていたらしい。 

 

3 :パオ兄さん ◆mEq.Fp/iL. :2010/09/11(土) 17:50:03 0
進んで渡海した僧や商人ではないが、漂流者の異国体験も興味深いものがある。 

津太夫(1744~1814年) 
仙台藩の御用商人として物資を満載し江戸に向かう途中、 
暴風雨に遭遇し船の転覆回避措置として帆柱を切断したため自力航行不能になり、 
約半年間の漂流後、当時はまだロシア帝国領だったアリューシャン列島に漂着。 
数々の苦難の末、シベリアで出会った日本人の案内でシベリアを横断して首都ペテルブルグに到着、 
帰国を切望する津太夫ら四名は外交使節として日本に向かうロシア特使とともに 
北海⇒カナリア諸島⇒マゼラン海峡⇒ハワイ島を経て日本に帰還することができた。 
上記の通り、本朝初の地球を一周した人物ながら、教科書にも載らず、人物伝すら知られない人物。 

4 :山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte :2010/09/11(土) 18:18:58 0
音吉(1819~1867) 
尾張の人。13歳の時、江戸へ向かう船が遠州灘で遭難。 
388日間漂流した末、14人が3人となって、現在のアメリカ合衆国ワシントン州に漂着。 
原住民に売り飛ばされた後、モリソン号に乗って帰国しようとするも叶わず。 
明治を目前に、帰国を望みながら亡くなった。 
息子(母はマレー人)は父の遺言に従い、日本に帰化している。 
なお、日本人としてはおそらく最初にロンドンの土を踏んだ人物である。 
(寄港自体は津太夫一行が先) 


7 :世界@名無史さん:2010/09/12(日) 22:23:08 O
>>2 
その時代だとロシア関係が目立つね。 
大黒屋と高田屋は有名だが、同じ頃には中川五郎次という人がいる。 
吉村昭の「北天の星」参照。 

 


北天の星〈上〉 (講談社文庫)
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5 :世界@名無史さん:2010/09/11(土) 18:20:19 0
ハンノが最強 


航海者ハンノ(こうかいしゃハンノ、Hanno the Navigator, Hanno II of Carthage)は、紀元前450年頃のカルタゴ出身の人物。地中海を越えてアフリカ大陸西岸部にまでの大航海を遂行した。 




6 :山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte :2010/09/11(土) 19:39:40 0
>>5 
「ゴリラ」の発見者ですね。 
しかし、記録はともかくネコ2世の方が距離的には上では。 
時代が下ると、鄭和なども出て来ますが。 
徐福は、始皇帝本紀だと実際に航海に出たのかも疑わしい。 

『アナバシス』の顛末は、探検と言ってよいのでしょうか。 




9 :世界@名無史さん:2010/09/13(月) 04:42:58 0
アイスランドに行ったノルウェー人たち 

10 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 00:35:06 0
それは探検ではなく移住っていうの(^~^) 

11 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 07:28:38 O
新しい移住先を見つけるのも探検あればこそ。 
ところで前の方に出た漂流の話は、探検と言うより冒険だな。 

12 :世界@名無史さん:2010/09/14(火) 10:31:35 0

13 : ◆TCygujgOWY :2010/09/16(木) 04:29:31 0 ?2BP(4748)
そういえば前人未踏の土地とかって残ってないの? 

14 :世界@名無史さん:2010/09/16(木) 08:19:46 O
未踏峰としてナムチャバルワという山がある。 
中国とミャンマーとインドの国境あたり。 

32 :水 ◆TCygujgOWY :2010/09/17(金) 01:22:23 0 ?2BP(4748)
>>14 
登頂されちゃったみたいだね。 
やっぱり深海とか地底しか残ってないのかな。 
スペランカーが希望の星なのか。 



15 :世界@名無史さん:2010/09/16(木) 10:40:08 O
まだ未踏の地があるのか! 
やはり地球は広いな~ 

16 :世界@名無史さん:2010/09/16(木) 17:53:47 O
未踏といっても上をヘリで飛んでるからな。 
本来の探検・冒険はもう出来ないだろう。 
あとは地底や宇宙に舞台を求めることになる。 

17 :世界@名無史さん:2010/09/16(木) 17:54:51 0
深海は最後の秘境だよ 

18 :世界@名無史さん:2010/09/16(木) 19:09:46 0
新しい中国の有人深海潜水艇は7000mまで潜れる。 
日本のしんかいの6500mを抜かれちまったよオイ。 

11shinkai6500


http://ja.wikipedia.org/wiki/しんかい6500


19 :世界@名無史さん:2010/09/16(木) 19:32:08 0
>>18 
しんかい6500は、設計上1万メートルよりも深く潜航できる。 
問題は、それが日本に1台しかない事だ。 

しんかい2000も、事実上退役状態だし・・・ 

20 :世界@名無史さん:2010/09/16(木) 22:04:03 0
>>19 
しんかいの方だけ安全係数の下駄を履かせて1万メートルより深く潜航できるとか 
言っても意味がないような。 
実用潜航深度は日本の「しんかい6500」が6500mで、中国の「蛟龍1号」が7000m。 
潜水艇も必要だが、海洋調査船も日本はもっと造るべきだ。 

21 :世界@名無史さん:2010/09/16(木) 23:00:16 0
別に中国とムキになって張り合う必要ないだろ。 
意識しすぎだ、おまえら。 

22 :世界@名無史さん:2010/09/16(木) 23:42:29 0
探検が盛んだった時代ってのは 
つまるところムキになって国同士が張り合ってた時代なんだぜ。 

16世紀にはスペインvsポルトガル 
18世紀にはイギリスvsフランス 
で、21世紀には日本vs中国というのは言いすぎか 

シャカリキに頑張れば勝てる可能性はあるが、 
クールな無関心さはでは中国の後塵を拝する未来が確定。 

23 :世界@名無史さん:2010/09/16(木) 23:43:46 0
ポルトガルみたいにムキになりすぎてキャパシティを超えてしまった例もある訳だがw 





40 :水 ◆TCygujgOWY :2010/09/18(土) 04:03:15 0 ?2BP(4748)
そういえばさアマゾンとかの森林地帯って探検し尽くされてんの? 

41 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 06:37:45 0
>>40 
パウリスタ衆がさんざん遠征して先住民狩りしてたろ 

42 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 10:26:32 0
>>40 
つい最近も未開部族を発見したってニュースがあったから、 
まだまだアマゾンにも未踏地帯はあるってことじゃね。 
http://www.abc.net.au/news/stories/2008/05/30/2260586.htm?section=world 


43 :水 ◆TCygujgOWY :2010/09/18(土) 11:28:26 0 ?2BP(4748)
>>41 
まあ彼らも案内者に頼って他部分はあるしちょっとくらいは 
未踏の地があるのかな、と。 
やっぱり衛星とかある現代じゃ全部探検し尽くされたのかな。 

>>42 
未開部族が踏破してそうな気もするけどw 
まあ世間に認知されてない土地はまだ残ってればいいな。 

44 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 12:14:52 O
Aシャクルトンの冒険談はおもしろかった 


アーネスト・ヘンリー・シャクルトン1874年2月15日 - 1922年1月5日)はアイルランド生まれの探検家である。  

12syakuruton


彼の経歴において、探検そのもの以外で非常によく知られているものに、以下に示す南極探検の同志を募るために出した募集広告がある。 

「求む男子。至難の旅。
僅かな報酬。極寒。暗黒の長い日々。絶えざる危険。生還の保証無し。
成功の暁には名誉と賞賛を得る。アーネスト・シャクルトン」 



エンデュアランス号漂流 (新潮文庫)
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45 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 15:39:39 0
未踏地と南極で思い出したが、 
まだ人類が誰も到達していない湖が地球上にある。 
たぶん人類が火星に降り立つ時代になっても、 
この湖の探検は手付かずじゃないかな。 

ボストーク湖 
>>43 
>やっぱり衛星とかある現代じゃ全部探検し尽くされたのかな。 

人工衛星の時代になり、夜の地球が観測されるようになると 
アマゾンやアフリカ、東南アジアの長らく人跡未踏と言われていた密林地帯に 
無数の明かり(焚き火)が映し出されるようになったそうだ。 
そもそも20世紀半ば、飛行機が飛来して初めて接触した部族も居るし。 
イリアンジャジャの部族の老人は飛行機から人が降りてくるのを見るまでそれを「大きな鳥」だと思ってたそうだ。 


48 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 16:33:01 0
>>45 

驚くべき生態系があったりするのかもね。 
興味ある。 


49 :世界@名無史さん:2010/09/18(土) 19:56:42 0
>>45 
手つかずと言うよりも、手がつけられないんだよね。 
ボストーク湖の環境を汚染するのが怖いから。 
だから、ボストーク湖の”湖面”に達する直前で 
掘削を中止しているはず。 

日本の”ドームふじ”での氷床ボーリングも、基盤岩の直前で 
掘削を中止していると言う話。 

50 :世界@名無史さん:2010/09/20(月) 20:28:03 0
ここひと月ほど、南極に関する本を読みあさっているんだが・・・ 

トイレの話と”ナニ”の話がほとんど出てこない事について。 
特に”ナニ”に関しては、第1次隊の”ベンテンさん”の話と、 
不肖宮嶋氏がダッチワイフを持ちこんだ話、ぐらいしかないんだよね。 


52 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 00:27:12 0
未来永劫人跡未踏であろう高山がある。 
その名はカイラス。チベットにあり、標高6500mくらい。 
全山が氷雪に覆われ、氷河を従え、頂上付近まで登ろうとすれば高山病に苦しむ 
という山だ。しかし、それ以上に強力なシステムにより、難攻不落を誇る。 
チベット仏教徒はこの山を世界の中心にある山と言う。 

数年前登山計画を発表した連中がいたが、世界中から圧力を受けて、登山を行えるどころか 
計画段階で登山は中止されてしまった。 
未来永劫人類が絶頂を極めることは不可能であろう。 

53 :世界@名無史さん:2010/09/28(火) 17:00:06 0
>>52 

たしか5600か5800ぐらいまで 普通に行けるから 
こっそり登った奴はいると思うんだけどな。 

最近西チベットにガリ空港ができたからアクセス良くなったよ。 


55 :53:2010/09/28(火) 20:49:14 0
>>54 


↑wikiによるとミラレバという吟遊詩人が登った伝説はあるみたい。 

ちなみに、あの山はチベットの聖山でチベット仏教徒の聖地であるだけでなく 
チベット好きのバックパッカーの最終目標地。今年ガリ(アリ)空港ができるまでは 
ラサからランドクルーザーをシェアして往復2週間ぐらいかかってたはず。 

普通にいけるドルマラ峠の標高が5630メートルだから山頂まで1000メートルぐらい。 
空気薄いけど、装備を整えれば単独でもなんとか行けそうな気がする。 
確かに登っても自慢はできないどころか、バッシングがすごそう。 
日本の恥とか言われそうだね。 

聖山がらみの未踏峰はネパールのマチャプチャレが最高じゃないかな。 

ポカラから見えて綺麗。切り立っててかっこいい。 

56 :世界@名無史さん:2010/09/29(水) 10:06:07 0


江戸時代のロビンソン―七つの漂流譚 

探検じゃなくて漂流の話だが 





57 :世界@名無史さん:2010/09/30(木) 21:57:04 O
漂流記は日本が世界に誇れる偉大な冒険談ではある。 

58 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 02:00:19 O
子供の頃読んだ不思議本に 
「オーストラリアの牧草地に、底無し沼が点在している!」ってネタがあったが 

今思うと、カルスト台地を牧草地にしてるだけだな 


59 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 08:17:15 O
オーストラリアは「内陸は湖」といわれて、 
探検家はボートを持って奥地に入ったんだと。 

結果は……全滅 

60 :世界@名無史さん:2010/10/01(金) 20:38:14 0
オーストラリアなんて沙漠とか塩湖だらけだもんな 
ディサポイントメント湖なんて名前つけるぐらいだし 



94 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 22:02:57 O
「発見」の定義ってなんだろうか。 
新大陸発見→先住民がいた 
間宮海峡発見→アイヌなどは知っていた 

95 :世界@名無史さん:2010/10/06(水) 22:21:52 0
記録したかどうかです 



103 :世界@名無史さん:2010/10/07(木) 20:50:30 0
ナイルの源流ってまだ探索続いてんのな 



129 :世界@名無史さん:2010/11/23(火) 17:25:35 0
プトレマイオスの地図帳を図書館で見たんだが、すごいなわな。 
特に気になるのは、やっぱり東方だ。 
イマエウス地方やらアスミリアン山脈・オットロコーラス山脈やらがどこ辺りなのか比定するのが楽しい。 


130 :世界@名無史さん:2010/11/24(水) 21:35:56 0
東海大学出版会のプトレマイオス地理学 

プトレマイオス地理学
クチコミを見る



132 :世界@名無史さん:2010/12/09(木) 21:56:47 0
>>129 
それら地名は、一体何語でどういう意味だったんだろうな? 

133 :世界@名無史さん:2010/12/09(木) 22:00:45 0
プトレマイオス地図じゃ中国まで行ってんのにアフリカは北部のみだ。 
アフリカ南下してプトレマイオスに情報を与えられた人はいなかったんだなあ 

134 :世界@名無史さん:2010/12/09(木) 22:27:36 0
イスラーム以前は、サハラ以南とは交流が少なかったのかな 

135 :世界@名無史さん:2010/12/10(金) 01:12:15 0
サハラを縦断する技術がなかったのか 

136 :世界@名無史さん:2010/12/10(金) 05:41:09 0
>>133 
まあ、海岸沿いじゃフェニキア人がアフリカ大陸一周したって話をヘロドトス 
が載せてる。大げさな話が大好きなヘロドトスがあまり信じてないんだけど、 
内容が思い出せないけど、たしか、ヘロドトスがおかしいと言ったことが、逆 
に丁度当てはまるってことで、案外本当だったんじゃないかという話がある。 

ちなみにゴリラの名称は、このときにフェニキア人がアフリカで見たって言う 
「毛むくじゃらの人間」をそう呼んだことに由来してる。 

137 :世界@名無史さん:2010/12/10(金) 08:06:30 0
>>136 
>ヘロドトスがおかしいと言ったこと 
太陽が北にあり、右手から昇ったってことだなあ。 

当時でも地球丸いって知ってそうなもんだと思えるけど 
ざっと検索したらアリストテレスが地球丸いって言っててヘロドトスはそれ以前だから 
地球がまるいことは思いついたとしても太陽が北に行くとか右手から昇るとかは想像付かなかったのだろうか。 
ゴリラの目撃報告、太陽の話からフェニキア人のアフリカ周航はホントっぽい感じ 

138 :世界@名無史さん:2010/12/11(土) 00:25:54 0
ゴリラって沿岸にいるの? 

139 :136:2010/12/11(土) 07:10:41 0
>>138 
ゴリラを見たという、フェニキア人のハンノの記録じゃ、湾の中に島があって、 
その島の中に湖があって、さらにその中の島に「女が毛むくじゃらの野蛮人」 
がいたということになってる。現地の人間がそれを「ゴリラ」と言ったと言う 
だけで、現在言う所の「ゴリラ」かは分からない。ひょっとすると現地人を 
ゴリラと言ったのかもしれないし、ボノボのような種だったかもしれないし、 
絶滅種の可能性もあれば、単なる法螺話なのかもしれない。 
逃げ回るのを何人か捕らえることができたくらいだから、現在のゴリラとは 
言いがたいかもな。 
ただ、その記録から、今のゴリラをそう名づけただけ。 


141 :世界@名無史さん:2010/12/14(火) 23:49:06 0
ヘロドトスって言ったら、スキタイの章で草原の道を記録しているよな。 

142 :世界@名無史さん:2010/12/15(水) 22:43:00 0
フェニキア人検索したら毛深い女を捕まえて背中から皮をはいだとか。 
暴れたんで殺したのか 

150 :世界@名無史さん:2011/07/09(土) 23:29:59.36 0
>>142 
あれはナイジェリアあたりのメスゴリラという説もある 


143 :世界@名無史さん:2010/12/21(火) 20:20:10 0
アポロニウスの行伝も面白い。けど、あれは探検記というよりも旅行記か・・・。 


145 :世界@名無史さん:2011/02/09(水) 00:37:56 0
シナイの北にはセレス人の国とその首都があり、それよりも東は、沼沢地帯を抱えた未知の世界で、 沼には大きな葦が隙間もなく生い茂り、それにつかまって対岸に渡れるほどだという。 
また、そこ(セレス人の国)から石の塔を経てバクトリアナへ道が通じているばかりでなく、 
パリンボトラ経由でインドへ行く道もあると聞いた。 

ところで、シナイの都からカッティガラ港への道は南西を向いているということなので、 この都は、マリノスの言うごとく、セラやカッティガラを通る子午線上にあるのではなく、もっと東にあるのである。 

                    プトレマイオス第1巻17章 

146 :世界@名無史さん:2011/02/09(水) 00:43:13 0
第3章・シナイ人の位置 
シナイ人の北を限るのは、セリカの説明済みの部分である。 
東と南は、未知の世界によって限られる。西を限るのは、大湾に至る確定済みの線を挟んだ、 
ガンジス河の外側のインドと、大湾そのものと、それに続く諸湾、すなわち野獣の湾とシナイ湾とである。 
この湾の周りにはエチオピア系イクチョオファゴイ族が住む。西側の記述は次の通り。 
大湾内のインドとの境界の次に 
アスピトラス河河口 170°    16° 
ブランマ町      177°    26° 
アムバトス川河口  177°   12°30′ 
ラバナ町       177°    8°30′ 
シノス川河口     176°20′ 6°30′ 
南の岬        175°15′ 4° 
野獣の湾湾頭    176°    2° 
サチュロス岬     175°   赤道 

シナイ湾内にはカッティリアデス川河口 177°20′ 7°S 
カッティガラ、シナイ人の泊り   177° 8°30′S 

この地方の最北部を占めるのは、同名の山脈の上にあたりセマテノイ族、 
彼らおよび山脈の下にアカドライ族、残りの湾沿いにはシナイ人のイクテュオファゴイ族。 

シナイ人の内陸の町として挙げられるものは次のもの。 
アカドラ      178°20′ 21°15′ 
アスピドラ     175°   16° 
コッコサナゴラ  179°50′  4°S 
首都のティナイ  180°40′ 3°S 
この町には銅の城壁もないし、その他、特筆すべきことも何もないという。 
カッティガラからは西方へ、未知の世界がプラソデス海を囲みつつ延々と広がり、 
プラソン岬に連なっている。既に述べたように、この岬から浅い海という湾が始まり、 
未知の世界をプラソン岬およびアザニア地方南部につないでいる。 
                               プトレマイオス第7巻3章 

147 :世界@名無史さん:2011/03/07(月) 20:16:13.61 0
日本の南極探検隊の白瀬中尉ってさ、 
良く見たら南極大陸の陸地まで到達できなかったんだね。 
まあ、それでもすごい探検だったと思うけど 


149 :世界@名無史さん:2011/03/29(火) 22:12:16.50 0
旧約聖書やコーランには、凶悪な蛮族ゴグとマゴグが登場するが、 
彼らは世界の終末に大地の果てから殺戮のために襲来するだろうとの言い伝えがあった。 
アレクサンドロス大王は、東方遠征の途中で彼らを封印するために防壁を築いたという。 

842年、アッバース朝のカリフ・ワースィクは、 
ある晩、その防壁が壊れる夢を見て不安になり、 
その防壁の状態を確認するために、探検隊をアジア北東部に派遣した。 

その報告書は、イブン・ホルダードベの地理書に引用されており、 
防壁の様子、谷の両側に立つ柱、尖塔、扉、錠と鍵などの寸法、材質が記されていたという。 


151 :世界@名無史さん:2011/07/17(日) 03:33:56.61 0
どうして19世紀のヨーロッパ人はアフリカの探検に馬を使わなかったのだろう。 
確かに密林へ入るなら馬は不適だが、アフリカにはサバンナだってある。 

152 :世界@名無史さん:2011/09/06(火) 15:30:14.84 0
馬って暑さに弱そうなイメージがあるな 


158 :世界@名無史さん:2011/09/23(金) 13:47:41.16 0
人類の秘境探検で最後まで人跡未踏と言われていた南極大陸に 
最初に到達したのは“本当は”誰でいつ頃なんだろうか? 


159 :世界@名無史さん:2011/09/23(金) 17:22:45.47 0
氷山と陸の区別が難しいので南極大陸一番乗りの判定は微妙。 

160 :世界@名無史さん:2011/09/23(金) 17:55:20.57 0
マンガはじめて物語で 
半裸の土人風の人が丸木舟で南極に行ったような描写があったけど。 

161 :世界@名無史さん:2011/09/23(金) 19:57:55.92 P
>>158-160 
一応、マオリの昔話で「白い島がある寒い海」が出てくるものがあるそうだが、 
千年も遡るかどうかだな。 

162 :世界@名無史さん:2011/09/23(金) 19:58:50.65 0
南極の周りは風と海流が西から東へぐるぐる回っている。偏西風と南極周極流だ。 
そして南半球の高緯度の海域は強風で海は物凄く荒れる。丸木をくりぬいたような 
船じゃすぐに沈むし、仮に沈まなくても凍死か餓死を迎えるまで南極のまわりを 
回り続けるだけじゃね。 

163 :世界@名無史さん:2011/09/23(金) 20:06:54.35 0
>>162 
回るだけじゃなくて、ちょっと右に舵を取って辿り着ければ死ななくて済むだろ。 
食糧は現地に豊富にあるんだし♪ 


165 :世界@名無史さん:2011/09/24(土) 20:44:14.29 0
フエゴ島あたりの住民は南へ向かったりしないか。寒いし 

166 :世界@名無史さん:2011/09/24(土) 23:39:27.88 0
フエゴ島自体かなり寒いですよね。 
そもそも、ヤーガン人は一年中暴風の吹き荒れる氷原のパタゴニア高原を 
わざわざ越えてまでして最果ての地まで辿り着いたのでしょうね。 
近代以前であそこまで過酷な環境に定住した民族って他に無いでしょうね。 


168 :世界@名無史さん:2011/10/15(土) 21:27:31.47 0
ヤーガン族って寒いところに暮らしているのに、やたらと薄着だったみたいね。 
彼らに出会ったヨーロッパの探険家たちはみなびっくり。 

169 :世界@名無史さん:2011/10/16(日) 02:50:01.97 0
フエゴ島の住民マゼランが会った時寒かったのに裸状態だったというが 
って思ったらそれがヤーガン族だったのだなあ 


171 :世界@名無史さん:2011/10/19(水) 19:55:24.06 0
>>169 
なぜヨーロッパ人が出会ったフエゴ島の 
ヤーガンたちが半裸で暮らしていたか。 

きっと、人体の耐寒性を高めて、さらに寒い 
南極に移住する準備をするための適応キャンプ 
だったに違いない。 

172 :世界@名無史さん:2011/10/20(木) 19:17:34.38 0
>>169 
何の本で読んだかもう忘れた話なんだが、 
「船の近くに先住民の女がいたんだが、ほぼ全裸の状態で 
 ハンカチ大の毛皮を風の向きに合わせて移動させるだけだった」 
とか言うのが書いてあったな。 


173 :世界@名無史さん:2011/10/21(金) 03:52:13.74 0
セクシー 


175 :世界@名無史さん:2011/12/18(日) 21:46:43.74 0
何ヶ月も女断ちする先の見えない辛い探検航海。 
でも地球の裏側の島にたどり着いて目にしたものは半裸または全裸の美女たち。 
船員たちの喜びは想像に難くない。生きててヨカッタ。 

176 :世界@名無史さん:2011/12/19(月) 18:33:52.76 0
>>175 
しかし、病気をうつされたんだってね。 

177 :世界@名無史さん:2011/12/21(水) 20:08:25.50 0
>>176 
逆 

178 :世界@名無史さん:2012/01/08(日) 11:07:38.53 0
フランスの探検家ブーガンヴィルの航海記には、 
船に乗り込んできたタヒチ島の美女がいきなり腰布をはずして 
船上でオールヌードを披露したりなんてことが書かれている。 
禁欲生活を強いられてきた船乗りには刺激が強すぎますわ。 

こんな感じで探検家が報告した太平洋諸島のフリーセックスな社会風俗は、 
キリスト教的倫理観に縛られていたヨーロッパ人に衝撃を与えたらしいね。 

もしかしてオレらの方が異常なんじゃないの?って疑問がヨーロッパの知識人の 
間に生まれて、比較文化的な思考へと繋がっていくわけだ。 


転載元
探検の歴史
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/whis/1284172512/  






 
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