112 :人間七七四年:2008/09/15(月) 14:06:18 ID:63dk7GqH
惜しいかな後世 
真田を云いて毛利を云わず 

水戸黄門様 

 5mitokomon







120 :人間七七四年:2008/10/07(火) 17:32:03 ID:1rtg6CZ5
つらかりし 人こそあらめ 祈るとて 神にもつかす 我が心かな
 
上杉謙信 


こういうの見ると女性説もありかなとか思えてくる 



124 :人間七七四年:2008/10/09(木) 10:36:47 ID:9NTbIS9K
 

御大将に物申す。武田攻めでの御折檻、徳川様接待不首尾での御叱り、また、近江坂本・丹波領地を召し上げ、出雲石見を切り取れとの冷たき御沙汰、 
さらに丹波で、足の不自由な母を、見殺しにした仕打ち!など!語り尽くせぬ怨みあれども!此度の戦、決して、私心にあらず! 

明智光秀 



128 :人間七七四年:2008/10/18(土) 04:19:19 ID:L/m+ulsG

敷島の大和心を人問はば 朝日に匂ふ 

山桜花(本居宣長) 

かくすればかくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂

(吉田松陰) 
 
身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし大和魂

(吉田松陰) 

剣道は 神の教への道なれば 大和心をみがくこの技

(高野佐三郎) 


131 :人間七七四年:2008/11/10(月) 01:13:17 ID:j/jeFzYE
神仏を礼拝することは、身の行ないというものである。 
神仏に対して拝む気持ちがあるならば、ただひたすらに心を正しく穏やかに持ち、 
正直一途に暮らし、上なる人を敬い、下なる者を憐れみ、つつみかくしなく、 
有るをば有るとし、無きをば無いとして、ありのままの心持ちで生活することが、天意にも仏意にも適うというものである。 
このような心持ちでいるならば、たとえ祈らなくとも神明の御加護はあるものであり、 
たとえ祈ったとしても、心が曲がっていたならば天道からも見放されるものであることを、 
肝に銘じて、深く慎まなくてはならないのである  

北条早雲 

132 :人間七七四年:2008/11/13(木) 14:54:37 ID:OIKxVC/U
 

わけのぼる ふもとの道はおおけれど おなじ高嶺の月をこそ見れ 

一休禅師が本願寺蓮如上人との親交を詠んだ詩。  



134 :人間七七四年:2008/11/15(土) 08:16:56 ID:Na4GsteN
ほととぎす 血に啼くこえは 有明の 月よりほかに 知る人ぞなき 

(久坂玄瑞) 

135 :人間七七四年:2008/11/15(土) 08:32:33 ID:Na4GsteN
戦ひに 疲れて眠る 兵士らの 蒼醒めし顔を おろがみて通る  
 
    大東亜戦争万葉集 

136 :人間七七四年:2008/11/28(金) 00:34:04 ID:oOdyQTzC
「真心の あるかなきかは 屠り出す 腹の血潮の 色にこそ知れ」 

林忠崇 

この辞世を見るたび戦国から300年たって武士道ってのができたんだなぁってきがする 
これは戊辰戦争の時に詠んだもの 
彼はこのあと70年ほど昭和16年まで生きアパートの一室で息を引き取る際 
「なにか辞世はありますか?」と問われたことに「明治元年にやった。今はない」と答えてなくなった 
最後の大名です 




138 :人間七七四年:2008/12/01(月) 22:11:47 ID:DwyHUoAF
流れての末の世遠く埋もれぬ 名をや岩屋の苔の下水 

高橋紹雲 



141 :人間七七四年:2008/12/15(月) 12:10:31 ID:zRTW7u1h
豊臣秀吉いわく 

信長公は勇将であったが、良将ではなかった。 
剛が柔に勝つことは知っていても、柔が剛を制することを知らなかった。 
一度敵となった者を許すということがなく、 
ことごとくその根を絶ち葉を枯らすようなことをした。 
降伏した者を殺し、他国からの攻撃が絶えることがなかった。 
これは器量が小さいからである。 
人から恐れられはするが、愛されることはなく、 
喩えるなら猛獣のようなもので、 
噛み付かれるのを恐れるけれども、 
見るものはこれを殺して害をのがれようとする。 
明智光秀の反逆もこのためである 

142 :人間七七四年:2008/12/15(月) 12:12:05 ID:UJoWGjBx
>>141 
この話の真贋はともかく、秀吉って信長生前から明らかに、信長をなめてた感じがする 

143 :人間七七四年:2008/12/15(月) 12:37:08 ID:zRTW7u1h
>>142 
どうだろう。 
心の中はわからないが、なめていると信長に気付かれたらオシマイだからね。 
今に伝わる言行、逸話を見ると秀吉はかなりビッグマウスなのは確か。 
源頼朝、義経や謙信、信玄への評価もなかなかおもしろい。 

144 :人間七七四年:2008/12/15(月) 12:41:28 ID:UJoWGjBx
>>143 
越中戦線からの無断撤退なんて、「何?俺がいなくて中国戦線維持できると思ってんの?」 
って意識がなきゃできないよ。 



146 :人間七七四年:2008/12/25(木) 15:40:49 ID:JQ/IGxB0
軍の礼法として侍が心得ねばならぬのは、 
いらないところに儀礼を好んではならぬことである。 

加藤清正 

147 :人間七七四年:2008/12/26(金) 16:38:37 ID:yEvkXYMi
限りあれば 吹かねど花は 散るものを 心短き 春の山風

(蒲生氏郷) 

古も 今もかはらぬ世の中に 心のたねを 残す言の葉

(細川幽斎) 


149 :人間七七四年:2009/01/03(土) 01:38:38 ID:XlWqmUWx
仁に過ぎれば弱くなる、 
義に過れば固くなるよし

伊達政宗 

150 :人間七七四年:2009/01/03(土) 08:36:49 ID:8/hktfpe
楼の上も埴生の小屋も住む人の 
心にこそは高き賎しき 

島津日新斎 

151 :人間七七四年:2009/01/03(土) 09:33:47 ID:FxBdRKYa
旗立てし昔を松も知るらめや 
風に靡かぬ草も木もなき 

北条氏康 

152 :人間七七四年:2009/01/03(土) 21:58:19 ID:/+BsIif6
士とは己を知る者の為に死ぬ     

預譲(漢字違うかも) 

これ、武士道の根本思想だと思うんだがね。 

こんなこと言ったら良く叩かれるんだが、武士道の源流は 
古代中国の春秋戦国時代から始まるんじゃないかと思うんだ。 
そう思う逸話が多くて多くて。鳴かず飛ばずの逸話や、楽毅の話とかさ。 
史記とか呂氏春秋とかの書物は平安時代に日本に伝わり、 
当時の武士達も読んでただろうしさ。 

オマエは親中なだけだろ反日売国野郎が、とか罵らないでくれよ。 
そんなんじゃないから 


155 :人間七七四年:2009/01/04(日) 22:17:41 ID:Dp+aTpsn
これより 
我ら修羅に入る!! 
仏と会えば仏を斬り!! 
鬼と会えば鬼を斬る!! 
情を捨てよ!! 
ただ一駆けに敵城へ攻め入れ!! 



前田 慶次 


158 :人間七七四年:2009/01/05(月) 19:00:27 ID:t1PvEZaK
よくみのほどをしれ 

小畠虎盛 

159 :人間七七四年:2009/01/07(水) 17:41:57 ID:KQDqESk6
細川忠興さんだったかな、狂歌だけど 

代々に召し出されて先手して 犬に劣りて死ぬる無念さ 

秀吉に対する恨み言だったのかな。なかなか壮絶だなあと思った 


168 :人間七七四年:2009/02/09(月) 17:48:46 ID:8o6kT5Ps
春秋の花も紅葉もとどまらず 人も空しき関路なりけり

島津義弘 


169 :人間七七四年:2009/02/10(火) 11:16:31 ID:37xIYn4Y
茶の湯とは ただ湯を沸かし 茶を点てて 呑むばかりなり 本を知るべし 

千利休 


173 :人間七七四年:2009/02/15(日) 08:13:59 ID:YkHuu2WL
みよやたつ雲も煙も中空にさそひし風のすえも残らず 

冷泉隆豊 

174 :人間七七四年:2009/03/03(火) 10:16:07 ID:E+8cJszT
もののふが かなしき命つみかさね つみかさね護る 大和島根を 

特攻隊勇士 



179 :人間七七四年:2009/03/11(水) 18:40:41 ID:9RvT/LLZ
上を学ぶ下と云ひ大将少し気を抜けば下々は大いに油断するものなり 

加藤清正 

上に立つ者はどんな時も気を引き締めておけよ!ってこと 

180 :人間七七四年:2009/03/25(水) 23:12:31 ID:dDm/9v2I
怠らず行かば千里の果ても見ん 牛の歩みのよしおそくとも 

徳川家康公 

181 :人間七七四年:2009/03/26(木) 00:15:23 ID:5/OOK28O
(都会の流行が流行り始めた自国に対して) 

今の様ならば薩州は変じて弱国となるべし。 
田舎者は田舎者の如くなるを可とす。 

島津義弘 

182 :人間七七四年:2009/03/26(木) 16:48:46 ID:TsSiB3xA
>>181 
さすが武骨だね~ 
島津家の強さはこういう心構えにあるんだろう。 

183 :人間七七四年:2009/03/26(木) 22:06:34 ID:AEEaYp3F
能も芸も慰めも道たても本路たても、何もかもいらず候。 
ひとえにひとえに武略・計略・調略かたの事までに候々。 
はかりごと多きは勝ち、少なきは敗け候と申す。 

毛利元就 



186 :人間七七四年:2009/03/27(金) 21:22:19 ID:WaKPzTmw
秀吉の九州征伐の締めくくりにて 

豊臣秀吉「汝はなお、我に敵対し得ると思うか」 
新納忠元「主君義久公が決意されるならば、今直ぐにでも敵対し仕る」 

間髪入れず、速攻で答えているところが素敵過ぎる。 


187 :人間七七四年:2009/03/27(金) 23:01:21 ID:8EA09yqm
>>186 
その後に新納忠元の気概に感心した秀吉が忠元を呼び戻して、 
槍の穂先を自分に向けて、忠元にその槍を与えた。 
これには、秀吉と接見する前に仲間内に、もし話がこじれたなら秀吉を斬ることも辞さないと話していた忠元も、 
秀吉の器量に感心したというような話を読んだことがある。 
士は士を知るってやつだね 

 

189 :人間七七四年:2009/04/01(水) 21:48:37 ID:qnTCPMCf
おもひおく 言の葉なくて つひに行く 道は迷わじ なるにまかせて 

黒田如水 

190 :人間七七四年:2009/04/08(水) 11:04:53 ID:KspvpiEK
武士道は死狂いなり 山本常朝 

191 :人間七七四年:2009/04/09(木) 10:44:35 ID:RqR0W666
旗本の侍たちは、たとえどれほど家柄がよく賢くても、 
武道に心がけのない者と、親不孝者は役に立たない。 
また、乱世に武道だてするのは、鼠が人を噛むようなものである。 
治世に武道を嗜む者こそ本当の武道の達人である。 

徳川家康公 


195 : ◆LeD1MMOS.k :2009/04/10(金) 21:27:45 ID:OU9q2DKU

(処刑の前、檻車で京都の市中を引き回された) 
「世の中を廻りも果てぬ小車は火宅の門を出づるなりけり」 

 
佐久間盛政の辞世 
196 :人間七七四年:2009/04/13(月) 22:50:52 ID:7LwmE+7+
我 人に媚びず 富貴を望まず 

黒田如水 

197 :人間七七四年:2009/04/14(火) 22:07:13 ID:Q90ZBZ9R
我、身短小にして 勇功あり。背の高きをもって尊しとせず。 

池田輝政 

チビでもいいよね 






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